めんどくせぇことばかり “一番欲しい本 歴史”5位にランクイン 『逝きし世の面影』
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“一番欲しい本 歴史”5位にランクイン 『逝きし世の面影』

『逝きし世の面影』がanazonの“一番欲しい本 歴史”、五位にランクイン。
逝きし世の面影1 逝きし世の面影2
以下は、二〇一一年九月四日の記事です。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)
(2005/09)
渡辺 京二

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いま、出会えて良かった本

欧米人たちが、そうであると見た、聞いた、触れた、感じた日本を描き出す。読み終わるのが惜しくなる本でした。著者は幕末から明治にかけて来日した欧米人たちの残した記録を収集、研究し、その時そこに確かにあったはずの日本を描き出す。                                         

そしてそれは「逝きし世」だという。今それを欲しても、決して手に入れることのできない失われた文明だという。欧米人たちがもたらし、そして日本人が選択した欧米化、近代化の流れの中で、日本人自らが墓碑すら立てずに葬りさった過去であるという。                                      

この本は二〇〇五年九月九日初版第1刷発行です。私は二〇一一年九月四日、今この本を読み終えました。著者は「逝きし世」というが、なぜか私の手には、その失われた文明の手触りが残っている。なぜか「この文明を知っている」という既視感があるのです。

なぜか・・・

本当に「逝きし世」は、完全に失われた世であるのか。慶応二年の横浜大火直後の様子を、スウェンソンはこう伝えている。                                                

「日本人はいつに変わらぬ陽気さと暢気さを保っていた。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった。持ち物すべてを失ったにもかかわらずである。・・・日本人の性格中、異彩を放つのが、不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着である。」                               

「逝きし世」は確かに失われた文明であろう。そのものを手にすることは、もう私たちにはできない。でも、私たちの深奥に、「逝きし世」を作り上げた過去の日本人に共通する何かがあったとしか思えない。それは、失われたと嘆くよりも、この島で生きていく以上、取り戻さなくてはならない何かなのではないだろうか。

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以下も過去記事です。お時間があればご覧ください。 
第一章 ある文明の幻影
第二章 陽気な人々

http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-10.html
第三章 簡素と豊かさ
第四章 親和と礼節 

http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-11.html
第五章 雑多と充溢
第六章 労働と身体
 
http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-14.html
第七章 自由と身分
第八章 裸体と性

http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-15.html
第九章 女の位相
第十勝 子供たちの楽園
 
http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-16.html
第十一章 風景とコスモス
第十二章 生類とコスモス

http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-18.html
第十三章 信仰と祭り
第十四章 心の垣根

http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-19.html

今、読み返してきても、当時の興奮が思い起こされます。そして最後に、以下のように書いていました。
私は冒頭で、この「逝きし世」の手触りと既視感を述べた。しかし今、あらためてこの本のページをめくりながら、深い悲しみを感じている。やはりこの「逝きし世」は、失われたのだ。               

すべて、きれいサッパリ。手触り、既視感を感じるほどに身近ではあっても、悲しいまでにきれいさっぱり失われたのだ。かつてそこにあったものであっても、今は、欲っして、手の届くものではないのだ。すでに死んだ父や母のように・・・                              

私たちには、所詮、今しかない。もし私たちの奥底に、その時代の人々と同じ心が少しでも残っているとしても、私たちは「今」と共に生きていくしかない。心の奥底を見つめながら・・・                  

それにしてもこの悲しみは・・・

以前の自分のものの感じ方、考え方に触れて、なぜあのように感じたか、考えたか、理解できないことがある。しかし、上記の記事はこれでいい。何一つ直すべきことはない。今も当時と同様に感じ、考える。

でも、私たちには、ここからやるべきことがある。

    



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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































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