めんどくせぇことばかり 2019年07月
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おそロシア『ロシアを知る』 池上彰×佐藤優

そうかぁ。かつて、日本にとってのロシアは、単なる「脅威としてのロシア」というだけでなく、「先生としてのロシア」という側面を持っていたのか。

それは、トルストイやドストエフスキーほか、ロシア文学への憧れ、“どん底”や“桜の園”ほか、ロシア演劇への憧れ、リムスキー・コルサコフやチャイコフスキーほか、ロシア音楽への憧れ。そして、共産主義国家としてのロシアへの憧れ。

私は演劇に興味を持ったことはないけど、ロシア文学やロシア音楽やロシア生まれのクラッシック音楽には憧れました。そして、かつては共産主義国家へも。

今、日本社会においては、文化的側面におけるロシアへの憧れが後退し、もちろん共産主義への関心も地に落ち、残されるのは「脅威としてのロシア」しかなくなってしまったと、佐藤さん、池上さんのお二人は分析しています。

残されたのは、“おそロシア”だけということです。そして今、ロシアでそれを体現する存在が、プーチンということですね。

たしかに、クリミアの問題があったり、飛行機撃ち落とすし、元ロシアスパイ暗殺未遂事件であったりと、もちろん内政に関してもそうですね。プーチンに関しては恐ろしげな話がいくらでもつきまといます。

ソ連崩壊後、結局、ロシアは西側諸国が望むような民主国家にならなかったわけです。佐藤さんは、その原因を一九九三年一〇月のモスクワ騒乱事件にあると言っています。エリツィン大統領に対抗して議会派が最高会議ビルに籠城した事件ですね。エリツィンは最終的に、戦車でビルを砲撃してこれを収束させました。あの時、六〇〇人以上の死傷者が出ていたんだそうです。

あのようなできごとを二度と起こさないというコンセンサスが、主義主張が違っても、あらゆる政治グループに成立したんだそうです。そのためには、民主化を進めて様々な意見を戦わせるよりも、上に力をもたせることで統制させることにより社会の平安が保たれているということです。つまり、各種政治グループがプーチンを独裁者に見せることで、お互いの利益を見出しているということのようです。


『ロシアを知る』    池上彰×佐藤優

東京堂出版  ¥ 1,728

北方領土問題、プーチン、ソ連について最強の二人が語りつくす異色のロシア本
序章  動き始めた北方領土交渉のゆくえ
1章  蘇る帝国「おそロシア」の正体
2章  「ソビエト連邦」の遺産
3章  ソ連社会の実像ー繁栄から崩壊へ
4章  独裁化する国家権力
5章  ソ連・ロシアの幻影を追う日本
6章  帝国の攻防ー諜報と外交の舞台裏


クリミア半島の問題がありますが、プーチンにはさらなる領土拡大という意志はないみたいですね。ただ、仮想敵国との間に緩衝地帯を設けておきたいという思いは、非常に強いようですね。その話題を読んだ時、フランスに攻め込まれたナポレオン戦争と、ドイツに攻め込まれた第二次世界大戦が頭に浮かびました。第二次世界大戦の犠牲者は、二六〇〇万人でしょう。

そしたら、佐藤さんは《モンゴル=タタールのくびき》が長かったからだと言ってます。あれは、恐怖だったんですね。プーチンの顔にも、間違いなくアジアが入ってます。草原地帯を疾走する騎馬軍団の侵略と長い支配の後では、“線の国境”があまりにも貧弱に思えるようになっていたんでしょうか。

だから、“線の国境”の外側に、自国の軍隊をいつでも自由に展開できる緩衝地帯を持たなければ不安なんです。ロシアに緩衝地帯と考えられた場所にある国は迷惑な話ですが。

たとえば、今ではそれが、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバなんて国です。そのウクライナの騒乱は、ウクライナに親欧政権が生まれたのがきっかけになりました。ちょうどソチ・オリンピックのとき、事が起こりました。

クリミアはロシアに実効支配されているし、ウクライナ東部に“ロシア系武装勢力”が侵攻して、ドネツクとルガンスクも切り取られちゃった感じです。それである意味、緩衝地帯が確保されたわけで、これ以上の領土欲はないということです。あの時活躍した“ロシア系武装勢力”ですが、あれは正規のロシア兵だそうです。

国境まで軍を移動して、そこで兵隊たちに休暇を取らせるんだそうです。休暇をとった兵隊たちは、ロシア軍の正規の兵隊ではないということのようなんです。階級章を外し、身分証も持たない武装勢力がウクライナ東部のドネツクやルガンスクに展開して緩衝地帯を確保しているという状況だったそうです。

「それをしないとロシアは不安なんだ」という前提で佐藤さんは話します。それを前提として考えていくのが外交の仕事であり、政治であると言うことですね。

分かるんですが、だったら結局あの国は、「おそロシア」という前提で付き合っていくしかないんじゃないかな。




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『走る奴なんて馬鹿だと思ってた』 松久淳

これを書いたのは作家さんです。

全然、運動とは縁がない人だったんだそうです。完全文化系夜型生活を送ってきて、もとは一六九センチ、五二キロの痩せ型が、四〇歳で禁煙したら、あっという間に一六キロも激太りしたんだそうです。一七一センチ、六八キロか。軽いメタボ体型なんて言うけど、たいしたことないですよ、そのくらい。

私は二〇一六年一〇月下旬に股関節の手術を受けているんですが、その前は歩くのさえままならない状況にありました。二〇年以上山から離れて、運動できなくなってからも、それ以前と同じように食って飲んでましたので、一八一センチ、八五キロ。ひどい時の松久さんよりもメタボですね。

でもまあ松久さんは、毎晩、明け方まで、ベロベロになるまで酒を浴びるほど飲んでたっていうんだから、まあ、のんびりした自殺みたいなもんですね。そんな不摂生極まれりな中年男、しかも運動と縁がなかった人が、四五歳にして走る気になったのは、自分がのんびりした自殺をしていることに気がついちゃったということのようです。

