めんどくせぇことばかり 『マルコ・ポーロ 東方見聞録』
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『マルコ・ポーロ 東方見聞録』

『マルコ・ポーロ 東方見聞録』『マルコ・ポーロ 東方見聞録』
(2012/05/17)
不明

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彼の後、アジアはヨーロッパに対して閉ざされる。およそ200年後、世界は彼の手によって開かれる
1271年、17歳のマルコ・ポーロは東方へ旅だった。トルコからシリア、イル汗国の首都ダブリーズからパミール高原をこえてカシュガル、天山南路を通ってウルムチだろうか。とてつもない旅だ。北京に到着した彼はビライ・カーンに重用される。使者として各地へ派遣され、アジアの見聞を広める。

しかし、冒険というなら、彼は父ニコロと叔父マフェオに連れて行かれたに過ぎない。クビライ・カーンからの信頼をいうなら、父たち兄弟はクビライから教皇への使者を仰せつかり、マルコが同行したのはその復命の旅だった。

マルコ・ポーロを世界史における特別な人物にしたのは、ひとえに『東方見聞録』あればこそである。しかしそれも、“偶然のめぐり合わせ”ゆえのことである。1289年、ジェノヴァの牢獄に囚われの身となったマルコは、そこでルスティケッロという“物書き”にであう。マルコの“旅の話”を書き記した人物である。

もちろん資料としての旅行記の良心が確立されているはずもなく、マルコにとっても、ルスティケッロにとっても、マルコの体験を元にした、人の耳目を引くだけの興味深いものが仕上がればそれでよかったはずだ。そして、そういうものが、おそらく出来上がったのだろう。

マルコ・ポーロの時代の後、アジアはヨーロッパに対して閉ざされる。マムルーク朝やオスマン帝国といったイスラム勢力がヨーロッパに覆いかぶさる。支那は支那で、元王朝から明王朝に代わり、海禁政策ををとって国を閉じる。ヨーロッパにとって『東方見聞録』はまるで古の英雄の伝説のように、後世の者たちを魅惑したことだろう。

そんな者たちの一人がコロンブスである。彼は大インド旅行を決意する。そしてインドの辺境に黄金の国ジパングはある。“その島の君主の宮殿は、屋根は全て純金でおおわれ、床も、窓も厚い黄金が使われている”のだ。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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