めんどくせぇことばかり 釈迦の教えとその変化 『日本人の宝』竹田恒泰・塩沼亮潤
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釈迦の教えとその変化 『日本人の宝』竹田恒泰・塩沼亮潤

本来お釈迦様が人々に説かれた教えは、とてもシンプルなものです。善いことをして悪いことをしない、ありとあらゆる物に執着せず慈しみの心を持ち、生きよ、というものでした。とはいえその言葉の捉え方、解釈は人それぞれの経験によって違います。要するに真理というものは、言葉や文字では表現しきれないものといいますか、限界があります。しかし、釈尊は、自らの悟りの体験を言語化し表現することを決意します。つまり悟りの世界、真実の世界は言葉で表現可能であるという仏教のスタンスは、その後、弟子たちにも伝わり、数々の言葉に仏典が翻訳され世界に伝播し変化していったわけです。

その中でも注目されるのが、一世紀からニ世紀にかけて大乗という立場を取る仏教が、仏様の加護を願う人々の願いに応えて多数の仏像を出現させた点です。諸説ありますが、伝統的、保守的仏教、上座部仏教に比べ、大乗仏教は経済的基盤が弱かったのです。そのため、民間信仰を取り入れることにより興隆をはかろうとしました。ですから、大乗の経典には、比較的呪術的要素が多く、そして、仏像もその信仰の具体的な対象として用いられた。
[塩沼亮潤]
史実に基づいて考察してみましょう。『原始仏教聖典』によりますと、出家修行者が葬儀に関係することを釈尊自身が禁止しております。葬儀は世俗的な儀礼なので、出家修行者はこれに関わってはいけませんよと言っている。しかし仏教の性格上、いつしか死者の冥福は仏教の法力によってのみ得られるものだと考えられるようになり、中国を経て日本に伝わりました。そしてまた、日本人も、古来葬儀を重んじる傾向があり、今日の仏教において、葬儀というものは、きわめて重要な意義を持つようになりました。

次に日本の歴史的観点から考えますと、平安朝以降において一部の僧侶によって寺院の経済維持のために有利であるとして考えだされました。

また徳川幕府がキリシタン禁制を励行して強制的に全国民を寺院と結びつけました。その結果、日本仏教教団は原始の仏教が軽視してきたようなことを、現在主要な職務としているわけです。
[塩沼亮潤]
じつはお釈迦様が、本当に輪廻説をそのとおり信じていたかどうかは、よくわからないことなのです。ただお釈迦様は、人間が本当によく生きるにはどうしたらよいのかを、教え、実践する上で色々な方便を使い、その結果、輪廻説を取り入れた可能性は非常に高いと思われます。いいことをすれば、いいところへ生まれ変われる。悪いことをすれば、悪い地獄に生まれ苦しむという説き方をしたかも知れません。しかし、これは一般民衆に対しての対機説法的にだと思います。

輪廻転生は元来、仏教では否定されましたが、後代になり、執着するものは、三界六道に生死を繰り返すと説かれるようになります。現代的に表現すると怒り、貪欲、愚痴、争い、喜悦などの意識の段階を出入りすることを指し、それを繰り返すのが人間というものであるということです。
[塩沼亮潤]
日本人の宝日本人の宝
(2012/04/19)
竹田 恒泰、塩沼 亮潤 他

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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