めんどくせぇことばかり 2020年03月
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『トランプウソつかない』 髙山正之

南北戦争で北軍は、奴隷解放、人道主義を北部20州の旗印にしながら、うちケンタッキー、ミズーリなど5州もが奴隷州のままだった。奴隷解放は口先だけで、南部に対するネガティブキャンペーンだった。

おまけに人道を言う北軍の戦い方は非人道の極みで、その代表がウィリアム・シャーマン将軍。彼はアトランタを陥落させると南軍の戦意を阻喪させるために邸宅も街も鉄道もすべてを破壊し、焼き尽くした。

アトランタが消滅すると彼はそこから400キロ東の大西洋岸まで50キロ幅ですべてを焼き払って行った。世にいうSherman‘s march to sea(海への進軍)だ。東京大空襲の雛形はこんなところにあった。

この狂気の焦土作戦で南軍の将軍ロバート・リーが降伏し、62万人を殺した南北戦争は終わるが、米国人のもう一つの本性、慈悲なき復讐心がむき出しになる。敗軍の将リーは足かせを嵌められて晒し者にされ、彼の広大な邸宅は北軍戦死者の墓地にして汚された。今に残るアーリントン墓地がそれだ。

本当にいやらしい連中だな。そのいやらしさは、今のアメリカ人にも、しっかり受け継がれている。

1999年、東芝相手に奇妙な訴訟が起こされた。東芝のパソコンでいくつもの作業を同時にやるとフロッピーディスクコントローラー(FDC)が故障する可能性がある。だから賠償しろと言う。不具合が起きたというクレームは一切なかった。相手はクリントンへの大口献金者でもあるウエイン・リオ弁護士。東芝はパソコンの欠陥を承知で売っている。だから1兆円払えと譲らない。

主張の根拠はNECが“今のFDCに過重負荷をかけると故障する恐れがある”と改良FDCを載せたのに、東芝はそれをしていないということ。

ばかばかしいがリオ弁護士にはクリントン大統領がついていた。東芝は結局、総額1100億円の和解案を飲んだ。和解金捻出のため有価証券を売り払ったものの、650億円の赤字を出した。

アメリカは弱った獲物は見逃さない。今回は東芝の子会社ウェスチングハウス社が汚い仕掛けをして、今度こそ東芝に1兆円の背負い込ませた。




新潮社  ¥ 1,512

暴言大統領と思ったら大間違い 彼の言動にアメリカ人の黒い本音が潜んでいる
第一章  朝日の断末魔が聞こえる
第二章  世界が認める日本人の凄さ
第三章  正しい歴史を知れば怖いものなし
第四章  今日も朝日にウソが載る
第五章  「フェイクニュース」の元祖はどこか  


日本では、アメリカの歴史教科書が話題になることはほとんどない。しかし、これがけっこうすごい。アメリカで教科書を出版しているマグロウヒル社の高校歴史教科書に、ハワイ大准教授のハーバート・ジーグラーがこう書いている。

「日本は韓国女20万人を力づくで拉致、天皇の贈り物として日本軍兵士の性の奴隷にした。使用後は皆殺しにした」

おそらく韓国からなにがしかの働きかけがあったのか知らないが、この文章は最初から最後まですべて韓国人が書いたものとしか思われない。それをこの准教授は、丸呑みしたんだろう。

マッカーサーは厚木につくなり「吊るすべき戦犯を39人捕まえろと命じた」とブリタニカ百科事典にある。“39人”は、米国にインディアン殲滅史に「リンカーンが命じた処刑者数」としてこの数字が出てくる。

米国のインディアン処分は狡猾だ。最初は、ワンパノアグ族を手なづけ、別の部族と戦わせて滅ぼしていく。その繰り返しで最後に残った部族を白人が自ら片付ける。リンカーンの頃には大どころではミネソタ州に残ったスー族が残るだけになった。リンカーンはその領土をすべて取り上げ、代わりに十分な食料や衣料品を提供すると約束した。しかし、食糧もなにも届かない。抗議すると担当のアンドリュー・ミリックは「空腹なら草を食え」と言った。

スー族が彼を殺すと、リンカーンはそれを待ってスー族退治を命じ、降伏した頭目たちを「公平な裁判」にかけた結果、全員を処刑した。その数が39人だった。

マッカーサーには、こういう偏執狂的ないやらしさがある。

日本がマッカーサー案の憲法を受け入れ、日本語の翻訳のすり合わせが終わったのが3月5日。GHQスタッフがアメリカへ飛んでアメリカ時間3月6日にワシントンで開かれる極東委員会に提出と、やたらと急ぐ。マッカーサー憲法受け入れの見返りに、4月3日の極東委員会で天皇の不起訴が決まる。

ここからが偏執狂の真骨頂。4月29日の天皇誕生日に、東条英機以下28人のA級戦犯の起訴を行う。翌年5月3日の憲法記念日は、東京裁判を開廷した日。12月23日、今上天皇の誕生日は東条英機らを処刑した日。

米国で、リー将軍の像を廃棄しろという意見がある。「彼は南軍の将。奴隷制の擁護者」という言い分だ。それについてのトランプのコメントが問題だとメディアが騒いでいる。彼はこういった。「こんなことで歴史と文化が切り裂かれるのを見るのがつらい」と。クリントンの女房を選ばなかったのは、アメリカにも良心があることの証明か。


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『世界の歴史はウソばかり』 倉山満

そう言えば、市立図書館が、ずいぶん長く閉鎖されている。

もちろん、新型コロナウイルスの関係でね。3月5日に行ってみたら閉まってて、そのまま3月いっぱいってことだった。これには驚いた。図書館で借りて読む本は、私の読書の2割くらいは占めている。それ以来、その分だけ本屋、古本屋率が上がるわけだ。まあ、3月いっぱいってことならなんてことはない。そう思っていたら、閉鎖期間が延長された。

