めんどくせぇことばかり 2019年05月
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天気がいいって言うから榛名山に行ったみた

 晴れるって言うから赤城に行ってみたのは五月一七日のことでした。あの日は残念なことに、下山も大詰めにかかろうかというところまで、ほぼガスにまかれっぱなしでした。

今回も、天気がいい日を狙っての登山。連れ合いに、「相模ダムから小仏城山に登って富士山でも見ようか」って誘ったんだけど、「また今度」ってことでした。一人でどこ歩こう。それこそ、赤城に再挑戦しようとも思ったんです。おそらく、アカヤシオも見事に咲きそろっていることだろうし。それもいいなあって思ったんですけど、朝になって、考えが変わっちゃいました。時間を置かずに同じ道を歩くことに、なんだか心がワクワクしてくれないんです。

ということで、今回は榛名山に決めました。登るのは、静かな山って評価の多い掃部ヶ岳。

朝五時過ぎ、自宅のある埼玉県東松山市にを出発。湖畔の宿記念公園の駐車場に車を置かせてもらったのが六時四五分ころ。あの湖畔の宿って歌はここがモデルなのか。女性の像があって、それに近づくと、人の接近を感知して、湖畔の宿のメロディーが流れてきます。数百メートル先の国民宿舎のあたりから登るのが一般的のようですが、そちらは下山に使うことにします。
榛名 (24) 榛名 (23) 榛名 (22)

少し分かりづらいんですが、登山口は写真の像の上にあります。取り付きは、すごい急斜面。もうちょっと、「つづら折りの道にできないかな」なんて泣き言を言いながら、膝丈くらいの笹で覆われた道を登っていくと、周囲から聞こえてくるのは春せみの声。今回の登山は、終始春せみの声に包まれていました。

春せみの鳴き声って、ミンミンゼミやアブラゼミと違って、重量感がないんですよね。なんだかあの世から聞こえてくるような声で、私は異界をさまよっていたのかもしれません。
榛名 (1) 榛名 (2)

尾根に出るといったん収まった急登も、次の尾根下に差し掛かって、さっきに輪をかけた急登。ほぼ垂直に露出した岩場は五メートルじゃきかなかったと思います。でも、無理ない程度の足場とホールドがありました。
榛名 (3)

次の尾根に登って、それなりの斜度を歩いていくと、やがてもう一つの登山道と合流します。この合流点まで来ると、掃部ヶ岳山頂はもうすぐです。そうそう、山頂目前の場所から榛名湖が見えました。
榛名 (21) 
榛名 (20) 

「きれいだな~。来てよかったな~」ってほんの少し先に進んだら、そこが掃部ヶ岳山頂でした。

ドカーン!

そんなに広い山頂ではありませんが、南側一八〇度、遮るものなく抜けています。榛名湖は山頂からは見えませんが、山頂ちょっと手前から見えました。いや、それよりも、山頂の絶景の素晴らしこと。頭だけだけの富士山、南アルプス代表は北岳と間ノ岳かな。八ヶ岳は赤岳がくっきりに北八まで全部。頑張って首を西に向けると浅間山。なんだよ、なんだよ。そんなに皆さんお揃いでお出迎えとは・・・。
榛名 (4) 榛名 (5) 榛名 (6) 榛名 (7) 榛名 (8)

ピザソースを付けたバケットをかじって絶景を堪能し、「帰りもまた来るからね」と断って、先に進みます。そう、今日はここから杏ヶ岳を往復してきます。杏は"あんず”ですよね。でも、杏ヶ岳は”すもんがたけ”。・・・まあ、いいか。

ここから先は、なんだか笹が濃いです。道が見えない場所が続きます。間違えないように、意識しながら行きましょう。
榛名 (9) 

西峰直前で前方左側から右側へ、野生動物が道を横切っていきました。黒というより灰色がかったなにか?・・・瞬間的に浮かんだのは熊ですが、実際にはカモシカでした。カモシカは右側一〇メートル位のヤブの中で私を観察し、やがてゆっくり下っていきました。怖かった。でも、本当に瞬間的にですが、「熊かも」って思った時、そういう時のいくつかの方法が頭をめぐりました。冷静に対処できるのかななんて思ったんですが、怖さが湧いたのは、その後です。私は熊鈴は携行しないので、いつにもまして、声を出したり、笛を吹いたりしながら進みました。

耳岩にはとりあえず上がっておきました。写真に映る岩の上に立とうかどうしようか迷っていたら、上昇気流に吹き上げられて、正直足がすくみました。下の写真は、帰りに通った裏側から耳岩を見上げたものです。
榛名1 (1) 榛名 (13)

耳岩を過ぎると杖の神峠に向けて急な下りが始まります。後でこれを登り返すのかとゾッとしました。下りきったところにお地蔵さまがいらっしゃいました。榛名 (18)

なんてことはない。杖の神峠から、まずは鷲の巣山に向けても急登です。火山の山ってのは、どこもかしこもそうなんですね。赤城もそうですもんね。
榛名 (12)

このあたりは笹が茂って道を隠しているところがあったり、ヤセ尾根があったり、そんなところをツツジが飾られていたりして、変化に飛んだ面白い道でした。
 榛名 (10) 榛名 (11)

杏ヶ岳は、山と高原地図には「鏡台山・榛名湖の展望が良い」ってありますが、展望はありません。木が伸びてしまったみたいですね。ここで景色を見ながら、榛名ラーメンにしようと思っていたんですが、残念です。行動食、行動食でごまかして、掃部ヶ岳で榛名ラーメンにします。
榛名 (19)

