めんどくせぇことばかり 2018年12月
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『漢字んな話』 前田安正 桑田真

ちょっと前に出た漢字の本です。

見開き一項目で百項目ですから、一つ一つは決して深いもんじゃありません。たしかに薀蓄の域を出るものではないんですが、それでも、もともと漢字そのものに魅力があるわけですから、そこになにを感じるかは読む人次第ということですね。

《正》という漢字に連想したのは、アメリカや“中国”って国のあり方ですね。《正》という漢字は、“一”と“止”という字から成り立っているんだそうです。さらに、“一”は“囗”が変化したもので、“囗”は口じゃなくて、国構えの方です。さらに、“止”は、止めるではなくて、進むという意味があるんだそうです。つまり、《正》は「国や城郭に向かって進む」という意味、進撃するとか、征服するっていう意味の漢字なんだそうです。

征服したものの理屈が《正義》って考えると、・・・ほら、アメリカや“中国”が連想されませんか。

そういや“征”は“正”に“彳”をつけたものですね。“彳”は、十字路の形から生まれた漢字で、進むことをあらわすそうなので、“征”はまさに、“正”が強調されたものですね。

“止”をどう解釈するかによって、だいぶ変わってしまいますね。例えば、“戈”を“止”で《武》という漢字になります。楚の荘王の話に、「それ武は功を定め兵を収む。故に戈を止むるを武となす」というのがあります。

だけど、もともと“止”は人の足跡、上りの足跡が漢字になったものだそうです。《歩》は足跡がいくつも続いている様子を表す漢字です。つまり、移動しているのです。となると、《武》は「戈を止める」ではなく、「戈を持って進む」となります。

“中国”で生まれた文字ですからね。こっちのほうが正しそうです。


『漢字んな話』    前田安正 桑田真

三省堂  ¥ 1,620

漢字のウンチク落語で100話。読んで笑って漢字がわかる
第1章 春はあけぼの
第2章 夏はよる
第3章 秋は夕暮れ
第4章 冬はつとめて


《咲》は、「花が咲く」の《咲》です。花に関する漢字なのに、どうして草冠じゃないんでしょう。どうして口偏なんでしょう。

これ、この本の一番最初に出てくる項目なんです。これ、簡単なことなんだそうです。漢和辞典を引けば、誰でもすぐに分かることだそうです。漢和辞典で《咲》を調べると、そこには「わらう」、「えむ」と出てるんだそうです。・・・たしかに、出てました。この《咲》という字、「わらう」という意味があります。

なんとこの字、本来はそういう意味だったんだそうです。笑うときは大きな口を開けます。だったら、口偏であることが理解できます。

「八百万神、共に咲ひき」と、古事記にも書かれているそうです。

春の季語に「山笑う」というのがあります。木々に葉が生い茂り、花が咲く春の様子を上手に表した言葉ですね。大好きです。同じような感覚で、花が咲く様子を、「花わらう」と表現したんでしょうね。そのために、日本では、《咲》の字を、「花が咲く」という意味として使うようになったみたいです。

そう考えると、なんかホッとするような漢字ですね。

ちょっとした薀蓄本ではありますが、これらの漢字の強みがありますからね。漢字本の強さってところでしょうか。ご満足いかなかったら、委員会の《委》なんていかがでしょうか。《色》なんていかがでしょうか。《色》はこの本にはなかったかな。




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『言ってはならない 残酷過ぎる真実』 橘玲

正月で、年末から孫が来てます。孫が来てるのに、その親が来てないもんですから、本なんか読んでいる暇、あるはずがありません。そんなわけで、以前の記事の使いまわしです。使い回しって、とても素晴らしい考えですね。ちょっと内容を付け足しておきました。

孫の子守と飲み過ぎで、記事が滞ることがあるかもしれませんが、あしからず。

あっ、そうそう、言い訳が先になってしまいました。申し訳ありません。

あらためまして、あけましたおめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。

まずは、前提として、犯罪を犯しやすい人間と、そうでもない人間がいるということだ。これを受け入れがたいという人は、とりあえず、この本をしっかり読んでもらう必要がある。

反社会的行動をとりやすい人間は、心拍数が低い。心拍数の性差は3歳で出現し、男子の心拍数は女子より1分間に6.1回少ない。男性の犯罪者は女性よりもはるかに多い。
  1. 人は興奮状態にあるとき、心拍数が増える。臆病で不安を感人間は、心拍数があがる。心拍数の少ない人間は、“恐怖”という感情が欠如している。
  2. 心拍数の低い子供は高い子供よりも他人に対する共感力が低い。人をいじめたり、殴ったりしたとき、人がどんな気持ちになるか思いやることができない。
  3. 心拍数の低さ、つまり覚醒度の低さが、興奮を求めて、極端な行動に走らせる。 
興奮を伴う職業や、冒険によって、上記のような特性を満足させている人も多いが、犯罪に走るものには、心拍数の低いものが多いのも事実。


新潮新書  ¥ 842

進化論、遺伝学、脳科学の最新知見から、解き明かされる「残酷すぎる真実」
Ⅰ  努力は遺伝に勝てないのか
遺伝にまつわる語られざるタブー
Ⅱ  あまりに残酷な美貌格差
見た目で人生は決まる-容貌のタブー-
Ⅲ  子育てや教育は子供の成長に関係ない
「わたし」はどのように「わたし」になるのか

