めんどくせぇことばかり 日中戦争の背景に暗躍したドイツ・ソ連・アメリカ・イギリス
FC2ブログ

日中戦争の背景に暗躍したドイツ・ソ連・アメリカ・イギリス

大東亜戦争の原因が支那事変にあったことは疑いの余地がない。しかし、盧溝橋事件当初から、日本にはこれを何としても早急に落着させなければならないという考えが優勢であった。 にも関わらず、支那事変は長期化した。背景にはさまざまな要素があるが、大きいのは外国勢力の影響である。
支那事変1 逃亡すると匪賊化する支那兵
ドイツの軍事支援は後に述べるが、それ以外にもソ連の関与、アメリカの関与、イギリスの関与がある。ソ連に関しては軍事援助だけではなく、毛沢東の中国共産党を通じて日支の対立を煽り、盧溝橋事件そのものも中共の演出であった。アメリカは軍事援助ばかりか、米空軍機とパイロットの提供まで行われている。

一九三七年七月七日の盧溝橋事件が発生する。九日、一旦は両軍の間で兵を引く約束が成立するが、その後も日本軍に対する挑発的行為はやまず、約束違反に対する日本側からの再三の抗議で撤兵に応じるものの、一方では武備を増強し戦闘の準備が進めれていた。

十一日には現地停戦協定が成立する。しかし日本政府、及び軍上層は対支派兵を決定。これを受けて対支強硬論が活発になる。この派兵決定が蒋介石を頑なにさせたという意見があるが、挑発があれば軍の増強を考えるのは当然である。十九日、蒋介石は談話を発表し、『われわれは一個の弱国であっても、もし“最後の関頭”に到ったならば、全民族の生命をなげうっても、国歌の生存を求めるだけである』と述べている。

この自信はどこから来たものであったか。そこに関わるのがドイツである。菅沼光弘氏の『誰も教えないこの国の歴史の真実』という本のなかに、そのへんの件が簡単に書かれているので紹介する。

当時蒋介石軍に武器の援助をやり、顧問の軍人を派遣し、作戦の指導をしたのはドイツなのです。あの頃はワイマール共和国の時代です。ドイツは第一次世界大戦で負けた。負けたものだから軍需産業は一切禁止されたのです。その時にドイツ人というのは頭が良いものだから、ラッパロ条約を結んでソ連と手を組んだ。ソ連もできたばかりで、孤立しているわけでしょう。それでドイツはソ連へ行って軍需産業を起こしたのです。だから、第一次大戦後のソ連の軍需産業は全部ドイツが作り上げたものです。そこで彼らは新しい平気をどんどん開発した。独ソ合同演習もやった。ソ連でですよ。
 
その時新しく開発した武器を、現在でもそうですが、どこかへ売り、実践で実験させる。そのために日本と戦っているからと、蒋介石に提供した。武器を売るだけではなくて、軍事顧問団も派遣した。蒋介石軍とドイツ軍は一時は南ベトナムとアメリカ軍の顧問団くらいの関係になっていたわけです。  
『誰も教えないこの国の歴史の真実』『誰も教えないこの国の歴史の真実』
(2012/12/08)
菅沼 光弘

商品詳細を見る
日本を侵略国と断じた東京裁判の有罪判決でこの国の伝統文化はことごとく否定され、大東亜戦争をめぐる真実は封印された。

こういう事情を考えに入れないと、あの時の蒋介石の自信は理解できない。二十五日の郎坊事件二十六日の広安門事件と、蒋介石の自信が国民党軍全体に広がっていたと考えれば、起こるべくして起こった事件といえるだろう。二十九日の通州事件は冀東防共自治政府保安隊の起こしたものではあるが、自治政府はすでに国民党軍と通じており、両者は一体のものと考えていい状況である。つまり、蒋介石は日本を全面戦争に引きずり込むために、挑発を繰り返したすえ、通州事件を引き起こしたと考えられる。
【拡散希望】通州事件を忘れるな
日本国内には“暴支膺懲”の機運が高まり、それは軍に乗り移って八月十三日からの上海戦に向けられることになる。ここでもう一度『誰も教えないこの国の真実』の記述を紹介する。
上海で、日本の海軍陸戦隊というのが日本疎開を守っていました。揚子江には日本の軍艦もいた。その陸戦隊と蒋介石の軍が戦ったわけです。あの辺はクリークがたくさんあって地形的に難しい場所ですが、そこで日本の陸戦隊は完敗してしまったのです。なぜかというと、向こうは事実上のドイツ軍です。ドイツ軍の顧問団に指導されて、ドイツ軍将校が指揮した蒋介石軍と戦ったから完敗。そこで日本軍は陸軍が来ないとどうにもならないということで、杭州湾上陸、こういう具合に支那事変は発展していくわけです。
支那事変2

 ソ連は共産主義の拡散を企み、毛沢東の中国共産党を暗躍させるとともに、蒋介石に種々の援助を行なっていた。アメリカが狙っていたのは“支那”という市場である。本来、その意志の芽生えは古く、南北戦争で大きく遅れることになるが、太平洋航路開拓の行き着く先は支那である。ペリー来航もその一環であり、日本を開国させることがアメリカの最終目標ではない。ところが、もたもたしてる間になんと日本がアメリカの前に立ちはだかった。“邪魔なんだよ”って。イギリスにとっても支那という巨大市場において日本は邪魔であったし、一九三九年、第二次世界大戦が始まって以降は、アメリカをヨーロッパ戦に引きこむためにも、日米の開戦を必要としていた。

しかし、やはり支那事変の始まりと深化の原因を考えれば、ドイツの影はあまりにも大きい。 『日中戦争はドイツが仕組んだ』っていう本でも読んだけど、やはり、“あの時の蒋介石のやる気”は、まちがいなくドイツを背景としたものだった。でも、カスタマー・レビューには、この本の描き方を、“甘い”とする意見もあった。
amazonのカスタマー・レビューはこちらをご覧ください。

 にほんブログ村 本ブログへ

関連記事

テーマ : 大東亜戦争の本当のこと
ジャンル : 政治・経済

コメントの投稿

非公開コメント

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事