めんどくせぇことばかり 2020年02月
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リベラル『「日本国紀」の天皇論』 百田尚樹

今年に入って、朝日新聞に、皇室に関するさまざまな意見を紹介した記事があった。

朝日新聞は、女性・女系天皇を、読者に勘違いさせるのが目的であるかのように取り上げ、まるで皇統の万世一系を終わらせようとしているかのような報道が目立つ。憲法改正には防波堤のように立ちはだかろうとするが、皇室に関わる部分においては、まるで改正を望んでいるかのようなのだ。

皇室を取り上げた記事は1月12日だった。《(フォーラム)皇族の「人権」》と題するさまざまな人たちの意見を紹介するもので、さまざまな意見を紹介することで、憲法の記述さえ相対化してしまおうとしているかのようだ。

 30年ぶりに新天皇が即位した昨年、日本はお祝いムードに沸きました。ただ、皇室の人たち一人一人の生き方を見てみると、プライバシーが限られ、結婚や発言にも制約があるなど、「不自由さ」も目につきます。2016年には、天皇陛下(当時)が自らの退位を語ることの是非も議論になりました。天皇や皇族の「人権」とは? 国民とは違う? 改元を機に考えてみませんか。

■税金で暮らすなら/干渉しなくても

 朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声を紹介します。

 ●税金で暮らす以上制限ある

 判断の基準は、税金で生活しているか否かだと思う。税金で生活している以上、国民が望む範囲で制限があっても仕方がない。ただし、国民が望む制限を時代とともに見直す必要はある。また、そこから離脱する自由は尊重するべきだと思う。もしくは、税金で生活をするという仕組みを変えれば良い。(東京都・30代女性)

 ●人として生き方考える時

 皇室は、とても神聖なものであると同時に、みんなの手本となることを求められていると思います。でも、皇室に生まれたのは自分の意志ではないし、いろいろなものを選択する権利はあってしかるべきだと思います。皇室の継続も課題かもしれませんが、一人の人間としてどう生活していくかについても、みんなで考えるべきではないでしょうか。(神奈川県・30代女性)

 ●「人は平等」と言えないまま

 民主主義の時代に、生まれながらにして身分が保障されている立場であるのがおかしい。だから、それなりに人権やプライバシーについて制限があるのは当然。なので、一方で皇室を離れる自由を与えて、人間らしく生きられる選択もできるようにしてやったほうが良い。皇室があるがゆえに、「人は生まれながらに皆平等なのだ」と子供に教えられずに今に至っている。(青森県・60代男性)

 ●皇室離脱の制度整えては

 本来なら皇族も国民も関係なく自由やプライバシーが保障されるべきであるが、日本国の象徴であり、それに反するようなことはするべきではない。しかし、皇族に生まれたが皇族の公務や役割といった制約を受けたくないといった場合もおこりえる。そのため、個人の判断で皇族を離れるか判断できるような制度を整えるべきだと思う。(兵庫県・10代男性)

 ●天皇制守るなら自由に制約

 日本国内でたった一つの家族に象徴の役割を押し付けることを全国民が強いている天皇制がある以上、皇族になんら自由はないと思う。その家族を不自由な生き方から解放するのならば天皇制を廃止するしかないと思う。国民が天皇制の維持を求めるのならば皇族方に人権や個人の生き方の自由は認められないのでは。(滋賀県・40代男性)

 ●女性天皇を認めるべきだ

 女性天皇を早く認めるべきです。そうなれば男子を産まなければならないプレッシャーもなくなります。配偶者になる方もみつけやすくなるのでは。皇族男子も皇籍離脱を認めても良いと思います。(東京都・50代女性)

 ●犠牲的役割に疑問

 男女平等論には大いに賛成だが女性天皇にはどうしても賛成できないです。皇族への抑圧や特に女性の出産プレッシャー等疑問点が多いので、機会があるのであれば逃げて欲しい、と思ってしまうからです。

基本的人権を保障せず象徴として人身御供的な役割を生涯果たさせることに税金を投与し続けるのは、一般市民の私にとって一体何のメリットがあるのだろう、と思います。(東京都・20代女性)

 ●「自分だったら」想像したい

 皇族相手に「自分だったら」などと共感を寄せるのはおこがましい…はずだが、そうした私たちの恐縮が「人」から権利を奪うのではないか。「自分だったら」あのような境遇にいたくない、そういう想像力を持てない社会はそもそも嫌だ。(神奈川県・20代男性)

 ●特権階級に人権はナンセンス

 人権は、あくまで抑圧されている側の権利を守るために、運動やたたかいの中で確立されてきたものであるから、特権階級の人権なんて考えることがナンセンス。皇族に人権はない。(埼玉県・40代男性)

 ●公務以外は干渉しなくても

 古きよき皇室が日本にあるというのは日本人の誇りです。しかし一方で昔のスタイルの日本人像を今でも求めているということではありません。ご公務以外の部分は触れる必要がないと思います。(埼玉県・40代女性)

 ●出生で責任背負うのはおかしい

 私は皇族の方々を尊敬しています。その上で申し上げたい。皇族に生まれてしまったがために、身分と責任とを背負わされてしまうのはおかしいと思います。脈々と続いてきている(らしい)ことを理由に尊重して継続させねばとする考え方には賛成できません。(北海道・20代男性)

 ●バッシング許されない

 子供を作るために、「ふさわしい」人と結婚し、男性が生まれるまで、生まれなくても、生まれたあとも騒がれ続ける。皇室離脱を前提とする女性ですら、ふさわしくないとみなされた人間との結婚の自由もなく、ひたすらバッシングが続くのが現状。人間としてではなく皇族すなわち国と国民の奴隷として生きることを要求されている。許されることではない。(奈良県・30代その他)

 ●海外のように個性出して

 海外の王室のようにもっと個人、個性、というものを出してもいいのではないでしょうか。少しぐらい世間からの雑音は無視してもいいと思います。(海外・50代女性)

以下省略
朝日新聞は、天皇とか皇族という存在を、この国に生きる人間とともに歩んだ歴史から切り離して、極めて形而下的に読者に捉えさせることを目指しているようだ。そうすることで平等だの、人権だのといった外来の物差しを天皇や皇族に当ててみる。そんなことをしなくても、皇室と国民は、常に節度を持ってともに歩んできたよ。

私の周りにはこのような下卑た意見を持つ人は一人たりともいないんだけど、朝日の読者はみんなそうなのか。・・・これはすごい。私も少し前まで、朝日新聞を購読していたんだけど。




産経セレクトS16  ¥ 968

『日本国紀』の著者が、日本の歴史に浮かび上がる「天皇」について語り尽くす
序章 日本にとって「天皇」とは何か
第1章 天皇の権威と万世一系
第2章 万世一系のすごさ
第3章 歴代天皇の大御心
第4章 消された絆
第5章 天皇を教えない教科書
第6章 令和の国体論
第7章 聖域と祈り



令和という新元号が発表された時、いろいろな意見が表明されたんだそうだ。ずいぶん面白い意見があったことを、このほんにおしえられた。そんなわけで、いくつかの新聞に紹介された意見を集めてみた。