五〇メートルしないうちに、足がもつれる。一〇〇メートルしないうちに、立ち止まってぜーぜー悶える。

当たり前ですよね。

だけど、ご本人も言っているとおり、どうやら松久さんは走るのに向いていたんですね。それを松久さんは、“一人でいることが苦にならない”、“目標を立てて、黙々とそれを遂行できる”、“コンプリート癖”、“マニア癖”と言ってますが、それ以上に、走るってことに向いた身体、走るってことに向いた能力を持っていたんでしょう。

最初は八分一九秒/キロだったものが、たった三週間で七分四七秒/キロになります。さらに一週間立った頃には、もう五キロも走るようになってます。そのうち、五キロなど寝ていても走れる距離などと生意気なことをほざき出す始末です。

これは、私なんかに比べれば、走ることに向いた身体、走ることに向いた能力を持っているとしか言いようがありません。

あー、羨ましい。


『走る奴なんて馬鹿だと思ってた』    松久淳


山と渓谷社  ¥ 1,404

「“馬鹿だと思ってた奴ほどよく走る”ことは知らなかった」みうらじゅん
Part.1 紆余曲折のスタート
中間報告 折返し「GPSでお絵かき」
Part.2 そして1年後
対談  猫ひろし×松久淳


記録はどんどん伸びるんです。三月に走り始めて、八月が終わる頃には四分五七秒/キロですよ。・・・すごい。九月に入れば、「七キロくらいでは、途中で止まることも、息切れすることもない」とまでほざいています。一〇月には、早くも一〇キロランを達成ですから、ほざきたくなる気持ちもわからないではありません。

すごいのは、これ以降、一〇キロに体がなれて一二キロ、一二キロに体がなれて一五キロとかいう伸びじゃないんです。八キロ、一〇キロ、一二キロ、一五キロ、二〇キロと、ぐんぐん伸びるんです。

確かに足に無理がかかって故障もするんですが、もし足がその距離やスピードに耐えられるんなら、いくらでも走れるってことみでしょう。本当にすごい。

二〇一八年の六月に走り始めたことは、走ったりあるいたりして、やっと三キロです。その三キロはずいぶん続きましたね。三キロが順調に走れるようになってから、一五キロの石を詰めたザックを背負ってゆっくり走りました。私はこれで、膝をやりました。

ザックを背負って走るのは、その後、半年以上封印になりますが、走る方も、松久さんのようにタイムは出ません。無理をすると胸がキリキリ痛くなります。足がどうのということより、息が上がっちゃいます。苦しいことを好んで続けたら、それこそ馬鹿です。

距離を伸ばすのはともかく、スピードを求めるような身体能力が、残念ながら私にはないようです。走り始めて一年少しですが、そんな私でも、ようやく一〇キロくらい走れるようになりました。

この本読んで、先日、ヤマップで距離を測りながら走ってみたんですが、ちょうど一一キロを一時間一〇分でした。六分三六秒/キロですね。松久さんよりも八歳年上ですが、私にはこのあたりがせいぜいのようです。

ああ、でも、体重は、今、七一キロです。山を歩いても身体が軽くなりました。走れば痩せるのは、間違いない事実です。

著者、松久淳さんのほざき具合が、愉快、痛快、奇々怪々で、とっても楽しい一冊でした。




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責任回避『不都合な日本語』 大野敏明

投票日は明後日ですか。明日あたり街に出かければ、アチラコチラで演説会にぶつかるかもしれません。

そんなときに参考になるかもしれない話が載ってました。大学や高校の弁論部に入ったりすると、最初に先輩から言われることの一つに、「修飾語をすべて省いて話してみろ」というのがあるんだそうです。

選挙演説でよくありそうな修飾語というと、「本当に」と「しっかり」。下手な候補者の中身のない演説ほど、「本当に」と「しっかり」が多用されるそうです。そして最後は、「頑張らさせていただ」くんです。

《私は国民の皆様の生活が、本当に保障された、本当に豊かで本当に明るい社会をしっかりと建設していくことが、本当にわが党と私に課せられた最大の使命であると、しっかりと訴えさせていただきたいと思います。最後の最後まで本当にしっかりと頑張らさせていただきます》

あ~、くどくどしい。その上、この「させていただく」って言い回しが、嫌いなんです。嫌いというか、間違いですね。「さ」が余分です。「さ」入れ言葉、専門用語では過剰修正って言うんだそうです。上記の「頑張らさせていただきます」なら、「頑張らせていただきます」が正しいわけです。

弁論部なら、以下のようになりますね。

《私は国民の皆様の生活が保障された、豊かで明るい社会を建設していくことが、わが党と私に課せられた使命であると思います》

似たような言い回しで、「務めさせていただく」とか、「引受させていただく」なんていい方があります。なんで、「務めます」「引き受けます」じゃないんだろうと思うんです。

なんか、言葉の中に見えるはずの人の存在が薄いです。

第三者を権威として登場させて、その依頼、あるいは許可を前提にしたような言い方です。そこに責任が預けられているんですね。

大したことじゃないのに、責任を取らされることが怖いんでしょうか。言葉の端々に、突っ込まれたときのための保険がかかってるような言い方が増えてます。なんか、いやらしく感じます。ビビリから始まったそんな言葉が、いつの間にか肩で風を切ってあるいてますから、自分もいつの間にか使ってたなんてことにならないように、気をつけてはいるんですが・・・。



展転社  ¥ 1,728

現在の日本語」を取り上げながら時局を批評し、おかしな現代社会を痛快にぶった斬る
序の巻
「であります」は陸軍ことば
「シナ」はなんで嫌われる
「マジっすか」はマジ? ほか
破の巻
ばっくれる