幼い子にクレヨンと白い紙を渡して絵をかかせると、女の子たちはオレンジ、緑、ベージュといった暖かい色で人物、ペット、花、木を描こうとする。一方、男の子たちは黒や灰色といった冷たい色で、ロケットやエイリアン、自動車といった動きのあるものを描こうとする。これは親や先生が、「女の子らしい」あるいは「男の子らしい」絵を描くよう指導したらかではない。ところがアメリカの幼稚園の先生の大半は女の先生で、そんな男の子の特質が分からない。暖かい色を使った人物の絵を描くことのできない男の子は、どこかに異常がある可能性を指摘されて、治療の対象となる。

欧米でも、自然科学の分野で博士号を取得する女性の比率は10%を下回り、物理と工学では5%に届かない。これは今まで、アカデミズムにおける性差別の証拠とされてきたが、それでは生物学において女性研究者の比率が25%を占める理由が説明できない。カナダの心理学者ドリーン・キムラは自然科学における男女の偏りは、女性の脳が物理学よりも生物学に適しているのが理由だと答える。胎児の段階から男性ではテストステロン、女性ではエストロゲンなどの性ホルモンが脳に影響し、その結果、男性は空間把握や数学的推論の能力が発達し、女性は言語の流暢性を高めた。女性は自分の合理的判断により、自分にとって有利な分約進んだのだ。

男性の脳は「システム化」、女性の脳は「共感」に秀でていると述べたのは、イギリスの心理学者バロン・コーエン。プログラマーや技術職に男性が多く、看護師や介護士に女性が多いのは、脳の生理的な仕組みによって「好きなこと」が違うからだと説明した。

ボーヴォワールは、「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」と書いた。家庭や学校での性差別的な教育が「女らしさ」を植えつけているという仮説は、社会実験としてもとらえることのできるいくつかの実例によっても否定された。

キブツはイスラエルの実験的コミューンで、子どもは幼児期から親から切り離されて共同生活し、男女を一切区別しない教育が施された。以来、4世代が経過しても、女性の7~8割は人間を相手にする仕事、中でも保育や教育の仕事を選択し、男性の大半は農作業や工場、建設、営繕の仕事を選んだ。

他の「男はモノを相手にした仕事を、女はヒトとかかわる仕事を選ぶ」というのが、キブツの大規模な社会実験の結果である。男女の嗜好の違いは、男性中心主義的な環境ではなく、脳の遺伝的・生理的な差異から生じたものである。つまり、男らしさ、女らしさは、進化が生み出した脳のプログラムなのである。




女子校では共学に比べ、生徒本人の望まない妊娠が少ないそうです。一般には、共学に比べて女子校は男子と知り合う機会が少ないことが原因と考えられます。まあ、当然な考えですね。

しかし、ことはそう簡単ではないんだそうです。共学では、特定のカップルは、他のカップルのつきあい方の強い影響を受けます。男子は他のカップルの男子がどのようなつきあい方をしているか、女子は他のカップルの女子がどのようなつきあい方をしているかを興味深く観察します。

男子は、他のカップルの男子が、女子から体を許されているならば、自分も自分のつきあう女子から体を許されるべきだと考えるわけです。女子は、他のカップルの女子が、男子に体を許しているならば、自分も自分のつきあう男子に体を許すべきかと考えるわけです。

他のカップルが同じ生活領域にいるため、まだ付き合っている男子に体を許していない女子は、さまざまな社会的圧力を感じることになるわけですね。

バカバカしい話のように感じますが、世の中、けっこうこんなバカバカしい考え方で進んでいるものです。




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『昭和12年とは何か』 宮脇淳子 倉山満 藤岡信勝

序章の前に、《昭和十二年学会 趣意書》というのがあります。

昭和十二年は支那事変の始まった、日本にとっては、たしかに運命の年です。その年には、盧溝橋事件、通州事件、上海事変、正定事件、南京事件など、その後、日本が侵略国家と決めつけられるような出来事や、日本人がおぞましい虐殺の対象となったできごとのおこった年でもあります。

「日本は侵略国家であった」という、日本人の多くの人までがそう考えてしまう風潮が今でも続いていますが、1945年まで続くとされる、その“侵略”行為が継続的に始まったのが昭和十二年なんですね。

上記、昭和十二年に起こった一連のできごと、さらに日本が“侵略国家”と呼ばれる現状にしっかりとした学術的検証の光を当てようというのが、昭和十二年学会設立の理由のようです。

そして、この本の題名は、『昭和12年とは何か』ですが、この本によって、それが解明されているわけではありません。この本は、10ページ、11ページに書かれている《昭和十二年学会 趣意書》をさらに詳しく、会長である宮脇淳子さん、事務局長である倉山満さん、大会準備委員長である藤岡信勝さんの三人の立場から、説明していったものです。

『昭和12年とは何か』 宮脇淳子 倉山満 藤岡信勝

藤原書店  ¥ 2,376

盧溝橋事件、通州事件、上海事変、正定事件、南京事件 日本にとって運命の年
一章  世界史上の重要年「昭和12年」とは
第二章  「昭和12年」と「西暦1937年」
第三章  「昭和12年学会」創立のいきさつ
第四章  それぞれの昭和12年観
第五章  大陸と日本の歴史検証
第六章  つながりを語る
第七章  本当のことを伝える
終章  「昭和12年学会」入会と会則について