社民党の又市党首は記者団に対し「『令』は『命令』の『令』であり、安倍政権が目指す、国民への規律や統制の強化がにじみ出ている感が否めない。わが党は、社会党時代から元号は象徴天皇制とはなじまないものだと反対し、昭和を最後に西暦に一本化すべきだと求めてきた。元号がどうなろうと、平和で、豊かな、戦争のない社会を望むことは言うまでもないが、元号の強制はあってはならない」と語ったそうだ。

社民党って言うのは、社会党時代からキリスト教徒なのか。「西暦に一本化」なんて言えるところが、うらやましいほど単純脳天気。まあ、共産主義者だからな。革命暦使えばいい。

デーブ・スペクター氏は「いずれなじむだろうけど、響きはよくない。令は命令の令だし、『冷』の字を想像させ、冷たい雰囲気がまずある」「『平和に従え』みたいに読める。上から目線が、安倍政権っぽい感じ」と語ったそうだ。アメリカ人で上から目線でないやつにあったことがない

漫画家の小林よしのり氏はニュースサイト「BLOGOS」にて、「『令』は王冠の下に人が跪いている図だから、やっぱり君主か支配者の命令の意味である」「『令和』を見て、なんとなく冷たい感じがするのはやむを得ない」・・・そんな気はしなかったけどな。

京都産業大学の所功名誉教授によると、1864年に「元治」に改元された際に「令徳」の候補があったが、幕府側が「徳川に命令する」という意味があるとして難色を示し、採用に至らなかったという

共産党の志位委員長は記者会見で「元号は、もともと中国に由来するもので憲法の国民主権の原則にはなじまないと考えている。国民が慣習的に使用することに反対するものではないが、西暦か元号か、いかなる紀年法を用いるのかは自由な国民自身の選択に委ねられるべきで、国による使用の強制には反対する。『一般国民にまで、元号の使用を強制することにはならない』という政府の統一見解を厳格に守ることを改めて求めたい」と述べました。将来的な廃止も視野に「国民の総意で解決されるべきだ」と主張した。

・・・やっぱり共産党が政権を握ったら、当然、一党独裁になるだろうし、元号だけでなく、皇統が絶えるな。

歴史学者 本郷和人という人は「令っていう漢字を漢和辞典で確かめてほしい。一番最初に良い意味が来るか、来ない。最初は命令の令。「巧言令色鮮し仁」口先がうまく顔色をやわらげて人を喜ばせ、媚びへつらう事は仁の心に欠けている。そういう言葉を何で学者が令という字を使ったのかな」と。

ここまで来ると、イチャモンだな。

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『自然に学ぶ』 白川英樹

なんの本で読んだんだったか、天才的数学者は美しい風景の中で育つという話があった。

別に天才的数学者でなくてもいい。子どもの頃、自然の中でいろいろな遊びをしてきた子は、それだけでいろいろなことを学んでいるし、身につけている。自然に学んでいくってことが大事ですね。白川先生の言われるとおり。

与えられる“勉強”は、先に結果が出ちゃってるからね。だから、入っていく必要を、子どもは感じない。自然の中にあるたくさんの入り口は、その先に何があるか分からないから、ドキドキするわけだ。

白川先生が塾長を務める《子ども夢教室》は小学5年から中学2年までを対象に、学年や男女を混ぜた4~5人のグループに分け、それぞれに指導員として本当の学校の先生がつくんだそうだ。その学校の先生たちは白川先生から、「教えないで欲しい」と求められる。教えるのが商売の人たちだからね。ビックリするだろうね。

自然から学ぶってことの意義は、限りなく大きいね。

白川先生は、子どものような心を持った、とても純真な人のようだ。科学のことについてはともかくとして、世の中のことに対しては、おかしな疑いを向けるということはなさらない方らしい。

『沈黙の春』を書いて、世界に多大な影響を与えたレイチェル・カーソンが取り上げられている。彼女は息子と一緒に自然を探検し、発見の喜びに胸をときめかせる様子について、こう言っているそうだ。「わたくしは何か面白いものを見つけるたびに、無意識のうちに喜びの声を上げるので、彼もいつの間にかいろいろなものに注意を向けるようになっていきます」「彼の頭の中に、これまでに見た動物や植物の名前が刻み込まれているのを知って驚いたものです」・・・ということです。

白川先生は、レイチェル・カーソンを、『沈黙の春』によって環境汚染と環境破壊を世界に告発した人物と紹介している。それはDDTをはじめとする農薬の使用による汚染を訴えたもので、アメリカはその訴えを受け入れてDDTの使用を禁止した。

1960年代、マラリアはDDTによって、ほぼ撲滅寸前まで行っていた。年間250万人いた患者を35人まで縮小していた。それが、DDT使用禁止により水の泡になってしまった。今、毎年200万~300万人が死んでいる。・・・惜しかったね。



『自然に学ぶ』    白川英樹


法蔵館  ¥ 1,320

2000年ノーベル化学賞受賞者の白川英樹先生が折々の想いをまとめたエッセイ
1「自然に学ぶ」
2「日本語で科学を学び、考え、そして創造できる幸せ―先人の努力を糧に―」
3「高分子合成を志して」


ベンジャミン・フランクリンも取り上げられている。

フランクリンがイギリスの進学者・哲学者・化学者のジョゼフ・プリーストリーに宛てた手紙の一節に、「今後、1000年の間に、物質を支配する人間の力がどのような高さに到達するかは、想像することも出来ません。どうか道徳が自然科学と同じように向上の道をたどり、人間同士がオオカミのように争いあうのをやめ、いま不当にもヒューマニティーと呼ばれているものを人間がいつか身につけるようになってほしいものであります」と、あるそうです。

フランクリンは、トマス・ジェファソンが起草した独立宣言を、ジョン・アダムスとともに修整しています。そこには次のように書かれている。

《我らは次のことが自明の真理であると見なす。すべての人間は平等につくられている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられていること。これらの権利を確保する為に、人は政府という機関をつくり、その正当な権力は被支配者の同意に基づいていなければならないこと。もし、どんな形であれ政府がこれらの目的を破壊するものとなった時には、それを改め、または廃止し、新たな政府を設立し、人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える仕方で、新しい政府を設けることは人民の権利である》

彼らは、インディアンや黒人を人間とは捉えていないことは、間違いない。インディアンや黒人を人間と捉えていれば、いくら彼が厚顔な人間であったとしても、ここまで平気で“人間”という言葉は使えないだろう。

だから、「人間同士がオオカミのように争いあうのをやめ」とフランクリンが言っている“人間”というのも、インディアンや黒人、それから日本人は入っていない。入っていれば、黒人の売り買いは出来ない。インディアンの皆殺しも出来ない。日本に原爆は落とせない。

その上で、日本の政治に対しては、手厳しい。武器輸出三原則を見直し、集団的自衛権の行使を容認し、改憲に突き進む安倍政権に、危惧を感じているという。

戦争が終わったとき、白川先生は9歳か。一番敏感に、アメリカのWGIPに反応しちゃった口かな。



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パソコンと漢字『漢字のいい話』 阿辻哲治

本当に、字を書かなくなった。

字を書いてますか?私はまったく書いてない。先日の息子の結婚式で署名したとき、「いや、久々に字を書くなぁ」と、ちょっと戸惑ってしまったほどだ。その戸惑いが、字を流れさせそうになる。そんなとき、あるでしょう?どうしますか?肩の力を抜いて、指がいつも通り動くように努めますか?