図書館で、そんなに濃厚な接触はない。しかし、感染者が出た場合のことを考えると、どうか。何が起こるか。たとえば、私が感染者だったらどうか。

・・・この地域で感染者が出ました。どうやら感染後、市立図書館に何度か通っていた模様です。図書館はすでに閉鎖されておりますが、その感染者が借りた本を、手にした可能性のある方は名乗り出て下さい。その人が借りていた本は、『昼下がりの背徳』、『真夜中の保健室』、『二度目の男』です。

・・・これはマズイ。やはり図書館には、もうしばらく閉鎖していてもらおう。

『世界の歴史はウソばかり』か。

私も嘘をつくからな。母から、「お前は嘘をつくから」とよく言われた。母の財布からお金を抜いてね。どうしてそんなすぐバレることをやったんだかね。「盗ったでしょ」「盗ってない」「本当は盗ったでしょ」「盗ってない」「怒らないから本当のことを言いな」「盗った」バシッ!

だけど、世界のウソだって、私と同じレベルの“すぐバレる嘘”なんだ。私は、欲しかったんだ。一回5円のくじで、エイトマンのシールを当てたかったんだ。10円、20円、30円。・・・50円くらいまでは気づかれなかったから、もうちょっと盗っても大丈夫だと思っただけなんだ。

世界の国がやってることも、あまり変わらない。




ビジネス社  ¥ 1,210

世界の国々が知られたくない、暗黒の歴史を大暴露!格調高きヘイト本
序 章 日本人がまったく知らない国民国家論
第一章 典型的な「国民国家」フランス
第二章 国民国家の理論でナチズムをやっている中国
    主権国家にすらなれていない韓国
第三章 常に異ネーションをかかえた帝国ロシア
第四章 国体と政体の区別がない「人工国家」アメリカ
第五章 「民族主義」のヒトラーに破壊された国民国家ドイツ
第六章 エンパイアから始まった国民国家イギリス
第七章 七世紀には国民国家だった日本


1945年5月8日にドイツは無条件降伏し、6月からは連合軍の占領下におかれた。飛び地となっていた東プロイセンがソ連とポーランドに分割されたほか、敗戦前の約4分の1の東側の領土を失った。

ナチスの排除は国際公約で、それが、戦後、西ドイツが独立国として生き残る条件でもあった。同時に、共産党も議会制民主主義と相いれないという理由で排除した。

戦後のドイツは、かつてのナチスや現在の中国と違って歴史上の最大版図を取り戻すような野心はもたず、ヨーロッパ連合と言う超国家的機関を通じて他の国を間接支配するという知恵をつけた。

第二次世界大戦で失った領域を国土とするポーランドや、オーストリアはじめ旧ハプスブルク帝国のハンガリー、チェコ、スロバキア、クロアチア、スロベニア、バルト三国も参加するヨーロッパ連合の、ドイツは盟主として君臨していると言っていい。

その状況に異議を唱えたのがイギリスだった。イギリスは2016年7月の国民投票でヨーロッパ連合からの離脱を選択した。

そのイギリスはというと、第二次世界大戦以降、労働党に負け続けた保守党を立て直し、イギリス病と呼ばれる長い不振から国民国家を取り戻そうと立ち上がったのがマーガレット・サッチャーだった。

彼女は、ドイツや日本にならおうとする流れの中で「大英帝国に学べ」と強いイギリスを目指した。国内政局に勝ち、フォークランド紛争に勝ち、冷戦に勝って、勝つことでイギリスを立て直した。勝利することで国がまとまっていく、イギリスにとって政治はそのための方法論であった。

サッチャーの立て直したイギリスを破滅の方向に向かわせたのが、1997年に首相になったトニー・ブレアだった。スコットランド出身のブレアは労働党から出た首相で、スコットランドやウェールズの自治権を拡大し、イギリスの憲法秩序を担ってきた貴族院の権限を縮小した。内においては国家の解体、外においては超国家統合を指向したのがブレアだった。

2014年にスコットランドの独立をめぐる住民投票が行われたが、これはブレアが始めたことの結果だった。ブレアは在任中にスコットランド議会を創設し、住民投票で独立の可否を問う権限を与えた。ブレアのあと、保守党から首相になったのがデーヴィッド・キャメロンで、スコットランドの住民投票は彼の時に行われたが、スコットランドの独立を食い止めるために、さらなる自治権拡大を約束しなければならなかった。そのキャメロンは、EU離脱の可否を国民投票にゆだねると言う約束をしてしまった。

イギリスの政治の仕組みは、歴史を通じて下院が方針を決め、上院が細かな技術論を検討するという役割分担があった。しかし、キャメロンの決定は、国家の命運を決める権限を国民投票にゆだねてしまうというものだった。



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『弱者が強者を駆逐する時代』 曽野綾子

ずいぶん前の本。・・・2009年だ。東日本大震災よりも前か。

そういう考え方をしてない?私は、いつの間にかそうなっていた。東日本大震災を基準にして、それよりも前か、後か。やはり、それだけ大きな出来事だった。

その頃、定時制高校に勤務していたんだけど、その前の年に、当該の定時制が新規募集をせずに、在校生を卒業させたら閉校することが明らかになった。前年、私は4年間担任した生徒を卒業させ、次の学年が卒業した翌日が大震災だった。その段階で、すでに残るのは2学年。生徒数は半分、授業数も半分になってるから、配属される教員も当然減る。

私はそこからもう1年定時制に勤務し、次の春に全日制の高校に転勤した。定年まで、残り8年の段階だった。全日制から定時制にうつったとき、大きなカルチャーショックを体験した。しかし、その水になじんでしまうと、定時制は心地よかった。もちろん、さまざまな問題を抱えている生徒が多いから、時にはぶつかることもあって、心身ともに消耗することもある。

