めんどくせぇことばかり 『騎手の一分 競馬界の真実』 藤田伸二
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『騎手の一分 競馬界の真実』 藤田伸二

藤田伸二騎手といえば"任侠キャラ"で競馬界に君臨していたトップジョッキー。彼の言動はいつも注目の的だった。が、今やその威光はすっかり薄れてしまったようだ。追い日には騎乗こそしているが、調教スタンドに近づかないため、記者がその姿を見ることはほとんどないという。

「競馬マスコミが伸二を悪くいうのは仕方がないわ。だってアイツ、ここんところずっと『騎乗後コメント』を出しとらんやろ。アイツの馬のコメントは、ほとんどが調教師か助手のもん。またいつものマスコミ嫌いが出て、記者には近寄らんから。でも記者の方も記者の方で『だったらええわ』いうスタンスで、昔のようにマスコミ側が頭を下げてくれんもんやから、本人も意固地になってるんやわ。

あまりにも態度が横柄で、騎乗ぶりもワンマンだと批判されて、栗東で干されたことがあったやろ?あん時は辣腕エージェントの故・植木さんの尽力で、軸足を関東馬へ移して乗り切った。その後も不祥事やら何やら色々あって、大手厩舎や馬主がそっぽを向き始めた。それで最近は、昔世話になった厩舎なんかに顔を出してるらしいわ。山内さんには、頭を下げて手打ちしたそうやしな。アイツもさすがにこのままじゃヤバイと思って、そろそろ本気出すんとちゃうか?」

とはいえ、あるジョッキーに聞いてみると、その評判は決してよろしくない。

「藤田さんはもう『ヒルノダムールが引退したら、俺も一緒に辞める』『トランセンドが辞める時は、俺も潮時だな』なんてことをしょっちゅう口にしてて、俺らの間では『一体いつ辞めるんだ!?』っていわれてましたよ(笑)。でもさすがに、昨年の成績を見た時は『今年は騎手免許を更新しないんじゃないか』という噂が流れたほど。でもどうやら、それも藤田さん流の手なんですよ。付き合いのある調教師や厩舎スタッフに『そろそろ辞めるタイミングかもしれんな』とグチって同情を買い、走る馬への営業をかけてるらしい。どうやらプライベートでも何事が揉めてるらしく、引退できる状況ではなさそうだし。最近一緒に飲むこと?ないですね。誰かと一緒にいるところも見かけない。もう、誰も近づけない雰囲気ですからねえ」
雑誌「競馬最強の法則」4月号 『今月の地獄の早耳』より 一部抜粋
・・・評判悪いなぁ・・・

ここ10年くらい、まともに競馬をしていない。年に二度、仲間に誘われて府中競馬場に行くくらい。かつての熱中は今はない。もちろんそれは、多分に私の事情による。でもそれは、藤田の言う、競馬界が変わっていった時期と、妙に重なる。もしかしたら、私は感じていたのかもしれない。

“最近の競馬はちっとも面白く無い”と・・・

『騎手の一分 競馬界の真実』 藤田伸二『騎手の一分 競馬界の真実』 藤田伸二
(2013/05/31)
藤田伸二

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だから、自分自身のためだけではなく、後輩のためにもこれだけは言っておきたい。「競馬界を今のうちにどうにかしないと、取り返しの付かないことになる」
競馬にハマったのは、仲間に連れて行かれた新潟競馬場。緑のターフを駆け抜ける馬たちの、一陣の風のようなスピード、ドドドドッっと腹に響く蹄音、筋肉の躍動感、なんといってもあの爽快感に心を奪われた。本来、賭け事は好きでも得意でもなかったが、それはご愛嬌のうち。・・・とは言っても、熱くなって我を忘れ、あとで自分が嫌になるほど後悔したことも再々・・・

でも、人が競馬にのめり込むのは、絶対的に、そこに人の手が入っているからだ。生産・育成に関わる牧場、調教師、調教助手や厩舎関係者、騎手、ファン。人が関わるからこそ競馬は文化だし、だからこそそこに“物語”が生まれる。私自身、本当に競馬にハマったのは、その“物語”に触れたからだ。テンポイント、オグリキャップ、トウカイテイオー、ライスシャワー、サイレンススズカ、・・・胸が締め付けられる。ライスシャワーと的場のあのシーンが、サイレンススズカの脇に立つ武豊の青ざめた顔が甦る。



“物語”を失えば、競馬は競馬じゃなくなる。それはただの博打。パチンコでもやってりゃ十分だ。何も危険を犯して馬を走らせることもない。いや、待てよ。競馬には人が介在しているじゃないか。なのに“物語”を失う道理があるか。

藤田のモノの言い方は好きではない。金髪パーマも嫌いだ。タトゥー?冗談じゃない❢違う表現方法がある。だけど、藤田にはそんな表現方法しかできないのなら仕方がない。言い分を受け止めて、慮るしかない。何しろ題名が『騎手の一分』だ。九分は捨てても、どうしても捨てきれない一分がここに書かれているというなら、彼の言い分を受け入れて、慮ろう。藤田はそれだけの価値のある“騎手”だ。

彼が九分を捨ててまで訴えようとしたのは、“競馬が物語を失いつつある”ということではないだろうか。それは、馬を育てると同時に、人を育てるのが競馬であることを忘れているということになるだろう。だとすれば、人が人として、そこに介在している事にはならない。そう考えれば“物語”が失われる道理も納得がいく。

藤田は「悪いのはJRA」と言う。そうだろう。「エージェント制も、大手クラブや有力馬主もルールに基づいてやっている」と言う。そのとおりだろう。しかし、それはJRAだけで解決できる問題か?確かにJRAが問題意識を持ち、先頭に立たなければ競馬は更につまらなくなる。しかし、背景には日本社会が置かれた状況があるのではないか。成果主義に流される日本社会の状況こそが、すべての問題の根っこにあるのではないか。 とすれば、競馬界はグローバル化の波にさらされる日本社会の将来を先取りして問題を明らかにしているようにも思われる。

本物の競馬が見たい。強い馬が走るレースが見たいし、人馬一体の美しい騎乗が見たい。その美しさの背景には無数の“物語”がある。成果に追いまくられても、最後に残るのは何?パチンコには、“物語”なんてこれっぽっちもないんだよ。

気がつけば、著者に敬称もつけずに書いていた。私は著者のことをデビュー当時の小僧っ子時代から知っていたもんですから・・・。ということで勘弁して下さい。

  
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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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