私は逆。肩に力が入ってることに気がついたときはもう遅い。結婚式で後ろに人が並んでるのに、肩回しするわけにもいかない。逆にもっと力を入れて、筆圧を強くして、字を抑え込みます。いい字は書けませんが、おかしな流れ方をするのは押さえ込めます。

文章を作るのはパソコン。字を書くのではなく、キーボードを打つ。必要があればプリントアウトして、人が読めるようにする。漢字も、パソコンが選択する。私はそれに許可を出す。

字を書くことが多かったときは、記憶違いや単純な書き損じで漢字を間違えることがあった。今間違えるのは、パソコンの選択ミスに気づかず、それに許可を出してしまうこと。変換ミスというやつだが、それを許可したことがミスなのに、パソコンに責任を押しつけるような言葉だ。

だけど、記憶違いや書き損じによる漢字間違いは、甚だしいと恥ずかしいばかりだが、“変換ミス”は自分でも笑える。

《破れた紙は買い取ります》→《敗れた神破壊とります》
《おいしい新じゃが》→《おいしい信者が》
《魚市場》→《咲かない千葉》
《はい写真だよ》→《歯医者死んだよ》
《清掃して放下》→《正装して放火》
《友人にも止められた》→《友人に求められた》


『漢字のいい話』    阿辻哲治


新潮文庫  ¥ 649

日本人が日常的に使う表意文字の面白さと奥深さについての考察が満載!
1 漢字を楽しむ
虫歯の漢字学
「みち」の漢字学
「妻」の原点を探れば
象とペリカン――古代中国の動物世界
アイコンとしての漢字
コラム:漢字歳時記
2 文物と遺跡
北京図書館の『説文解字讀』
段玉裁の故郷を訪ねて
皇帝と青銅器――「伝国の儀器」の歴史
悲しい石碑の物語
馬王堆発掘のカラー写真
石刻の発生――人間のものになった文字
コラム:文字の形
3 東アジアの漢字文化
この世に漢字はいくつあるのか
可口可楽・魔術霊・剣橋大学
「上京」「来阪」。では、鹿児島行きは?
国字作成のメカニズム
新常用漢字の新しさ
当節中国漢字事情
漢字簡略化と繁体字の復活
コラム:色っぽい話
4 書と漢字
筆記道具が書体を決める
書はいつから書なのか
漢字のソフトとハード
漢字はどこへ行くのか――あとがきにかえて



この間、書かなくなったことで、確実に漢字文化は退化しているという意見を聞いた。

もしこれが退化なら、退化は止まらない。止まるはずがない。だけど、これは本当に、文化としての漢字の退化と言えるのか。漢字の本質は表意文字であること。表意文字であることによって、迅速に、正確に意味を伝えることが出来るところにある。そう私は思う。

書かなくなったことで、たしかに私は自力で漢字を書くことが出来なくなった。なかなか思い出せない。だけど、それは完全に忘れてしまったのではなく、パソコンに表示された文字を正しいか間違いか判断することは出来る。間違っている場合は、いくつかの候補から正しい漢字を選ぶことが出来る。

だから、完全に忘れてしまったのではなく、パソコンの登場で必要でなくなってしまったことで、なんの手助けもなく数多くの漢字の中から唯一の正解を紙に書き出す頻度が、以前よりも少し低下しているに過ぎない。それは世の中からパソコンが消えて、やむを得ず以前と同じように、分からない漢字は辞書を引きながら書く習慣を取り戻せば、容易にもとのレベルに戻るだろう。

本書の著者、阿辻さんは、パソコンで漢字を書くことを、“文字文化の堕落”とは捉えていない。パソコンと漢字の関係は、日本語表記についての新しい文房具の登場と言っている。毛筆からペンへ、ペンからパソコンへ。それだけのことと。

漢字の専門家にそう言ってもらえると、気が楽だな。パソコンの登場で、漢字はその本質を失っていない。同時に、かつて、書いていた時代にはなかなか使えなかった“鬱病”の“鬱”であるとか、“鋸や鑿”の“鑿”なんて漢字も使えるようになった。これは漢字の本質が強化されたことを意味しないか。

ただ、正確に書く自信はないが、その正誤を正しく判断するところまでは、漢字を習得しておかなければならない。それだって生やさしいことではないが、ハードルが下がったことは事実。

私はありがたい話だと思う。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『山岳遭難の傷痕』 羽根田治

昨日、地域の人がうちに来て、Sさんのお宅におかしな人たちがやって来ていたと教えてくれた。

Sさんは一人暮らしの高齢女性で、認知症がだいぶ進んでおられる。東北に嫁いだ娘さんがめんどうを見に帰ってくるわけにも行かず、すでに施設へ入所する話が進められているはずなんだけど、その進行がはかばかしくないのでやきもきしていたところだ。地域の人が、そのお宅の前に見かけない車が止まっていたので覗いたところ、二人の女性が上がり込んでSさんにまんじゅうを食べさせていたという。

どうやら宗教の人らしく、Sさんとは旧知であると言い張ったという。しかし、Sさんの家族構成を知らず、ご主人が最近亡くなられたことも知らなかったという。認知症らしいと気がついて、それにつけ込んで旧知などとウソを言う。あんまり質が悪いので、区長を呼んでくるとうちへ向かったら、車で逃げたという。

最近、埼玉県でもなにかと悪い噂の立っているあの宗教か?

著者の羽根田治さんは、山岳遭難に関わる本を、いくつも出している方ですよね。

今までにも、『道迷い遭難』、『気象遭難』、『滑落遭難』っていう羽根田さんの本を読んでいる。こういう本って、本当に貴重ですよね。なにしろ、それを読むことで、“遭難”を疑似体験することが出来るんだから。

誰だって、山での失敗はある。私も今までに、山でいろいろな失敗をしている。上記の本を読むと、そのいろいろな失敗が、時には本格的な“遭難”の入り口になり得るんだなってことが分かる。そして、一つの失敗が、遭難となるかならないか、その違いはさほど大きなことではないということが分かる。

「ああ、あの失敗をしたときに、・・・」こういう心理で行動していたら、遭難につながった可能性がある。このようにリカバリーしようとしたら、もっと悪い事態に陥ったかもしれない。

この疑似体験は、かなり有用だ。

最近、いい歳をしてようやく、山の中でも自分の行動を冷静に、第三者の目で見つめることができるようになってきた。羽根田治さんの本のおかげも大きいと感謝している。体力はじめ、体の機能が落ちてきているんだから、精神的な面で少しは成長できないとね。

ちなみに私、脚の病気で一度登山をやめる直前に、富山県の岩山から下山中、小屋までもう少しというところで脚の痛みが始まった。自力で下山できなくなり、通りかかった人に、山小屋に救助の要請をお願いした。あれは、遭難だな。


