めんどくせぇことばかり 江戸~維新~日清・日露~恐慌~支那事変~大東亜戦争 『日本は中国(シナ)にどう向き合うか』 渡部昇一
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江戸~維新~日清・日露~恐慌~支那事変~大東亜戦争 『日本は中国(シナ)にどう向き合うか』 渡部昇一

『日本は中国(シナ)にどう向き合うか』 渡部昇一『日本は中国(シナ)にどう向き合うか』 渡部昇一
(2013/02/13)
渡部 昇一

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渡部昇一氏を“右翼”という人がいるが、それは間違っている。

著者の渡部昇一氏は昭和五年生まれ。亡くなった私の父が昭和三年生まれでほぼ同世代。終戦の年、氏は十五歳で、父は十七歳。

父は中学を出て、大手企業の秩父工場に小間使いとして雇われながら定時制高校に通った。その後、管理職の道に進み本社から呼ばれるが跡継のため秩父を離れられず、それでもいつしか会社を背負って地元の顔役になった。退職しても地域の仕事につき、無くなる直前まで何かを背負って働いた。同じ年生まれの母はそんな父を支えながら苦労し、父より早く亡くなった。私は、父を憎く思った時期さえあった。父や母の人生って何だったんだろうか。彼らの生き方からは、“幸せになろう”という価値観が感じられないのだ。

渡部氏もそうだが、父も戦争に入ってない。父の友人の中には志願した方もあったらしいが・・・。氏の生まれた昭和五年、一九三〇年を考えれば、世界恐慌の発生した翌年で、年を追うごとに暗雲がたれこめていく頃だ。一九三七年には支那事変が始まり、徐々に周辺にも召集を受ける者が出てきたはずだ。戦況は徐々に深化し、その流れのままに大東亜戦争へ流れ込む。そして終戦が十五歳。この年令であれば、自我はほぼ完成に向かっているはずだ。大人の目を持って事態を認識できたということだ。、つまり父や渡部氏よりも若い、自我の完成以前にこの未曾有の敗戦に遭遇した人たちの中には、事態を受け止めきれず、またアメリカの宣伝効果もあって、日本を見る目を歪ませてしまった者も多い。多いというか、そんなのばっかりだ。時を追うごとに、その傾向は強まった。

昭和三十五年生まれの私も、ご多分にもれない。父や母、祖父や祖母に囲まれて育ったにもかかわらず、情けない話だ。歪みを正されたのが、渡部氏を始め、その世代、それ以前の世代の人達の書いた本だった。残念ながら、父にはその時代を言葉にして表すことはできなかった。しかし、同世代の渡部氏らの著作を読むと、父や母が、さらに祖父や祖母の生きた時代を感じることが出来る。父や母が、大東亜戦争敗戦後の時代をどう生きてきたかが見えてくるように思えるのだ。経済成長期に入り、徐々に豊かになる生活の中でも、やはり父や母は“幸せになろう”というチープな価値観は持っていなかった。
第1章 日本文明とシナ文明
第2章 皇神の厳しき国
第3章 江戸・漢学者の論争
第4章 日清戦争
第5章 三国干渉とシナの悲劇
第6章 日露戦争
第7章 シナをめぐる日米の対立
第8章 コミンテルンの赤い魔手
第9章 満州事変前夜
第10勝 満洲建国の正統性
第11章 盧溝橋事件の真相
第12章 シナ事変
終章 シナとどう向き合うか

『日本は中国(シナ)にどう向き合うか』という題名ですが、支那との関係を書いただけの本ではありません。日本近現代史全般について書かれています。“歪みは正された”つもりでいても、渡部氏の本を読んでいくと、まだまだ自分の考えが何者かにとらわれ、氏のように道理にかなった、自然な筋道のたった考え方ができていない部分があることに気づかされます。

最後に、最近、支那の横暴に眉をしかめ、認識を新たにする人が増えているようですが、支那はかつてとなにも変わっていません。アメリカも、ロシアも、白人世界はなにも変わっていません。日本に勝った連中はなにも変わっていません。日本に勝ったわけではないけど、朝鮮人もなんにも変わりません。変えられてしまったのは、戦争に負けた日本人です。そして、そんなことになる前の、かつての日本でさえ、支那との向き合い方を誤ったのです。今の日本では・・・、ということです。

       

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ジャンル : 本・雑誌

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こんばんは

どこかしら気の合うお方だと思っていましたら・・・・
・・・そうですか、子年でしたか。私もです(笑)。

ほかに渡部昇一の昭和史(正)(続)、渡部昇一監修「完訳・紫禁城の黄昏」なんてのも。では、また。

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うさぎ屋 様

うさぎ屋さんのブログも、自分の位置を確認する頼もしい指標の一つ。
これからもよろしくお願いしますね。

幸之助 様

お立ち寄りいただけてうれしいです。

あまり外出もしない内向的な人間なので、逆になんでもチャレンジする様子を楽しみにさせていただいてます。

同年代です

ご両親の年齢、体験は私の両親と似ています。
私の父は昭和4年生まれ、戦中は勤労動員で軍需工場で働いていました。父も言葉にすることは殆ど無かったですが、今になってポツリと言った一言一言が意味を持ってずしりと来たりします。

紺屋の鼠 様

うわ~、同世代から声をかけていただけて、うれしいです。
・・・って、無邪気すぎるかな。

生前よりも、存在が大きくなってしまってね。

今後ともよろしくお願いします。

ありがとうございました



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イーグルス16

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前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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