めんどくせぇことばかり 『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』 スティーヴン・グリーンブラット
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『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』 スティーヴン・グリーンブラット

一四一七年、その一冊がすべてを変えた一四一七年、その一冊がすべてを変えた
(2012/11)
スティーヴン グリーンブラット

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軽い気持ちで手にしたが、とんでもない。博愛という部分を除けば、キリスト教は文化精神史をねじ曲げ、その発展の妨げになったに過ぎない。


日本の学校における歴史の勉強は、幾つもの大きな矛盾を抱えている。記憶の必要に有無はないが、程度ってものがある。意味もなく年号覚えさせられて歴史を嫌いになれば、そこで全て終わる。まず覚えなければならない年号はいくつもない。

一四九二年、コロンブスの大西洋横断。 コロンブスから人の世急に変化した
一八四〇年、アヘン戦争。 アヘンは嫌よ。  
一九〇四年、日露戦争。一つくれようロシアにパンチ 
一九一七年、ロシア革命。 得意なレーニン、ロシア革命
一九三九年、第二次大戦。 いくさ苦しい二次大戦
一九八九年、冷戦終結。 
冷戦終結までいくばく

ご不満もありましょうが、“私の場合”です。あとは“だいたいあの頃”ですます。それ以上に大切なのは物語。人々の思い、その思いがどうつながっていくのか。世界の流れを大きく変えたできごとだけを押さえておけばいいと思う。

それに一四一七年を加えよう。その一冊、ルクレティウスの『物の本質について』がすべてを変えた。  
ポッジョ・ブラッチョリーニは教皇庁の書記にして、ブックハンター。ヨーロッパ各地の修道院を訪ね、その蔵書の中からローマ古典文学の古写本を探し集めた。その中の一つが、ルクレティウスの『物の本質について』であり、彼が南ドイツの修道院でその古写本に巡りあったのが一四一七年である。
修道院      古写本 
“この本はその後、ポッジョの生きる世界をまるごと解体するのに一役買うことになるのだが、そんな作品を自分が世に広めようとしているという予感がポッジョ自身にあったのかどうか、定かではない。”

上記の言葉のように、この本にはアテネのエピクロスの快楽主義の立場から書かれたルクレティウスの『物の本質について』がいかにキリスト教会の支配する世界に大きな打撃を与えたか、キリスト教会の支配する世界がいかに残忍にそれに抵抗したか、その流れのなかで個人がどう生きたかが書かれている。そして、世界は変わった。いや、今も変わりつつある。
人間の、また地上の神々の喜びよ、
ローマ人の母、慈悲深い愛の女王よ、
あなたの生命力と、空気と、大地と、海が、
雲の流れる空の下に、あらゆるものを生まれさせ、繁殖させる。
あなたの多産の力によって、
あらゆる類の生き物が生まれ、光の世界を目にする。
女神よ、雲や嵐はあなたを恐れ、
あなたの美しい姿を見て消えてゆく。
あなたのために大地は花々に彩られ、
あなたのために海は微笑み、波打つ胸を静め、
空も穏やかで清らかな光に満たされる。(第一巻一~九行)
冒頭はヴィーナスへの祈りで始まる。それはキリスト教の正統的信仰とは相容れない性の讃歌である。その魅力に抗しきれず、ボッティチェッリは“ヴィーナスの誕生”を描き、“ヴィーナスとマルス”は明らかに人を性的に描いた。
 ヴィーナスの誕生ヴィーナスとマルス 
 ルクレティウスは前一世紀のローマの詩人にして哲学者。彼より二世紀前のアテネの哲学者エピクロスを神のように信奉し、その思想を『物の本質について』に書いて広めた。
http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-1443.html

ジョルダノ・ブルーノは主張した。「宇宙には中心などどこにも存在しない。地球が太陽の周りを回っているように、宇宙はわれわれや、われわれの行動、われわれの運命のためにあるのではない。われわれは、想像もつかないほど巨大なものの小さな一部にすぎない。だからといって、恐れて尻込みすることはない。むしろ、われわれは驚異と畏敬の念を抱きつつ世界を受け入れるべきである」
ブルーノ焚刑 焚刑
見物人の観衆の前で、ブルーノはひざまづかされ、「改悛の情の見られない、悪質で頑固な異端者」であると宣告された。彼は悔い改めることを断固として拒否し、黙りこむことも拒否した。片方の頬に細長い釘が刺され、舌を貫いて、反対の頬から突き出され、もう一本の釘が上下の唇を貫き、ちょうど十字架の形になった。彼が生きたまま焼かれた後、残った骨は粉々に砕かれ、灰は四方にばら撒かれた。

ロレンツォ・ヴァッラの主張するエピクロス主義の原則は以下のとおりである。激しい競争から身を引いて、静かな哲学の庭園に閉じこもるという智慧、肉体の喜びの重要性、節度を保つことの優位性、禁欲は自然の法則に反するということ、死後の世界の否定。「死者に褒美などないし、もちろん罰もない」。「最後には彼らもしに、われわれも死ぬ・・・どちらも完全に。だからこそ、できるだけ長い時間、肉体の喜びを失わないようにすることだ。その確かな喜びを、別の人生で取り戻すことのできない喜びを」

まるで仏教だ。

    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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