『山岳遭難の傷痕』    羽根田治


山と渓谷社  ¥ 1,870

遠い過去のものとなりつつある山岳遭難事故も丹念に再検証する必要がある
1章 1913年の「聖職の碑」木曽駒ヶ岳集団登山事故
2章 1930年の東京帝大の剱澤小屋雪崩事故
3章 1954年の富士山吉田大沢の大量雪崩事故
4章 1955年の前穂高東壁で起きたナイロンザイル切断事故
5章 1960年の谷川岳一ノ倉沢宙吊り事故
6章 1963年の薬師岳愛知大学大量遭難事故
7章 1967年の西穂独標で起きた高校生落雷遭難事故
8章 1989年の立山で起きた中高年初心者の大量遭難事故
9章 1994年の吾妻連峰スキー遭難事故
10章 2009年のトムラウシ山ツアー登山事故


さて、今回の『山岳遭難の傷痕』は、過去に実際にあった山岳遭難、それも大きな話題となった山岳遭難をもう一度掘り起こし、事故当時では詰め切れなかった原因の究明、その後の措置の検証を振り返り、遭難事故回避の教訓としようとするものである。

最新で2009年のトムラウシ山ツアー登山事故が取り上げられている。これに関しての原因究明や検証は、不十分とされるところでもないだろうが、あえて取り上げられたのは、やはり“十大事故”から外せなかったからだろう。2017年の那須高校生雪崩遭難は、あまりにも生々しすぎるから取り上げられなかったんだろうか。

その前の1994年の吾妻連邦スキー遭難事故、1989年立山中高年初心者大量遭難事故は記憶にあるものの、それ以前の七つの遭難事故は、物語や記念碑で知るだけのものだった。

そういった遠い過去の遭難事故をあらためて原因を追及し、その後の措置の検証をすることは、遭難事故回避の教訓とする上で大変に意義深いものと感じられた。

いつ頃読んだか記憶にないんだが、《1章 1913年の「聖職の碑」木曽駒ヶ岳集団登山事故》をもとにした、新田次郎の『聖職の碑』には、強く感銘を受けた。おそらく、高校の教員になりたいと考えていた、かつ山岳部の顧問になりたいと考え始めていた高校生の頃だと思う。嵐の中を必死で登り下りし、次々倒れていく子どもたちに天を仰いでいるのは、私だった。

本のヒットか、映画のヒットのあとか、それに似た物語で、『雪の湯浴み』という物語を読んだ記憶がある。同様の学校登山の遭難を題材とした物語で、最後に死を意識した女生徒が、雪で湯浴みをして身を清めるというラストシーンなんだ。まだ汚れを知らぬ膨らみきらぬ胸を、女生徒は雪で清めて、その上で衣服を整える。全てを終えて、ようやく彼女は意識の薄れゆくのに身を任せるんだ。『聖職の碑』を意識した、同人誌かなんかに載ってた話かもしれない。決して私が書いたものではない。

《6章 1963年の薬師岳愛知大学大量遭難事故》にも思い出がある。高校1年時の夏山合宿初日、夜行で富山に向かった私たちは、折立から太郎小屋に入り、1年部員は幕営や食事の準備を命じられ、それが終わってから薬師岳ピストンに向かった。薬師岳からの帰り、まだ時間に余裕があったので、太郎平でしばらく昼寝をした。みんな、初めての夜行列車体験で、しかも厳しい初日を終え、疲れていたので、・・・小一時間、・・・すやすや寝た。

先に起きたMが、何かをみんなに伝えたいらしく、「おいおい」とみんなを揺すり起こした。私たち全員が足を向けて寝ていたケルンは、愛知大学遭難碑だった。私たちは無言で身なりを整え、それぞれ手を合わせて、太郎小屋まで無言で帰った。その夜、Mは何度もうなされた。

Mもその後、高校山岳部の顧問となり、一度も遭難を出すことなく務めを果たした。



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『大放言』 百田尚樹

天邪鬼なところがあるんだな。

人と同じ方向に進むのが嫌なんだ。無駄な自尊心が、勝手に体を乗っ取っちゃうんだな。ロイコクロリディウムっていう寄生虫がいる。これが卵の状態でカタツムリに寄生するんだ。このカタツムリは、ロイコクロリディウムの第一宿主となる。カタツムリの中で卵からかえり、成長したロイコクロリディウムはカタツムリの触角を乗っ取ってこれを操り、例えばカタツムリを木に登らせるんだ。

鳥からはっきり見えるところにね。カタツムリが自分の意思を持っていれば、絶対登らないところにね。あるいは芋虫のような動きをさせて、鳥の関心を引くんだ。つまり、ロイコクロリディウムは、カタツムリに自殺をさせようとしてるんだな。鳥に食われるようにね。

このようにして、ロイコクロリディウムは第二の宿主である鳥の体内に寄生する。そして鳥の体内で栄養を横取りし、成虫になって卵を産む。

まれに、カタツムリを食べて、ロイコクロリディウムの宿主になってしまう人がいるそうだ。

話が気持ち悪い方に行ってしまった。寄生虫の本を、以前に読んだ。強烈な本でね。今でもときどき夢に見る。

まあ、天邪鬼は私の寄生虫みたいなもので、よく考えれば理屈に合わない行動なんだけど、よく考える前に天邪鬼が私を動かしてしまう。

先日もそう、ブログでも書いたけど、宝登山っていう山に登ったんだ。長瀞という景勝地にある山なんだけど、隣の野上という駅から山伝いに歩いて行った。山頂から40分も下れば宝登山神社があって、そこから長瀞駅、さらに駅から荒川の間にはたくさんの店が並び、河原は岩畳という景勝地。

宝登山の山頂は、季節によって、寒桜、蝋梅、梅などの花を楽しめる。今は蝋梅の終わり時。わざわざ野上から山伝いにやってきて、蝋梅を楽しんで、長瀞観光をしてかえればいいものを、人がそちらから登ってくる、あるいは下りていくのをみて、天邪鬼は私を野上駅に戻らしちゃったんだ。

ああ、行きたかったなー、長瀞!

だけど、私の天邪鬼の方が、まだましかもしれない。

百田尚樹さんの性分の方が、はるかに質が悪い。これは奥様の言葉。「この人、叩かれることのストレスよりも、言いたいことを黙ったままにしておくストレスの方が大きいから」

大変な、性分だな。


『大放言』    百田尚樹


新潮新書  ¥ 836

思考停止の世間に一石を投じる論考集。今こそ我らに「放言の自由」を!
第1章 現代の若きバカものたちへ
第2章 暴言の中にも真実あり
第3章 これはいったい何だ?
第4章 我が炎上史


その性分の結果による発言を、《第四章 我が炎上史》に並べている。ちょっと、以下に挙げてみる。
  • 「人間のクズ」発言
  • 「東京大空襲は大虐殺」発言
  • 「南京大虐殺はなかった」発言
  • 「ナウル・バヌアツはクソ貧乏長屋」発言
  • 「日教組は日本のガン」発言
  • 「九条信者を前線に送り出せ」発言
  • 「土井たか子は売国奴」発言
  • 「百田尚樹NHK委員、放送法違反!」
  • 「きれいなオネエチャンを食べたい」発言
  • 「軍隊創設」発言
  • 「沖縄の二紙はつぶさなあかん」発言
「人間のクズ」発言はひどいね。誰とは特定していないとは言うけど、2014年の東京都知事選で田母神さんの応援演説で、「田母神さん意外は人間のクズ」と言ったんだそうだ。これはひどい。舛添要一、細川護熙、宇都宮健二、百田さんの頭にあったのは誰だろう。・・・みんなかな。だめだよ。思ってたって、口に出しちゃ。・・・だけど、これを国会で非難した有田ヨシフは、ある政治家を“カンナクズ”と揶揄したんだそうだ。

