めんどくせぇことばかり 『イスラエルとは何か』 ヤコブ・M・ラブキン
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『イスラエルとは何か』 ヤコブ・M・ラブキン

ロンドンの『ジューイッシュ・クロニクル』紙
「いつか〈聖地〉における本来の居場所にわれわれが出立するとしても、それはむこうで繁栄を築くためというよりも、今ここの迫害を逃れるためになるのではなかろうか」

ドイツのラビ、近代ユダヤ教正統派指導者ザムゾン・ラーファエル・ヒルシュ(1808~88)
「トーラーは国家のために存在しているのではない。逆に国家こそ、トーラー以外のためには存在し得ないものなのだ」
「われわれが、われわれの地における参集を願い祈るのは、諸々の民の中の一つの民として光輝を放つためではない。それは、その参集の場と、約束され与えられた地ーしかも、それがトーラーの遵守のために約束された地であることを忘れてはならないーにおいて、われわれの精神的な使命をより良く果たすためなのである。しかし、まさにその使命によって、われわれは、神がわれわれを〈聖地〉に呼び戻してくださるまでのあいだ、神がわれわれをお住まわせになった現在ん場所で、愛国者として暮らし、仕事に励まなければならない。そして、われわれを住まわせてくれている国々の至福をさらに向上させるべく、体力、財力、気力、その他、イスラエルにおいて高貴なるものすべてを傾注しなければならないのである」

イスラエルの歴史家、政治学者ゼエヴ・シュテルンヘル(1935~)
「社会というものの自由主義的な観念を受け入れることは[シオニズムの指導者たちにとって]自律した単位としてのユダヤの民の終焉を意味する」

ロシア出身のシオニズム理論家アハロン・ダヴィド・ゴルドン(1856~1922)
「シオニズムにとっての危機は、一人一人のユダヤ人に個としての選択肢を用意するヨーロッパ的自由主義のうちに存している」

世界シオニスト組織代表アヴラハム・ブルグ(1955~)
「幼い頃[…]私はユダヤ教徒だった。ヘデルに通い、イェシヴァーの卒業生たちによる授業を受けていた。そして、その後の生涯をつうじて、私はすべての点においてイスラエル人であり続けてきた。言語、身振り、味覚、住む場所、そのいずれにおいても。しかし、今日、私はもうそれだけでは充足できなくなっている。今の私のあり方において、私はイスラエル人以上の何者かなのだ。人間であること、ユダヤ教徒であること、イスラエル人であること―私を形成しているこれら三つのアイデンティティーのうち、最後の三つ目が、残る二つを私から遠ざけてしまうように感じるのだ」

オーストリアのユダヤ教世界を代表するラビ、アードルフ・イェリネク(1821~93)
「ユダヤ民族など存在しない。たしかにユダヤ人は、一本の別個の幹、一つの特殊な宗教共同体を形成している。彼らは、古きヘブライの言語を学び、その豊かな文学を究め、みずからの歴史に通暁し、信仰心を温め、そして、その信仰のために最大の犠牲を払わなくてはならない。彼らは、ユダヤ教の至高の観念と真実がいつの日にか勝利をおさめるよう、希望を抱き、神の摂理の叡智、預言者たちの約束、人類の発展に信頼を寄せなくてはならない。しかし、それ以外のことについて、彼らはみずから市民として身をおいている諸国の民に歩調を合わせ、同じ闘いに身を投じ、万人の至福のために同じ諸制度の発展に寄与しなくてはならない」

イマーヌエル・カント(1724~1804)
ユダヤ教徒とは「われわれのあいだに混在しているパレスティナ人」に他ならない。

ヨハン・ゴッドリープ・フィヒテ(1762~1814)
「彼らのために約束の地を手に入れてやり、全員をそこに送り込むしかないだろう」

イスラエル国会議員アヴラハム・ラヴィツ(1934~2009)

「シオニストたちは間違っている。〈イスラエルの地〉に対する愛を育むためなら、その全土にわたって政治、軍事的支配を打ち立てる必要などまったくないはずなのだ。人は、テル・アヴィヴにいながらにしてヘブロンの町を愛することができる。[…]ヘブロンの町は、それがたとえパレスティナ側の支配下におかれたとしても十分愛され得るだろう。イスラエル国自体は一つの価値ではない。価値の範疇に属するのは、もっぱら精神に関わる事象のみである」

アメリカのラビ、イスロエル・ドヴィッド・ウェイス
「われわれが今日、ここに集まったのは、『アラブ人とユダヤ教徒が紛争中である』として世界中に広まってしまった誤解を訂正するためである。それこそ、悲劇的な取り違えである!アラブ人とユダヤ教徒は、これまで数千年にもわたり、平和と調和の内に共生してきた。今から百年ほど前、シオニズムが、このようなユダヤとアラブの断絶を作り出してしまった。しかるに、シオニズムとは、ユダヤ教の完全なる反対物なのだ」

アメリカのラビ、ジェイコブ・ニューズナー(1932~)
「今日、『イスラエル』という言葉は、まずもって海の向こうに位置する政治国家、イスラエル国を意味する。誰かが『イスラエルに行く』と言えば、それはテル・アヴィヴないしエルサレムへの旅程を暗黙の了解としている。・・・しかるに、聖書、並びにユダヤ教の経典において、『イスラエル』とは、神がアブラハムとサラを仲立ちとして呼び止め、ついでシナイ山にてトーラーを授けた聖なる信徒集団を意味する。・・・『詩篇』も、預言者の書も各時代のユダヤ教の知者も、そしてユダヤ教徒の子供たちに教えられる祈祷の文言も、すべて『イスラエル』を『聖なる信徒集団』の意味で用いている。・・・ユダヤ教諸派の大部分にとって、『イスラエル』に属するとは、トーラーに顕現する神の似姿、模倣に照らして、この世の生を形作ることを意味している。こうして今日、『イスラエル』の語は、シナゴーグでの礼拝に用いられる時にはこの聖なる信徒集団を意味することになっているのだ」
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(2012/06/17)
ヤコヴ・M.ラブキン

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現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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