めんどくせぇことばかり 『キリスト教は戦争好きか キリスト教的思考入門』 土井健司
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『キリスト教は戦争好きか キリスト教的思考入門』 土井健司


キリスト教は戦争好きか キリスト教的思考入門 (朝日選書)キリスト教は戦争好きか キリスト教的思考入門 (朝日選書)
(2012/04/10)
土井健司

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6月10日に、「これから読むぞ」という記事を書いていました。他の本と並行して読んでいたら、終わるのが遅くなってしまいました。他の本を優先してしまったからです。

6月10日に、「キリスト教の真髄は博愛誠心であり、本来一辺境の宗教である。それがいつしか権力と関わり、権力そのものと化した。キリスト教の問題は権力の問題とかした。」と書いた。

“宗教を信じると騙される?”

“キリスト教は戦争好きか?”

“キリスト教社会で格差が拡大するのは?”


など、興味深い問題提起で、そこに惹かれてこの本を手にした。しかし、この本の中で展開されているのは、キリスト者の立場からの、上記問題提起に対する弁解としか、私には感じられなかった。

イエス時代から5世紀あたりのまだまだ混沌とした時代のことが取り上げられていたので、いい勉強になった面も多々あった。しかし、当初の期待を満足させてくれるものではなかった。もちろんそれは、この本の題名から私が勝手に抱いた期待にすぎないのだが・・・。

ここでは、本書の題名にもなっている“キリスト用は戦争好きか?”という問題提起について書かれている第二部第二章の様子を紹介しようと思います。キリスト教が本来、戦争の正反対に位置し、絶対的平和主義の立場を取るものであると著者は言う。しかし、それならばキリスト教は特別でもなんでもない。宗教の多くが同様の立場を取る。こと、“キリスト教と戦争”でいうなら、「政治に巻き込まれた」論も意味を成さない。十字軍やキリスト教社会による世界の植民地化の時代を思えば。

それでも本書が、キリスト教が絶対的平和主義の立場に立ちながらどのように戦争に関わっていったかを、順をおって記述している点は、たいへん興味深く読ませてもらった。

平和のときに武器を捨てる者どもについて、彼らを交わりから遠ざけることを定めた。(アルル教会会議決議)
これは軍務拒否者を破門することを意味するものだという。コンスタンティヌス帝がミラノ勅令でキリスト教公認を定めたことに対して、皇帝や軍への批判が肯定的に変化をしていった状態を表すという。
アウグスティヌスは、ボニファティウスという軍人に対して、平和のために戦争をするべきであって、その戦争のさなかにおいてもあいと平和を実現しなければならないと説いています。・・・アウグスティヌスは戦争における殺人の問題は避け、聖戦の可能性を論じています。
とあるように、すでにこの段階でキリスト教は“正義の戦争”に向かっているのであり、ここであらゆる戦争を公認したと同じ状況となる。さらに中世の神学者トマス・アクィナスは“正義の戦争”の三条件を上げているそうです。
1 戦争は私人によってではなく、統治者の権威によってなされること
2 正当な理由があること
3 戦争をする者たちの意図が正しいこと

これにいたっては、イラク戦争を始めたジョージ・ブッシュ・ジュニアと変わるところはありません。

キリスト教が権威としてだけではなく、権力として“戦争”に関わったのだという自覚なしに、話は進まない。本来のキリスト教の精神はそんなものではなかったなどという考えは意味を成さない。その時々に存在したキリスト教の理念に、長い間ヨーロッパの人々は完全に精神を支配されてきたのだから。本来の精神に戻ろうなどという原理主義的な動きがあるなら、それこそ迷惑千万だ。そういった危険な宗教であるということを前提にして、それを理解して、警戒しながら付き合っていくしかないのだ。

最後に、だいぶ最初の方に、“聖書は消去法で読んで行かないと・・・”という意味合いのことが書かれていたようなきがするのだが、それについて一言。本来、人が何かを書き残すのは、“伝えたい何か”があるからだ。だから伝わりやすいように努力する。微に入り細をうがつように消去法の謎解きを施す必要がどこにあるだろうか。「人々に強い博愛の精神を残しイエスは死んだ。死体は誰かしらがないしょで運んだ。あるいは蘇生したイエスは自分でどこかへ立ち去った。」でなにが悪いんだろう。いまだに私にはわからない。


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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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