それ以外は、すべて、間違ってない。なんだ、アメリカのウォー・ギルド・インフォメーション・プログラムで洗脳されちゃった日本人に、本当のことを報せて啓蒙しているだけだ。

まったく間違えていない。しかも、そう洗脳されているために、日本はずーっと、大変な被害を被ってきている。なんとしても正していかなきゃいけないことばかり。間違えてない以上、これは炎上させる側に問題がある。これを炎上させたのは、野党、左翼系の新聞。

「問題がある」なんて軽い言葉で済ませられない。「東京大空襲は大虐殺」というのは間違いない。彼らは、その100年前にインディアンに使った手を、もっと大規模に日本人に使ったんだ。銃後の女子どもを皆殺しにして、戦意をくじく。インディアンはこれで滅亡した。・・・今もいる。が、彼らは誇り高きインディアンではない。

毎日新聞は、これをアメリカ大使館に告げ口した。大使館が「非常識な発言だ」とコメントすると、今度は朝日新聞が米本国国務省にご注進に及ぶ。

卑怯で、下劣だ。カタツムリの刺身でも食わせてやりたい。



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『奥多摩・奥秩父』『関東の名山』『地図読みドリル』

22日に行なわれた息子の結婚式に向けて、先週は山に行くのを自重した。

結婚式の披露宴っていうもの、ずいぶん変わった。自分たちの結婚から、もう36年経ってるんだから当然なのかもしれないけどね。披露をするのは親だよね。親が子どもの結婚を披露するのであって、自らひけらかすものではない。でも、今は、そんなことはお構いなしなんだね。

招待するのは双方の親族と友人たち。仕事の関係の方は呼ばないんだって。仕事関係の方でも、それが当たり前になってるんだそうだ。変わったのは結婚式や披露宴だけじゃなくて、世の中そのものが変わってるんだな。

それでも披露宴をするってだけでも、親としては安心できる。息子は7人のいとこの中の一番下で、一番最後の結婚式。軽重の違いこそあれ、それぞれしっかり披露宴を行なって、その連れ合いを親族に紹介してきた。

親から、何があっても兄弟は助け合えって育てられた私たちにとって見れば、これはとても大事なこと。実際に困ったときに、親族に泣きつくかどうかは別として、助けてくれる可能性のある人がいると言うことは大きい。“家”が壊されて、すでに久しいが、今、雨に降られても、屋根のないところで濡れっぱなしの人も少なくない。“家”に代わる何かは、まだ私たちの前に現れない。国に全てを求めるのは虫が良すぎるだろう。だったら、つながりは、たとえ細くなっても保っておいた方がいい。

何度も何度も式場に足を運んで、打ち合わせをしたようだ。なにしろ埼玉の家を出て、滋賀県の会社に勤めたもので、お嫁さんも大阪の人ということで、大阪での結婚式。私たち夫婦も一度は顔を出したし助言もしたが、細かいところは任せるしかしょうがない。ああでもない、こうでもないと、時には新郎新婦が角突き合わせることもあったらしい。


ようやく本番を迎えようって時に、親父が山で死んじゃわないまでも、骨折でもして、結婚式に水を差すようなことになったら悪い。だから先週は天気が良くても山に行くのを自重した。




山と渓谷社  ¥ 2,750

奥多摩・奥秩父の一般登山コースを対象とした登山ガイドブックです


息子の結婚式が終わったというのは、私たち夫婦にとって、とても意味が大きい。

と言うのも、私は早期退職で、仕事を辞めている。教員という仕事が、私の思うものから大きく外れてしまったこともあるが、山登りはじめ、好きなことをやって、この先は生きていきたいと思ったからだ。もちろん、分にあわせてのことではあるが。

この1年は、身の回りの整理に加え、地元の自治会長をやっていたこともあり、週に一度プラスアルファくらいしか登っていない。しかも、泊登山は一度もなかった。

私は30代半ばで、体の故障で一度山をやめた。そこまでは、ほぼ日帰り登山というのをしたことがなかった。56歳で手術を受けて、そこから再開することになるが、萎えてしまった脚を引きずって、近所を散歩するところからの始まりとなった。

あれから3年、ずいぶん登れるようになってきた。日帰りとか泊登山とか、こだわるわけじゃないが、暖かくなったら、今まで以上のことをやってみたい。やっぱり“奥”に入るためには、歩けるだけじゃなくて、担げるところまで持って行かないとね。





JTBパブリッシング  ¥ 1,980

日帰り、前夜泊、小屋泊まりなど、登山経験がある中・上級者向けの内容


ホームグラウンドは奥武蔵。

埼玉県中西部、関東平野の西の縁に住んでいます。生まれは秩父、地元の山岳部で山をはじめて、当時のホームグラウンドは、もちろん秩父。カブで大滝まで入って、雲取ヒュッテ、甲武信小屋、雁坂小屋に歩荷、山小屋の手伝いをして小遣いを稼ぎ、いける範囲の山に登ってた。

秩父からだと、目は北に向いたね。南の方面の山は、地味に見えた。寄居から高崎線で高崎に出て、そこからって感じ。あとは新宿に行って、そこから南アルプス、八ヶ岳、北アルプスだな。

だけど、土曜日半ドンの当時、土曜の午後から奥秩父に歩荷ってわけにいかない。連休じゃなきゃ行けない。連休に、コツコツ歩荷と山小屋の手伝いで稼ごうと思っても、せいぜい二日で
6000円。雲取ヒュッテの親父が特別な荷物を準備しておいてくれて、それを下ろして5000円もらったことがあって、8500円が最高。

特別な荷物って、やばいものじゃないよ。・・・いや、ある意味でやばいかもしれないので、一応、内緒。

この本を読んでると、そんな思いをしながら登っていた当時が懐かしい。






山と渓谷社  ¥ 990

地形図を使用した実践的な問題で、実際に登山を行なっているように技術を学べます


高校1年の時、まだ、夏の合宿にも行ってないってのに、ちょっと難しい山に登ったことがある。

奥秩父の主脈からは外れているんだけど、変に存在感の大きな和名倉山って山。山岳部に入って知り合った4人の新人だけで、学校のテント借りてどっか行こうということになって、先生にどこがいいか聞きに行ったんだ。そして山岳部の顧問の先生が教えてくれたのがこの山。和名倉山。

歩荷ほど重い荷物担ぐわけじゃないから、土曜日の授業が終わったらすぐに出発。まだ、バイクの免許持ってなかったから、この時は、メンバーの一人のお父さんに二瀬ダムの登り口まで車で送っていってもらったんだ。

イヤだけど、先生のおすすめだけど、この山は難しかった。夕方近くなったところで、どうやら今で言うリングワンデルング。同じところを何度も回っちゃうやつ。「ここ、さっきも歩いたよなあ」って最初に言ったのはMくん。山の北東側斜面を歩いているので、暗くなるのが早い。結局、平らなところを見つけてテントを張っちゃった。