学会の設立の必要性を最初に訴えたのは、藤岡信勝さんだったそうです。そのきっかけとなった出来事が、第三章に書かれています。藤岡さんはこれまでにも、この年に起こった通州事件や南京事件の真相を世に知らしめる啓蒙活動を続けておられます。

たしかに日本人は、誰が言ったわけでもなくても、残虐な写真や描写を禁忌にするところがあります。東日本大震災の悲劇的な映像や写真は、かえって海外の方が知られていたりもします。“死”や“血”に関わることを嫌う穢れ忌避は、日本人独特の宗教的な間隔といってもいいものです。
戦争ならば人を殺さなければいけませんが、日本人なら好んでむごたらしく殺したりしません。だけど、むごたらしく殺された事実はあるわけです。その事実を知らせるために藤岡さんが出したのが『通州事件 目撃者の証言』ですね。

また日本人は、明き、正直な心を尊びます。嘘をつくことは卑怯なことと育てられます。だから、他所の国の人も嘘は憑かないと誤解しているので、平気で嘘をつく人たちがすぐ近くにいると、ついついそれを信じてしまいます。そうして信じ込まされたのが南京事件であるという藤岡さんの理屈は、すでに実証済みですよね。

なにしろ、南京事件の残虐写真に使われているのは、通州事件で“中国”兵たちが日本人に行った残虐写真なんですから。そういう酷いことが、平然とできる神経が分かりませんが、それが彼らのやり方というしかありません。

さて、それ以上に藤岡さんが大きなこととして挙げているのが、正定事件です。この間読んだ、高山正之さんの本にも、この事件のことが取り上げられてました。

これは、昭和12年10月北京北方にある正定で起きた事件で、上海事変に端を発する支那事変の中で、正定は日本軍によって陥落した後に起こったようです。当初、敗残兵と民間人が混在し、混乱していた中で、カトリックの宣教会が“中国”人による略奪にあい、シュラーフェン神父ら9人の聖職者らが拉致されました。彼らは一か月後に焼死体として発見されたそうです。

時間は日本軍によって調査され、犯行は敗残兵によるものとつきとめられ、教会を保護する立場にあったフランス政府からもその調査結果が受け入れられたそうです。

ところが、近年、この正定事件を、日本軍の残虐行為とする動きがあるというのです。こういう内容です。

《大勢の“中国”女性が女子修道院に逃れていたところ、日本軍が侵入して“中国”女性を慰安婦として引き渡すよう要求した。シュラーフェン司教が拒否すると、その夜、日本軍は司教ら聖職者9人を拉致して虐殺した》

オランダのシュラーフェン神父をたたえるシュラーフェン財団というのがあって、シュラーフェン神父を列福するための運動があって、すでにバチカンに資料を提出して審査を待っているんだそうです。オランダは“中国”と手を組んだんですね。これも、そういう国だとしか言いようがありません。

とまあ、こういうことが、藤岡さんが、なんとしても学会を設立して、これらの事件、そしてその後の「日本は侵略国家」という風潮を学術的に検証しなければならないと考えた理由のようです。

もちろん、応援します。お三方には、いつもいろいろ教えてもらってますからね。




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『脳科学から見た「祈り」』 中野信子

子どものころ、親がいつか死んでしまうことが、とてつもなく怖かったです。

まずは祖父が死んで、祖母が死んで、母が死んで、父が死にました。でも、私の脳は、その命日をまったく記憶してないんです。もとから、いい加減な奴といえば、それまでなんですが、いくらなんでもねえ。一人の命日も覚えてないってのは、ちょっとまずいんじゃないかと思うんですけどねえ。

その時の状況とか、まわりに誰がいたかとか、みんな分かるんですけど、何月何日に亡くなったのか、ちっとも覚えてないんですよ。その他の状況から、「このあたりのはず」ということは分かるんですけど。だから、なんかの必要がある時は、連れ合いに聞きます。

「あのさ、いつだったっけ」

それがおかしな話で、何度聞いても忘れちゃうんです。まあ、そういう奴だっていえば、それまでなんですが、しょうがないですね。・・・脳が、記憶を拒否してるなんてことはないでしょうか。
脳科学って、すごい進んでるんですね。ビックリしました。MRIが登場したことが大きいらしいですよ。MRI、足の手術をしたときに、MRIの検査を受けたんです。もともと狭いところは苦手なんですが、しかも、カンカンカン、ぎーぎー、ドンドンドンドンとかって、変な音を聞かされるじゃないですか。危うく、「出してくれー」って叫ぶ寸前で終わりましたけど、二度とMRIは嫌です。

でも、MRIの登場で脳内の動きをリアルタイムで観察できるようになって、脳科学の世界ではここに来て大発見が相次いでいるんだそうです。

「ミラーニューロン」っていうのは共感細胞とも呼ばれる神経細胞で、他者への共感を左右する働きがあるんだそうです。発見されたのは、1998年のことだそうですから、今、まさに脳の働きってのが解き明かされようとしているということのようです。



潮出版社  ¥ 617

「前向きな心、感謝、人を思う祈り」が脳を活性化し免疫力を高める
はじめに 脳科学が示す、「幸福」な生き方
第1章 脳に与える祈りの影響
第2章 脳科学からみた幸福な人、不幸な人
エピローグ 逆境こそが脳を鍛える