彼らの抱える問題はさまざまながら、結局、彼らはその問題を避けてこなかった。ぶつかったから、はじかれた。それで今、定時制にいた。

だけど定時制は、髪の毛の色とか、化粧、装身具とか、余分な指導に無駄な時間をかけることを強制されないところが、まずはいい。それに、生徒一人一人と、時間をかけて、正面から向かい合うことができる。向かい合った結果がいいことばかりとは限らないが、うやむやにされることなく、それなりの結果は出る。

逆に、全日制に戻るのはつらかった。生徒が多いだけに、全体を枠にはめないことには、話が進まない。一々一人一人に対応していたんでは、切りがない。切りがないけど、それが教員の仕事だと思ってるから、外せない。外さずに向かい合おうとすると、なぜかすかされる。私と向き合おうとしないやつがいる。

私は彼らに、彼らの抱える問題と向き合わさせようとするのだが、彼らはそれをすかす。避ける。避けてきた結果、今ここにいるのか?さらに一歩踏み込もうとすると、・・・。

全部が全部じゃない。私にそう感じさせたのは、ほんの数人に過ぎない。しかし、他の生徒も、それを看過しているのは明らかなんだ。彼らに、彼らの抱える問題と向き合うように一歩踏み込むと、彼らは私の足下をすくおうとする。

私は、最後の全日制高校で、残りの8年を過ごさずに、7年で仕事を退いた。その間、生徒に足下をすくわれそうになって、ヒヤッとしたことは何回あったろう。今思うと、何度も何度もあったような気もするし、本当にショックを受けた2回だけだったような気もする。だけど、定時制で物理的衝突を繰り返した頃よりも、はるかに私は消耗した。

モンスターペアレントが云々された時期があった。しかし、今、モンスターは親だけではない。未熟で、頼りなくて、中途半端な学生たち。求めれば、与えられると思っている。彼らこそ怪物だ。





WAC  ¥ 時価

人生は、どこでもいつでも、「安心して暮らせる」ことなど決してない
賞味期限
謝罪のスタイル
餞の言葉
未来の北アフリカ横断道路
人は皆、ほどほどの正義への憧れと…
霞が関のぺんぺん草
アフリカ開発会議の背後事情
私の旅支度
バラク・オバマの新しい可能性
赤い夕陽の中で
オバマの血
弱者が強者を駆逐する
田舎暮らしの迫力
「残りの国々」の血
シャーレの中の生命
アフリカのうば捨て山
決断






たまたま立ち寄った古本屋で買ってきた4冊の本のうちの1冊。

上記のような経験から、『弱者が強者を駆逐する』という題名が響いてしまった。何しろ私は、ある意味では“駆逐された”側の人間だから。

この本は、『Will』に2008年から2009年にかけて掲載された、曽野綾子さんの「小説家の身勝手」をまとめたものだそうだ。目次に見られるように、特定のテーマがあって、その線にしたがって書かれたものとは思えない。まさに、曽野綾子さんの“身勝手”な選定により、その都度のテーマが取り上げられたもののように思われる。

《バラク・オバマの新しい可能性》、《オバマの血》に続き、《「残りの国々」の血》も、オバマの大統領就任を取り上げたものだ。2008年は、まさに大統領選挙の年。アメリカの大統領選挙は、その前の大統領予備選からの大騒動で、ヒラリー・クリントン初の女性大統領
か、バラク・オバマ初の黒人大統領かと盛り上がっていたのだから、当然であるかも知れない。

しかし、曽野綾子さんには、オバマの大統領就任に世界が変わる可能性の芽のようなものを感じる部分もあって、取り上げていたんだろう。残念ながらそうならなかったのは、ここに曽野綾子さんが取り上げた可能性以上に、オバマが“アメリカ人”であったと言うことなんだろう。

その点は残念ではあるが、曽野さんのぶれのない世の見通し、特に日本社会に対する苦言は、ずいぶん前の本ではあっても、十分読むに値する。

私が惹かれた『弱者が強者を駆逐する』という題名だが、「そんなんでいいのかよ」って、芯から思ってる。

できないんなら、できるように努力すべきだ。弱いんなら、強くなろうと努力すべきだ。分からないんなら、理解できるように勉強をすべきだ。金がなくて困ってるんなら、金を稼げるように頑張るべきだ。もちろん、頑張ったってできないことはある。強くならないこともある。理解できないこともある。金を稼げないこともある。

だけど、自分で努力してみることで、例え目的は達せられなかったとしても、いろいろなことが見えてくる。人の見る目も違ってくる。なにより、どのように世に関わっていくべきか、己の分が見えてくる。

「それも分からずに、世の中、甘く見てるんじゃねーよ」・・・これが私の贈る言葉かな。

さて、昨今の感染症になやまされつつ生きる人々は、いつか時間の基準を中国で発生した新型コロナウイルス流行において、新型コロナよりも前か、後かって考えるようになるのかも知れない。



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聖火リレー『ナチスの発明』 武田知弘

東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった。

1年程度と言うことなんだけど、1年にこだわる必要があったろうか。1年で武漢ウイルスの流行が沈静化する補償はどこにもないのに。ただ、“補償”などと言い出せば、実はそんなものはどこにもない。できるだけ後ろにずらした方が、沈静化の確率が高まるって言う程度だな。

いずれにせよ、沈静化しさえすれば、100%のオリンピックを行なうことができる。日本を、日本人を悲しませることが無上の喜びという人は、日本も含めて、極東アジアに少なくない。そういう人にすれば、100%の開催にはイチャモンをつけたいところだろうけど、東京開催が決まってからの7年間、一生懸命やってきた人のことを考えれば、やっぱりなんとかしてあげたいよね。