適材適所 ほか
急の巻
藩属国
太平洋戦争
参議院 ほか

「コーヒーで大丈夫でしょうか」って、確認されたんだそうです。

この本の著者の大野敏明さんがです。大野さんは、コーヒーを頼むと、なにか大丈夫ではないことが起こるんだろうか、と考えてしまったそうです。あるいは、ウェイトレスさんは“私”がコーヒーを飲んではいけない病気か何かをしているのではないかと察して、聞いたのかもしれない。それとも、今日はコーヒーを飲んではいけない日にあたっているのかな。・・・などなど、いろいろ考えた挙げ句に、つい、「大丈夫です」と答えてしまったんだそうです。

これは、恥ずかしいですね。大野さんは、どんなウェイトレスさんの杞憂を晴らすために、「大丈夫です」と答えたんでしょうか。

「私はコーヒーを飲んではいけない病気ではないので大丈夫です」でしょうか。「今日は男はコーヒーを飲んではいけない日ですが、私はオカマなので大丈夫です」でしょうか。

だいたい、喫茶店でコーヒーを頼んで“大丈夫”でない何かがありえるでしょうか。

あります。このウェイトレスさん、ボーッとしてたもんで、“たぶんこのお客さん、コーヒーを注文したと思うんだけど、ココアだったかもしれない。一応確認しておこうかな”。「お客さん、コーヒーで大丈夫でしょうか」

「コーヒーでいいですね」、「コーヒーで間違いございませんか」と言えばいいところ、ここでも責任の所在を相手側に押し付けているんですね。《大丈夫か、大丈夫でないかは、私の責任ではありません》ってところです。

この「大丈夫ですか」ってのは、教員でも若い人たちは抵抗なく使ってます。「**さんのお宅で大丈夫でしょうか」とかってね。「頑張らさせていただきます」なんて言ってないでしょうね。真逆ね。

“まぎゃく”じゃなく、“まさか”って読んでね。




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『科学でツッコむ日本の歴史』 平林純

旧暦と時刻の表し方をネタに、すでに一度、この本を取り上げました。

この本は、五つの章の構成になっていますが、そこにあまり大きな意味はなく、章の中の一つ一つの項目は、それぞれが独立したテーマになっています。そして一つの項目は五ページの中に収められており、三六の項目で、この本一冊ということになっています。

前回、この本を取り上げた際、目次は、各章から最初の二つの項目をご紹介して、それ以外は省略していました。しかし、この本の性格をより正確に分かっていただくために、今回は、全部の項目を紹介してみました。そのために、ずいぶん目次が幅を利かせることになってしまいました。

ですが、いかがでしょう。その中に、どうしても知っておきたいことはございませんか。真田幸村の六文銭、分かったつもりになっていたりしませんか。大名行列スピードNo1って、いったいどれくらいのスピードだか、知りたくありませんか。

そんな、“売らんかな”の本の紹介はよくありませんね。

だけど、中には、とても貴重な項目が隠れているのは本当です。先日、『世界史の新常識』という本をご紹介しました。そうそう、文藝春秋新書の。いかにも歴史の専門家が書きましたって感じの、上等そうな、少しイヤミを感じてしまうような本。それでいて、本当に読んでおいて目を覚まされたと感じられる項目は一つしかなかったあの本です。

方や、この本は、完全に《ボケにツッコミ》のお笑い漫才コンビの枠にハマったネタ構成になってます。それも、それぞれの項目がたった五ページで、「失礼しましたー」と早々に潔く次に舞台を明け渡していきます。おまけにこの表紙です。

「あ、そうなのか」と、たんに歴史薀蓄が一つ増えるだけの項目が大半ではありますが、これをもっと掘り下げたら、けっこう面白いものが出てきそうってものが含まれているんです。その確率は、『世界史の新常識』よりも、確実に上です。

やはり今の時代、ジャニーズ事務所か吉本か。それらが力を持つにはわけがあるってところでしょうか。・・・でも、仕事は事務所を通しましょうね。


集英社  ¥ 1,080

科学の視点でズバッと斬った35のお話。意外な“ビックリ”が詰まったこれまでにない歴史本
第1章 イメージをくつがえすビックリ!?
豊臣秀吉の「中国大返し」
毛利元就「3本の矢」伝説、
本能寺の変、厳島の戦い・・・奇襲日時の選び方
忍者が水の上を歩くあの術
法隆寺五重塔は、実は一階建て
平将門の乱の勝負は天気が決めた
真剣白刃取りは本当に可能なワザか
第2章 スゴすぎる舞台裏にビックリ!?
菅原道真、安倍晴明、西郷隆盛―“呪い”のヒミツ
源義経の“逆落とし”
真田幸村の六文銭 そして伊達政宗との関係は
江戸時代に時刻を知らせる時の鐘
神風とはいったいどれくらいのパワーだったか
曲亭馬琴が書いた謎の円盤船はどこからやって来たのか
坂本龍馬の“抜かれた銃弾一発”
第3章 ヤバすぎる異彩にビックリ!?
大地震や富士山大噴火が起こった江戸時代、
源平合戦で海上の扇を射抜いた那須与一
超高速な加賀藩の参勤交代大名行列
江戸の大発明家、平賀源内
「峰打ち」本当にやったらどうなるか
生類憐れみの令で烏を島流しにしたら戻ってきた伝説
黄門さま御一行、本当はちっとも旅をしてなかった
第4章 ざんねんな現実にビックリ!?
金閣寺、金のシャチホコ、東大寺大仏、一番高価なのは?
江戸の将軍を暗殺から守るための“しかけ”
鉄砲と弓、勝負したら勝つのは?
伊能忠敬、松尾芭蕉 史上一番長い距離を歩いたのは?
重さ20kg 小野小町は超人筋トレ状態か
加藤清正は高身長で槍の達人?
大阪の陣で淀君を恐怖させた大砲の一発、その確率は?
第5章 どんでん返しにビックリ!?
“牛車”の速さってどのくらい?
“槍の長さ”が戦国の乱世を制す?
小次郎・武蔵、信玄・謙信 伝説の勝負の謎
信長・秀吉・家康 行軍スピードベスト3
大隈重信が改暦を行った意外な理由
加賀百万石の百万石ってなに?
秀吉得意の“水攻め” 今やったらどうなる?