人間は、長い進化の過程で、生き延びるすべを脳に刻んできたわけですよね。その結果が、今の人間の脳ということなんでしょうか。

たとえば、人間は人に共感することで、他者とともに生きることを選択してきまいた。だから、人を愛し、人のために尽くすことに喜びと幸福を感じるようになっているんだそうです。

「ベータ-エンドルフィン」、「ドーパミン」、「オキシトシン」などは脳内快感物質と呼ばれて、ある一定の条件下で脳内で分泌され、さらに脳を活性化させ、体の免疫力を高めて病気を予防する効果があるんだそうです。

それが分泌されるのは、前向きな心でいるとき、笑顔のとき、感謝の気持ちを持つときなんだそうです。

自分を肯定的にとらえているとき、脳は大きな快感を感じ、活性化するんだそうです。そして、脳が自分を肯定的にとらえるのは、自分がだれか、他者のために尽くしたとき、他者のために祈ったときなんだそうです。他者に愛情を、慈しみの思いを抱いたときなんだそうです。

そういう時に、「ベータ-エンドルフィン」、「オキシトシン」が分泌されて、脳は幸福に満たされるわけですね。

ただ、「アドレナリン」、「ノルアドレナリン」なんてのもあるじゃないですか。闘争心や危機感を感じたときに分泌されるそうですが、こちらは怒りのホルモンと呼ばれて、一気に血圧を上げて人を戦闘態勢に入らせるんだそうです。

かなり微妙ですね。でも、もう私の歳になると、誰かと競争しなきゃいけないってこともなくなりますから、怒りのホルモンには遠慮してもらいましょう。そのためにも、誰かのために祈りましょう。

皆さんが、毎日笑顔で過ごせますように。交通事故が無くなりますように。来年は競馬で儲かりますように。・・・うっ、アドレナリンが‼




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一帯一路『本音化するヨーロッパ』 三好範英

デュースブルクって街をご存知ですか。

私は知らなかったんですが、“中国”が進める一帯一路とか、新シルクロードとか、色々とぶち上げている巨大経済圏構想がありますね。そのヨーロッパ川の終点にあたるのが、このデュースブルクって街なんだそうです。

ハブのコンテナ基地になっていて、鉄道の便で“中国”から週に20~25便も発着しているんだそうです。ここからケルン、デュッセルドルフ、フランクフルトにもつながっていくって言うから、重要な拠点ですね。

もちろん、急にデュースブルクって何でもなかった街が注目を浴びたわけじゃなくて、ここ、ライン川とルール川の合流点で、世界最大と言われる内陸港を持つ港湾都市っていう場所で、ハンザ同盟でも重要な場所だったようです。

産業革命以降は、ほら、このあたりは石炭が採掘されますよね。そう、ルール工業地帯の、まさにその一角をなす、超重要拠点だったわけです。第一次世界大戦や、戦間期、第二次大戦、さらには戦後のヨーロッパの歩みの中でも、常に注目を集める場所で有り続けたわけです。

ところが近年、構造不況を乗り切れずに多くの工場が閉鎖し、失業率が13%っていうのが2017年の話です。この経済の停滞は1970年代なかばからの鉄鋼産業不況で始まったそうです。

多くの空き家が生まれて、最初はトルコ人が住んだんだそうです。最近はロマが入ってきて、今や住民2万人のうち3分の2がトルコ人とロマなんですって。窃盗、空き巣、不正給付、児童犯罪に悩む街になっちゃったそうです。

そんな街に習近平が目をつけたのは、デュースブルクの後背地であるノルトライン・ヴェストファーレン州、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクといったヨーロッパの産業の中心、最大の人口密集地帯が広がっているからだそうです。半径150km圏にデュッセルドルフ、ケルン、ブリュッセル、アムステルダムなどの都市を含み、3000万人が住んでいるからなんだそうです。

だけど、相手は“中国”ですからね。そのへん、どう捉えられてるんでしょうね。


幻冬舎  ¥ 864

ヨーロッパの「本音化」というべき現象が、EUの協調を崩し、世界の衝突の震源地となる
序章 過ぎ去らない危機
第1部 難民とロシア 二つの最前線
第1章 レスボス島のEU旗
第2章 泥濘のリトアニア軍演習場へ
第2部 右傾化と分断 内在化する脅威
第1章 難民受け入れの現場から
第2章 ポピュリズムの実相
第3章 ユーロが生む貧困と格差)
終章 漂流するヨーロッパ


どうも、デュースブルクは、市の再興を“中国”との関係に賭けてしまっているようなんです。「今、産業構造転換の最中で(街は)大きく変化しており、対中関係は死活的に重要だ。構造転換の成否は、中国との関係にかかっている」とおっしゃるのは、市長直属の対中関係顧問に任命されたヨハネス・プフルークさんです。

著者が、このプフルークさんに、“中国”の海洋進出など安全保障上の懸念について話すと、「市としては、世界政治の問題を解決することはできない。鉄鋼業中心の町から他の産業分野を構築し、経済的なチャンスをものにしようと考えているだけだ。それが中国との関係だ」と、後に引く気は毛頭ないようです。
産経新聞 2018/12/26
拘束から3年5カ月 非公開で初公判 中国の人権派弁護士、国家政権転覆罪で
https://www.sankei.com/world/news/181226/wor1812260007-n1.html
(全文)
【北京=西見由章】2015年に中国当局に拘束され、国家政権転覆罪に問われた人権派弁護士、王全璋氏の初公判が26日、天津市の第2中級人民法院(地裁)で開かれた。地裁は同日、「国家機密に関わるため審理を非公開とした」とする声明を発表し、次回公判で判決を言い渡す方針を示した。

