めんどくせぇことばかり 会津なくして近代日本なし 『維新銃姫伝 - 会津の桜 京都の紅葉』
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会津なくして近代日本なし 『維新銃姫伝 - 会津の桜 京都の紅葉』

維新銃姫伝 - 会津の桜 京都の紅葉維新銃姫伝 - 会津の桜 京都の紅葉
(2012/11/22)藤本 ひとみ

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1868年11月6日、刀折れ矢が尽きて降伏し、会津落城。
「松平家代々の甲冑や骨董らをはじめとし、一般家庭も含めてすべてを略奪された。薩長軍らの蛮行もすさまじく・・・」
銃姫、山本八重のその後は・・・

NHK大河ドラマ「八重の桜」が始まった。いくつか見所がある。NHKがどこまで‘会津の悲劇’をえがき切れるか。‘見処’は同時に‘心配処’でもある。あれだけの悲劇、今にまで持ちこされている会津の恨みをNHKがえがき切ることができるだろうか。心配なのは、会津の悲劇、恨みをお茶の間向けに一般化してしまうことだが、どうもその辺でお茶を濁されてしまいそうに思う。

明治維新の面白さは、人間の面白さである。薩長と会津がぶつかりさまざまな遺恨を残しながら、個人と個人の間では長人が、薩人が会津に手を差しのべる。唾棄すべき輩ももちろんいるが、そういった人と人のつながりにより、会津人自身が‘恨み’を明治という時代の日本の成長の中に昇華させていくのである。いったいこの人と人とのつながりの不思議さは何なのだ。 NHKによるドラマ化でもう一つ心配なのが、会津人の心の昇華を矮小化してえがいてしまうことだ。

1900年、会津人柴五郎は陸軍中佐として清国公使館付きとして義和団事件に遭遇している。暴徒に公使館を包囲される中、柴五郎は他国の護衛兵たちをまとめて指揮し、六十日に及ぶ籠城戦を戦い抜いた。ロンドンタイムスはその社説で「籠城中の外国人の中で、日本人ほど男らしく奮闘し、その任務を全うした国民はいない。日本兵の輝かしい武勇と戦術が、北京籠城を持ちこたえさせたのだ」と記している。この柴五郎と日本兵の優秀さが、一九〇二年に結ばれる日英同盟の基礎となる。

ここまで日本の成長の中に‘恨み’を消化していった柴五郎であっても、晩年、こう書き残している。
血涙の辞
いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく時を過して齢すでに八十路を超えたり。

多摩河畔の草舎に隠棲すること久しく、巷間に出づることまれなり。粗衣老軀を包むにたり、草木余生を養うにあまる。ありがたきことなれど、故郷の山河を偲び、過ぎし日を想えば心安からず、老残の身の迷いならんと自ら叱咤すれど、懊悩流涕やむことなし。

父母兄弟姉妹ことごとく地下にありて、余ひとりこの世に残され、語れども答えず、嘆きても慰むるものなし。四季の風月雪花常のごとく訪れ、多摩の流水樹間に輝きて絶えることなきも、非業の最期を遂げられたる祖母、母、姉妹の面影まぶたに浮かびて余を招くがごとく、懐かしむがごとく、また老衰孤独の余を憐れむがごとし。

時移りて薩長の狼藉者も、いまは苔むす墓石のもとに眠りてすでに久し。恨みても甲斐なき繰言なれど、ああ、いまは恨むにあらず、怒るにあらず、ただ口惜しきことかぎりなく、心を悟道に託すること能わざるなり。

過ぎてはや久しきことなるかな、七十有余年の昔なり。郷土会津にありて余が十歳のおり、幕府すでに大政奉還を奏上し、藩公また京都守護職を辞して、会津城下に謹慎せらる。新しき時代の静かに開かるるよと教えられしに、いかなることのありしか、子供心にわからぬまま、朝敵よ賊軍よと汚名を着せられ、会津藩民言語に絶する狼藉を被りたること、脳裏に刻まれて消えず。

薩長の兵ども城下に殺到せりと聞き、たまたま叔父の家に仮寓せる余は、小刀を腰に帯び、戦火を逃れきたる難民の群れをかきわけつつ、豪雨の中を走りて北御山の峠にいたれば、鶴ヶ城は黒煙に包まれて見えず、城下は一望火の海にて、銃砲声耳を聾するばかりなり。
「いずれの小旦那か、いずこへ行かるるぞ、城下は見らるるとおり火焔に包まれ、郭内など入るべくもなし、引き返されよ」
と口々に諫む。そのころすでに自宅にて自害し果てたる祖母、母、姉妹のもとに馳せ行かんとせるも能わず、余は路傍に身を投げ、地を叩き、草をむしりて泣きさけびしこと、昨日のごとく想わる。

落城後、俘虜となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧にも窮し、伏する褥なく、耕すに鍬なく、まこと乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に筵を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失せて、いまは知る人もまれとなり。

悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。

『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人
(1971/05)
石光 真人

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血を吐くほどのこの思いを矮小化することは許されない。

この本のなかでも、八重自身がそうだった。極貧の中でいくつか差しのべられた救済の手は、八重にも延ばされた。薩長にくみした仙台藩士からの誘いもそうである。京都で死んだと思われていた兄、山本覚馬は薩摩藩の保護を受け、廃都となりすたれかけた京都の再興に人生をかけていた。兄を頼って京都に移った八重は、そこで新島譲に出会って‘恨み’の象徴であるスペンサー銃を封印する。 それでも彼女は最後まで会津人であり続けた。苦しみをせおい続けて生きていたのだ。もちろん、憎しみに飲み込まれて死んでいった者たちは数知れないだろう。

藤本ひとみさんの文章が肌に合うのか、読んでいて何の引っ掛かりも感じないのだ。情景が鮮やかに浮かび、戦場の砲煙の火薬のにおいまで漂うのだ。八重の声は低く私に響く。NHKの綾瀬はるかさんの声よりはるかに低い。・・・これは私の先入観であって、著者の文章とは関係ないか。この本の中では会津落城、朝敵としての会津人の明治が始まり、捕囚、斗南時代から廃藩置県。藩から切り離されて一人ひとりとして生き始める時代の会津人の姿がえがかれ、やがて士族の反乱へ。山本八重と、なんとか会津人の生活を成り立たせようともがく山川大蔵の恋心が横糸となって、大変面白く読ませてもらえました。

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こんばんは、はじめまして。

いいですね~、ちょっと拝見させていただいただけでも、私の好きな幕末、維新、会津、関裕二・・・。

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ウサギ屋 様

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































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