最終の項目で取り上げられている“加賀百万石”。私は埼玉なので馴染みはありません。だけど、百万石には及びませんが、埼玉には《十万石まんじゅう》があります。埼玉では、「石」はまんじゅうを数える単位です。

違う。

まんじゅうを数える単位でも、地面に転がってる石を数える単位でもありません。そういう使い方もありますが、重さを表す単位や液体の体積を表す単位ってのは、日本の歴史の中では本流ではありません。だから、加賀三万トンでも、加賀一億八〇〇〇リットルでもないんです。

「石」はコメの量(体積)を表す単位です。《十万石まんじゅう》は埼玉銘菓とされておりますが、忍十万石という藩に生まれた銘菓であるところから《十万石まんじゅう》と名付けられました。

一石は一〇斗、一〇斗は一〇〇升、一〇〇升は一〇〇〇合です。一食に米一合を日に三回食べて、一日三合。三合を一年食べて一〇九五合で、一石ってのは、だいたいだけど、一人の人が一年食べていく米の量。一石なら一人、二石なら二人が一年食べていけます。百万石だと百万人。おお、それだけの力のある藩って、藩の力を表す言葉にもなるわけですね。

この一石の米を収穫できる面積が一反ですね。もとは三六〇歩で一反としていました。太閤検地のときに三〇〇歩にあらためられました。律令で定められた頃とは、生産力が向上してたんでしょうね。

米が俵で積み上げられているのが時代劇なんかに出てきますね。一俵、二俵って数えますが、一俵は四斗、今では六〇kgに統一されているそうです。

そう言えば、私が時々お邪魔する鰻屋さんに、次のような判じ物の書かれた札がかけられています。なんと読むでしょう。
①一斗二升五合
②春夏冬二升五合

答えは(続きを読む)に・・・




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『フライパンひとつで、麺』 武蔵裕子

一年ほど前、早期退職を二人の友人に相談しました。友人とは言え、お一人は私よりも一回り以上先輩、お一人は早期退職経験者。二人に背中を押してもらったおかげで、今の私があります。そのお二人と、昨日(一六日)に飲みました。今度は、「早まったことを」、「取り返しの付かないことを」と嘆かれました。

まったく、そんなことを言われても、今や、退職者としての生活を確立するしかありません。もちろん、連れ合いと二人の生活ですから、連れ合いと退職した私との生活の確立ですね。しっかり、“適切な距離”を保つことが大切みたいです。

私の料理好きは前からのことなので、なんとなく、朝とお昼の準備は私がやるようになりました。朝は、定番にプラスアルファでいいですね。けっこう、気を使うのが昼です。

連れ合いがスイミングに行っています。泳いでくることで、いろいろなめんどくさい思いを水に流してくるようです。私が山を歩くのと同じです。一〇時頃出かけて、帰るのが一時前。きっちり帰ってくるわけでもないので、遅ければ私は先に食べて、帰ってきてから時間をかける必要の無いように、“仕上げ手前”にしておきます。

一緒に食べることになんか全然こだわりません。そんなことを考えるとめんどくさいですから。「買い物してから帰る」っていうときは、海苔巻きとか、そうめんのお下地だけ作っておくとか、パンが買ってあるか確認するだけとかです。

パン、ご飯物、うどん、パスタ、そばなどいろいろですが、麺類に偏らないように気をつけています。

たとえば今日は、天ぷらうどん。昨日の夕食のかき揚げが残ってたので、これは自然な流れですね。お昼っていうのは、その日、家にあるものを使って簡単に作れるものがいいですね。だからこそ、連れ合いも、朝と昼を私に任せているんだと思います。

だからこそ、その日、家にあるもので何かが作れるという“引き出し”をたくさん持っていたいですね。そんな“ひきだし”を増やしておこうと、こんな本を買ってみました。



文化出版局  ¥ 1,512

鍋もボウルもザルもいらないから、洗い物が少なく、狭いキッチンでも大丈夫
パスタ
冷凍麺
中華蒸し麺

この本は、フライパンひとつで麺料理を作ろうという本です。どんな麺かと言うと、目次にある通り、“パスタ”、“冷凍麺”、“中華蒸し麺”です。

じつは私、“パスタ”については、自分で作って食べています。もちろん、この本に出てくるように、一つのレシピとして完成されたものを作っているわけではありません。「山でこのやり方が出来ないかな」って考えてたんです。

《水漬けパスタ》が話題になりましたね。これは私も山でやりました。あらかた問題ありませんでした。パスタは二つ折りにして、ジプロックに水漬けにして持って行きました。失敗は二度。一度は強火でやりすぎて、少ない水が蒸発して鍋底にパスタがくっついちゃいました。一度は早ゆで用のパスタを水につけて山に持っていったら、柔らかくなりすぎて、ドロドロになっちゃいました。五分以下の早ゆでようは、これには向いてませんでした。

それ以外ならおいしく出来るんですが、麺の膨らみが足りないと思いました。もし時間があるんなら、この『フライパンひとつで、麺』のやり方のほうがおいしく出来ると思います。守らなければならないお約束は、沸騰した湯にパスタを入れてから、しっかり時間を管理することです。

それさえしっかりやれば、《水漬けパスタ》よりも、こっちのほうが美味いと思います。この本で使っているパスタは五分、七分、一二分のものが使われてますが、もしその時間が待てるなら、山でこっちのやり方を試してみるのもいいですね。