延期による選手の浮き沈みはあるだろう。だけど、それは受け入れてもらわざるを得ない。最高の選手たちだから、それこそギリギリの仕上げをする時期がずれるのは、やはり大きい。特に年齢の言った選手にとって、1年延長は、もはや選手に選ばれることも厳しくなるかも知れない。

だけど、この事態を考えれば、それであきらめる選手かどうかというところに尽きると思う。勝負事なんだから。

延期の決定が、聖火リレーの始まりとギリギリのところだったので、100%の準備をしてやきもき、そして延期決定で撤収ってケースもあったよう。でも、新たに延期時期が決まれば、聖火もって走れるんだから。ちょっと楽しみが先に伸びたと思って、今は感染症に打ち勝つことを考えよう。

それこそ、重い病気に冒された人が、聖火リレーに選ばれたという報道を見た。今、生きている証に走ろうとしていたことだろう。ぜひ、聖火同様、その日が来るまで、命の火を決して消さないで。

そうそう、その人だけじゃなく、オリンピック前に死なないようにしよう。


『ナチスの発明』    武田知弘


彩図社  ¥ 713

今まで語られることの少なかった、ナチスの功罪の「功」の部分に光を
第1章 世界を変えたナチスの発明
第2章 ナチスがめざしたユートピア
第3章 だれがナチスを作ったのか?
第4章 夢の残骸


そう言えば、この聖火リレーっていうのは、ナチス・ドイツが始めたことだった。

1936年、ナチス政権下で開かれたベルリンオリンピックが聖火リレーの始まりで、それ以前には行なわれていなかった。ほぼ今行なわれているのと同じ聖火リレーが、ナチスによって始められた。

というのは、古代オリンピック発祥の地であるギリシャのオリンピアでオリンピックの火を採火し、アテネのスタジアムでトーチにともされ、トーチを受け継いで、開会式のメインスタジアムまで運ぶという“聖火リレー”のあり方。これはナチスが始めたということだ。

ベルリンオリンピックの際は、ギリシャのオリンピアから、ブルガリア、ユーゴスラビア、ハンガリー、オーストリア、チェコスロバキアを経由してドイツに入るというものだった。

準備されたランナーは3000人、トーチ3000本は大鉄鋼会社のクルップ社が寄贈した。当時の聖火リレーは、、試行錯誤の連続で、事実、途中で消えてしまい、マッチでつけ直すということもあったそうだ。

そんなことがありながらトーチはベルリンに入り、メインスタジアムまで受け継がれ、最終ランナーであるベルリン在住の子どもによって聖火台まで運ばれた。彼がトーチをかざし、聖火台に炎が燃え上がると観衆の熱狂は頂点に達したそうだ。

私たちが子どもの頃は、運動会といえば、何度も何度も予行演習が行なわれた。特に、入場行進と、体操だな。入場行進なんて、嫌さ加減が顔に表れるどころか、身体全体にじんましんができるくらい何度もやった。グラウンドを回って、正面にさしかかったところで、正面に向かって、右手を斜めにピンと伸ばす。ナチス敬礼とか、ヒトラー敬礼と呼ばれるやつだ。

全然知らずに、やらされていた。中学校でもやらされた。私の担任は組合活動に熱心な人だったけど、彼も知らなかったみたいで、疑問も抱かず、生徒にそれを強制していた。

第二次大戦後のドイツやオーストリアでは、ナチス賛美の行為として、取り締まりの対象になっているそうだ。だけど、聖火リレーは生き残った。オリンピアからもたらされた聖なる炎。それは古代ギリシャ文化に、自分たちの文化の源流の一つを感じているヨーロッパ人には、特別な高揚感をもたらしたんだろう。そしてそれが聖火台に燃え上がったときの熱狂は、たとえナチス起源であっても捨て去るにはあまりにも惜しかったということだろう。

たしかにナチスはよっぽどなんだけど、よっぽどなのをいいことに、ヨーロッパは何でもかんでも全部ナチスにひっかぶせてしまった。本来は、その功罪を検証すべきだったのに。

そんないわれのある聖火リレー、もう一回、初っぱなに戻って、オリンピックを盛り上げよう。


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『熱源』 川越宗一

新型コロナウイルスには、参りますね。

うちの方の小学校の卒業式も中止にすると、今さっき(23日)、区長会の連絡網で回ってきた。卒業式を翌日に控えて、ギリギリの判断であったようだ。卒業生たちも可哀想ではあるけれど、その分きっと、何か良いことで、あなたたちの人生が埋め合わされることを、おじさんは信じているよ。

この『熱源』という本を読むことになったのは、全くの偶然。何しろ私が買った本じゃない。連れ合いの本。しかも、たまたま身近に真新しい本がなかったので、ここ数日間、連れ合いが熱心に読んでいたこの本をペラペラめくってしまっただけのこと。

だいたい、『熱源』という題名からでは、内容は類推もできない。表紙に書かれた犬ぞりが走る様子から、“冒険”という言葉は浮かんだ。「植村直己みたいな探検家を取り上げているのかも知れない」なんていう思いもあって、ペラペラめくってしまったわけだ。

めくってみると、まずは題名と作者の名前があり、続いて目次が現れる。“サハリン”、“日出づる国”・・・、明治期の樺太が舞台かもしれない。さらにめくると、北海道と樺太を注進とした地図が現れる。ロシア領には、ウラジヴォストークも記載されている。ロシアも絡んでくるようだ。

さらにめくると、登場人物の紹介がある。ここまで来ればはっきりする。この物語は、欧米列強と新興国家日本の台頭の中で、徐々に故郷を奪われ、その存在自体を問われるようになっていく樺太アイヌの様子を描いた物語だ。