行動食のあんドーナツと羊かんが効いて、火山特有のメリハリのある登り下りを頑張ることができました。西峰は、最初に通ったときは、カモシカと遭遇したあとの動揺で、景色すら頭に残ってませんでした。あらためて見ると、ここからは榛名湖がきれいです。
榛名 (14)

一一時には掃部ヶ岳に戻りました。日が上がりきって、気温は上がったもののとても爽やかな天気。だけどさすがに朝とは違って、遠くの山は霞に隠されてしまいました。それでも八ヶ岳は見えてたんだから、本当に天気に恵まれていました。
榛名 (15)

無事、榛名ラーメンを食べて、下山です。途中からもう一つの登山道に鞍替えし、国民宿舎をめざしました。途中、登山道から一〇〇メートルほど外れたところにある硯岩によりました。榛名湖を見下ろす絶景ポイントです。ただ、ここも榛名湖側が切れ落ちているんですね。
榛名 (16)

国民宿舎に下山しました。一二時位だったと思います。五時間ちょっと歩いてきたんですね。平日ですが、朝と違って、観光の人が増えてました。湖畔からも榛名富士を写真に取りました。硯岩からとったものとは違いますね。
榛名 (17)

ありがとうございました。この日歩いたのは、以下のようなコースです。5月30日榛名山地図





テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

“中国”『今こそ「米中」を呑み込め』 長谷川慶太郎

いずれ“中国”が崩壊するであろうということは、ずいぶん前から言われてきたが、おそらく長谷川慶太郎さんがその始まりだったでしょう。長谷川さんは、その崩壊のストーリーまで、恐れず大胆に予想された。

今、“中国”は共産党が支配する国家として以前と変わらず存在しているし、習近平はかつての毛沢東を思わせるほどに権力基盤を強化させています。文化大革命で不動の権力を手に入れた毛沢東は、その直前まで、政治生命を立たれかねないほどの危機的状況に置かれていた。そんな状況で打った天才的手法が文化大革命でした。

今、習近平がさまざまな、異様とも思える手法で権力基盤を強化している背景には、実は、彼のみならず、中国共産党そのものが政治生命を立たれかねないほぢの危機的な状況があるということです。政治的危機が訪れると、“中国”って国は、密告制度で権力を強化して、異分子の押さえ込みにかかるんですね。
産経ニュース 2017/6/28
中国が国家情報法を施行 国内外の組織、個人対象か
https://www.sankei.com/world/news/170628/wor1706280035-n1.html
中国で28日、国家の安全強化のため、国内外の「情報工作活動」に法的根拠を与える「国家情報法」が施行された。新華社電によると、全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会で昨年12月に審議に入りし、今月27日に採択された。国家主権の維持や領土保全などのため、国内外の組織や個人などを対象に情報収集を強める狙いとみられる。

習近平指導部は反スパイ法やインターネット安全法などを次々に制定し、「法治」の名の下で統制を強めている。だが、権限や法律の文言などがあいまいで、中国国内外の人権団体などから懸念の声が出ている。

国家情報法は工作員に条件付きで「立ち入り制限区域や場所」に入ることなどを認めたほか、組織や市民にも「必要な協力」を義務付けた。(共同)

文化大革命は、学生が師を、子が親を告発するような事態を、全“中国”に蔓延させました。すげーな-と思うけど、これって“中国”のお家芸なんですよね。明王朝の始祖である洪武帝こと朱元璋は、政治の現場に宦官を利用した密告システムを取り入れて恐怖政治を現出させました。

つまり、“中国”が崩壊するという予測事態は、間違いなかったんだと思います。だからこそ中国共産党は、習近平の権力を集中することを認めざるを得なかったんじゃないでしょうか。

習近平に権力を集中すると共に、さまざまな異様な法令を、中国共産党は成立させていきました。上記のように、私は基本的に、長谷川さんらの“中国”は崩壊するという予測は、間違っていなかったと思います。しかし、新たな事態、予測もしなかった対応が行われたために、その時点では崩壊しなかったという考え方です。

それを予測しなかったんだから、予測は外れたという考え方もあると思います。しかし、もともと予測にそこまで求めるのは無理な話で、新たな事態、予測を超えた対応を取り入れて、修正しながら、できる限り世界を正確に捉えていく努力を続けていくってことじゃないかと思うんです。



徳間書店  ¥ 1,512

いずれも失敗は許されないが一つでも破たんを来せば世界は動乱の時代に突入する
第1章 米中覇権戦争は国を挙げての総力戦
第2章 英独仏が苦境でEU崩壊か?
第3章 不穏な中東・南米・朝鮮半島情勢は大波乱含み
第4章 憲政史上最長となる安倍政権 最後の踏ん張り


だけど、最近の長谷川さんの予測は、だいぶ軌道修正をしているように思います。

いまだに日本のマスコミは、米中貿易戦争という言葉を使いますが、これは米中覇権戦争というべき事態ですね。これはアメリカが“中国”に対して、本気になって立ちはだかろうとしていることを意味します。・・・本当にトランプ大統領でよかったですね。これがオバマやヒラリーだったらと思うとゾッとします。これは取りも直さず、“中国”はアメリカが本気になって立ち向かわなければならないだけの力を持った国であるということです。

昨年十二月に、カナダの司法当局がファーウェイの創業者の娘を、イランと違法な取引をしたという容疑で逮捕しました。もちろんアメリカから要請されてのことです。かつて、“中国”の国営企業ZTEが同じような立場で、アメリカから制裁を受けて倒産寸前まで追い詰められました。今回アメリカがそうしなかったのは、ファーウェイが世界最先端の技術を持っていて、ZTEと同じような手法が効果的ではないからです。だからこそ、正面からではなく、創業者の娘に手をまわすという方法をとっています。“中国”にも本当に最先端の技術を持った企業が現れているということです。