そんなことを書いておいて、・・・ここのところ、簡単なインスタントラーメンに走っている私なんですが。

冷凍麺に関しては驚くに値しないでしょう。ただ、フライパンの中で回答させるだけのことですから。

中華蒸し麺は、・・・焼きそばですね。先に肉や野菜を炒め、電子レンジで麺をほぐしてから、フライパンで焼き色を付け、炒めた肉や野菜と合わせて味をつけてました。

この本では、肉や野菜と麺を一緒にフライパンで蒸し焼きにして、最後に味をつけるだけになってました。試して見る価値がありそうです。

さて、明日は一〇時から自治会の臨時総会。自治会長としてめんどくさい提案をしなきゃいけないんです。それが終わったらお昼。何にしようかな。・・・明日になって、あるもの使って作ればいいや。





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『昭和からの遺言』 倉本聰

生産手段を共有する社会を実現すると言って成立したソ連が崩壊し、同様の国々が次々に計画経済を放棄して、苦労して資本主義経済体制に移行してきました。“中国”なんかは、経済だけ“資本主義的”に移行して、政治的には自由主義を採用せず、共産党の一党独裁体制は維持するというわけのわからない体制変換をすることで、もともとの共産主義社会なるものが、単なる党独裁でしかなかったことを暴露しました。

第二次世界大戦前から世界中にばらまかれた共産分子は、戦後世界においてより厚顔に振る舞うようになり、一時は世界の半分を手に入れました。

日本のような自由主義陣営に属する国家にしても、生産手段を共有する社会を実現することを目指す政党が躍進し、それこそマスコミや教育機関はそれらの下部組織に牛耳られました。そんな体制が戦後四五年も続けば、だいぶ深くまで根っこは浸透し、共産主義の敗北が明らかになって地表に現れた部分は取り除かれたにもかかわらず、彼らは死に絶えることはありませんでした。

《昭和》には、前の時代から引き継いだものがたくさん残ってました。戦争で負けたと言っても、あれがどういう戦争であったか、口には出せないけどちゃんと分かってる人が、まだ世間の一線にいました。その間にもいろいろな変化があったんでしょうが、目に見えて変わったのは、それらの人たちが一線を退いてからですね。一九七〇年末あたりからでしょうか。

それも共産主義の敗退で、一時は鳴りを潜めたかに思えました。それでも、彼らは共産主義の背広を脱いで、弱者の側に立って基地を攻め、学校を攻め、協会を攻め、会社を攻めました。マスコミと教育を抑える彼らには、さほど難しいことではなかったでしょう。

《平成》って、鳴りを潜めた彼らが、再び巻き返して、新たな攻勢を仕掛けてくる時代だったように思えます。《昭和》は駆逐され、今も駆逐されつつあります。



双葉社  ¥ 1,080

「令和」新時代を迎える今 忘れてはいけない日本人の原風景がある
足の裏の倖せ
神の眼
解禁

感動の共有
兄弟のいる風景
怒りについて
布団の記憶
あとがきに代えて―ないこととあること


子どもの頃は、どこもかしこも汚くて、家の中にも虫がいて、年に一度はしっかり消毒をしなければならなかったみたいで、五月の天気の良さそうな日を選んで、家の消毒が行われた。

ポンポンポンポンって音を立てて、消毒のポンプが集落の各家を回ります。

朝ごはんを早めに済ませて、家具を庭に出し、畳もあげて庭に並べます。お勝手の道具もしっかり戸棚にしまって、お昼の準備だけは外に出します。畳を叩くとむせる程のすごいホコリ。ガタピシいう窓をしっかり締めて、雨戸も閉めて、消毒のポンプを待ちます。

母が私を手招きしています。兄たちに分からないようにそっと行ってみると、畳の下から出てきたと、十円玉を私にくれました。

ポンポンポンポンって音がお地蔵さまの曲がり角の向こうの家まで来ました。ブオー!っと、岩田さんの家に消毒を吹き込んでいる音が聞こえます。次はうちの番です。・・・なんか楽しかった、消毒の日の思い出です。

昭和に守られて、私は子供時代を過ごしました。大人になる過程で、一時は昭和を嫌悪しました。しかし、そのうち昭和の意味を理解するとともに、自分自身の中にさまざまな昭和を発見し、昭和を受け入れました。

昭和で十分です。

その昭和が駆逐されていきます。本当に、最後の最後まで駆逐されてしまうのなら、仕方がありません。口をつぐんで、駆逐されましょう。でもその後に残される社会は、どんな社会でしょう。

そこにはスマホがあるでしょう。ITがあるでしょう。コンビニがあるでしょう。電源があって充電が可能でしょう。インターネットで情報が得られるでしょう。でも、昭和は、もう求めることができなくなるでしょう。

とても考えさせられる、貴重な本でした。




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『世界史の新常識』 文藝春秋編

つい先日、県の教育局から〈再任用制度説明会の開催〉のお知らせをいただきました。今にしてみると、三月まで、自分が高校の社会科の教員で、世界史を専門にしていたなんてことが、まるで夢のような思いがします。

今年度いっぱいで退職する人か、定年の年齢を迎える前に退職してしまったものの、いざ退職してみると取り立ててやることもなく、家を居場所と定めることもできず、早期退職を「早まったかな?」と後悔している人向けの案内のようです。ついでのこととは言え、いまだに私のことなんぞ気にかけていただいて、ありがたい話です。

退職するやいなや、四月から自治会長を任されて、好きか嫌いかにかかわらず、いまだに社会との強いつながりを感じながら生活をしています。かりに自治会長をしていないとしても、決して社会とのつながりがなくなるわけではありませんが、実感として感じるものは、だいぶ薄まることでしょう。社会とのつながりが薄まると、再任用とは言え、仕事に戻りたくなる人もいるようなんです。

お誘いは、「令和二年に再任用で働きませんか。給料はだいぶ安くなるけど」ということのようです。当自治会の自治会長の任期は一年ですので、令和二年度といえば、ちょうど自治会長の任期が終わることになるわけですが、再任用のお誘いに応じるつもりはありません。

