めんどくせぇことばかり 『日本の文字 「無声の思考」の封印を解く』 石川九楊
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『日本の文字 「無声の思考」の封印を解く』 石川九楊

『日本の文字  「無声の思考」の封印を解く』 石川九楊『日本の文字 「無声の思考」の封印を解く』 石川九楊
(2013/02/05)
石川 九楊

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漢字は無声の構成要素から成り立っている。ここに、東アジア漢字文明圏で書が独特の働きをする理由がある。

著者の石川九楊氏は、1945年福井県越前市生まれの書家。正直、難しい本だなと思った。論理建ては理路整然としていると思えるのだが、“書”をさながらにする著者の知識と感性についていけない部分が多々あった。そういった方面に疎すぎる自分が情けないが、言わんとしているところは感じ取れたとは思う。

序章 なぜ日本語だけが三種類の文字を持つのか
第一章 文字再考
第二章 漢字、ひらがな、カタカナ
第三章 書く文明、話す文明
第四章 点画の書法
第五章 文字と文体
第六章 堕ちゆく日本語の再生
文字は究極のタイムマシンである。それでもやはり文字は一つの技術に過ぎず、人間の、話し言葉を再生するために作られたらしい不完全な道具にすぎない。話し言葉を再生する手段はこれまで無数に考えだされてきたが、それらは歴史によって淘汰され、少数の「最良の」解決法だけが残った。“スティーブン・ロジャー・フィッシャー『文字の歴史』より”
西洋における、上記のような文字の定義にたいして、東アジアの書に携わってきた著者は、「文字とは文をつくり、ささえるもの」と定義する。とすれば、文字は言葉を構成する単位でしかない。その点、上記のような西洋の文字の概念とは自ずから基本を異とする。

日本は話し言葉を表記するため、漢字を借用した。その最初が万葉仮名である。
万葉仮名
漢字の力(意と音)を駆使し、漢字を吸収、変形して文“かきことば”としての和語を創りだした。
真仮名
楷書体もしくは行書体の漢字の仮名あて字。
草仮名
草書体のの漢字の仮名あて字。
ひらがな
草仮名が更に崩され、漢字とのつながりをたつに到った状態。
カタカナ
真仮名の文字を大胆に省画した文字。

日本人は、漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文体の複合体として日本語文を成り立たせている。主に、漢字の文体を一方の極とし、ひらがなの文体をもう一方の極として日本語文は成り立つ。漢字における同音異義語を多く持つこともあり、“はなしことば”の水準が“かきことば”にとどくことは決してない。“はなしことば”の水準を高めることは、それ以上に“かこことば”の水準を高めることを必要とする。日本語の水準を上げるということは、“かきことば”を大事にするということを意味する。

最終章で著者が「日本語の再生」を訴える背景にもそのことがある。“再生”を必須とするところまで日本語は堕ちたということだ。日本語の水準を支えるのは漢字・漢語への理解、表現力であり、それが衰えれば政治、思想、宗教といった分野における抽象的思考が劣化する。もちろん、ひらがなだけでも“かきことば”の役割は果たせるわけだが、ひらがなによる豊かな“かきことば”の表現の背景には漢字・漢語への理解、表現力が必須である。

本書、最後の文章である。『書字教育からしか始まらない日本語の再生は急を要する』
 
 
はなのいろは うつりにけりな いたつらに わかみよにふる なかめせしまに
「花の色は色あせてしまった。私がむなしく世を過ごしものおもいにふけっているうちに」

「ふる」・・・経る・降る
「なかめ」・・・眺め・長雨
「わかみ」・・・我が身・若身
「よに」・・・世に・夜に

「花の色は色あせるように若かった私も年老いてしまった。夜も降り続く長雨を眺めるかのようにものおもいにふけっているうちに」

まさしく著者の言うとおり、この深さは今の日本語からは失われている。

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































































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