世界が原発に及び腰になっている状況の中で、“中国”は猛スピードで原発の開発を続けています。最近の原子炉の主役は、フランスのフラマトム社の欧州加圧水型炉(EPR)やアメリカのウェウチングハウス社のAP1000という次世代炉に移っているそうです。そして世界でそれを最初に可動させたのは、“中国”だそうです。

“中国”が危機的状況にあることは、依然として間違いないと思います。だいたい、“中国”のものすごい国防費が話題になることがありますが、治安維持費はそれ以上だっていうんですから、“中国”っていう国が何を一番恐れているか、分かろうってもんです。“中国”が一番恐れているものを支援するっていうのも、効果的でしょうかね。

“中国”とロシアによって、アメリカの原発におけるリーダー的地位は、危うくされている状況だそうです。だからこそ、アメリカは変わったし、変わりつつあるんだろうと思います。

日本は、・・・どうでしょう。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『まつらひ』 村山由佳

《恋愛と官能小説の第一人者》なんだそうです。・・・そう、この『まつらひ』の著者の村山由佳さんという作家さん。

どんな作家さんが人気があるかってことに疎いので、やはりこの本も作家さんで選んだわけではありません。選んだ理由は、『まつらひ』という題名です。

まつらふ 
「奉る・祀る」の未然形に継続の接尾語「ふ」の付いた形。柳田國男はこれを「祭」の語源であるとした。

様々な地方の祭に絡んだ男と女の短編小説集であるこの本の冒頭、物語が始まる前に、上のように書かれています。古い時代の信仰のあり方に興味があったんです。

神に供物や踊りなどの行為を捧げて豊穣を感謝する。または、大地の神、海の神、火の神など、荒ぶる神々を鎮めるために行われますね。そんな祭の夜、男と女が一線を越えるのは、不思議な話ではありません。なにしろ神さまに喜んでもらわなきゃいけないわけですからね。男と女の交わりが嫌いな神さまは、いないでしょ。・・・日本にはね。

神さまがそれを好んで歓喜してくださるなら、どうして人間の男女が抗うことができるでしょうか。


『まつらひ』    村山由佳

文藝春秋  ¥ 1,620

次々に問題作に挑んできた恋愛と官能小説の第一人者が、多様な〝性〟を描きつくす
夜明け前
ANNIVERSARY
柔らかな迷路
水底の花
約束の神
分かつまで


女の人の書く官能小説か。

最近は、官能小説を読む機会そのものが減少しておりますが、決して嫌いなわけではありません。いや、好きです。すでに中学の頃から、手を変え品を変え、感のいい母親の目をあざむきつつ、みだらなお話を喜んでおりました。

でも、それらは、いずれも男の立場で書かれた官能小説で、この本のような女の目線で書かれた官能小説というのは読んだことがありませんでした。

そうかあ、女はセックスの時、こういう風に感じるものなのか。

そんなことを思いながら読みました。早くこういう立場から書かれた官能小説を読んでおけばよかったです。そうすれば、もう少し女の人を思いやってセックスできたかもしれません。・・・もちろん、連れ合いのことですが。

官能小説がお祭りを背景に書かれるのは、おそらく自然なことなんでしょう。その時、男の血はたぎっているからです。もともと、祭というのは、そういう時間だったんだろうと思います。

たとえば盆踊りというのは、盆帰りした先祖を踊りによって供養し、おそらく先祖も一緒に踊ってるんですね。盆踊りというのは不思議なもので、海外のダンスのように、手足の接続がおかしくなってるんじゃないかというような、複雑な動きを求められることはありません。単純な動作の繰り返しですね。ところが、単純な動作を繰り返すうちに、身体のうちからふつふつと、熱いものが湧き上がってくるんです。

その時、その輪の中に見初めた女が、あるいは男がいれば、その手を引いて、その輪から抜けていくんですね。もともとがぼんぼりくらいの薄明かりの中の話ですから、誰がいなくなったってわかりゃしません。ご先祖さまも、それを喜んでいるに違いありません。いやいや、ご先祖さまも、誰かの手を引いて暗がりに溶け込んでいるかもしれません。

私の故郷の一番のお祭りは、“夜祭”と呼ばれる夜の祭で、山の龍神と神社の妙見菩薩が、一年に一度、お祭りの夜に逢瀬を楽しむという言い伝えがあります。お祭りが近づくと、徐々に血のたぎりを感じるようになります。お祭りの日ともなれば、それはもう抑えの効くものじゃなくなります。夜祭は、逢瀬の瞬間に向けて、関わる人たちの思いを高めていきます。そしてその時を迎える頃、興奮は頂点に達します。

お祭りが終わり、血のたぎりだけが残されます。その時、誰かが隣りにいたら・・・。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『森へ行く日』 光野桃

二〇一〇年の本だけど、残念ながら時価になってしまっていました。この間、古本屋さんで見つけて、喜び勇んで買った来ただけに、喜び勇んでしまった分、ちょっと残念です。

対象にしているのは山ではないみたいです。森ですね。

森は奇跡に満ちている
そこにはなにひとつ欠けたものはなく、すべては完全で、だからこそ穏やかだ
森が終わる頃、あなたはリュックの中身が軽くなっていることに気づく
そしてあの心の影が
生きる武装を、鎧を、解くことへの不安だったと知るだろう
その下の傷つきやすい、小さか少女がむき出しになってしまうから
けれどもう、そう生きるときが来ていると
大きな古いブナの木が言う
たくさんの傷を、ここで直して、裸になって、さあ行きなさい
喜びをさえ持っていれば、やわらかい皮膚のまま
暮らしていくことができるのだよ、と