即座に、頭に浮かんだ本がある。

それは、船戸与一の『蝦夷地別件』。1996年の本で、とてつもなく面白かった。

商人による苛烈な搾取、謂れのない蔑みや暴力、女たちへの陵辱…。和人の横暴にあえぐアイヌたちが、ついに和人に対して蜂起したクナシリ・メナシの戦いの前後を描いたものだった。



『熱源』    川越宗一


文藝春秋社  ¥ 2,035

樺太アイヌの戦いと冒険を描く、前代未聞の傑作巨編!
序章 終わりの翌日
第一章 帰還
第二章 サハリン島
第三章 録されたもの
第四章 日出づる国
第五章 故郷
終章 熱源


全権プチャーチンとの間にかわされた、日ロの最初の約束事、日米和親条約においては、千島列島では択捉島とウルップ島の間に境界が設けられた。樺太においては境界を定めず、混住の地とすることが定められた。それが安政2年、1855年のことだ。

そのあと、明治8年、1875年に千島樺太交換条約が結ばれる。この間、樺太においては、“混住”、つまりなんの定めもない中でロシアによる樺太開発が本格化していた。日ロは、再度、境界線画定のための交渉を行なうが、またも不調に終わる。両国は自国の優位を確定するため、競って移民を樺太に入れている。先住民であるアイヌにしてみれば、いい迷惑だ。事実、、日本人、ロシア人、アイヌの間での摩擦が増え、不穏な情勢になっていたという。

そこで、日本がロシアに持ちかけたのが、千島樺太交換条約であった。遠隔地である樺太でロシアと争うよりも、千島列島を確保して北海道開拓に全力を注ぐことを重視したものである。面積から、外交における弱腰を攻める意見もあるが、まずは極東の小国からの申し出を、ロシアに受け入れさせたことに大きな意味があると思う。

ロシアにしてみれば、ウルップ島から北の千島列島を確保したまま、混住地の樺太の全部を自分のものとする可能性もあったわけだ。日本は、その可能性を、ロシアにあきらめさせた。

当時、バルカン半島への影響力と黒海の制海権をめぐって、ロシアとオスマン帝国の間で長い戦いが続いていた。東ヨーロッパに食い込んだオスマン帝国の領土は、帝国の弱体化とともに、列強の間でも懸案の地となっていた。なかでもロシアの南下政策は、イギリスの覇権への挑戦という側面もあり、列強の注目を集めた。クリミア戦争はその一環であった。それが終結した平穏な時期に、ロシアは樺太開発を本格化させたわけだ。

千島樺太交換条約が調印された時期、1,875年だな。実は、ロシアとオスマン帝国の対立の地であるバルカン半島に、新たな事態が持ち上がっていた。ボスニア・ヘルツェコヴィナに住むスラブ系キリスト教徒が、ムスリムの地主による搾取に反発して農民反乱が起きていた。それはブルガリアにも飛び火し、半島全体に反オスマン帝国の機運が高まっていく。そんな時期だった。

クリミア戦争の敗北をおして、ロシアはバルカン半島への進出を狙っていた。露土戦争が始まるのは1877年だが、すでにロシアの意識はバルカン半島にあっただろう。樺太の小競り合いに決着をつけることは、バルカン半島に集中したいロシアには降ってわいた幸運だったはずだ。

そのようにして、千島樺太交換条約が結ばれる。この『熱源』は、そこから始まる話である。

「弱肉強食の摂理の中で、我らは戦った。あなたたちはどうする」 「私たちは、いや私は、その摂理と戦います。あの島の人々が持っている熱が失われないように」


『蝦夷地別件』を読んだときも思ったんだよなぁ。田沼意次の改革が続いていれば、ロシアとの関係はもっと良好な状態で始められたであろうし、松平定信時代のように、むやみにアイヌを追い詰めることもなかったろう。状況によっては、北方の諸民族の状況も大きく変わっていた可能性もあったと感じている。



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槇寄山から三頭山へ

ちょっと前に、槇寄山から笹尾根を浅間峠まで歩いた。その際、槇寄山に登る途中、右手に三頭山に登って行く尾根が見えた。快適な笹尾根歩きにわくわくしながら、そのうち、あそこを登らなきゃって、思ってた。

ということで、数馬から槇寄山に登り、三頭山への急な登りを頑張って、三頭ノ大滝を経て、数馬に戻るコース。前回は仲ノ平から登るコースだったので、今回は数馬から登るコースにした。

数馬バス停から少し戻ったところに“数馬広場”という無料駐車場があるらしいんだけど、「たから荘の利用者用」らしい。念のため、今回は前回と同じく上川乗の村営駐車場において、そこからはバス利用。

仲ノ平と数馬は隣のバス停。槇寄山から伸びてくる尾根に東側から取り付くか、西側から取り付くかだけの違い。合流点までの距離は、数馬からの方が短い。当然、登りは急になる。
IMG_6354.jpg (九頭竜橋を渡った左手が登り口。20~30mは無理やり登る。下りに使いたくない) 

IMG_6356.jpg (仲ノ平から来る道と合流) 

合流からは、この間と同じ道、右手に三頭山に向かう尾根が見える。さらに進むと、大岳山と御前山が現れる。ただ、左右が逆、大岳山が右肩上がりで、武蔵の人間には見慣れない。
IMG_6357.jpg (向こうに光って見えるのは、たぶん海)

IMG_6358.jpg  (大岳と御前山が逆 大岳が右肩上がり どうもなじめない)

IMG_6359.jpg (西原峠 その向こうが槇寄山山頂)

IMG_6360.jpg  (槇寄山山頂より)

IMG_6361.jpg  (槇寄山山頂より)

IMG_6362.jpg  (槇寄山山頂より)


槇寄山から三頭山までは、ずっと富士山と一緒。高度を上げる分、裾野が広がっていくのが分かる。最低鞍部が“クメタケタワ”とか言うところなんだけど、そこが1130mあたりか。そこからだと、400mほど登る。400登れば風景も変わるよね。この登りが大変だった。途中からはゴジラの背中みたいなところを、よ・じ・の・ぼ・る。

