めんどくせぇことばかり 『国家の徳』 曽野綾子
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『国家の徳』 曽野綾子

『国家の徳』 曽野綾子『国家の徳』 曽野綾子
(2012/09/27)
曽野 綾子

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日本の社会の見つめる目には、微塵もにごり気は感じられない。


産経新聞に二〇〇七年八月から二〇一二年七月まで連載された「透明な歳月の光」から、表題に沿ったものを編集し、追記してでき上がった本。新聞連載時の題名「透明な歳月の光」にふさわしく、著者の社会を見つめる目には、微塵もにごり気は感じられない。

私は得てして“為に考え”、“為に論じ”、自分自身を迷路に追い込んでしまう。姥捨て山へと息子に背負われた老母が、帰りに息子が道に迷うことのないように手折ってくれた小枝のように、私は著者の話を手がかりに、真っ当な世間に帰ろう。

七十三もの話を集めたこの本の中で私が注目したのは、第一章『現実を見ないと「徳」を失う』の中の、「“無限の不足感”に捕らわれ続ける人々」と題する一話である。著者はこの中で“幸福”とは何かをこう語っている。

日本は世界でも有数の幸福な国だ。一日一ドルかそれ以下の収入で暮らす国民も多い中で、豊かな国と言わずにどうするのだ。

その状況を幸福と感じないのは、国民に人間としての一つの姿勢が、完全に欠けているからである。

それは国民の権利として要求する態度は教育で教えたが、同時に人間の尊厳として他人に与えることの大切さも教えなければならなかったのに、それをしなかったからだ。受けている間は人間は、無限の不足感に捕らえられる。しかし少しでも与える側に回れば、不思議なほど成熟し満ち足りた思いを知るようになる。

与えたりしたら損じゃない、と言う若者世代の、それこそ乞食根性を放置する限り、日本人の幸福度は、まちがいなく下がりっぱなしになるだろう。

なぜ私たちは、こうまで足りないものをあげつらうようになったのか。自分でそれを得る努力をするのならばともかく、与えられる権利を声高に叫んではばからない者も少なくない。その「当然の権利」をあなたがたに約束したのは“一体誰?”と聞いてみたい。最近は、国民におもねって、あえて“与えましょう”と約束して人気を得ようとする政党が政権を握る始末。世も末である。

著者は「他人に与えることの大切さを教えなければならなかった」と言うが、その通りである。そして「他人に与える」だけのものを、私達は十分に持っているのである。ないものを数えず、あるものを数えればいい。その“あるもの”を他人に与えることだ。「与えたりしたら損じゃない」と考える人たちを救う方法はない。飢餓感の中に一生をさまよい続けるしかないだろう。私たちは“誰かの役に立てている”という感覚なしに、満たされることなどあり得ないのだ。

「私たちは日本人として生まれた。それは偶然であるが、その偶然こそが私たちの運命であり、負うべき責任なのだ」という著者の考えにも共感できる。もしもその運命が、幸運であったと感じられるのであれば、それは先人たちのお陰であって私たちの問題ではない。私たちの後には、また同じ偶然から“日本人”という運命を背負った者たちが生まれてくる。彼らに対する責任を、私たちも果たさなければならない。大正生まれの多くの方々が、靖国で出会うことを約して、自らの身を戦場に散らしていったように。

                                        ミィ1ミィミィ 
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テーマ : 考えさせられる本
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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