先程も書きましたように、退職しようが、自治会長でなくなろうが、社会との関わりがなくなるわけではありません。だけど、心の持ちようとしては、社会からも超然とした存在でありたいのです。超然とした存在でいられるわけもないんですが、まあ、気持ちだけでも。

隠遁といいますか、出家して仏門に入りたいわけだはないのですが、これまでとは違う責任と無責任を持って、外側から世間を笑い飛ばしてやりたいんです。

さて、『世界史の新常識』っていう本なんですが、以前この手の本を読めば、“これは授業で使える”とか、“使えない”とか、不純な価値判断が優先してしまうことがありました。でも今は違います。もう教壇に立つ事のない私は、ひたすら本を、自分の知的好奇心を満足させるためだけに読むのです。

ある意味でそれは、純粋な読書の楽しみであるはずです。・・・ですが私は、ふと気がつくと、その本の面白みを授業で使おうと算段しているのです。本当に、純粋な読書の楽しみに浸るには、もう少し、時間がかかるかもしれません。



『世界史の新常識』     文藝春秋編

文春新書  ¥ 950

世界史のエッセンスがこの一冊に! 知っているようで知らない世界史のエッセンス
第一章 古代
古代ギリシャはペルシャ帝国に操られていた
どうして釈迦は仏教を開いたか
カエサルはなぜ殺された?
「キリスト教」はイエスの死後つくられた
ローマ帝国を滅ぼした難民と格差
第二章 中世・近世
預言者ムハンマドのリーダー・シップ
中世グローバル経済を作ったのは遊牧民とムスリム商人
異民族を活用したチンギス・ハン
ルネサンスは魔術の最盛期
明を揺るがした日本の火縄銃
戦争と疫病がニュートン、ライプニッツを生んだ
第三章 近現代
産業革命がイギリス料理をまずくした
保護貿易が生み出した産業資本主義
アヘン戦争 大清帝国vs大英帝国
インド グローバルな亜大陸
世界大戦の負債が起こした大恐慌
独裁の秘術 ヒトラー、スターリン、毛沢東
共和党対民主党 日本人が知らないアメリカ史
第四章 ブックガイド
グローバル・ヒストリーとはなにか
評伝・自伝で人物の内面に迫る
共産中国の深層には今も伝統的な中国社会が息づいている
第五章 歴史の教訓
史上「最も幸せな国」はどこだ?
世界史から何を学ぶか


ったく、よく言われましたよ。「歴史の先生は、楽でいいよね」って。「最初は大変かもしれないけど、とりあえず一通りやっちゃえば、毎年同じことをやってればいいんだろ」っていうんですよ。まったく冗談じゃありません。

社会の教員っていうのは面倒な人が多いです。面倒な奴らなんで、そのうち地歴と公民に分けられちゃったんです。まあ、一般の方からすれば、今でも“社会の先生”って感じでしょうけど。それでね。社会の教員とは言っても、本来なら、世界史の専門家が世界史をやるべきなんです。日本史は日本史、地理は地理ってね。

だけど教科目の指導よりも生徒指導のほうが優先されるようになって、受け持ちの学年によって科目が変わっちゃう学校が多くなってきちゃったんです。例えば、一年現社、二年世界史、三年日本史って感じです。自分の担任クラスの授業がないとしても、世界史が専門だったら世界史を教えるべきだってのが私の考えなんですが、そういう学校はだんだん無くなっていってるみたいですね。

かりに、毎年、世界史だけを繰り返し教えているとしても、教材研究、授業の下調べをして準備をすることですが、それなしに授業に望むなんてありえません。教材研究以前に、歴史だけじゃなくて、いろんな本をむさぼるように読んで、いざ、教科書にあたってみれば、「・・・まだ、こんなことを書いてるよ」なんてことは、ざらにあるんです。

目次がスペースを取ってますが、全部載せておきました。“なんとなく”でも、この本の内容を分かってもらおうと思って。いろいろな人の、いろいろな研究の集積で、以前に考えられていた・・・

①歴史は間違っていた。
②歴史とは、少しイメージが違ったようだ。
③歴史には、誤解があった。
④歴史に、付け足さなければならないことがあった。
⑤歴史から、差し引かなければならないことがあった。

色々なケースがあります。もちろん、それを修正していく必要がありあます。しかし、その修正ができないとしても、これはやむを得ないところがあります。第一、教科書が修正されてないんですから。この本に書かれている“新常識”も、大半がそれにあたります。

それ以外に、“やむを得ない”では済まされない問題があります。正しいとされる歴史に紛れ込んでいる意図的な嘘、あるいは意図的に無視されている真実です。この意図的な嘘を見抜いて、または意図的に無視されてきた真実を授業の中で問題提起することはとても大事です。

この本の各項目は、それぞれ別のさまざまな先生方によって、“新常識”が披露されてますが、それらの中で、歴史の中に紛れ込んでいる意図的な嘘を指摘しているのは一つだけ、第三章の“近現代”の中で、渡辺惣樹さんが書いている《共和党対民主党 日本人が知らないアメリカ史》のみです。

今後は、自分の知的好奇心を満足させるために、そして外側から世間を笑い飛ばしてやるために、本をよめるようになれたらいいなと思います。

*毎年、同じ授業をして、同じ問題でテストをする歴史の先生は、けっこうたくさんいます。




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『龍の棲む家』 玄侑宗久

猫のミィミィが死んで、今週土曜日で一ヶ月経ちます。

最初の兆候は、水を器が空になっていることに気づくようになったことです。
「最近、よく水を飲んでない?」
「急に水ばかり飲むようになったら、危ないって聞いてるけど」
そんな会話をしてまもなく、食べる量が減りました。最初は餌にあきたのかと変えてみたり、さらに食が細くなったのでグレードを上げてみたり、今まで考えても見なかった缶詰などの餌を試してみたりしました。そしてそんなことをしているうちに、なんにも食べなくなってしまったんです。

