めんどくせぇことばかり 2019年03月
FC2ブログ

『のっけレシピ ベスト190』 藤井恵 つむぎや

やった~!のっけご飯の本が出た~。

って思ったら、のっけご飯の本じゃなくて、“のっけレシピ ベスト190”ということで、目次をご覧いただけば明らかです。のっけご飯は、“人気ベスト20”まで、そこからの170は“のっけ麺”、“のっけサラダ”でした。

とりあえず、今は、晩酌の最中。今日の肴は、“みょうがの梅干しあえ”です。この“みょうがの梅干しあえ”は、のっけご飯として紹介されている“しらす、梅干し、みょうがのっけご飯”の乗っかってる人たちから、しらすを除いたものです。みょうがの荒々しい香りに梅干しを和えると、なんだかとても上品な味わいになります。みょうがが高知産の大きなものだったので、梅干しは二つ使いました。この梅干しは、実家の兄の連れ合いの、新潟のお母さんがつけたものをもらったんですが、とてもうまいんです。

なにが言いたいかといいますと、ご飯に乗っけて美味しいもの、麺に乗っけて美味しいものって、当たり前だけど、そのまま食べても美味しいんです。

それから、のっけご飯、のっけ麺は、器一つで済ましてしまうわけですから、数種類のものをのっけて栄養のバランスを取ります。幾種類化の食材の中には、役割配分があって、自己主張の強いやつ、表には出ないけど存在感を示すやつ、全体をまとめて味に深みを加えるやつがいて、絶妙なのっけご飯、のっけ麺になるんですね。

組み合わせの妙と言っていいと思います。ご飯に乗っけようが、麺に乗っけようが、そのまま食べようが、うまいものはうまいんです。

今日の肴、“梅干し、みょうがの和え物”でいうと、みょうがが自己主張の強いやつ、梅干しは表には出ないけど存在感を示すやつですね。もとのレシピで言えば、しらすが全体をまとめて味に深みを加えるやつということです。



主婦と生活社  ¥ 1,296

早くて美味しい料理なら、ごはんはもちろん、麺やサラダだってのっけレシピ
1 肉のっけめん
2 魚のっけめん
3 卵のっけめん
4 缶詰・びん詰のっけめん
5 豆腐・油揚げ・納豆のっけめん
6 野菜のっけめん
7 汁のっけめん

1 朝のっけサラダ
2 晩のっけサラダ
3 つまみのっけサラダ
4 ちびのっけサラダ
5 常備菜のっけサラダ


料理の本は、どれくらい持ってるでしょう。私、いちいち本を見て、料理をするようなことはありません。押し入れに頭を突っ込んで、しまいこんだ本に埋もれて、一日を過ごすことがあります。そんなときに、過去に読んだ本に出てくる料理を振り返ることがありますが、基本的に私の料理は、本や実践から得られた現状の私にできるだけのものです。

そんなふうに料理をつくるときに、肝になる食材がありますね。

例えば、丼ものを作る時、まあ、いろいろな丼がありますが、多くの場合、卵でまとめればなんとかなりますね。卵は最強のまとめ役と言っていいでしょう。

そう、それが頭にあると、料理のまとめが楽ですね。

それぞれが役どころを変えることもありますが、卵は、先程も言ったように最強のまとめ役ですね。他のまとめ役というと、“ツナマヨ”も結構、統率力がありそうです。“しらす”は表には出ないけど存在感を示すやつではありますが、実は廻りをまとめる力も十分に持っています。“納豆”も統率力は高いです。叩いて、ひき割りにすれば、まとめる力が強まるでしょう。

私は時々、“納豆腐丼”を食べるんですが、この場合、まとめ役は豆腐の方だと思います。

以外なところでは、大根おろしです。大根おろしポン酢にすると、大抵のものはまとめられます。

忘れちゃいけないのは、タルタルソース。卵系になりますが、玉ねぎの代わりにたくわんとかの漬物系にしたり、ここに青じそやみょうがを混ぜると、それだけで完結してしまいます。

キャベツを始め、野菜たちを細めに切って、電子レンジにかけたものをマヨネーズであえたり、ツナを加えておくと、まとめ役として力を発揮します。

そんな観点から見ると、この本、かなり価値が高いような気がします。

次の肴は、焼いた油揚げに大根おろしポン酢をかけてみましょうか。・・・飲み過ぎそう。





一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『世界でバカにされる日本人』 谷本真由美

ヨーロッパ諸国の人に、ジョークの対象にされて笑われている代表国の一つは世界一裕福なアメリカだそうです。

世界一裕福で、軍事、政治力が高く、厚かましい。それだからこそ、そのアメリカをコケにして大笑いするのが楽しいんですね。ただ、アメリカに関しては、事実がジョークを超越してしまうことも少なくないそうです。うう、“中国”もそうですね。“中国”の場合、ジョークでは済まないことも多々ありますので、そのあたりは、やはりアメリカのほうが上ってことでしょうね。

ポーランド人が小馬鹿にされることも多いんだそうです。ポーランド人を小馬鹿にするジョークは、なぜか世界各国にあるってことなんです。ちょうどショパンの時代に重なりますが、それはポーランド人にとって悲しい物語なんですね。国を失ったポーランド人が大量にアメリカに移民しています。アメリカだけじゃななくてヨーロッパ諸国やオセアニアにもポーランド人が移民していったわけです。

たまたま、ヨーロッパを制覇したナポレオンにおもねるために、ポーランドは国を挙げて、・・・国がないけど、・・・だから寄ってたかって女をあてがったんでしょう。ヴァレフスカ伯爵夫人?