こういうふうに仰っているので、著者である光野桃さんの言うところの“森”は、私が考えるところの“山”と同じものと考えていいようです。

ああ、それから、この本は、あくまでも女の人限定に書かれているようです。私、男ですので、いい本なだけに、そういう書き方については不満です。
そのあたりが、時価になっちゃった原因かな。


山と渓谷社  ¥ 時価

ラグジュアリーなライフスタイルを知り尽くした女性たちが、身近な自然に目覚めている
日帰りの森
御岳山ロックガーデン
真鶴岬
高尾山
大多摩ウォーキングトレイル
鎌倉アルプス
三頭山 檜原都民の森
遠出したい森
箱根 函南原生林
武尊自然休養林
草津 クアビオ付近の森
木曽 赤沢休養林
戸隠森林植物園


山ガールという言葉の方が、おそらく先なんだと思うんですが、著者はそれに続いて生まれた森ガールを羨ましく思うんだそうです。スカートで森を歩くというのは、そんなにワクワクするものなんでしょうか。

そう言えば、もとは山ガールと呼ばれる、スカートにタイツとスパッツで山を歩くというスタイルは、このブログでも『山登り12ヵ月』という本を紹介した四角友里さんだと聞いたことがあります。

たしかにそうですねぇ。私が山を始めた高校の山岳部にも女子部員がいて、みんな男子と同じニッカボッカ姿で山に登ってました。女の人のニッカボッカ姿も、・・・いいもんですけどねぇ。

“・・・”の間に、違和感を感じますか? まあ、私はおかしな趣味を持ってるのかもしれません。

話がそれました。どうも、著者はみずから森ガールを名のるのに遠慮がちです。あえて、森マダムと名乗ってらっしゃいますが、そのような呼び名は、私を余計におかしな気分にさせてしまうばかりです。

すみません。私のおかしな趣味はともかく、山、・・・著者の言う“森”は、人に、たしかに何かを感じさせてくれます。男と同じようなファッションしかないことで、女が、もう一つ山に入りそびれていたなら、スカートをはいて山に入ることを提案した四角友里さんの功績は、とても大きかったことになりますね。

目次にもあるように、いい“森”が選ばれています。文章も上手で、渓谷のせせらぎ、森をわたる風、呼びかけてくる気配を、そこにいるかのように感じさせてくれます。写真もそれを助けてくれていて、じっくり鑑賞したい本にしています。

でも、ここに取り上げられているのは、私にとっては、いずれも“山”です。おそらく、森と山の区別は取っ払ったほうが、視界が広がると思います。頂上を目指すなんてこと、全く関係なく、今の著者の世界が、もっと広がっていくんじゃないかと思います。

二〇一〇年に出された本。こんだけの本を出したわけですから、少なくとも、著者が森での行動をやめたとは思えません。もしかしたら、著者はそれまでの“森”での行動を、より、“山”に広げているかもしれませんね。

だとしたら、『森に行く日』の、次の話を本にしてもらいたいな。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『キャンプごはんBook』

地元の区長会の仕事をこなすのも、実は自治会長の大事な仕事。区長会の仕事というのは、地域の催事の裏方仕事。裏方仕事は計画立案に始まり、関係諸機関との打合せ、会場作りみたいな力仕事、受付、会場案内、駐車場整理みたいな雑用までいろいろあります。

大半は現役を退いたおじさんたちで、還暦手前で退職した私は、年齢的には一番下の方。あと何人か、現役で仕事をしていて自治会長をしている人もいる。そういう人が、平日昼間の会合や催しには出てこないのは、まあ、当たり前。二〇年前に、私も現役で自治会長を押し付けらたが、区長会の仕事をまともにこなそうとすれば、仕事に支障をきたします。

よって現役の人はもちろん、いい歳になってから人足扱いされる引退組まで、みんな不平と、はじめての仕事への不安を抱えながら、なんとかやっているんです。

ガス抜きの飲み会がきちんとあって、付き合いで出ているものの、出たからには飲んで愚痴をぶつけ合うことになります。最初は遠慮がちに、でも、何回か酒席をこなすうちに次第に打ち解けて、やり合うようになるんですね。

もともと田舎の、半農地域で、何事かの荷物運びがあれば、たちまち必要なだけの軽トラが出揃うような地域。一番めんどくさいのは、お寺と神社の付き合いだと、周りのみんなは言っています。そんな中にあって、うちはもともとの桑畑を切り開いた団地で、九〇%は他から入ってきた新住民の詰め合わせ。周囲の地域とは色合いが違います。

私ももちろん新住民ながら、私の生まれはここよりもよっぽど田舎ですから、地域の付き合いだの、聞くだに恐ろしげな慣習だのに満ちています。今住んでいるこの地域の付き合いくらいなら、ごく当たり前にできそうです。どっちかと言うと、住んでいるこの団地の中の付き合いのほうが息が詰まりがちです。

息が詰まったら、やっぱりキャンプ。・・・ものすごく強引に結びつけました。『ランドネ』という隔月の雑誌があって、山登りやキャンプ、ピクニックなどアウトドアのアクティビティに興味をもち、自分らしく自然を楽しむ女性を応援する雑誌ですね。『キャンプごはんBook』は、その『ランドネ』の別冊です。

こういう本は、買って、見てるだけで楽しくなります。まずは、それだけで買った甲斐があるってもんです。


枻出版社  ¥ 1,404

美味しいご飯はキャンプの楽しみ。驚くほど簡単、でもゴージャス! 気分が上がるレシピ集
トッピングで簡単レシピが1ランクUP
つけだれがあればキャンプ場では焼くだけ
体が温まり、一品で大満足の麺レシピ
ダッチオーブンで本格派料理をお手軽に
キャンプといえばやっぱりカレーでしょ
あっという間の朝ごはん
失敗知らずのデザートレシピダッチオーブンで自宅でもアウトドア気分
持っていきたい手作りお菓子