三頭ノ大滝との分岐まで来ると一段落。余勢で大沢山に登れば裾野を広げた富士山がお出ましになる。
IMG_6366.jpg (大沢山山頂より 裾野が広がった) 

IMG_6367.jpg (大沢山 1482m) 

全体を振り返れば、大沢山まで来て、あらかた安心できた。裾野を広げた富士山を写真に収めて先へ進む。避難小屋を経て、ムシカリ峠まで降って、三頭山西峰に登り返す。
IMG_6369.jpg (山小屋が見えてくる)

IMG_6370.jpg  (三頭山避難小屋 使ってみたくなる立派な避難小屋)

IMG_6372.jpg             
(ムシカリ峠 向こうに登り返せば三頭山) 

ここまで来れば一安心と、気を緩めたのが脚に響いたようで、最後のさほどでもない登りが案外つらい。だけど、それも先が見える話。エイヤッと登れば、富士山はもちろん、反対川の石尾根は鷹の巣山から雲取までが見渡せる。
IMG_6373.jpg (石標越しの富士山 ここは三頭山西峰山頂)

IMG_6375.jpg  (北側には石尾根がくっきり)

三頭ノ大滝へはいくつかルートがあるが、ムシカリ峠から沢沿いを下るのが気持ちよさそう。とりあえず、東峰の展望台まで行って、お昼にする。
IMG_6376.jpg (東峰展望台から、大岳山と御前山。やっぱり左右の関係になじめない)

IMG_6378.jpg  (ここで食べたのはマルシンハンバーグサンド)

IMG_6379.jpg (小河内ダムの緑が戻ってる) 

今朝は気温が下がったものの、ここ数日と違って、日中、気温が上がる予報。案の定、霜柱がとげて、10時過ぎにはグチャグチャ一歩手前。下山にかかる。

ムシカリ峠に戻って、三頭ノ大滝を目指す。そのまま、できるだけ山道をたどって、数馬バス停に向かう。沢沿い、・・・とは言っても、大きな石がゴロゴロしている沢沿いの道。石を敷き詰めて、歩きやすい道が作ってある。大滝は、なかなかのもの。滝の大きさに対して滝見の橋が近すぎて、全体を納めきれないくらいの大きな滝だった。
IMG_6383.jpg (大滝へ向かう道、良く整備されている)

IMG_6381.jpg  (三頭山のしずく)

IMG_6385.jpg


IMG_6388.jpg (滝見の橋から大滝 大きすぎて入りきらない)

IMG_6389.jpg  (おそらく都民の森の駐車場から大滝に続く、ウッドチップの気持ちいい道)

そこから数馬までは、都民の森へ向かう舗装道路と交差しながらの道を歩くが、これがどうしてなかなか味のある良い道だった。
IMG_6390.jpg (数馬に下る途中、ベンチを見つけてセロリラーメンにする。セロリは、・・・失敗だった)

IMG_6394.jpg  (菅平の滝)

IMG_6396.jpg
(九頭竜の滝)


下山後、バスの時間に余裕があったので、“数馬広場”の駐車場を見に行った。やはり、「たから荘の利用者用」で、「たから荘を利用しない人の長時間の駐車はご遠慮下さい」とある。本日はたから荘はお休み。駐車場には1台の車もなかった。こういう時なら問題なさそう。ついでに、仲ノ平からの、浅間尾根登山口も確認できた。
IMG_6398.jpg (お世話になった西東京バス。いい1日だったなぁ~)

この日歩いたのは、以下のようなコース。
槇寄山から三頭山  


テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

絹さやのみそ汁『このレシピがすごい!』 土屋敦

私は、男だけの三人兄弟の三番目。

だから、三人目の出産が近づき、女の子を期待されてたのに、ちんちんをつけて生まれてきてしまった。長男の父には姉がいる。私にしてみれば伯母である。伯母は嫁いだ家で立て続けに三人男の子を産み、最後に女の子を産んで、お仕舞いにした。父はそれを考えたが、母と相談して私が末っ子になった。

父は後に、「お前が女の子で生まれていたら」と酔っ払って言ったことがある。私にとっては怖い父親だったのだが、そのときだけはカッとなった。私は、父の頭を叩いて逃げた。あとで母が取り持ってくれた。母は、それを口に出すことはなかったが、なんだか私に対する扱いが怪しく思えることがあった。

なにかと私に、手伝いをさせたがった。手伝いは、祖父母からもさせられた。だけど、祖父母から命じられる手伝いは、畑仕事だったり、卵を取るために飼っている鶏の世話だった。母のは違う。まるで、娘に対してそうするように、私に手伝いをさせるのだ。

風呂掃除、洗濯物の採り入れ、お使いや、夕飯の準備の手伝い。一番嫌いなのは、お使い。だいたい肉屋か、魚屋。肉屋でおばさんたちに交じって並ぶのは嫌だったな。あとから来たおばさんが、私より先に肉屋に声をかけたりね。いつまでも声を出せないでいると、肉屋の方から救ってもらった。

夕飯の準備の手伝いは嫌いじゃない。菜っ葉やネギを切ったり、うどん粉をこねたり、お釜の火の面倒を見たりするの。どれも単純で簡単なことばかりだけど、いろいろなことをやらされた。

あの手伝いっていうのは、間合いがあるんだな。兄は、その間合いを見切ってるから、危険な時間帯に、決して間合いの中に入ってこない。その点、私は違う。間合いが見切れないというのではなく、嫌がりながらも、どこかで手伝いに惹かれているところがある。だから、ぐずぐず間合いに入ってしまう。