国を失って拡散した移民なんて、移民先でなんでもやったでしょうからね。その国の人にすれば、異分子として目についたんでしょう。著者が面白いジョークを紹介してくれてました。

Q:電球を取り替えるのに何名のポーランド人の男性が必要か?
A:五人。独りは電球を押さえ、四人は椅子を支える



ワニブックス  ¥ 896

日本人は世界中でおマヌケな国民だと馬鹿にされ、大バカと揶揄される
第1章 世界からみて――「ここが変だよ日本人! 」BEST7
第2章 世界は日本をバカにしている
第3章 日本人の「ここ」が大嫌い!
第4章 お笑い! 世界万国バカ博覧会
第5章 バカにされない日本人になる方法

あとは、ベルギーですね。ベルギーがジョークの対象にされるのも、やはり、周辺国への大量移民というところに原因があるんだそうです。

ベルギーは、イギリス、フランス、ドイツというヨーロッパの三大国の真ん中にあって、独立と他国による支配を繰り返した複雑な歴史があります。それが、ベルギー人がジョークのネタにされた原因のようですね。このベルギーをいじりたがるのは、フランスとオランダのようですね。

私、以前から世界のジョークを紹介した本が好きで、見つけるたびに買って読んでいます。それらの本でも、ベルギー人が小馬鹿にされてました。なぜなのか、今ひとつ分かってなかったのですが、そういうことなんですね。こんなジョーク、どうでしょう。

伝説の泉
各国の代表からなる探検隊が、ようやく伝説の泉にたどり着いた。そこに妖精が現れて言った。
「皆さん、あなたの好きなものを叫びながら、この泉に飛び込んでみてください。泉の水をその好きなものに変えてあげます」
すると、ロシア代表が、「ウォッカ」 と叫びながらプールへと飛び込んだ。プールの水はウォッカに変わり、ロシア代表は酔いしれた。
続いて、日本代表が、 「酒」 と叫びながら泉へ飛び込んだ。泉の水は日本酒に変わり、日本代表は日本酒に酔いしれた。
最後にベルギー代表が飛び込もうとした。しかし、彼は途中で石につまずいてしまった。彼は思わず、 「クソ!」 と叫びながらプールへと飛び込んでいった

昨年、サッカーのワールドカップで、日本とベルギーがベスト8をかけて戦いましたね。二-〇になった時は、私も勝ったかと思いました。ベルギーも流石ですね。

私、心のどっかに、「クソ!」と叫んで泉に飛び込むベルギー人がいたもんですから、ベルギー代表選手の素晴らしい躍動に、あっけにとられてしまいました。

そのヨーロッパで、今、イギリスのプレグジットとヨーロッパ全体の難民危機に関しては、ジョークにするのがかなり危険な状況になっているんだそうです。どちらも、感情的になってしまう問題のようですね。難民危機に関しては、差別だってことで問題化される危険もありますから、余計かもしれません。

結局、問題が深刻で、笑い飛ばす余裕なんかない状況のようです。

著者の谷本さんは、日本が「突飛な発明や変わったことがテレビや雑誌で取り上げられてワハハと笑われるということは、日本はそういうネタにしても大丈夫な危なくない国だと思われている証拠で、これはとても良いことです。」と言ってらっしゃいます。まさにそのとおりだと思います。

最後に、この本で紹介されている、ベルギー人が小馬鹿にされているジョークを一つ紹介して、ワールドカップの貸しを返してもらっておきましょう。
Q:ベルギー人の海賊を見分けるにはどうしたらいいか?
A:両方の目に眼帯をしている




一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『中国人のこころ』 小野秀樹

まったく、恥ずかしいったらありゃしない。

連れ合いの思いつきに付き合うと、時として、あとからとんでもなく後悔することになります。そうそう、サングラスを買うときがそうでした。山用以外にサングラスは持ってたんですが、ちょうど視力が低下して、度付きのものを買うことになって、連れ合いに選んでもらったんです。

連れ合いが強く進めるものを買ったんですが、何かとこだわりの強い女じゃないんですが、その時は強く進められました。大好きな沢田研二が同じものでもかけていたんでしょうか。二の足を踏む私に、「絶対かっこいい」って言ってましたからね。

私がそれをかけていたら、娘が泣きました。高いものでしたから今でも使ってますが、今やスキンヘッドになってしまった私がそれをかけていると、周囲の雰囲気が変わります。

もう一つが、今の車にした時に、語呂合わせのナンバーを進められたこと。《25-25》です。だけど、《25-25》の人はたくさんいるじゃないですか。恥ずかしいですよ。たまたまですが、《25ー25》の人と前後になっちゃうこともあります。あれは、恥ずかしいですよ。しかも、スキンヘッドに柄の悪いサングラス男が、なにが「ニコニコ」なんでしょう。