これが大正解。東の方角に秩父の明かりが見える。そちらに向かって、好きな女の子の名前を叫びました。月曜日にまた、逢えますようにって。

さて翌朝、とっとと朝ごはんを食べて、地図と磁石に首っ引きで、必死で道を探しました。あの必死さが良かった。必死で頭を働かせて、方位、方角、地形、送電線、対象物の位置、植生と、必死で確認しながらリングワンデルングから脱出。原因は、倒木の手前に道がついていたので、そちらに進んだことでした。本当の道は、倒木の向こうに続いてました。

あの時の気持ち、今でも良ーく覚えています。山頂は薮の中でした。同じ道を通って、二瀬ダムにおり、今度はバスで帰りました。好きなこの名前は、お互いに秘密にすることを誓い合いました。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『どこからお話ししましょうか』 柳家小三治

一昨日、大阪に行き、昨日、息子の結婚式に参列して、そのまま埼玉まで帰ってきた。いい式だったと、兄たちから言われた。ああ、肩の荷が下りた。・・・と思ってたら、一緒に大阪から帰ってきた娘から、まご1号、2号を一晩預かってくれと、まもなく連れてくるらしい。

昔、山に行くとき、何かの都合で新宿に早く着きすぎて、時間をつぶさなきゃいけないことがあった。

今の自分なら、喫茶店で本でも読んでりゃいいって思えるんだけど、その頃はとにかく田舎者だから、喫茶店なんてところじゃ人の目が気になって落ち付かず、時間が経ちゃあしない。ちょっと前に、兄に連れて行ってもらった落語の小屋を思い出して、記憶を頼りにザックを背負ったままそれを探した。直に見つかった。新宿末廣亭。やってるみたいなので、そこで時間をつぶすことにした。

中に入ると、お客は数えるほどで、何人もいやしない。そんな中で、若い落語家さんが身振り手振りで話をしていた。その落語家さんが、私に気づいた。そしたら、いきなり話の腰を折って、「あっ、お客さんいらっしゃい」って、私に話しかける。数えるほどのお客のすべてが、私の方を振り返る。若い落語家は、さらに手招きして、「こっち、こっっち!」って。

その落語家が、「ここ!こーこ!」と指定した席は、自分の目の前のど真ん中の席。「もう、やだなー」と思いながら、仕方なく隣の席にザックを下ろして、そこに座った。後ろの方から、「落語やらねえのかよ」と声が飛んで、思い出したように続きが語られた。その人の落語が終わったらすぐに、私は目立たないところに席を変えた。

それ以来、中央本線で山に向かうときは、いつも、うんと早めに新宿に着くようにして、末廣亭に行った。

私がよく寄席に行っていた頃は、いつ行ったって、席にはゆとりがあった。ずいぶん間が開いて、娘が大学に入った頃だったろうか、寄席に行ってみたいと言われたことがあって、池袋演芸場に連れて行ったことがある。

私は用心深い性格で、どうせガラガラだろうけど、念のため、昼ごはんを食べて、あまり時間を空けずに中に入った。ガラガラ、・・・どころじゃないじゃん。なにこれ。こんな前座の段階で、なんでこんなに人がいるの?昔なら、仲入り後でも、こんだけ入るかどうかってくらい。しかも、あとからも人が続いて、仲入り過ぎたら立ち見が出ていた。

これじゃあ、ザック担いで、暇つぶしに寄席によるわけにはいきそうもない。




岩波書店  ¥ 1,650

独特の語り口はまさに読む独演会.芸と人生に対する真摯な姿勢が,初めて明らかに
一、父と母のこと
二、野菊の如き君なりき
三、落語と出会う
四、しろうと寄席
五、小さん師匠に入門
六、私の北海道
七、真打昇進
八、うまくやってどうする?
九、東京やなぎ句会―小沢昭一さんと入船亭扇橋さん
十、生き方を変えたバイク
十一、落語研究会
十二、談志さんと志ん朝さん
十三、会長、国法、そして大手術
十四、『青菜』と『厩火事』
十五、弟子たち


柳家小三治さん、傘寿だって。

寄席に行かなくなって久しいせいか、昔よくテレビに出ていたときの、ひょうひょうとした小三治さんの印象が強い。でも、その姿は若々しかった。それが、もう八十歳を超えたのか。

まあ、周囲からは、「晩年を迎えてますます・・・」なんてことを言われてるんだろう。それを本人は、「どうも人の話を聞くと、私は晩年を迎えているらしいんですよ。これからだと思ってるんだけどねえ」と来る。

「これから何やるつもりなんだよ、じじい!」って、返したやりたいところだな。

“うまくやろうとしてはいけない”って話はよく分かる。下手なまんまでいいって話じゃないんだよね。だけど、“うまさ”で人をうならしてやろうとしたって、”うまさ”だけなら、いくらだって替えが聞くんだよね。

小三治の落語もそうだけど、その噺の中に出てくる人物たちは、小三治の口から語られるときだけ生きてるわけじゃない。小三治の口から語られていないときでも、その人物らしく暮らしているんだ。

例えば、八つぁんがご隠居のところで、熊さんのように真面目に働くように小言を言われているとき、熊さんは仕事をほっぽり出して、どこかに遊びに行っちゃってるに違いないんだ。

名人の話を聞くと、話には出てきていなくても、その出来事が展開されている町の様子を、ちゃんと背景にして噺を聞いているみたいなんだ。

私も、人に話を聞かせることを商売にしていた。いろいろと工夫したけど、結局、工夫だけでなんとかなるもんでもないんだよね。もちろん、なんの工夫もしないようじゃ、話にならないけどね。

この本を読んで、自分のみに引き寄せて考えてみた。時間をかけて、こっちが成長すること、相手を思いやれるようになること、そういうことなのかな。

私は仕事辞めたけどね。落語家は、一生、落語家だね。うらやましいような気もするが・・・。




テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『美しい日本の詩』 大岡信 谷川俊太郎編

実は今、大阪にいる。・・・もとい、大阪から東京に帰る新幹線の中にいる。

すみません。これは何日か前に書いている。で、22日の17時にアップする設定になってる。その22日17時の時点で、私は大阪から東京に帰る新幹線の中にいるはず。この日、大阪で、息子が結婚式を挙げる。その式を終えて、16時40分大阪発に乗って東京に帰る途中のはず。

この日に決めたと言われたときは、まだずいぶん先の話と思っていたが、年が明けるとあっという間だった気がする。近づいてくると気ばかりが急いて、やらなければいけないことがたくさんあるような気がしたが、実際にはそんなにないんだよね。私の兄弟夫婦や娘家族も大阪に行くので、そのための手配くらいなもの。

そうは言っても、気が急くのは収まらない。気が急いたまま前日の大阪行きと、当日の式を迎え、そしてこの記事がアップされる22日17時。・・・無事に式を終えて、ホッとして、新幹線の中で兄たちとビールでも飲み始めているだろう。・・・いや、いる。・・・と、信じる。

式の最後に、両家を代表して御礼の挨拶をする。いや、・・・した。挨拶するのは、あまり苦手ではない。高校の社会の教員だったから、人前で話をすることが仕事たからね。もちろんどんなことを話すかは準備する。だけど、実際に声に出して話を始めると、授業ってのは水物で、そのクラスの生徒との掛け合いの中からどんどん変化する。

