めんどくせぇことばかり ジハード 『倒壊する巨塔』 ローレンス・ライト
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ジハード 『倒壊する巨塔』 ローレンス・ライト

コーランはジハードに関する言説に満ちている。その中には、より完璧なものを目ざす個々人の内なる戦い、すなわち「奮闘」、「努力」という意味のジハードが含まれており、預言者はこれを「大ジハード」と呼んでいる。だがしかし、それ以外のジハードに関する記述は、外へむけたジハードがもっぱらだ。「偶像崇拝者は見つけしだい殺せ」とか、「不信心者とは、…相手がムスリムの優越性とみずからの被征服状態を認めて税金を払うまで…戦い続けろ」と明確な言葉で信徒に命じている。一部のイスラム学者は、そうした命令はつねに適用されるものではないと指摘する。戦争が不信心者(イスラム教を受け入れないもの)の側から起こされたか、ムスリムが迫害を受けたか、イスラムそのものが脅威にさらされているときにのみ適用されるのだと。なぜなら、コーランはまた、「敵対する相手とは神のやり方で戦え、攻撃的であるな、神は攻撃者を決して愛さない」とも述べているからだ。

コーランは「主教に無理強いは禁物」であると述べ、強制改宗を明確に否定している。この一句は、非イスラムや、信仰のあり方が異なるムスリムとの戦いそのものを禁止しているようにも思われる。だが、サイイド・クトゥプは、ジハードとは信仰の共同体を守る防衛的な行為にすぎないという考え方を一蹴した。「イスラムはただの“信仰”ではない」と彼は書いている。「イスラムは他人への隷属から人間を自由に解き放つ引用一大宣言なのである。それゆえ、イスラムは人が人を支配することを基礎にしたすべての制度、すべての制度の廃絶を最初から内包しているのである」と。クトゥプは、イスラムなき人生は奴隷の人生だと論じた。それゆえ、真の自由はジャーヒリーヤ(無明時代)を根絶させるまで達成不可能なのだと。それは人に対する支配システムが根こそぎなくなり、シャリーア(イスラム法)による統治がおこなわれて初めて実現される。そのとき、宗教には、もはや無理強いはなくなる。なぜなら、選択肢はただひとつ、イスラムしかないからだ。

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一九九二年十二月二十九日、イエメンの主要都市アデンのメヴェンピック・ホテルで爆弾が一発破裂した。さらにもう一発が近くの豪華ホテル、ゴールドモフルの駐車場でも爆発、こちらは狙った時間より若干早めだった。爆発犯の標的は、ソマリアに向けて移動中のアメリカ軍部隊だった。アメリカ軍は国際的な飢饉救済活動、いわゆる「希望回復作戦」に参加するところだった。兵士たちはじつはまったく違うホテルに投宿しており、結果的に難を免れた。だが、米兵に死者が出なかったことから、アメリカ国内ではほとんど注目を集めなかった。部隊は予定どおり粛々とソマリアに進駐していった。だが、アルカイダのリーダーたちはしてやったりと勝ち誇り、アメリカ人の心胆を寒からしめてやったと、勝手に盛り上がっていた。

ただ、犠牲者がまったくでなかったわけではない。二人の人間がこの誤爆によって命を落とした。一人はオーストラリア人の観光客で、もう一人はイエメン人のホテル従業員だった。その他七人が重症を追った。スーダンで自己満足に浸り、有頂天になって騒ぎながらも、無辜を殺傷したこの作戦は、彼らにある種の道徳的問題を突きつけた。そしてアルカイダのメンバーたちは、自分たちがいまどんな種類の組織になりつつあるか、明確に考え始めるようになった。

木曜日の夜、アブー・ハジェルが、無辜の人間を殺すさいの倫理問題について講話をおこなった。彼はイブン・タイミーヤについて部下たちに話した。その理論がワッハーブ派哲学で主要な論拠の一つとされている、十三世紀の学者である。イブン・タイミーヤを当時悩ませていたのは、敵としてバグダッドに獰猛に襲いかかりながら、その後イスラムに改宗してしまったモンゴル人をどう扱うべきかという問題だった。いまや同胞となってしまったムスリム相手に復讐することは果たして相応しい行為だろうか?結局、イブン・タイミーヤは、彼らを殺すことは可能であるとの結論に達する。モンゴル人はたんに口先で信仰を受け入れると述べたに過ぎず、いまだ真の信仰者ではないからだ―というのがその理由だった。しかもだ、とアブー・ハジェルは目の前の三〇ないし四〇人のアルカイダ・メンバーに説いてきかせた。全員がビンラディンのサロンで絨毯に座り、長枕によりかかり、マンゴー・ジュースを飲んでいた。イブン・タイミーヤは歴史的なファトワー(教義判断)を出したのだと。モンゴル人の手助けをしたもの、彼らから商品を買ったり、彼らに商品を売ったり、あるいは単に彼らの近くに立っていたものでさえ、同様に殺されることもありうるのだと。そのものがもし良きムスリムなら、天国に行っただろう。良きムスリムでなければ、地獄に堕ちて、厄介払いとなったはずだ。つまりそういうことなのだ。死んだ観光客とホテル従業員はそれぞれ適切な報いを受けたのだ。

この瞬間、アルカイダは新たな地平に向けて一歩を踏み出した。・・・アルカイダはこののち、敵の軍隊と戦うことではなく、民間人を殺すことにその全精力を集中させるようになる。アルカイダの当初の構想―脅威にさらされたムスリムの土地を守るため、世界のどこへでも部隊を展開できるイスラム聖戦士の軍団―はいまや脇へと押しやられ、西洋を滅ぼすまで見合い永劫戦い続けるという方針が最優先となった。ソ連は死に絶え、共産主義はもはやイスラム世界の活動領域に脅威を及ぼす存在ではなくなった。いまやアメリカだけが、古のカリフ制復活を妨害しうる唯一の勢力である。われわれはこれと相対峙し、連中を断じて打ち破らなければならない。


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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































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