《11ー22》で、「いい夫婦」っていうのも困りますね。喧嘩することだってありますもの。《31-03》で「佐藤さん」なんかいいですね。《 7ー76》で“当たらない”→“事故に合わない”なんて洒落てますね。

“中国”では、数字というと、ひたすら吉凶にこだわるところがあるんだそうです。縁起が良いとされる数字は「6・8・9」で、概ね金運と長寿に関連しているそうです。分かりやすいって言えば、分かりやすいですね。そう、“中国”の人たちっていうのは、分かりやすいもの、目に見えて、はっきりしてないとだめみたいなんです。


『中国人のこころ』    小野秀樹

集英社社新書  ¥ 929

グローバル化が進み、中国人との日々の接点が増えている現代日本人にとって、必読の一冊
序章  「ことば」は人を造り、人を現す
第1章 対話における反応
第2章 人間関係とコミュニケーション
第3章 中国語の伝達機能と受信感覚
第4章 中国人の価値観
第5章 言語システムに侵食する思考と感覚

“中国”の人は、形あるもの、現に存在し確認できるもの、外観や数値によってその物量や価値を認識できることが重要なんですね。まあ、一言で言えば現実主義ということになります。プレゼントやお土産なんて、単純に大きいものが喜ばれるんだそうですよ。

日本とは、ずいぶんな違いですね。私たちは、その人らしさとか、想いや感性が慮られるようなものを好むじゃないですか。プレゼントやお土産を選ぶって、とっても難しいですよね。現実にあるものじゃなくて、頭の中にあるもの、心の中にあるものをもとにして、それにできる限りふさわしいものを、現実にあるものの中から選び出すんですから。

プラトンのイデアみたいですね。

表に現れているものがすべての中国人ですから、人間に価値に関しても表に現れているもので判断されるみたいです。権力、財産、名声、人脈、それらを総合した能力。そういう物を持っている人が偉い人で、偉い人は威張る人なんだそうです。

ここも、日本人の嗜好とは、ずいぶんな違いですね。私たちは、権力、財産、名声、人脈のある人であっても、それは独りの人間の価値とは完全に無関係ですよね。なんでもない、通りかかりに人が、実は大きな会社の大社長で、大金持ちで、とても有名な人物で、政財界に多くの知り合いがあってってのが、好ましいですね。

越後のちりめん問屋の隠居の光右衛門が、実は天下の副将軍水戸光圀公で、「控え、控え~い。この紋所がめに入らぬか」、「ははー」なんてことは、“中国”では最初からありえないんですね。

そんなことを教えてくれる、面白い本でした。

ただ、著者の小野秀樹さんは中国語の学者さんで、だからこそ、この本の副題は《「ことば」からみる思考と感覚》というもので、言葉の研究の中から感じられる“中国人”って位置づけなんですね。社会現象から解明される“中国人”、歴史から解明される“中国人”ではないんです。中国語の勉強をしている人なら、もっと面白く読めただろうなって思いました。




一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『新しいストレッチの教科書』 森本貴義 阿部勝彦

実は先日、家族のことで緊張する場面があったんです。

正座。正座です。まあ、しばらくして、連れ合いの口添えで足を崩すことができたんですが、そこまでは、ここは一番、正座で頑張ろうって、頑張っちゃったんです。股関節のお医者さまから、「正座は避けるように」って言われてたにもかかわらず、・・・です。

でもね。大丈夫だったんですよ。・・・股関節はね。

だけど、翌日気がついたんですが、膝がいかれてました。その場面というのは大阪でのことだったんですけど、埼玉に帰る新幹線の中で、座ってるだけで、なんだかジンジンと痛むんです。立っても大丈夫なんですが、座って姿勢を固定していると、次第にジンジンしてくるんです。

まあ、もともと故障している膝ですけどね。

「そんな、あなたのような人が読む本ではないでしょう」という声が聞こえてくるようです。・・・でもね。そうじゃないんです。私みたいな者こそが、読むべき本なんです。だってね。書いてあるんです。
  • 股関節に痛みや違和感がある
  • スポーツ競技のトレーニングの成果がなかなか出ない
  • どちらかの腕を上げると肩関節が痛い
  • 首を寝違えやすい
  • ねんざをしやすい
  • 筋トレを続けているが動きがスムーズに行えない
  • 柔軟性はあるはずだが肩こり、腰の張りがある
  • 姿勢が悪いと指摘される
  • こうした悩みは「関節の可動域」を広げれば解決する

ね。どっちかって言えば、なんかで大きな成功を収めたってわけじゃないって人ですね。できる限り頑張ってやってきて、それなりに評価を受けることはできた。だけど、ここでもうひと踏ん張りしたいって、そんな人向けって感じがしませんか。

だったら、その中に私も入れてもらってもいいような気がするんです。もうひと踏ん張り、私もしたいし。


『新しいストレッチの教科書』    森本貴義 阿部勝彦


ワニブックス  ¥ 1,998

柔らかいことよりも、大切なのは、体の関節の本来の動き、機能を取り戻すこと
1章  柔軟性と可動性の違いを知ろう
2章  機能的な可動性を手に入れよう
3章  身体の自由度を向上させよう
4章  身体を動かす前に基本ポジションをチェックしよう
5章  エクササイズの前に知っておきたいこと
6章  実践エクササイズ