扶桑社新書  ¥ 時価

レシピというものは、それを作った人とその家族の幸せに直接に関わっている
たなかれいこ 蓮根のはさみ揚げ
土井善晴 サンマの塩焼き
米沢亜衣 豚のカリフラワー煮
栗原はるみ たこの香味サラダ
有本洋子 絹さやだけのみそ汁
奥園壽子 豚の角煮
奥園壽子 黒豆
佐藤雅子 小あじの牛乳漬け
阿部なを にしんの醤油漬け
辰巳芳子 煮サラダ
野崎洋光 牡蛎の青海蒸し
河田吉功 ほうれん草とにんにく
辻嘉一 なめこ汁
春田光治 魚のプロヴァンス風煮込みスープ
山本彩香 ヌンクー
オーディド・シュウォーツ ラブナ
難民支援協会 ニラたっぷりの卵焼き
浅野陽 常夜鍋
檀一雄 大正コロッケ
平松洋子 揚げ卵はさみバケットサンド
丸元淑生 タラのグラシオサ風
開高健 生ウニのオムレツ









うちは貧乏だけど、畑があった。野菜作りってのは季節のものだから、時期になると決まったものがたくさん取れる。三ちゃん農業でだけど、祖父母が元気な頃は市場にも出していた。祖父母が高齢化して、市場に出さなくなると、家で食べる分が増えた。時期により、なすばっかり。キュウリばっかり。そして、絹さやばっかり。

その絹さやの、筋をとるの。

絶望的な量の絹さやが、広げた新聞紙に山になっている。新聞紙に山になっている絹さやの筋取りを言いつけられると、それはやはり嫌だ。「相撲、見ながらでいいから」と言われても、終わりが想像できない量なんだから。

それでも、筋を取り始めると、ちょっとずつ気持ちが変わる。端から端まできれいに取れると、それなりにうれしい。どうすればそうなるのか。そうならないことには、どんな原因があるのか。自分が悪いのか。もともと絹さやに原因があるのか。

そのうち、一緒に相撲を見ている祖母が、絹さやの山に手を出してくれる。祖母のやるのを見ると、やたらとうまい。うまいし、早い。これで安けりゃ言うことなし。

そんなことを言ってるうちに、山は丘になり、やがて平らになる。

料理家の有元葉子さんは、省略の人だという。伝統的な料理から、何か省略できることはないか、不要な材料はないかなどを厳しく検討し、新しいレシピに生まれ変わらせるのだという。

そういう意味で、この本の著者は、有元さんの「絹さやだけのみそ汁」を取り上げている。ありきたりの料理人や料理研究家なら、もう一種類加えたり、吸い口を添えたりせずにいられなくなるのだが、有元さんは、そんな因習を苦もなく、楽しげに突き抜けたと評価する。

まったく文句ない。そこに有元レシピの魅力の一端があると思う。

だけどこれ、私は子どもの頃から、絹さやの時期が始まってから終わるまで、毎日食べていた。



テーマ : 料理の本
ジャンル : 本・雑誌

日本と米国の「疫病を歓迎」

瀋陽のレストラン、日本と米国の「疫病を歓迎」政府公認プロパガンダか

https://www.epochtimes.jp/p/2020/03/53552.html

中国1


外務省の報道官が、「米軍が感染症を武漢に持ち込んだかもしれない」なんて言ってるね。

“中国”が発生源なんてこと、分かりきってますからね。さすがに、ポンペイオ国務長官も呆れかえったようだ。「今はデマを拡散したり奇怪な噂を流したりしている場合ではない」って、分からず屋の幼子に言い聞かせるかのよう。

新型ウイルスの流行が始まっていることを最初に訴えた人物の一人、
李文亮医師は、サーズに似た症状を示す患者に気づき、同僚にメッセイージを送ってこれを伝えた。それが当局に摘発され、「噂の流布」で戒告を受けたんだろう。

“中国”は、隠そうとしたんだ。それが世界的パンデミックの原因。


トランプ大統領は的確だよ。あれを、「中国ウイルス」と呼んでいる。もとはペストだって“中国”発。最近ではサーズに続いての“中国”発のウイルスだから、現代新型“中国”ウイルスだな。新型中国共産党スペシャルなんてのはどうだ。



NHK出版新書  ¥ 902

テクノロジーの文明史を踏まえて未来の社会像を鮮明に描き出す
プロローグ 現代―第三の産業革命が起きている
第1部 中世―多くの民族がともに栄えた帝国の時代
第2部 近代―私たちが「国民」になった時代
第3部 未来―“場”の上でレイヤー化していく世界

中世世界システムの衰退
高校における世界史の授業の中では、「ペストの大流行」はヨーロッパに大きな被害を与えたできごととして紹介される。しかし、ペスト発生源は“中国”南部であり、ユーラシアがモンゴル人に統一された時代だからこそそれがヨーロッパに伝染したのであって、その被害が世界規模であったことは間違いない。騎馬民族の大地であるはずのユーラシア大陸北方草原は、無人の大地になってしまったという。

中世の世界システムは崩壊し、その入れ物だけを残してリセットされた状態となった。だからこそ、この荒廃の後にヨーロッパ人が、残された入れ物を利用してシステムを再建することができた。


テーマ : 中朝韓ニュース
ジャンル : ニュース

朝日記者 台湾に駆け込み救国で隔離日記 

「隔離」前提で台湾入りし、SNSにるんるん気分の「隔離日記」アップ  ←ニュースへ

「隔離日記」はフェイスブック上の「The Asahi Shimbun Asia & Pacific 朝日新聞アジア太平洋」で公開。執筆したのは朝日新聞の吉岡桂子編集委員。