山岳部の食当ですからね。ありあわせの食材でできる限りうまいものを作りたいっていうのが基本だから、今流行りの“キャンプごはん”とは目指すところも、方法も違います。子どもが小さい頃に河原に遊びに行ったり、キャンプに連れて行っても、基本はおむすび、やきそば、カレーライス。時期が合えば、カツオのたたきを作るのに火を炊いたり、さんまを焼くのに炭を起こしたり、少し寒い時期にはきのこ汁ですね。

キャンプといえばバーベキューという頭がないんです。小さい頃に肉を食いたくても食えなかった五歳上の兄は、あまりの肉の食いたさに、長じて肉食い妖怪になってしまった人なんです。その兄は、平素の日曜日のお昼ご飯は、自分の家の前にターフを張って、バーベキューをしています。

その兄と違ってバーベキューという頭がない私は、バーベキューと聞いただけでめんどくさいんです。かと言って、火を燃やすことには、心の中に、何かメラメラしたものを持ってるんです。だから、火をキープしながら、その傍らで何かを食うことは好きなんです。それをバーベキューと言われた途端に、やる気を失います。

この本、表紙こそバーベキューそのものですが、そんな私にも納得できるキャンプごはんがたくさん乗ってるんです。

家でつけだれにつけてきて、焼くだけの焼き肉。《うまみ醤油ダレ》《ナンプラーダレ》《タンドリーカレーダレ》《ガーリックローズマリーダレ》《チリ味噌ダレ》。・・・これはいいと思います。楽そう。

焼きそば、コンソメスープ、缶詰料理。麺料理も大賛成。キャンプはきつねそばが美味い。縦走のときは朝ラーメンが意外と美味いもんだけど、かきたま素麺は、ラーメンと同じくらい簡単かもしれない。・・・山にも使える。

そう、山でも、家でも使えるキャンプ料理の本なんです。

お願い、串にさすのだけはやめ・・、ああ。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

奥多摩むかしみちを歩いてみた

今週は月火木と自治会の仕事が入り、木曜日はこの間まで務めていた高校の社会科の歓送迎会で飲みに行きました。予定通りの二日酔い。日曜日はまた自治会の仕事があるので、残念ながら土曜日しか残ってないんです。そんなわけで二五日の土曜日に、暑くなるのを承知の上で出かけてみました。

声をかけたら、連れ合いも行くと言います。いろいろ考えた挙げ句、私もまだ歩いていない“奥多摩むかしみち”を歩いてみました。

いつもどおり、鳩ノ巣駅近くの観光駐車場に車を置かせてもらって、電車で奥多摩駅に向かい、そこから小河内ダムまで歩きます。どうやら、鳩の巣観光駐車場の週末の制限時間は、七時半くらいみたいですね。
鳩ノ巣駅 
電車きた 
奥多摩駅

“むかしみち”というくらいですから、昔はこの道を使っていたんでしょう。最初の取り付きと、小河内ダムに向かっての登りのほかは、細いながらきれいに舗装された道路です。青梅街道と並行していますから、こちらに入ってくる車はありません。ほぼ4時間歩いた中で、車には抜かれても、すれ違ってもいません。
むかしみち案内図 むかしみちい入口

断続的に集落があって、時には廃墟化しているお宅もありましたが、人の生活の領域には信心が形になっていました。神社、お地蔵さま、奇岩と、形になった信心の様子が多種多様で、あきることなく歩けました。
賽銭
(賽銭は、階段の下でも結構です)
お地蔵さん1

 お地蔵さん2
白髭神社2
(白髭神社…お参りしてみます)
 白髭神社1
(オーバーハング)
参拝 
(とりあえず、参拝)
耳神さま
(耳神さま…耳みたいに穴の空いた石を奉納すると耳の病気が治るみたい)
縁結び地蔵 
(縁結び地蔵…二股大根を奉納するといいみたい)
虫歯地蔵 
(虫歯地蔵…お、おねがい!…上にお地蔵さまがあるのが分かるでしょうか?)
お不動さん 
(お不動さん)
吊橋2 
(しだくら橋)
惣岳渓谷
惣岳渓谷
 惣岳渓谷2
(惣岳渓谷)

この日、ぐんぐん気温が上がっているんですが、ほぼ全般的に樹林の影を、渓谷の水音を聞きながら歩けたので、暑さに苦しめられることはありませんでした。一一時には、上までついたましたからね。私たちは大丈夫でしたが、その後も気温は上昇しましたから、今日、行動を起こすのが遅かった人は暑い思いをしたでしょう。

さて、きれいな休憩所で奥多摩ラーメンを食べて、水根に向けて、最後の登りにかかります。やがて、ダムの巨壁が眼前に現れ、やがてダム湖の水面と同じ高さに上がり、そのうちダムを上から見下ろすところまで登ります。
奥多摩ラーメン 
(水根への登りを前に、奥多摩ラーメンで腹ごしらえ)
水根への登り 
(さっきの休憩所から、まもなくこの道)
小河内ダム1
この壁の下から登ってきました。
 小河内ダム2
(更に登って、上からダムを見下ろします)
小河内ダム3 
(そこから下りて、ダム目前まで来ました)

このあたり、ダム周辺が水根ですね。登りはけっこう大変でした。去年、ここにある水の博物館の売店で食べたわさびアイスが美味しかったので、心の中で、「アイス、アイス」って言いながら歩きました。着いてから、もちろん食べました。わさびアイス