この本を書いたお二人は、それこそトップレベルのアスリートのトレーナーを務めているんだそうです。そのトップレベルのアスリートの指導に使われているのは、「関節の可動域を広げ、自分の身体を自在にコントロールできるようにする」エクササイズなんだそうです。

《関節の可動域を広げる》ことで、動きの選択肢が増え、ギリギリでおこなていたプレーに余裕が生まれ、故障のリスクを少なくすることができるんだそうです。

これを、アスリート対象ではなく、普通の人対象に行われたと考えるとどうなるでしょう。「階段を上り下りする」、「戸棚の高い位置のものを取る」、「歩く」、「しゃがむ」といった当たり前の動作が、見違えるほどスムーズになるそうです。ほ~ら、私向きじゃないですか。

さらに言えば、山歩きを続けていく時、怪我をしない、対応力の高い身体にしていきたいんです。

もともと身体の柔軟性には自信があったんです。とは言っても、小学生の時分の話ですけどね。学校で計測をしたじゃないですか。立位体前屈と上体そらしでは、女子を含めても、二番の人に大差をつけて一番でした。

ああ、・・・夢のようだな。今のこの身体を思うと。年をとると、ストレッチをして柔らかくなっても、ちょっと忘れてると、すぐに油の切れた工作機械みたいに、身体がギコギコ言い始めるじゃないですか。

この本ね。なにも過激なポーズっていうんですか?体位っていうんですか?体位なんていうと、・・・うっ、恥ずかしいけど、そういうんじゃないんです。「えっ、これがストレッチなの?」って思ってしまうようなものも、たくさんありました。

でも、写真とともに説明を読んで、時分でそれをやってみると、その、ちっとも激しさの感じられない、少し物足りないように思えるストレッチが、理にかなったものであることがわかるんです。そして、これなら無理せず続けられる気がするんです。

今、写真を見て、説明を読みながら、体を動かしているところですから、その効果がどうのこうのと言える段階じゃありません。だけど、なんか確信に近いものがあります。あと三ヶ月もすれば、きっともう少し《自由な身体》が手に入る。




一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『からだことば』 立川昭二

三月二日、三日に大阪に行ったんですが、電車の中で読もうと思って、それにふさわしそうな本を何冊か買いました。この本もその中の一つで、結局、その時は持っていかなかったんですが、リサイクルのお店で買った本です。

それがペラペラって読んでみたら、なかなか深くて面白いんです。すぐ調べてみたら、すでに時価になってる本でした。

本当に、まだ最初の方をペラペラって段階なんですけど、とても興味深い内容があったんで、覚書代わりに書いておきます。

第二話の《「腹が立つ」「頭にくる」「むかつく」》という項目に関してです。私、三月二三日で五九歳になるんですが、今の怒ることを「むかつく」という言葉で表現する風潮が始まった頃のことを、体験として覚えています。私自身、その表現を、大変、奇異に感じたからです。

私にとって、小さい頃から慣れ親しんだ「むかつく」という表現は、兄たちに食べ負けないように欲をかいて、吐きそうになったときに使い言葉でした。吐き気がするってことですね。この本にも、六、七歳の子どもが「むかつく」と言ったのを、たまたま聞いたおばあちゃんが心配して、お腹の薬を取り出したってことが書かれてました。そのおばあちゃんの感覚は、私の持ってるものと同じです。

高校の教員になって、まだあまり立たない頃ですよね。とても滑稽な髪型の高校生くんが、少々異常な目つきで私を見て、「ムカつく」というのです。「吐きそう」と訴えかけられたと思った私は、その少々異常な目つきを、もはや一刻の猶予もないものと思い、「そうか、早くトイレに行け」と支持を出しました。滑稽は髪型も、気持ちの悪さに、たまらずかきむしったものかと・・・。

それが私に対する彼の衝動的な怒りの表明であるとは思いもよらず、「助けて」っていう求めと受け止めていた私でした。



早川書房  ¥ 時価

身体観をはらんだ「からだ」に関わる言葉から日本人像を浮かびあがらせる快作
第1話 からだことばが消えていく
第2話 「腹がたつ」「頭にくる」「むかつく」
第3話 「腹」と「胸」、神経とストレス
第4話 「気」と「息」、からだといのち
第5話 「肌感覚」と「皮感覚」
第6話 「肩」の心性史
第7話 「足」の文化、「腰」の文化
第8話 見る、視る、観る、診る、看る
第9話 聞く、聴く、訊く、効く、利く
第10話 ふれる、なでる、抱く、包む
第11話 ピアノをひく、風邪をひく、汗がひく
第12話 「からだ」「肉体」、そして「身体」
第13話 身のこなし、身にしみる、身をまかす
第14話 「気持ちいい」生き方
第15話 「疲れ」社会、「痛み」人生
第16話 ことばの治癒力
補講 作家とからだことば




