めんどくせぇことばかり 自由の概念 『キリスト教の真実: 西洋近代をもたらした宗教思想』 竹下節子
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自由の概念 『キリスト教の真実: 西洋近代をもたらした宗教思想』 竹下節子

ナザレのイエスが生まれた頃のユダヤ社会では、律法遵守が形だけ強制されていた。それを批判して、イエスは、律法の元となる精神に立ち返って、なにがもっとも本質であるのかを考え、律法原理主義から解放されて生きることに「自由」という名を与えた。奴隷という身分でなく律法主義のとらわれの状態からの開放が「自由」の意味となったのだ。

イエスが掲げた「自由」のさらなる特徴は、「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ 八章三二節)というイエスの言葉に顕著に表れるように、自由でない状態を、「身体や生活様式の束縛」というだけではなく、「真理を知らない状態」であると位置づけているところだ。この考え方は、そのままヨーロッパ世界における「啓蒙」の精神に受け継がれていった。人は、無知蒙昧の状態に光を投げかけられて真理に近づくことで無知の闇から「解放」されるのである。奴隷状態からの解放や、伝統遵守主義からの解放には、まず、「真理」を知ることによる精神の開放が必要だというわけだ。精神の解放のないところでは、人は奴隷状態に甘んじるし、たとえ奴隷状態から解放されたとしても、真に自由にはなれないのである。

・・・心身が一度解放されて「自由」となった人も、常に自分で「しっかりと立って」いないと再度、別のくびきを負わせられる。自由とは「自立=自律」でもあるのだ。

キリスト教の「自立=自律」は、人が自分ひとりで好きなように判断することではない。共同体など既成の縛りがなくなっても、キリスト教真理に照らされることによって、みずからの行動原理を見出すのである。その行動原理とは神の前に平等な個と個の間で互いに目指される「利他」ということになっている。・・・キリスト教的な「自由」は「利他に基づく自立」を果たすところから出発するのである。

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(2012/04/04)
竹下 節子

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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