王氏は15年7月から8月にかけて、中国当局が一斉に拘束した人権派弁護士や民主活動家ら200人以上の中で唯一、消息不明の状態が続いていた。約3年5カ月もの間、家族や弁護士との面会も認めないまま拘束が続けられたことについて、支持者らから批判の声が上がっている。

(続きを読む)に全文

本当に、この“中国”に、市の命運をかけるんですか? それとも、人には言えない違う理由でも・・・。



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『習近平は日本語で脅す』 髙山正之

まったく、“中国”っていう国は、嘘つきで、ご都合主義で、本当にどうしようもない。ただ、でかいだけに、存在感だけはぴか一で、群を抜いている。いくらでかいからと言って、あんだけ嘘つきで、ご都合主義だと、世界の国々の中から浮き上がってしまって、誰も付き合ってくれなくなるんじゃないでしょうか。

なんて考えていたあなた、本当に残念だけど、そりゃ間違いです。たしかに、“中国”は嘘つきで、ご都合主義で、恥知らずですが、同じくらい嘘つきで、ご都合主義で、恥知らずで、強欲な国は、他にもいくらでもあるんですから。

たとえば、日本と同盟国だったはずのイタリアは、とっとと負けて、敗戦直前の日本に宣戦布告して、日本から賠償金をふんだくっています。

あんまり貧しすぎて国土まで自分たちで作らなければならなかったオランダは、インドネシアという金のなる木を日本人のせいで失いました。オランダは日本を心の底から憎んだようです。報復に、日本人をBC級戦犯として226人も処刑しています。高松宮がユリアナ女王に助命を嘆願しても、女王は聞こえないふりをしたそうです。捕虜への補償としてオランダが日本からかすめ取った額は1500億円です。

娘のベアトリクスが跡を継いでまもなく、昭和天皇が崩御されましたが、世界中の王室が参列されたのに、オランダ王室だけは欠席したそうです。ベアトリクスはその2年後に訪日し、歓迎晩餐会で「戦争被害を受けた人たちの心の傷をどう癒すか。問題は残る」と発言して追加補償を迫りました。日本政府は女王の無礼をとがめることなく2度目の補償を払ったそうです。女王の跡を継いだ国王アレクサンダーが先年訪日しましたが、宮中晩餐会で「つらい歴史を忘れてはならない」と金をせびることを忘れなかったそうです。


『習近平は日本語で脅す』    髙山正之


新潮社  ¥ 1,566

尖閣強奪のみならず、日本併合まで企む「皇帝」の演説は70%が日本語だった
第1章 新聞では何も学べなくなった
第2章 歴史を正しく知れば何も怖くない
第3章 新しい時代を前に知っておくべき事
第4章 世界に蔓延するウソつきの面々
第5章 やっぱり朝日の記事は奥深い

この本の題名になっている『習近平は日本語で脅す』は、《第四章 世界に蔓延るウソつきの面々》の中に入っています。

たしかに漢字文化ってのは強烈です。日本人にとっても、それはあまりにきらびやかで、まぶしく仰ぎ見たに違いありません。朝鮮人なんか、完全に取り込まれて、もとからの朝鮮語の多くを失っていきました。そのうち、自分たちの名前まで“中国”人のようにしてしまいました。文化を捨てちゃったわけですね。

でも日本は違います。漢字には、かなり早くから触れている割には、朝鮮人のように、それに取り込まれていかないんですね。逆に万葉仮名を発明して、言葉に文字を従わせたんです。片仮名、平仮名が発明されてからは、漢字文化圏とは言うものの、まったくの異質な文化を発展させていきました。意味の組み合わせから、あるいは日本人独特のイメージから、新たに日本で作られた漢字もたくさん生み出されていきました。

明治維新、西洋文明が怒涛のように流れ込んでも、ものすごい数の西洋由来の物事や概念までも、それを日本語に翻訳して使いこなしました。“中国”は、そのように日本語に翻訳された漢字で、西洋の物事や概念を学んでいったのです。「現代中国語の70%以上は日本から輸入した言葉だ」とは、中国語の学者王彬彬さんの言葉だそうです。

『習近平は日本語で脅す』とは、そういう意味です。彼の話す言葉は、じつは日本語なのです。

“中国”人がチャイナドレスと呼ぶ服が合って、多くの日本人もあれが“中国”の服だと思っています。あれは、かつて“中国”を支配した満州族の服ですね。スカートのわきが切れ上がってるのは、魅力的な足をおしり近くまで見せてアピールするためではなく、馬に乗るためです。

かつて満州族に支配され、満州族の文化を与えられた“中国”は、満洲の地を奪い、満州族を“中国”化することで、満州族の服を、堂々とチャイナドレスと呼ぶのです。

習近平が、自分の使っている言葉は“中国”語に他ならないと言いたいなら、日本を奪い取り、日本人を“中国”化することで、はじめて為しうることなのです。

嘘つきで、ご都合主義で、恥知らずで、強欲で、厚顔な彼なら、そう考えていてもまったくおかしくありません。

この間の天皇誕生日、天皇陛下のお言葉に、もともとゆるい私の涙腺は涙をあふれさせてしまいました。それにしても年前の12月23日、まだこの日は天皇誕生日ではなかった。マッカーサーはこの、将来の天皇誕生日に合わせて、7人のA級戦犯の処刑を決行した。なんてこころの貧しい奴なんでしょう。