一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

ときがわ町散策 新柵山周辺

一三日、仕事上の大きな節目を越えて、一四、一五と、仕事を休みました。一昨日(一四日)は惚けたように過ごしましたが、昨日(一五日)は、週末の天気があまり良くないという予報もあるので、山歩きにでかけました。

前の晩までは、車で名栗に行って、白谷沢から棒ノ嶺でも登ろうかと思ってたんですが、朝起きたら、なんかもっと自由に歩きたくなって、なんにも決めずにときがわ町を歩いてみることにしました。

慈光寺下の、ときがわ町のハイカー用の駐車場に車を置かせてもらいました。これで慈光寺に上がっちゃったらいつもと同じになっちゃうので、とりあえず、今日は正反対の側へ歩いてみました。

すぐに橋があって都幾川が流れています。橋の袂に釣具屋さんがあって、遊漁券を売ってました。私も道具を揃えて釣りを始めるつもりなんですが、この店あたりにお世話になりましょうか。

そのまま進むと、なにやら由緒の有りそうな神社に行き当たりました。萩日吉神社とあります。説明書を読んでみたら、すごいですよ。
鳥居
創建は欽明天皇の六年、西暦で五四四年だそうです。なんと蘇我稲目によるものだそうです。やっぱり蘇我氏は、東国の勢力に関与してたんですね。当初は、萩明神と称されたが、慈光寺一山鎮護のため、近江国坂本の日吉大社を勧請し、萩日吉と称されるようになったんだそうです。
神社
頼朝の時に、藤原泰衡追討に際して慈光寺に戦勝祈願が行われ、宿願成就によって田畑の寄進が行われたんだそうです。その時同時に、萩日吉神社にも、正子による寄進があったんだそうです。

児持杉 
児持杉は、上の鳥居が写ってる写真の、鳥居のすぐ脇にある大きな木です。祈願すれば子どもが授かると、多くの人の信仰を集めているんだそうです。児持杉にお願いして行こう。・・・私のところに子どもができるようにじゃないよ。そんな事になったら、仕事をやめられなくなっちゃいます。

その後、とりあえず、神社の裏手、道が登っていく方に行ってみました。道なりにいけばいいやと、舗装された道を歩いていくと、《カヤの木》と書いた矢印が、山道を指しています。行ってみましょう。
大カヤ
見事なカヤの木でした。幹周りが太いだけじゃなくて、大きく枝を広げているのもかっこよかったです。地図で見ると、そこから山道は大きく回って舗装道路に下りられそうなので、来た道を戻らずに先に進みました。

この間、越生の山でイノシシに接近遭遇したので、念の為、頻繁に声を出しながら進みました。やがて舗装道路に出て、地図で確認すると、新柵山というまだ登ってない山が近いみたいなので、とりあえず、そちらの方向に進んでみることにしました。

地図では、道が川に下りて行ってますが、そこは崖だったり、滝だったり。なんとか下りられそうなところを強引に進んで、飛び石を踏んで川を渡り、その向こうに見上げる山が新柵山かな。

登ります。
登り口
舗装道路を進んで、しばらくしてから地図で確認すると、どうやら登り口を過ぎています。戻って探しますが、・・・表示もないし、それっぽくもない道がある。行ってみると、それが正解でした。

どうも、新柵山というのは、船を逆さまに伏せたような山体をしているようで、最初の方の登りは結構きつい。次の写真は山頂間近の坂道を登っているときのものです。木の密度が薄くなってきました。山頂へ
きつい坂道をゆっくり登って、逆さまに伏せた船の、竜骨の底部まで行き着くと、そこが平坦なんですね。平坦の場所の一番高い場所が山頂です。 
山頂   
この平坦な山頂部分も、すべて木におおわれてますので、近くにある堂平山も、笠山も透けて見えるだけです。中でも一番透けて見えたのが下の写真です。堂平は天文台も見えますね。堂平笠山

お昼はおむすびにラーメン。その後は、その竜骨の底部を先に進んで、急な下りが始まって、分岐が来たら、西側、都幾川の本流側に下りていってみました。地図にある正規の道じゃない、急な下りの尾根道だけど、最後はきれいな沢のところで正規の道と合流。
下山 
しばらく行って、都幾川本流にぶつかり、橋を渡って山歩き終了です。あとは、白石峠に向かう広い道路を逆側へ、車をおいた慈光寺下に向かいます。

小一時間くらい歩いたでしょうか。終点手前で、トトロを発見しました。
トトロ 
その少し手前には、川沿いの気持ちよさそうなところで、テーブルに椅子を出してお茶を飲んでる方が、二組いました。喫茶スペースのようです。どうやらお店は、道を挟んで反対側の、小さな駄菓子屋みたいなお店。雨の日はお休みって書いてありました。

ときがわ町は、いいですね。移民したいくらい。 今日歩いたのは、以下のようなコースです。だいたい一〇キロくらいだったみたい。
3月15日都幾川の地図





一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

『世界でバカにされる日本人』 谷本真由美

《海外ではよく目にする風景ですが、スーパーのレジでキャッシャーの人と少し立ち話でもしようとすると、日本ではうしろに並んでいる人たちがだんだんと不機嫌になっていく》