連れ合いもよく歩いてくれました。この日に歩いたのは以下のようなコース。5月25日奥多摩むかしみち地図 




『灰色の北壁』 真保裕一

今回読んだ文庫は二〇〇八年に出されたもの、元の本は二〇〇五年だそうですからずいぶん前ですね。二〇〇五年なら、完全に山とは縁を切ったつもりでいた時期で、もう山岳小説に手を伸ばすようなことはなかったです。だから、ずいぶん前の本なんですが、私は真新しい感覚で読みました。

でも、真保裕一さんという作家さんのことは知ってました。これもずいぶん前のことになりますが、娘と一緒に《ホワイト・アウト》という映画を見に行きました。二〇〇〇年の映画なんですね。織田裕二さん主演で、とても面白かったです。

一九年前というと、娘が一二歳のときか。一二歳の娘は残酷なシーンが苦手で、最初にダムの人が殺されるシーンで、すでにちょっと青ざめたと言ってました。映画を見たあとで、本も読んでみました。やはりとても面白かったんですが、山に関する部分は読み飛ばしました。その後、本格的な山岳小説を書いたことは知りませんでした。

この本は、『黒部の羆』、『灰色の北壁』、『雪の慰霊碑』の三つの物語が収録されています。いずれも個性的な作品です。

この本そのものの題名にもなっているくらいですから、中でも『灰色の北壁』が、最も注目される作品ということなのでしょう。『灰色の北壁を読んで、いや、読んでいる途中から頭に思い浮かんだのは、シューマンとブラームスの関係。

カスール・ベーラ初登頂を成し遂げた御田村良弘と彼を師と仰ぐ刈谷修。いつしか刈谷は師の元を離れ、三田村の妻ゆきえは刈谷を追いかけて夫の元を去る。刈谷は御田村への感情を押し殺してひたむきに山に向き合い、カスール・ベーラ北壁をねじ伏せる。しかし、証拠となる写真を偽造ではないかと疑われ・・・。

若きブラームスの才能を見込んだシューマンは、ブラームスを積極的にサポートして、音楽の世界で名を成さしめる。師であるシューマンに感謝と尊敬の念をいだきつつも、その妻クララに思いを寄せてしまうブラームス。

カスール・ベーラは架空の山としても、実在の山やクライマーを登場させて、山岳小説ファンにも楽しく読ませてくれますが、ただ、その証拠となる写真の問題を除けば、山でなくてもいい感じがします。私は、場所が山だからこそ面白く読めましたが、主題は男と女の話ですね。


『灰色の北壁』    真保裕一

講談社文庫  ¥ 617

すべての謎は、あの山に   渾身の山岳ミステリー 新田次郎賞受賞作
黒部の羆
灰色の北壁
雪の慰霊碑


『黒部の羆』は良かった。私は大学山岳部でも、冬場の登攀ははやらなかったし、山で生きていくなんて考えも及ばないところにいました。だから、その先頭を走っているような人たちが山にかける思いなんて、推し量ることすらできません。

それでも、いくら一緒に山に登ってきたからといって、何度もザイルをつないできた仲だと入っても、そこには様々な、複雑な感情が絡み合っているのは分かります。それは分かるんですが、自分が遠征隊に入りたいから相手を陥れるなんてあり得るでしょうか。しかも、山でのできごとです。更には、現にザイルをつないでいる状態で、相手のミスを待つなんて・・。

とは思いますが、遭難に至る状況、遭難中の心の揺れ、救助中の思いの変化していく様子が、緊迫感を伴って、とても上手に書かれていて、呼吸を忘れてしまうところだったほどです。未熟だった若者が成長する時間は、一瞬でいい。

『雪の慰霊碑』は面白い設定だと思うんだけど、山をやってる息子がいて、結婚を前提に付き合っているお嬢さんがいるという状況で、あまりにも身につまされて、自分を抜きにして読めませんでした。

真保裕一さんの書く山岳小説は、心理描写に、他にはない特徴があるような気がします。その心の動き、驚かされるんだけど、たしかにギリギリなくはない。そのあたりの落とし所が絶妙です。

「自分なら、そうは考えない。いや、状況さえ整えば、」・・・そんな感じです。

まだまだ、私が山を離れていた時期に出された山岳小説がたくさんありそうで、うれしいです。なんだか、もうけたような気分です。もし、
まだ読んでない人がいらっしゃったら、是非。これから新幹線で移動なんて時には、もうバッチリですよ。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『箸休め』 真藤舞衣子

『箸休め』っていう題名の本なんですが、実際、ページをめくってみれば、大半はそれなりの立派な料理です。立派な料理とそうでない料理の区別があるわけじゃないけど、それだけでも十分ご飯が食べられる料理ですね。

だから、箸休めっていうのは、場合によっては十分主役を張るだけの実力はあるものの、何らかの理由でその大皿の座を他に譲り、目立たないように小皿に乗って、主役を引き立てている料理という場合が多いんじゃないでしょうか。

和え物が多いです。和洋に中華、エスニックにかかわらず、和え物って言うと、主役の大皿に対する脇役の小皿って感じになりやすいんでしょうか。だけど、けっしてそうとばかりは言い切れないと思うんです。

酢味噌和え、ぬたですね。甘酢和え、梅肉和え、柚子胡椒和え、明太子和え、たらこ和え、白和え、おかか和え、アボガド和え、おろし和えなんてところが、《和風箸休め》に出てきます。

たしかに、和え物って言うと和風というイメージが強いですけど、洋風の和え物としてパン粉和え、カッテージチーズ和えなんてのが出てきます。中華では春雨和え、胡麻酢マヨネーズ和え、豆板醤和え。エスニックではツナヨーグルト和えなんてところが出てきます。

洋風和え物に《おからとソーセージのポテサラ風》というのが出てくるんですが、おからに酢とマヨネーズを入れて、塩コショウで味を整え、これを和え衣にするんですね。これに似たものを作ったことがあります。通常のポテサラの、ポテトの役割をおからにやらせたもの。ごく当たり前に美味いです。