肩身狭い在台邦人から批判続出

今度は朝日新聞らしく開き直り


テーマ : テレビ・マスコミ・報道の問題
ジャンル : ニュース

『謎解き 聖書物語』 長谷川修一

新型コロナウイルスに感染すると、高齢者ほど重症化しやすいそうだ。古い方からいなくなるのは順番通りではあるが、弱いものいじめのようにも感じる。

古い人たちは、昔のことを知っているというだけですばらしい。聞けば、私が入居する前の、この町のことをよく話してくれる。伝えておきたいことがある。十字路の、交差する大きな道を斜めにつなげる小さな道がある。左折車が、正面が赤信号に変わりそうだと、その斜めの道に入って、信号待ちを回避するのに使ったりする。ところが、この自治会が始まった頃は、その小さな道こそが本来の通りだったんだという。小さな道しかなかった当時は、駅に出るのも大変だったとか。

知ってることは、あとから来る者に伝えておきたいものだ。小さな自治会でも、そんな記憶はいくらでもある。人類の記憶となると、それは計り知れない。

最古の物語の一つに『アトラ・ハシース』というのがある。紀元前一八世紀に記されたもので、アッカド語が楔形文字で書かれている。「最高の賢者」という意味がある。神々による宇宙と人間の創造、人口を減らすための干ばつや飢饉、そして洪水の物語が記される。

数が増えすぎて騒々しくなった人間を減らそうとする神々、中でも最高の力を持った神エンリルは、洪水を起こして人間を滅ぼそうとした。しかし、知恵の神エアは、このことをアトラ・ハシースに教え、方舟を作らせる。アトラ・ハシースはできあがった方舟に家族と動物たちを乗せる。洪水は七日間続き、水が引いたあとに、アトラ・ハシースは生け贄を神々に捧げる。



『謎解き 聖書物語』   長谷川修一

ちくまプリマー新書  ¥ 929

旧約聖書につづられた物語は史実なのか、それともフィクションなのか?
第1章 アダムとイブ―人類誕生の謎
第2章 ノアの方舟―試行錯誤する神
第3章 バベルの塔―文明へのまなざし
第4章 出エジプト―それは本当に起こったのか?
第5章 ダビデとゴリアテ―永遠のヒーロー誕生


『アトラ・ハシース』よりもさらによく知られる最古の物語に『ギルガメッシュ叙事詩』がある。ギルガメッシュはウルクという都市国家の王で、三分の二が神、三分の一が人間という英雄として描かれる。物語はギルガメッシュと親友エンキドゥの出会い、二人の冒険、そしてエンキドゥの死へと続く。

エンキドゥの死に衝撃を受けたギルガメッシュは永遠の命を探す旅に出る。その旅でギルガメッシュは、大昔に起きた大洪水を生き残り、神々のように不死の存在になったウタ・ナピシュティのところにたどり着く。

ウタ・ナピシュティは大昔に自分が体験した大洪水のことを話す。その話は、『アトラ・ハシース』で語られる洪水の話とほぼ同じ。洪水の水は七日目に引き、方舟は山に漂着する。ウタ・ナピシュティはハトを飛ばすが、ハトは戻ってきてしまう。次にツバメを、ツバメが戻ってくると、次はカラスを飛ばす。カラスは戻ってこない。ウタ・ナピシュティは神々に捧げ物をする。

ギルガメッシュは洪水の話の後で、ウタ・ナピシュティから若返りの草の話を聞き、その草を手に入れる。しかし、ギルガメッシュが水浴びをしている間に、一匹の蛇にその草を奪われてしまう。

旧約聖書のノアの方舟の話は、古くから西アジアに伝わっていた物語を基礎として、それを自分たちの物語として書き直したものと思われる。

紀元前一二世紀以降に書かれた『ギルガメッシュ叙事詩』が最もよく知られると書いたが、これを標準版と読んでいる。最初に標準版が記された粘土板が発見されたのは、紀元前七世紀に西アジアの広い地域を収めていたアッシリア王アッシュール・バニパルが首都ニネヴェに建設した図書館の遺跡であるという。

アルファベットと違い数百の文字からなる楔形文字に習熟するのは大変なことで、正確に読み書きするには長い時間をかけて学習する必要があった。その習熟のために、メソポタミアの古典文学が教材として使われていたと考えられている。メギドという古代遺跡からは、紀元前二〇〇〇年記の『ギルガメッシュ叙事詩』の刻まれた粘土板が発見されている。

メソポタミアという言葉には、二つの川の間の土地という意味がある。ティグリス川とユーフラテス川である。ともに今日のトルコ東方の山岳地帯に源流がある。この山岳地帯は三〇〇〇メートルを越え、冬には雪が積もる。それが春になると解け、川は水量を増し、時には洪水となってメソポタミア地方を襲った。当時の都市国家は、両河川の流域にあり、これらの洪水の影響を受けていたものと考えられ、同時に洪水は、上流の森林地帯の肥沃な土を運んだ。しかし、現在までのところ、メソポタミア地方全体に影響を与えるような大洪水が発生した証拠は見つかっていないそうだ。

二〇〇〇年記に書かれた『ギルガメッシュ叙事詩』の中に書かれた洪水伝説も、遠い昔の大災害の記憶として語られている。研究者の中には、これを氷河時代の終わりの海面上昇と結びつける人もいるという。

洪水は、人類を滅ぼしてもおかしくなかった。しかし、ごくわずかに神に認められた者がいて、その者だけが神の恩恵にあずかって助かった。そこからまた、新しい人類の歩が始まった。だから語られるのは、神に認められたという自分たちの正当性であって、災害への注意喚起とは違う。

基本的に神話は、そのようにして語られる。



テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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イーグルス16

Author:イーグルス16

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「沖縄の人は優しい」と皆が口をそろえる中、なぜ、自殺率やいじめ、教員の鬱の問題は他の地域を圧倒しているのか。
誰もなしえなかったアプローチで、沖縄社会の真実に迫る。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






















































































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