《基本的にケチな国民性なので道具もあまり買いません》

《一九七〇年代から日本では「経済一流、政治は三流」と言われてきました。しかし、ここ二〇年ほどは「経済三流、政治は六流」ぐらいになっているのではないでしょうか》

《単なるバカ》

《男女差別がここまで激しいのは日本だけ》

《未成年を性的な対象として扱う文化が蔓延》

《立場が弱い人に対して差別的な扱いをしたり無礼な態度をとる人が少なくない日本》

《つまらないものですが。・・・なら、渡すな》


とまあ、ここまで言われ放題に言われておりますが、“はじめに”に・・・
とくにアメリカ、イタリア、イギリスで働いてきて、国連専門機関や多国籍企業で勤務したことのある私
とある、“私”こと、著者の谷本真由美さんの言うことですから、あまり気にかけなくてもいいんじゃないかと思います。

私なんか、埼玉県民ですから、このくらいのことなら、何にも感じません。「埼玉県民など、そのへんの草でも食わせておけ!」なんて、このくらい言われないと、ゾクゾクいたしません。



ワニブックス  ¥ 896

日本人は世界中でおマヌケな国民だと馬鹿にされ、大バカと揶揄される
第1章 世界からみて――「ここが変だよ日本人! 」BEST7
第2章 世界は日本をバカにしている
第3章 日本人の「ここ」が大嫌い!
第4章 お笑い! 世界万国バカ博覧会
第5章 バカにされない日本人になる方法


おそらく、今、現在の日本を、あまりにも情けなく思うあまり、こんな本を出すことになってしまったと、好意的に受け止めておけばいいんじゃないでしょうか。たしかに、そう言われても仕方がないってことは、けっこうありましたからね。

海外で、日本が悪意に満ちた評価にさらされ、アメリカ、イタリア、イギリスで働いてきて、国連専門機関や多国籍企業で勤務したことのある著者の谷本さんがそれを突き付けられたとき、谷本さんは、それにどう対応したんでしょう。

「本当、まったく日本人って最低ね」って同調したんでしょうか。

日本人らしい、意味不明の苦笑いでも浮かべたんでしょうか。

悔しくて、唇をかみしめたんでしょうか。

それとも、逆に相手を攻撃に出たんでしょうか。

この本の内容から類推するばかりですが、それらのいくつかが複合する反応を示したかもしれませんが、基本的には、悔しくて、唇をかみしめたんじゃないでしょうか。・・・だとすれば、お可哀想に。

勝負をかけた大戦争。負けはしたけど、世界は少しいい方に変わりました。負けから抜け出すには、ちょっと時間がかかっておりますが、あの大戦争に負けたんですから、このくらいのことはありますよ。




一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『中国人のこころ』 小野秀樹

中国人とのやり取りは初めてで、かつちょっと内気な性格のコンビニエンスストア店長の尾野さん(五三歳、仮名)と、中国人で新人アルバイトの王利鴻さん(二一歳、仮名)とのやり取り
尾野:「あ、王くん、王くんは今週の金曜日もシフトに入っているよね?」
王利鴻:「(ぼそっと)うん↘」
尾野:「・・・え~と、(少し小声の早口で)その日はね。特発のお彼岸のおはぎが入って来るんだけど」
王利鴻:「ア~↗?¡」
尾野:「え、いや、あの、おはぎ・・・。ま、いいよ、それは」

これから仕事の指示を出そうというときに、「(ぼそっと)うん↘」はないですよね。少なくとも、そんなの、目上に仕える言葉じゃないんだから、二一歳のアルバイトが五三歳の店長に返す言葉としては、まあ、言語道断ってところです。

それだ慌てた店長は、ついつい自信を失ったビクついた状態のまま、小さな声で、しかも少々早口で、次の指示を出そうとしてしまいました。それを王利鴻くんが聞き取れなかったのも、たしかに無理はありません。


だからと言って、だからと言ってですよ。「ア~↗?¡」はないじゃありませんか。「ア~↗?¡」ですよ。

コンビニの出入り口付近でウンコ座りで輪になってペットボトルのなんかを飲んでる四人の不良に、「そこ、邪魔だよ」って注意したときに、後ろ向きだった奴が、振り向きざま、私を斜めに見上げるように発した言葉が、・・・「ア~↗?!」ですよ。

「ア~↗?!」に続く言葉と言ったら、「よく聞こえね~よ。もう一回言ってくれよおっさん」ってことでしょう。

それを、中国人で新人アルバイトの王利鴻さん(二一歳、仮名)が、コンビニエンスストア店長の尾野さん(五三歳、仮名)に対して、「ア~↗?!」は、そりゃいくら何でもおかしいでしょう。王利鴻くんも、尾野さんに対して、「よく聞こえね~よ。もう一回言ってくれよおっさん」と言いたかったわけでしょうか。

『中国人のこころ』    小野秀樹

集英社社新書  ¥ 929

グローバル化が進み、中国人との日々の接点が増えている現代日本人にとって、必読の一冊
序章  「ことば」は人を造り、人を現す
第1章 対話における反応
第2章 人間関係とコミュニケーション
第3章 中国語の伝達機能と受信感覚
第4章 中国人の価値観
第5章 言語システムに侵食する思考と感覚