式での挨拶だってそう。もちろん何を話かはしっかり準備する。・・・いや、した。だけど、声に出して話を始めると、式の雰囲気とか出席者の様子によって変化するのが当たり前。そういう程度に準備する。・・・いや、した。

実は10月に親族で集まった。25人ほどになった。最後の挨拶を頼まれていた。準備していたわけじゃないけど、私たち兄弟の父母の話をしようと思っていた。亡くなった父母が、今日きっとこの会場に一緒に来ているだろうと言おうと思っていた。声を出して挨拶をはじめて、それを言おうと思ったら、声が詰まった。

・・・声に出してみないと、分からないこともある。

式の御礼は、気持ちを高ぶらせずに、淡々と挨拶するつもりだ。・・・いや、した。・・・と、信じる。
さてこの本は、『美しい日本の詩』という本。だけど、それだけじゃない。“声でたのしむ”『美しい日本の詩』という本。声に出さなきゃ意味がない。




『美しい日本の詩』    大岡信 谷川俊太郎編


岩波文庫  ¥ 1,210

日本語がもつ深い調べと美しいリズムをそなえた珠玉の作品だけを選びました
古典和歌
近代短歌
歌謡・連句
近世俳句
近代俳句
近・現代詩


そういう本であるわけだから、読むのに少々時間がかかった。

声に出さなきゃいけないから。たとえ自分の家にいるからって、和歌、俳句、詩を声に出して読めるわけじゃない。別個の人格を持った連れ合いと一緒に暮らしているわけだからね。彼女が好みのテレビやラジオをかけている時間も少なからずあるし、本を読んでいるときに詩の朗読なんかされたくはないだろう。単純に私の声なんか聞きたくないときがあってもおかしくない。

だから、結局、黙読して、声に出して読んでみたい詩を決めといて、連れ合いが出かけているここぞという時に、その詩を朗読してみたんだ。

文学としてどうかという価値判断は、まったく私には出来ない。ただ、声に出して読んで、心地よかったかどうかだけで考えればいいんだなと、そのくらいの意気込みで、はっきりと、大きな口をあいて、声に出して読んでみた。

ああ、きもちいい。

たしかに気持ちがいい。
   空のなぎさ  
                   三好達治

いづこよ遠く来りし旅人は
冬枯れし梢のもとにいこいたり
空のなぎさにさしかはす
梢のすゑはしなめきて
煙らひしなひさやさやにささやくこゑす
仰ぎ見つかつはきく遠き音づれ
落葉つみ落葉はつみて
あたたかき日ざしのうへに
はやここに角ぐむものはむきむきに
おのがじし彼らが堅き包みものときほどくなる
路のくま樹下石上に昼の風歩みとどまり
旅人なればおのづから組みし小指にまつはりぬ
かくありて今日のゆくてをささんとす小指のすゑに


“あとがき”は谷川俊太郎さんなんだけど、これらの詩は、声に出して読む、つまり吟ずるのが当たり前だったんだそうだ。体がむずむずして、自然に声に出したくなるのが、他の言葉とは違う詩というものの魅力だったと。さらには、吟ずることで自分も楽しみ、一とも交流する、今でいうカラオケみたいなものだったかも、とまで言っている。

たった100年前まで、それが当たり前のことだったそうだ。

しかし、それ以降、詩は本のページに印刷してあって、ひとりでひそかに黙読するのが常識の文学になってしまった。同時に、声に出して読む気になれない詩、音読してはかえって意味が分からなくなる詩が増えたことも、「詩を黙読する」ことに拍車をかけたそう。

声をなくしたことには、日本の詩歌にとって、得たものも、失ったものもあると言うことのようだ。

和歌、短歌、俳句、詩歌。あえて敬して遠ざけたわけではないが、深入りできなかったのは、勇気を出して吟じてこなかったところにも原因の一端はあったかも。いっそ、声をなくして何かを得た最近の詩歌を見限って、一人カラオケに入り浸って詩歌を吟じるのも、一つの手かもしれない。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

自分らしく『大放言』 百田尚樹

そう言えば、この間読んだ『未踏の野を過ぎて』の中で渡辺京二さんも書いていた。“自分らしく”とか“自分らしさ”という言葉が、どれだけ日本の若者を苦しめていることかと。

言ってやりたいね。「そんなことわざわざ考えなくなって、お前はお前の顔で、お前の声だよ」って。


他の者とは違う個性を求められ、「自分らしさは何?あなたらしさはどこにあるの?」なんて問われた日には、目の前でパンツを脱いで、嬌声を上げて走り出すしかなくなってしまう。

だけど、今の世の中は、腹になにがしかの企みを隠して、若い人たちに“自分らしさ”を問うてくる。

だから、百田尚樹さんの言うように、“自分を探すバカ”が出てきてしまう。自分の顔っていうのは、鏡をのぞきでもしないと
自分では見えない。だから近くにいる人の方が、よくその顔を見ている。

顔だけじゃない。他人の自分に対する評価を総合すれば、それはまず、その人間の等身大を表わしている。その評価が気に入らなくて、「自分を誤解している」と感じるなら、それは自分の方が勘違いしている可能性が高い。あるいは、「まだ自分の本当の姿を見せていないので、人はそれを知らないのだ」と感じるなら、「本当の姿を見せていないあなた」こそ、まさに本当のあなた。

そんなあなたが、「自分探しの旅に出る」と言ったら、私なら止める。止めて、探すまでもなく、あなたの“自分”はちゃんと私の目の前にいることを教えてあげる。“あなた”がどんな人間であるかを教えてあげる。あなたはどこにも自分を落としてきてしまったりしていない。“中国”に行っても、インドに行っても、パプアニューギニアに行っても、そこに落ちている自分を見つけられるはずがない。

中田英寿が「“新たな自分”探しの旅」に出たのは、サッカー選手として生活してきたこれまでとは違う、新しいお金の使い方している自分を模索しに行ったのだ。“お金”と言ってしまうと生々しいから、ちょっと言葉を削ってみたに過ぎない。

若者たちの“自分探し”は中田英寿とは違う。貯金が底を突いたら帰ってきて、“自分探し”に出かける以前よりも、おそらく条件の悪い仕事を探すことになる。


『大放言』    百田尚樹


新潮新書  ¥ 836

思考停止の世間に一石を投じる論考集。今こそ我らに「放言の自由」を!
第1章 現代の若きバカものたちへ
第2章 暴言の中にも真実あり
第3章 これはいったい何だ?
第4章 我が炎上史


若い人たちを迷わす言葉は他にもある。

「子どもたちには無限の可能性がある」

これほど無責任な言葉も珍しい。「できる」とは言っていないからだ。「できる・・・かもしれない」と言っているのだ。だから、どうしろとは言わない。言ってしまっては、責任を負わなければならない。言わないが、言外に語っているのだ。やらないのは、あるいは、やらせないのは、「意気地がないからだ」と。

「やれば出来ると思っているバカ」も、この本の中で取り上げている。

これもまずい。テレビでもちょくちょく見る有名漫才師のお兄さんに、勤務していた高校に講演に来てもらったことがあった。「君たちはやれば出来る」とさかんに言っていた。「ああ、言っちゃった」と思って聞いていたが、《みんなやれば出来る子や》って、わざわざ色紙に書いて置いて行った。