戦後、20歳そこそこでマッカーサー憲法の起草班に入ったユダヤ人のベアテ・シロタ。朝日新聞にしてみれば、日本における女権確立の立役者。戦前、彼女の一家はナチスに追われ、満洲経由で日本に逃れてきた。ベアテ・シロタは日本で中学を出た後、アメリカ留学を希望したが、亡命ユダヤ人にはビザも出してもらえない。のちに、マッカーサーにA級戦犯に仕立て上げられて殺される広田弘毅がアメリカを説得して、彼女は戦争前夜、カリフォルニア州の全寮制のカレッジに入った。

たしかに習近平は嘘つきで、ご都合主義で、恥知らずで、強欲で、厚顔かもしれませんが、マッカーサーやベアテ・シロタと並べてみると、普通の人に見えて来たりしませんか。




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『医者が考案した「長生きみそ汁」』 小林弘幸

《みそ汁だ》って、私も思うんです。私のお腹を整えてくれて、私にたくさんの野菜を食べさせてくれるのは、やっぱりみそ汁だって思います。

朝のみそ汁を作るのは、うちでは私の仕事です。連れ合いと二人だけの生活に戻って、その頃、私、足の痛みが最高潮のころで、本当に連れ合いにおんぶにだっこで、なんか悪くってね。

足が治ったあと、少しでも楽してもらおうと思って、だけど、御勝手は女のプライドですからね。出しゃばっちゃいけません。でも、いつも朝は忙しそうにしてるんで、私の朝ごはんと弁当作りから解放してあげれば、ずいぶん楽になるだろうと、そういうことにしたんです。

で、どうせだから、みそ汁は二人分作るからってことになりました。手が空いた連れ合いが、毎朝、めざしを焼いてくれてますので、《みそ汁とめざし》、朝ごはんは、それが基本です。

先にも書きましたけど、みそ汁で心掛けているのは、できるだけ野菜をたくさん、多種類入れること。煮干しの出汁を多めに使って、薄味で作ることです。

そんなみそ汁作りの参考になればと思って、この本を購入しました。もちろん、みそ汁で長生きできれば、何だかお得ですしね。



アスコム  ¥ 1,404

本書が提案する健康法は、一日1杯の「長生きみそ汁」生活です。
1章 簡単だから続けられる!「長生きみそ汁」の作り方
第2章 不調がみるみる消える「長生きみそ汁」最強の健康効果
第3章 健康効果が倍増する!「長生きみそ汁」アレンジレシピ
第4章 いつものおかずがパワーアップ「長生きみそおかず」レシピ
第5章 さらに病気を遠ざける「長生きみそ汁」習慣のススメ


だけどこの本、ちょっと思っていたのとは違いました。“いつものみそ汁”ではないんです。この本で紹介されている「長生きみそ汁」は、《いつも飲んでいるみそ汁を、長年の研究成果をもとにパワーアップさせた》みそ汁なんです。

みそ玉を作っておくんですね。それを製氷用の器があるじゃないですか。小分けにされているやつ。あれで凍らせておいて使うんです。そのみそ玉の作り方は、そう難しいもんじゃありません。用意する具材は四種類だけですし、玉ねぎはすりおろすものの、あとは混ぜるだけですから。

でも、私、この「長生きみそ汁」は使わないことにしました。“いつものみそ汁”でやっていくことにします。それに、このみそ玉作戦は、“いつものみそ汁”のなかでも、容易に活用できます。それくらい、この四つの具材を合わせることは容易なことなんです。

第1章は、文字通り、長生きみそ汁のみそ玉の作り方、保存方法。第2章は、その効用が、大きな文字で説明されています。第5章は、「長生きみそ汁」を取り入れた健康生活のすゝめです。第3章、第4章でみそ汁だけでなく、そのみそ玉、つまりみそ玉の具材を使えばいいわけですが、それを使ったレシピが紹介されています。
第3章、第4章は、本当に参考になります。

「今日のみそ汁はおいしかったね」って、連れ合いから言われることがたまにあります。そうに言われて喜んでお終いにしていたんですが、その時のレシピをちゃんと覚えておけばよかったって、あとから思いました。

とりあえず、おととい言われたんですが、おとといの具は、少し小さく切った絹ごし豆腐、大きめに切った油揚げ、大根の千切りでした。煮干しの出汁は粉末にしてあるやつ。これをドバドバ入れて、みそはそんじょそこらの安売りのみそ。たしかに、自分でいただいた時も、うまいなと思ったんです。

こんど、この本に出てた《かぶとベーコンのみそ汁》を作ってみます。タマネギをすりおろしてみようかな。




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テーマ : 料理の本
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『「始まりの国」淡路と「影の王国」大阪』 関裕二

日本の歴史の始まりって言えば、やっぱり京都や奈良を思い浮かべますね。そこで、大阪って言われてもね。大阪と言われて思い浮かべるのは、グリコのお兄さんだったり、でっかいフグの提灯だったり、やっぱりでっかい蟹だったり、ビリケンさんだったりです。