そうではないんですね。王利鴻くんは、実際、本当に店長の指示が聞き取れなかったので、困ってしまっていたのです。

まず、最初の尾野さんの呼びかけに対する王利鴻くんの「うん↘」です。日本人の常識ってのを考えれば、たしかにここは、「はい」、あるいは「ええ」と応じるところです。

これは日本語の「うん」ではなくて、中国語にも似たようなニュアンスで、「ん↘」ってのがあるんだそうです。意味は肯定や応諾。しかも、“中国”の場合、目上に使ってもさしっ使えないっていうんです。だからこのケースでも、“中国”であれば、当たり前に使える言葉なんだそうです。

こうなると難しいですね。

だとしても、「ア~↗?!」はないですよね。いくらなんでもこれはまずい。だって、いかにも後ろに、「よく聞こえね~よ。もう一回言ってくれよおっさん」って、続きそうじゃないですか。尾野さんは、それを察知して、この仕事の指示を出すことをあきらめてしまったようです。

でも、これも、じつは誤解のようなんです。

たしかに“中国”の人は、私が、先ほど例としてお出しした私のコンビニ入り口での体験のような、「ア~↗?!」というものの効き方をします。いや、するそうです。

それは聞き返し、もしくは相手の発話の再現を促す意味を持っているという意味では、日本における、「え?」に近い言葉ですね。もちろん、「え?」であれば、日本人でもそこに攻撃的な、あるいは敵対的なにおいをかぎ取ったりいたしません。

でも、“中国”においては、「ア~↗?!」であっても、そこに攻撃的な、あるいは敵対的な意味はないんだそうです。

難しいもんですね。

「人は、言葉によって造られる」とは、この本の教えてくれるところでありますが、私もそう思います。日本語は、この島国の気候風土に合わせて語られる言葉で、その言葉によって、私たち日本人は造られています。日本語は、日本語を勉強している他所の国の人からすると、ずいぶん難しい言葉なんだそうですね。

それはこの島国の気候風土が、他の国からすると特別で、この気候風土に合わせて語られる言葉も、同じく特別なものになってしまったんでしょう。

もちろんそれは、どこだって大なり小なりそうなんでしょうけどね。そして、ことさらにそれを感じてしまうのが、同じような行動原理や、同じようなものの考え方をするのではないかという幻想を、ついつい抱いてしまう近隣に国家なんですよね。近いからこそ、よけいに“違う”ということが大きな問題に感じられるんですね。

まだ、読み始めたばかりなんですが、“中国”の言葉は、どんな中国人を作り上げているんでしょうか。





一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『日本国紀』 百田尚樹

百田さんも、ついに日本の歴史を書いたんですね。

もちろん百田さんの書いた“日本通史”ですから、教科書なんぞよりよっぽど面白いです。百田さんの“日本通史”が面白いには、それなりのわけがあります。

“序にかえて”の最後に書かれているのですが、《ヒストリーという言葉はストーリーと同じ語源とされています。つまり歴史とは「物語」なのです。本書は日本人の物語、いや私たち自身の壮大な物語なのです》という立ち位置でこの本は作られているんですね。

かつて、旧宮家の一つ竹田家の竹田恒泰さんの本を読んだ時、竹田さんは日本史の教科書を読みながら、自分の“家”の歴史が書かれていると感じたそうです。南北朝時代なんか、「あれっ?二つに分かれちゃった。いったいどうなるんだ」なんて、はらはらしながら読んだそうです。

この日本列島の歴史である以上、そして、西欧や“中国”なんかと違って、神話、文化、言語、なにより血のつながりに分断のない、ひとつながりの時間の中で歴史を見ることができるわけです。つまり、“私たち自身の壮大な物語”ですね。

その、“できること”を、戦後の歴史教育は、やって来ませんでした。やって来なかったばかりではなくて、第二次世界大戦の戦勝国と、戦勝国ではないがなぜが日本を倒した側に立って、日本にやられたと主張したい人たちにおもねった歴史を創造し、垂れ流してきました。

そんな中に登場した、新しい、私たち日本人の物語です。面白いです。面白いんですけど、不満もあります。おそらく百田さんは、歴史好きだけではなくて、より多くの人たちに、この日本人の物語に触れてもらうため、“一冊の本”にまとめる必要性を感じていたんじゃないかと思うんです。

室町時代初期、観応の擾乱に関わる記述の中に、こんなことが書かれているんです。

《この一連の戦いは「観応の擾乱」と呼ばれる。南北朝と幕府の権力争いをめぐるこれらの出来事は実に複雑で、詳しく書くには本一冊くらいの分量が必要になるが、本書は日本の通史なのでこのあたりにとどめておく》

“一冊の本”にまとめるために、私は読んでいて、「ここはもう少し突っ込んでほしかった」って思った場所がありました。どこか、最大公約数ってところにまとめようとしてたんじゃないかって思うこともありました。


『日本国紀』    百田尚樹

幻冬舎  ¥ 1,944

当代一のストーリーテラーが、平成最後の年に送り出す、日本通史の決定版!
第一章  古代~大和政権誕生
第二章  飛鳥時代~平城京
第三章  平安時代
第四章  鎌倉幕府~応仁の乱
第五章  戦国時代
第六章  江戸時代
第七章  幕末~明治維新
第八章  明治の夜明け
第九章  世界に打って出る日本
第十章  大正から昭和へ
第十一章 大東亜戦争 
第十二章 敗戦と占領
第十三章 日本の復興
終章   平成