和え物は一つの和え衣で、いろいろな食材をつなげていきます。いろいろな食材の良さを引き出していきます。なんか、人間の社会でも、そういう役割を果たす人っているじゃないですか。常識にとらわれず、今までになかった組み合わせで、新しい世界を作り出すのも面白そうですね。

『箸休め』    真藤舞衣子


学研プラス  ¥ 1,404

食事の途中の気分転換になるように作られた、ちょっとしたおかずやおつまみ
和風の箸休め
洋風の箸休め
中華風の箸休め
エスニック風の箸休め
作り置き箸休めにピッタリ


もちろん、文字通りの“箸休め”という言葉にふさわしく思えるものもあります。だけど、そういうものの中には、実もとてつもない力を秘めているものもあります。

そういうものの中には、いわゆる“ご飯の友”みたいなものもありますね。海苔の佃煮で舌を変えてみたりね。塩辛やわさび漬けもいいですね。あなたは何がいいでしょうか。

私には鉄板の“ご飯の友”があります。ねぎ味噌です。ねぎと味噌とかつお節を混ぜてなじませただけのものですが、本当に美味いです。ご飯がすすむのはもちろん、お茶漬けにもなりますし、おむすびの具にして、絶景を前に頬張れば、知らないうちに涙が頬を伝います。

見知らぬ食材を組み合わせて、新しい味の世界を作るのは魅力のある作業ですね。《ごぼうのビネガー煮》というのがあります。戦争中、栄養失調気味の捕虜に、ごぼうを柔らかく似て食べさせた日本兵が、戦後の戦争裁判で、捕虜に木の根を食わせて虐待したという罪で有罪となり、処刑されています。ビネガーで煮なかったのが悪かったんでしょうか。

箸休め。

出しゃばらない、その姿勢が素敵ですね。だけど彼、彼女は、時と場合に合わせて前に出れば、十二分に人をうならせる力を持っている。持っているにもかかわらず、平素は控えめに主役を引き立てることに徹する。そういう者に、私もなりたいです。




テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

『砂塵の掟 オッドアイ』 渡辺裕之

《“オッドアイ”朝倉俊暉シリーズ》と呼ばれるシリーズ物なんだそうです。

“オッドアイ”というのは、虹彩異色症と呼ばれる疾患のことだそうです。頭部への打撃による後遺症で眼球中の虹彩と呼ばれる組織に含まれるメラニン色素が減少し、つまり、黒目が黒くなくなってシルバーの瞳になってしまうもののようです。それゆえに、異相を抱えることになった男が朝倉俊暉、このシリーズの主人公です。

朝倉は、陸上自衛隊のエリート特殊部隊員として将来を嘱望されながら、“オッドアイ”となってしまった負傷をきっかけに警察官に転身します。そして、折から防衛問題に直結する自衛隊絡みの事件に臨む、特別な捜査組織が結成されます。その経歴から、防衛省と警視庁の双方から選抜されたチームである特別強行捜査班のチームリーダーに抜擢されたのが“オッドアイ”朝倉俊暉という筋立てです。

たまに読みたくなるんですね、この手の痛快活劇ってやつが。読んでみて、やはり“痛快”でした。“痛快”ではあるものの、それだけでは済まされない問題点っていうのを、物語の中に織り込んでいますよね。それだけでは済まされない問題点がなければ、物語にならないのか。

この物語の中では、日米地位協定と言うやつです。

アメリカに流入する麻薬の大半を仕切るメキシコの麻薬カルテルと、アフガニスタンで軍事活動を継続する米軍内部に巣食う麻薬組織が、沖縄で交錯する。筋立てとしては、アフガニスタンで生産される麻薬にアメリカ市場を脅かされることを恐れたメキシコ麻薬カルテルが、沖縄で米軍内部の麻薬組織との戦いを始め、それに日本の特別強行捜査班が関わっていくっていう話になる。

その中で、日米地協定により、事実上、日本がアメリカの属国という地位に置かれているってことが、いろいろな形で明らかにされるんですね。


中央公論新社  ¥ 1,944

元自衛官の警察官が活躍する「オッドアイ」第6弾は、シリーズ最大の問題作!
フェーズ 0 夏至夏風
フェーズ 1 召喚
フェーズ 2 NCIS
フェーズ 3 チーム始動
フェーズ 4 紛争地へ
フェーズ 5 タリバン
フェーズ 6 脱出
フェーズ 7 砂塵の掟
フェーズ 8 第三の男
フェーズ 9 弾薬庫地区
フェーズ10 原生林の死体
フェーズ11 正義の代償
フェーズ12 K島にて

日米地位協定は、かつて、明治の日本が改正を目指した条約と同様に、不平等な条約であることは間違いありません。かつて沖縄は、米軍に直接統治、支配されました。これは、戦争の結果として、アメリカに取られていたわけです。昭和四七年の沖縄返還で、沖縄は日本に返還されました。沖縄県民は、埼玉県民と同じように、日本国民です。米によって差別されている実態は、沖縄県民も埼玉県民も変わりありません。

そのように差別されるのは、戦争でアメリカに負けたということの代償です。でも、同じように第二次世界大戦で敗北したイタリアやドイツは、アメリカや周辺国から差別されているわけではありません。

その違いは、やはり人種を持ち出すしかないでしょう。日本は、二〇世紀初頭まで盤石であった白人支配の世界秩序を、完全に崩壊させてしまったんです。そんな日本を、自分たちと同じ地平で平等に扱うなどありえない。日本は世界で唯一、アメリカに差別されて当然の国家なんです。