大阪で観光って言ったって、ユニバーサルスタジオや海遊館、新世界を回って、腹が減ったら食い倒れ。

もちろん、大仙古墳とか、誉田御廟山古墳とかを知らないわけじゃないけど、それは大和朝廷の流れの中に入れちゃってるから、奈良なんですよ。

あれれ、考えてみると大阪って不思議ですね。瀬戸内海の尽きるところ。そこはまさに、遠く世界中から運ばれた物品が瀬戸内海に入って、それがいよいよ荷揚げされる場所じゃないですか。

大阪は世界につながる最前線、世界への入り口だったんです。《大阪から瀬戸内海を西へ向かい、北部九州、朝鮮半島、中国へと通じていたからだ。中国の先にはシルクロードも控えている》と、著者の関裕二さんも言ってます。大阪を支配することは、ものすごいことだったんですね。

日本海側からも、琵琶湖を経由して一気に川を下って大阪に出られます。のちの時代には、東山道や東海道の陸路で東国ともつながる物流の要です

なのになぜ、金剛山地を越えて、飛鳥に政権の拠点を築いたんでしょうか。



新潮文庫  ¥ 562

国産みの地淡路と巨大古墳群が造られた大阪を巡り、古代史の常識に挑む

第1章 神戸・明石に眠る大きな謎
第2章 淡路島に早良親王を訪ねる
第3章 泉州と行基さま
第4章 巨大古墳の謎に迫る
第5章 大阪とはいったいなんぞね


5世紀、前方後円墳が作られる場所が大和から河内に移り、巨大な前方後円墳が河内に集中しています。おおよそ一世紀の間、そう言った状況が続いたようです。このころ、政権は大阪平野にあったんでしょうか。だけど、いずれにせよ、政権は金剛山の向こう、飛鳥の地で続きます。

その後も、大和朝廷は、大阪への遷都を試みてはいます。でも、失敗してます。大阪は商業都市としては、こんなにもうってつけのところはありません。にもかかわらず、どうも政治の拠点を置くには、ふさわしくなかったみたいなんですね。豊臣政権が短命に終わったのは、《地政学上の罠》という言葉を、著者は使っています。

だからこそ、金剛山を越えて大和に抑え、大和から大坂を支配したということのようです。たしかに、大和を抑えれば、大阪を人手に渡す心配はなくなりますね。でも、政権を置くにはふさわしくないというんです。

んんん、どうも、大阪というところには、不思議ななにかがありそうですね。京都が攻めやすく、守りに弱いというのは聞いたことがありますが、それでも平安政権は長く日本を支配しました。それはあくまでも、大阪ではなくて、京都だったんですよね。

その京都と、大阪の違いって何だと思いますか。

関裕二団の本は、かなりたくさん読んでます。歴史家さんの本よりも、変な言い方ですが、部外者の方の書いたものの方が、圧倒的に面白いですね。変なしがらみとか、無駄な常識ってもの邪魔されることがないからでしょうね。

そうそう、イザナギとイザナミは、国生みの最初に淡路島を生み出してるんですよね。大八島国の国を生み出す、その最初が淡路島で、最後が本州。淡路島が最初であるには、やっぱり訳がない訳がないと思いませんか。

なにかを確定づけているような内容の本じゃないんですが、とにかく好奇心を刺激されて、他の著者の本と合わせて、日本の古代史の奥深さを教えられるような本です。
 



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『雨降る森の犬』 馳星周

なんだか、やたらと馳星周さんの本を読んでいます。

『蒼き山稜』、『神の涙』、『神奈備』、『比ぶ者なき』と呼んで、今日ご紹介する、この『雨降る森の犬』で五冊目です。『比ぶ者なき』は藤原不比等を描いた歴史ものですが、それ以外四冊は、いずれも山が関わってきます。『蒼き山稜』は後立山、『神の涙』は道東、屈斜路湖周辺、『神奈備』は御嶽山でした。

そして今回、舞台になっているのは八ヶ岳の北にそびえる蓼科山を望む立科町です。主人公たちは、女神湖から少し上がった七合目登山口に車を置いて蓼科山に登っています。

埼玉からは遠いですからね。行ったのは大学の時かなぁ。お金がないから、山登りで一番困るのが交通費だったんです。だから、一回の山行で、せせこましく、登れるところはとにかく登っておこうって、そういう登山になっちゃうんです。

新宿から中央線で小淵沢まで行って、そこから一番南の編笠山に登って、北の蓼科山までテント背負って歩きました。しかも、主脈だけじゃなくて、歩けるところはできるだけ歩こうってやり方でしたから、ずいぶん日にちもかかりました。

だから、主人公たちが登った道を、私はおそらく下りました。よく覚えてないんですけど。なんせ、40年近く前のことなので。

麦草峠から南側は、その後も何度か寄せてもらいましたが、北側はそれきりです。来年は一度、連れ合いを連れて、テント泊で行ってみようかな。麦草峠に車を置いて、二子池あたりまでなら、歩いてくれるでしょう。



『雨降る森の犬』    馳星周

集英社  ¥ 1,782

家族の問題を抱えた中学生と高校生が、愛犬と自然との触れ合いのなかで成長していく
父親を病でうしない、母親との確執を抱えた女子中学生の雨音(あまね)は不登校になり、山岳写真家の伯父・道夫のもとに身を寄せた。道夫はバーニーズ・マウンテン・ドッグのワルテルとともに自前のログハウスに住んでいた。ログハウスの近くには大きな別荘があり、雨音はそこの持ち主の長男で高校生の正樹と知り合う。正樹は再婚した父親と若い母親に対して、複雑な感情を抱えていた。