「やっても出来ないかもしれないが、やらなければ出来るはずがない」が本来で、せいぜい「やれば出来る・・・かもしれないから、やってみようか」ってところかな。

「あきらめなければ夢は叶う」

これを言う人は、罪深い。あきらめないことは、夢のかなえるための必要条件であって、それだけで夢が叶うわけではない。論理的に間違っている。こんな言葉を真に受けたら、ある女性と結ばれる夢を抱く男性は、確実にストーカーになる。

「自分に向いた仕事は他にあると思っているバカ」にも百田さんは手厳しい。

たしかに世の中には、好きなことをやって、それが仕事になったひともいる。しかし、それを仕事にした以上、そこには人知れないつらいこともあるに違いない。まあそれでも、好きなことを仕事に出来たと言うことは幸せなことだ。

ところがそれらの成功者の中に、ときどき、愚かにも、「好きなことを見つけて、それを仕事にすべきだ」と若い人をたぶらかす人がいる。

それは例外的なことで、珍しく幸せなことだ。通常、好きなことをするために、人は金を払う。人が嫌がるつらい仕事を引き受けるから、金を得ることが出来るのだ。そしてそれは、好きなことを仕事にしている人の仕事以上に、世の中を支える尊いものなのだ。


テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

『新聞という病』 門田隆将

少し前まで、新聞は二紙とっていた。朝日新聞と読売新聞。

私のところがそれ以前からの朝日新聞で、同居していた義父母のところが読売新聞。義父は認知症が進んでからも新聞を読んでいた。施設に入ることになって、連れ合いが読売をやめると言うから、朝日をやめてくれと頼んだ。

子どもの頃から朝日新聞だった。理由は分からない。父はどっちかというと朝日の報道姿勢とは大局にいる人だったけど、あまり新聞にこだわりを持ってなかったんだろう。

四コマ漫画、テレビ欄から始まって、そのうち週刊誌や書籍の広告欄に強い関心を抱くようになり、やがてはスポーツ欄、社会欄の記事を読むようになっていた。ものすごくスムーズに、朝日新聞読者になっていた。

大学後半から高校の世界史の教員になることを本気で意識し、世界情勢、日本の戦争に関わること、皇室あたりをテーマ別にして新聞記事をスクラップしていった。

私の世代は仕事をするようになってから、いろいろな技術革新が進んで、便利になるものの、それらを使いこなすことを求められて苦労した。最初の頃は、印刷は手書きだからね。・・・それはいいとして、新聞記事のスクラップはパソコンを使いこなすようになるまで続けた。15年くらいはやってたろう。

大学ノートに張っていたが、恐ろしいほど膨れ上がった大学ノートが百冊でも追いつかないくらいの量になった。今は全部捨てた。だけどあれは、目に見えるものではないものの、すごく力になった。・・・たとえそれが、朝日新聞でもね。

今は、読売新聞一紙のみを取っている。主に連れ合いが読む。私は日に一度、最初から最後までペラペラめくって、読みたい記事があれば読むというだけ。

さまざまな情報は、主にネットで手に入れる。


『新聞という病』    門田隆将


産経セレクト  ¥ 968

日本の新聞は、なぜ今、「国民の敵」となってしまったのだろうか。
第1章 朝鮮半島危機に何を報じたか
第2章 報道は歴史を直視しているか
第3章 「謝罪」の後の主義主張
第4章 命より憲法という観念論
第5章 なぜ「現実」を報道できないか
第6章 “ビラ”になった新聞
第7章 自ら放棄する言論の自由


先日の、『意味のない質問だよ』という首相の発言に対するいろいろな意見が面白い。あれは、ヤジなのか。ヤジってのは発言者の発言中であったり、発言と発言の合間に行なわれる冷やかしや非難でしょ。辻本さんは発言を終えていた。

朝日新聞は《荒涼たる国会 安倍首相の責任は重い》と銘打った社説を展開する。朝日新聞がこんな風に安倍首相を責めることになった、辻本さんの発言を見てみる。


「今回は加計学園の渦中の人(編注:和泉首相補佐官)でしたけどね、森友(学園)疑惑も同じ構図なんですよ。真実を知り得る中核にいた人たちは、みんな出世してるんですよ。(当時の財務省の)佐川(宣寿)理財局長は国税長官、ほとぼりが冷めたらですね、中村(稔・理財局)総務課長もイギリス公使に栄転じゃないですか。普通は処分される人なんですよ。

そして今度、加計疑惑の和泉補佐官には何も言うこともできない、すくんでますよね。こんな事、普通の会社だったら『ちょっと来い』と、『お前らはもうダメだ』とやるじゃないですか。結局はですね、口封じだと思われますよ、言えないんですよ、弱み握られているから、そう思われたって仕方がないじゃないですか。だから私は総理のためにもですね、そんなことはないと、仰るんだったら、はっきりとけじめを付けろと言ってるわけです。

総理、最後に申し上げます。鯛は頭から腐るという言葉、ご存知ですか。これはですね、英語とかロシア語でもあるんですよ、死んだ魚の鮮度は魚の頭の状態から判断できる、従って社会、国、企業などの上層部が腐敗していると、残りもすぐに腐っていく。総理が桜とか加計とか森友とか疑惑まみれと言われているから、それに引きずられるように官僚の示しがつかない。私ね、官僚のみなさん、可哀想です。心痛めてる官僚の方、たくさんいると思いますよ。今回(和泉補佐官に関する問題)も見るに見かねて(編注:メディアへの情報提供は)内部からじゃないかな、というぐらい心配しています。子供の教育にも悪いです。長期政権だからじゃないですよ、最初からやってるんですから。桜を見る会も、森友だって総理大臣になる前から講演に行こうとしてた。

まあですね、ここまで来たら原因は鯛の頭、頭を変えるしかないんじゃないですか。私は今日、総理がしっかりけじめをつけると仰ったら、ここまで言うつもりはなかったです。まあ、『私の手で憲法改正を成し遂げたい』と、総理の手で成し遂げることは、そろそろ総理自身の幕引きだということを申し上げて終わります」

・・・辻本さん、最後まで言いたいことを言い切ってる。しかも、言いたい放題。森友、加計、桜、いずれも自分がそんな風に感じているだけのこと。それでここまで言われているわけだ。その首相から“意味のない質問”と図星を突かれて、何をそんなに怒るのか分からない。そのくらいのことを言われるのは当たり前。

あり得るとすれば、それをネタに相手の責任を追及するというのは、最初からの思惑通りだったな。だけど、それは普通の人間のやることではない。一般社会においてこのようなことを行なうのは、いわゆる“モンスター”と呼ばれる人たち。揚げ足取りを狙ってる連中だね。

まあ、野党と朝日新聞は、それぞれがそれぞれの特性を生かすことで、一体のモンスターと化している。野党が難癖をつけて、朝日新聞が糾弾するという構図だな。

安倍政権を全面的に支持しているわけじゃないけど、朝日新聞は自分の意思を通すために手段を選ばないからな。恐ろしいよ。門田さんの言ってるとおりだ。


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イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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