『日本国紀』という題名で、しかも、“記”ではなく“紀”ということですから、やはり『日本書紀』を意識されたんじゃないかと思うんです。

『日本書紀』は、“中国”の『漢書』や『後漢書』と同じく、本来は、『日本書』でしょうね。『漢書』でも、その中に《紀》、《表》、《志》、《列伝》っていう項目があります。ですから、『日本書紀』は本来、『日本書』の中の《紀》にあたる項目と理解するべきでしょう。

《紀》とは、「すじみちを立てて明らかにしたもの」、「天子の事績を示したもの」ですから、『日本書』の中の《紀》と考えれば、歴代の天皇の事績を示したものと考えればいいでしょう。

『漢書』や『後漢書』の例に習うなら、『日本書』も《紀》に続いて、《表》、《志》、《列伝》までを書き上げるつもりがあったのかもしれません。

そして、百田さんはこの本の名前を『日本国紀』にしました。つまり、「すじみちを立てた、日本国の正統な歴史」がここに示されたことになるわけです。

でも、前半に書きましたが、それを一冊にまとめるために、いくつもの周辺の物語を、そぎ落としてしまっているわけです。

もうお分かりでしょう。百田さんは、『日本国紀』を成し遂げるためにそぎ落とした幾多の話を、『日本国表』に、『日本国志』に、そして『日本国列伝』に成し遂げなければならないということなんです。それがなった時、初めて私たちは、『日本国書』を持つことができることになるわけです。

ああ、なんてすばらしい。




一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『大人の流儀 8』 伊集院静

副題は、《誰かを幸せにするために》です。あの人のことかもしれません。

伊集院静さんの本を読むのは初めてです。これまで読まなかったことについて、特段の理由はありません。残念ながら、縁がありませんでした。書店で見かける、この『大人の流儀』というエッセイ集には関心を持ってました。なんと言っても、その題名に、関心を持ちました。

“大人”っていうのは、第一に親たちのことで、おそらく単純に、その世代を“大人”と認識していたんでしょう。私の両親は、二人とも昭和三年の生まれ、西暦で言えば一九二八年ですね。満州某重大事件の起こった年です。終戦の年を一七歳出迎えます。すでに、高度経済成長も確固たる足取りになった一九六〇年生まれの私なんかでは、推し量ることも困難ですが、二人とも多くは語らずに逝ってしまったようです。あとになって、父の弟妹から聞かされた話に、愕然とさせられたこともありました。

生きるのは簡単なことじゃないですから、人は色々なしがらみに縛られてました。中には、かなり厳しいもの、過酷なもの、あんまりなものもありました。だけど、それらの多くは、多くのものがともに生きていくために必要なことでした。地域であったり、家族であったりが、それを人々に強い、人々を守ってきました。大人っていうのは、地域や社会の中で、家族を率いて、堂々と立ち回っていける人のことだと、いつしか思うようになってました。それができるようになるためには、今の自分を考えると、もっともっと力をつけなければと考えたのは、高校生の時だったでしょうか。

だけど、世の中は変わってしまいました。地域性はありますが、もう、ずいぶん前から、家族っていうのは崩れましたね。私の時代の家族は、親たちの時代の家族の役割を果たすのは難しくなってましたからね。


『大人の流儀 8』    伊集院静

講談社  ¥ 1,000

何のために生きるのか。そのことが少しでも分かれば、人生は違ったものに見えて来る
第一章 誰かを幸せにするために
第二章 君去りし街で
第三章 雨が降っていた
第四章 逢えてよかった


世の中に出たら、正直に言って、結構、甘いところがあることに驚きました。人と一緒に群れて済まそうとしている人が多かったし、それでなんとなく住んでしまうことが大半でしたね。独りになりたがらないんですね。

大人になるってのは、一人になることでもあると思っていたんですが・・・。

伊集院静さんの、“大人”の定義が箇条書されている訳じゃないんです。でも、この本を読んでみて、伊集院さんの考えている“大人”ってのは、とても、わかりやすいものなんだろうと感じました。

大人は慌てふためかない。大人はうろたえない。大人は泣かない。大人は最善を尽くす。大人は苦しいところで踏ん張る。

忍耐って言葉がありますが、「忍ぶ」に「耐える」ですね。私、苦しいところで、「忍び」、「耐える」ことができる者こそ大人。・・・特に、「耐える」のが、大人の男なんじゃないかなって思います。

子供の頃から、先生に、「病院で見てもらってください」って言われるほど落ち着きがなく、忘れ物の多かった私には、いずれもかなり難しいことではありますが、還暦手前で、そんな事も言っていられませんからね。

夏目雅子という人は、伊集院静さんを幸せにするために、最後の日々を過ごしたんですね。




一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


火山の噴火、土石流に土砂崩れといった災害は、人々の目を山の高見に向けさせた。
それ故に山は、恵みと共に、畏怖の対象でもあった。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


























































































検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事