これまた、不思議な話でしたね。主人公の広末雨音は、大好きな父の死と、母に捨てられた(も同然の状況にある)ことに傷つき、心を閉ざしました。そんな状況で伯父である道夫の家がある立科町に移り住むことになります。伯父の家の隣には別荘があります。雨音は、時折そこにやって来る国枝正樹という、ちょっとひねくれた高校生徒と知り合います。正樹も、雨音と同じく、家族の問題で、心に傷を抱えていました。

山に関わる馳星周さんの作品は、一つの同じ傾向があるようにおもいます。それは一度つまずいた人間が、山と向き合って生きることで人が自分を取り戻して、もう一度前を向いて生きようと立ち上がるんです。山がその機会を与えてくれるんです。

・・・そうとばかりは言い切れないかな。・・・『蒼き山稜』は、国際的な謀略がらみの話でしたからね。だけど、“山岳ミステリー”って看板付きでしたけど、あの物語の中でも、その山での体験を通して、人が、もう一度やり直そうと変わっていく様子が描かれてました。

『神の涙』は典型的に、その傾向が前面に出ていました。『神奈備』もそうだけど、話としては悲しい物語でした。そう言えば、『神奈備』も、家族に恵まれない少年の話でした。

家族問題で、心に大きな傷を持っている主人公。山は再生の場。そのあたりが、山に関わる馳星周さんの作品の、鍵になる部分かもしれません。

この物語に関して、一つ、大きなテーマを忘れておりました。心に傷を負った者を、常に変わらぬ姿で迎える山のほかに、もう一つ、主人公たちが変わっていくのに、山と同じように、泰然と変わらぬ姿勢を貫く存在を・・・。

それが、バーニーズ・マウンテン・ドッグのワルテルです。ワルテルは、この物語の中で作者が描こうとした、もう一つの主人公でした。




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高校生と《武川岳~正丸駅》

12月22日の土曜日、名栗の名郷から登って、武川岳から正丸駅まで、高校生と一緒に歩いてきました。先々週も同じようなコースで、二子山に向かい、芦ヶ久保駅まで歩いています。

先々週は下見で、この日は高校生を連れて行く本番でした。 諸般の事情で、武川岳から正丸駅に向かいました。
地図
東飯能駅に集まって、名栗の奥の名郷に向かいます。先々週もそうだったのですが、飯能駅発のバスが東飯能に来たら、すでに座席はあらかた埋まっていて、立っている人も何人かいました。すごい!人気の山域なんですね。私は座りましたが、10人の高校生たちは、・・・あれ、1年生くんがひとり座ってました。

昨日までの予報では、昼前後に雨ってことでした。でも、名郷についた頃は青空がのぞいていました。20181222_081118_20181222174945c54.jpg
いい気分で、天狗岩に向かいます。

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いきなり今回の山行のハイライトですね。ただ、そこまでは急な上りが続きます。

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天狗岩は140mの間にゴツゴツした岩の間を70mほどもよじ登るんですが、あらかじめそういう所があると話はしておいたんです。そん時はなんとも言わなかったんですが、天狗岩下についたら、唯一の女の子、Aちゃんが、女坂を行きたいとのこと。「え~?大丈夫だよ」って言ったんですが、がんとして受け入れてもらえません。も~、しょうがねぇな~。

男の子たちと天狗岩を途中まで登ったら、下の方の見えないところにいるAちゃんから、「道がわかんない」って言ってきました。も~、しょうがねぇな~。 「迎えに行くからそこで待っててね」ということで、とりあえず男の子たちと天狗岩を登りました。「え~、もう終わり」って、それなりに楽しんでくれたようです。私は 女坂を下ってAちゃんをお迎え。天狗岩って、女坂のほうが疲れるって、初めて知りました。

天狗岩から前武川に向かっては、軽い上り下りの稜線歩き、最後は急な登りがあります。7人の2年生は歩きながらべちゃくちゃと、うるさいったらありゃしない。

天狗岩のところでは、それなりに緊張していたようなんですけどね。それを過ぎたら、あるきながらのおしゃべりです。緊張を強いられる山歩きをあんまり経験させてないので、一歩一歩注意深くってのが身についてません。

頭にきたから、最後の急登手前で、あえてスピードを上げさせました。ようやく静かになったのはいいんですが、それで息が上がるのは、一番年寄りの私なんです。

武川岳について、カップスープとパン、足りない人にはラーメンを作ることになってたんですが、1年生くん3人に2Lのポリタン渡して、6Lの水があるはずが、なぜが一人が、空っぽのポリタンを持ってきた。ピ~ンチ。

ラーメン希望者が4名だったことと、ラーメン希望者はカップスープのお湯をあきらめさせることでなんとかなりました。それぞれになんとか満足の行く昼飯を食い終えた頃、気がつくと黒い雲が下がって来ています。

本当は、ここから二子山に向かうはずだったんですが、早く降りられる正丸駅を目指すことにしました。武川岳でも、「まだ登りがあるんですか」とか言ってましたから、その方がいいですね。無理をさせても、ろくなことはありません。 20181222_114255_201812221749510a0.jpg
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この間通りましたけど、何か所かある急な下りが枯れ葉で埋まって、滑りやすくなってましたからね。そうと決めたら、私も安心して、正丸駅まで楽しく下山できました。
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武川岳の下りで、雪を見ました。もう、すっかり冬の山ですね。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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