沖縄は、米軍の戦略上、多くの基地が残されました。そのため、日米地位協定の不平等性が、あからさまに見えてしまっています。アメリカによる差別が、基地を見るたびに思い知らされるわけです。そのことに埼玉県民が鈍感であるならば、「何だそんなに鈍感なんだ」と沖縄県民は、当然のように思うでしょう。

アメリカによって差別されているという実態は、本来、沖縄県民と埼玉県民の間で共有できるはずのことです。


この間、北方領土を戦争で取り返したい国会議員の方がいましたね。軽薄で、周囲に迷惑をかけるだけの発言であるけれど、腹の中にそのくらいの気概がなくて、北方領土は絶対帰ってこないです。拉致被害者も帰ってこないです。経済でも政治でも軍事でも文化でも、力のないやつの話なんか、誰も聞いてくれないです。それはアメリカに対してもそう、変わりませんよね。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『喰人魂』 馳星周

埼玉県の東松山市と坂戸市の境界を流れる越辺川という川があります。“おっぺがわ”と読みます。一八日の土曜日、朝のランニングの途中、その越辺川にかかる高坂橋の向こうから朝日が登ってきます。

写真を撮ろうとスマホを取り出すと、折よく、タンクローリーが通りかかりました。時間は四時四〇分くらいだったと思います。
夜明け
仕事をしているんですね。土曜日の、夜明け前から。とても美しい光景に見えました。

この本ですが、題名が、も~大変です。だって、“口”と“云”がなければ、《食人鬼》ですよ。《食人鬼》とまではいいませんが、著者の馳星周さんの「喰う」ことへのこだわりに、つい、私は怖気づきました。

馳星周さんは、もとは私にすら及ばない、・・・こりゃ語弊がありますね。でも、貧乏な若かりし頃、ゴールデン街の安酒場でツケで飲みまくり、食うのは一日一食、問われるのはもちろん質より量って言うんですからね。私以下でしょう。私は同じく貧乏で、ツケで飲みまくり、給料日の昼休みには、職場である学校の玄関口に飲み屋の女将が集金に来てました。それでも、貧乏ながら、それなりに味にはこだわりました。できるだけうまく食べようと心がけました。

・・・ね、私の方がよっぽど良いでしょう。

“だからこそ”なんだと思うんです。《質より量》の一番端っこにいたからこそ、ほんのちょっとしたきっかけで、《量より質》の一番端っこに、一気に振れてしまったんだと思うんです。もしかしたら、この“食事観”というのは輪のようになっていて、《質より量》の一番端っこと《量より質》の一番端っこは、結ばれているのかもしれません。その結び目は、きっかけさえあれば、後ろを振り向いて、ほんの一歩足を出すだけで越えられるもののようです。

『喰人魂』    馳星周

中央公論新社  ¥ 1,512

その行く先々で著者が出会った絶品料理や食材の数々、至高の料理人たち
喰人の原点
イタリアの胃袋
江戸前鮨は江戸で食え
奇跡の料理人
奇跡の香り(奇跡の料理人番外篇)
旨い店―軽井沢篇
サン・セバスチャンの至福
腹が減っても食べられない
マンゴープリンの放浪者
男たちのムール貝
ほか


馳星周さんの場合、それを越えるきっかけになったのは、《スルメイカの腸の一夜漬け》でした。

その《スルメイカの腸の一夜漬け》が質より量の究極にいた馳星周さんを、量より質の究極に導いてしまったもののようです。しかも馳星周さんは、「美味いもの」を提供しようとする以上、その調理者に、しっかりした仕事をすることを要求しています。

特に、馳星周さんの鮨に対する要求は高いですね。“鮨は江戸”と言ってはばかりません。こんな一節があります。
これ以上はないという絶妙の硬さに炊き上げられたシャリ。そのシャリへの味付け、漁場のものに比べれば鮮度は劣ったとしてもきっちりと仕事を施されたネタ、そのネタとシャリの調和、口の中に放り込んだときのシャリがほどけていく食感、ネタの旨味。

私が一八歳までを過ごした秩父も、当時は流通が悪くて、子供の頃は、海の魚まみんな開きで泳いでいるのかと思ってたほどです。寿司といえば、いなり寿司のこと。鮨のことは“生すし”と呼ばれていましたが、ほぼ食ったことはありません。東京にいた学生時代だって、一流店で鮨を食ったことなんかありません。ないんだけど、言いたいことは分かります。

江戸前の仕事は、新鮮でなくなってしまいがちな魚を、安全で、かつできうる限りおいしく提供しようっていう心意気が生み出したものなんですね。

私のような田舎者には、生の刺し身が乗ってるだけで、鮨は十分奇跡の食い物です。そういう田舎者が多いから、田舎の鮨屋はそれでいいと勘違いしてしまうんでしょうね。新鮮なものを食わせておけば、十分だろうってことですね。

今は漁場近くでなくても、十分新鮮な魚を食うことができます。秩父だって新鮮な魚を乗っけた鮨を食うこともできます。でもそれは、鮨屋の仕事じゃないんだな。私たちみたいな田舎者を感動させくれる仕事をしているのは、土曜日の夜明け前から仕事をしているトラックの運転手さんたちなんですね。

私たちはトラックの運転手さんを称賛すべきであって、新鮮な刺し身をシャリに乗っけて提供しえいる鮨屋の主を称賛しなければいけない言われないということです。

きっかけとなった《スルメイカの腸の一夜漬け》はよっぽど美味かったんでしょうね。それは馳星周さんが学生の自分の話だから、まだまだ貧乏時代のはずです。きっと馳星周さんは、それ以来、うまいものを食い続けるために、今も一流の仕事を続けているんでしょう。




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Author:イーグルス16

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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