でも、ミィミィは食べる量が減るようになってから、ひと月近く頑張ってくれました。今は、私たち夫婦が一番良く使っている部屋から、窓を開ければ見える場所に眠っています。

夫婦で最後まで看取ると覚悟を決めてからは落ち着きましたが、最初はミィミィの変調を受け入れられず、あたふたしました。死なれてみれば、これは食べないか、あれならどうかと買い集めた猫の餌が残されています。

仕方がないから、目につくものから処分して、あまり使いもしなかった猫タワーも分解しました。最後に残ったのが猫用のケージです。ミィミィはなにかあると、すぐこのケージの三階に逃げ込んでました。

そのケージを、山の道具置き場に使うことにしました。あちこちに点在した山道具をかき集め、猫ケージにまとめることにしました。けっこういい感じになりました。

そんな過程で、押入れだの天袋だのを引っ掻き回す中で、この本を発見しました。認知症になった父親の介護をテーマにした本です。玄侑宗久さんの、すっと心に入ってくるような文章が好きで買いましたが、介護をテーマにした本であることが分かって、身につまされて、読めなくなっていた本でした。


『龍の棲む家』    玄侑宗久

文春文庫  ¥ 時価

呆けた父と暮らすことになった幹夫は介護に詳しい佳代子と出会い、新しい世界を知る
父が痴呆症で徘徊をするようになった。ミサコという人を探しているらしい。記憶が断片になり、ある時は小学生、ある時は福祉課の課長にと次々変身する父に困惑する幹夫。だが介護のプロの佳代子に助けられ、やがて父に寄り添うようになり、ともに変化してゆく。無限の自由と人の絆を、美しい町を背景に描く。


身につまされたと言えば、お分かりですね。うちにも、龍がいたんです。

文庫が出たのは二〇一〇年です。二〇一〇年といえば、私たち夫婦は四人の親のうち三人までを見送っておりました。最後に残ったのが連れ合いの父親です。一四年前に連れ合いの母親が亡くなったときには、すでに認知症の症状が進んでいる状態でした。二〇一〇年といえば、どうにもならない所まで来て、私たち夫婦が追い詰められた思いになっている頃でした。

そんなわけで、押し入れの肥やしのような状態になっていましたが、そんなこの本も今なら読めそうです。連れ合いの父親は、一年半前に亡くなりました。

物語は、主人公の幹夫の父親が認知症が明らかになった頃から始まります。自由な立場の幹夫は、長男の哲也から父親の面倒を見ることを依頼され、それを受け入れます。父親は、時に徘徊をします。生き場所は決まって龍が淵公園。幹夫はただ黙って、その徘徊に付いていきます。そこで、二人は、一人の女声にめぐり逢います。それが、認知症患者の介護に詳しい、介護士経験のある佳代子でした。

幹夫は、父の認知症の症状の変化に戸惑います。それを佳代子が支える形で話が進みます。しかし、佳代子も、介護士としての過去に、大きな問題を抱えていました。

認知症の症状が、少しずつ進んでいく父親。その症状の変化に戸惑う幹夫。幹夫の父親の介護を通して自分の過去と向き合おうとする佳代子。困難に直面しながらも、認知症を人の自然な帰結の一つと二人が受け入れていく様子が心地良い。

身近な者が認知症であることが分かる前にこの本を読んでも、分からないかもしれません。一番のタイミングとしては、身近な者が認知症であることが分かったころに、ちょうどこの本に出会えればいいでしょうね。

私は一度、夜中に便を漏らしたて廊下に佇む連れ合いの父親に、舌打ちをしてしまったことがあります。あの時の父の悲しそうな目が、今でも忘れられません。




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解禁『昭和からの遺言』 倉本聰

《解禁》という章が立ててあります。

戦後になって、“解禁”になったもの。つまり、戦前は禁じられていたものとして、次のものがあげられています。

権利主張
口を開くこと
批判すること
お上にたてつくこと
抗議すること
ぜいたくすること
悪口を云うこと
遊びまわること
快楽を求めること
女のヌード
ヘアを見せること

そのかわりに、それによって失われたものとして、次のものがあげられています。

親の権威
先生の権威
目上の権威
礼儀作法

そして、それによって、変化したこととして、次のものがあげられています。

横暴な自由がはびこり始めた
お巡りさんが怖くなくなった
かなり悪いことが許されるようになった

そして、ここに来て禁止されたものに、体罰があります。



双葉社  ¥ 1,080

「令和」新時代を迎える今 忘れてはいけない日本人の原風景がある
足の裏の倖せ
神の眼
解禁

感動の共有
兄弟のいる風景
怒りについて
布団の記憶
あとがきに代えて―ないこととあること


正直に言います。

かしこまって、「正直に言います」なんて言わなくても、さらには、なにも埋もれた記憶を掘り起こすまでもなく、私は何度も生徒に手を上げました。何度も蹴りました。どうも、昔から手よりも足のほうが先に出るタイプでした。

けっして、気軽に体罰に走る方ではありません。

カッとなって怒りに任せたのは一度です。授業中に廊下に出てしまった生徒を、40歳台の女の先生がなんとか教室に入れようと声をかけていました。私は隣の教室で授業をしていたのですが、女の先生をサポートするために廊下に出て、距離をおいて様子を見てました。生徒が向こう隣の教室にいる知り合いに声をかけようとするのを女の先生が静止しようとしたら、生徒が女の先生を突き飛ばしたんです。突き飛ばされた女の先生は、バランスを失って廊下に倒れました。

「先生、大丈夫?」って、立ち上がる女の先生に手を貸してから、生徒のニヤつく顔を見て、切れました。襟を持った両手で生徒を持ち上げて、そのまま背負投で後ろに投げ飛ばしました。

それ以外の体罰は、きちんと頭の中でいろいろなことを考えた上のことです。その考えが間違っていて、思いもよらず相手に詰め寄られたこともありましたが、それは一度だけ。その他は、私から叩かれたり、蹴られたりしたことを、きちんとうけいれさせました。
 
今から一五年ほど前、札付きのやつでしたが、体罰が禁止された時代の教員の弱みっていうのを、よ~く心得ているやつに出会いました。そういうやつだということは雰囲気でわかりましたので、隠忍自重、周囲への悪い影響を最小限に、無事送り出しました。

そんな状況に嫌気が差して、定時制高校に転勤しました。転勤したら、定時制はまるでドタバタ劇場でした。その前の勤務校のような神経戦はまったくなく、ひたすらぶつかり合いでした。五〇歳前後の時期ですから疲れましたけど、このまま定時制で終わればいいと思ってました。

そしたら定時制が潰れちゃったんです。全日に転勤しました。

これまでの経験の中で一番平和な学校でした。ですが、指導ってのは相対的なものですから、許せるラインというのは自ずから変わってくるんです。定時制に比べると、どうしても神経戦が増えていました。なんとか無事にやり過ごしましたが、昨年、担任を持った生徒を三人、蹴り飛ばしました。

以前と同じように、私はそれを受け入れさせたつもりでいました。その時私が蹴り飛ばしたのは三人ですが、そのうちの一人は、実はそれを受け入れておりませんでした。自分が悪いことをしたという自覚があるので、その時、私に蹴られたことでとやかくいうことはありませんでしたが、彼は明らかに、私の揚げ足を取ろうとしてました。

「あ~あ、もう、自分が教員をやってられる時代は終わったんだな」って、遅ればせながら理解し、退職しました。




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自転車で登山口まで

越生やときがわ町が近いっていうのは、やっぱり恵まれているんでしょうね。いずれも、一〇〇〇メートルにも満たない低山です。しかも、何度も登っています。こうなってくると、景色が見えなくっても、まあ残念ではありますが、まったく平気。雨でも大丈夫。なんなら、登らなくても構わない。また来ればいいんですから。

さて、梅雨寒で、二五度にもならない気温。おまけに青空も望めそうもない。雨は夜からと言ってたけど、場合によっては降り出しが早まることも。だったら、この間同様、近所の低山に繰り出しましょう。

ワクワク感を出すために、ちょっと目先を変えて、自転車で二つの山を回ってみました。

先日、当ブログで紹介したばかりですが、守屋龍男さんの『秩父の低山』という本があります。私にとっては低山歩きのバイブルみたいな本です。その本に、越生の弘法山が紹介されてました。標高一六四メートルの山なので、ここだけを目的にするって山じゃありません。そこで、弘法山の後に、さらに自転車でときがわ町に移動して、弓立山に登ってくることにしました。

同じときがわ町っていっても、笠山、堂平山ってなると、自転車不案内の私には荷が重そうですから、ちょうどいいでしょう。

というわけで、レッツラゴーです。

関東平野の終わり際を西に向かえば、当然登りになります。これが、予定外でした。ハハハ・・・。

自宅から鳩山町を経由して越生に向かいます。曇り空の下ですが、石仏だの、思いがけないひまわり畑だの、小回りの効く自転車ならではの見どころってのが結構あるもんですね。
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坂を登って越生に入ると、最初に目につくのが形の良い弘法山の三角形。登り口を調べておいたわけじゃないんだけど、とりあえず近づいていくと見正寺という寺があります。登り口は、その寺の脇にありました。道標に自転車を繋がせてもらって、奥に向かいます。
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少し行くと道は階段状になり、それを登りきったところに縁起が書かれていました。もとは、高房山といったようです。それが弘法に変化したのかと思われますが、縁起によれば観音堂の如意輪観音が弘法大師の作と伝えられるため弘法山と呼ばれるようになったとありました。現在、中腹の観音堂には弁財天が祀られ、山頂には諏訪神社が越生の町を見下ろしています。
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(観音堂)

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(諏訪神社)

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(グレムリン?)

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(越生の町)

前から気になっていた弘法山に登れてよかった。続いてときがわ町に向かいます。越生町とときがわ町を結ぶ道はけっこう交通量が多いんですが、一台だけ、距離を取らず間近を追い抜いていったトラックが怖かった。
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(弓立山が近づいてきました)

関東平野のヘリを移動しますので、登り下りは当然のこと。ギリギリこいで上がったけど、思い知りました。自転車を利用して山に登るというのは、登る前に疲れてしまうことになるんですね。

弓立山の登り口の八幡神社に付いたときには、けっこう疲れてました。そのため、弓立山までの道がずいぶん長く感じました。
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山頂は当然のように誰もいません。曇り空ですが、それなりに周辺が見えて、気持ちが広がります。ここは以前、ハングライダーの発着に使っていたことがあるようで、山頂部分だけ、樹木を切り払って草原状になってるんです。この時期に来たのは初めてで、草が生い茂って、ずいぶん山頂が狭く感じます。
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0014.jpg (男鹿岩)
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弓立山ラーメンを食べていると、西側の奥武蔵の山々が、すでに厚い雲に隠れて、それがこちらに広がってきています。早々に下りましょう。
0017.jpg (弓立山ラーメン)
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午後一時少し過ぎ、自転車をおいた登り口まで下りてきました。ここから東松山の私の家までは一時間ほどでしょうか。途中で抜ける嵐山は、源義仲ゆかりの地。義仲の父親、源義賢が館を構えた場所だったんですね。写真の大蔵神社のある場所は、源義賢が根拠地にした大蔵館があった場所です。周辺にもゆかりの遺跡が残されています。
0019.jpg (明覚駅)
0020.jpg (大蔵神社)

嵐山を走っている間に、雨が降ってきました。都幾川を渡ったころには、田んぼに落ちる雨がはっきり分かるようになりました。それでもなんとか、本降りになる前に家に帰ることが出来ました。
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この日移動したのは、以下のようなルート。
7月11日自転車で登山口





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イーグルス16

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人生に必要なもの、一人の女性、一人の親友、一つの思い出、一冊の本。
その一冊。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































































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