めんどくせぇことばかり 三枚の護符 鉢かづき姫 『昔ばなし』 古川のり子
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三枚の護符 鉢かづき姫 『昔ばなし』 古川のり子

 三枚の護符 
小僧が山へ栗を拾いに行くと、婆が現れて「明日の晩に来れば、栗をいっぱい食わせる」という。和尚は「それは鬼婆だ。食われるから行くな」と止めるが、小僧が言うことを聞かないので、三枚の札をくれ、「いざという時、後ろへ投げろ」と注意する。小僧が行くと、婆は大鍋で栗を煮ている。夜になって婆を見ると、角を出し口が耳まで裂けていた。小僧は恐れ、「ンコ(糞)出てきた」というと、婆の角はピョンと引っ込み、元の婆になる。小僧が「かんじょ(便所)へ行く」というと、婆はその足首に細引きを結びつけた。小僧は便所で細引きを柱に結びつけ、札を一枚貼って逃げる。婆が何度小僧を呼んでも、札が「まだまだ」というので、腹を立てて細引きを引くと、便所が壊れる。鬼婆が小僧を追いかけると、小僧は「大きな砂山出はれ」と後ろに札を投げる。大きな砂山が出て鬼婆がすべってる間に小僧は逃げる。やがてまた追いつかれると、「大きな川、出はれ」と札を投げる。鬼婆が川に流されている間に小僧は寺に戻り、和尚に古俵に隠してもらう。和尚は鬼婆に「小僧は来ない」といいはり、「鬼婆は豆になって囲炉裏の淵を転がれるというが本当か。できたらこの餅をみんなやる」という。鬼婆が豆になって転がると、和尚は焼けた餅の間に包んで飲み込んだ。

鬼婆は山姥に置き換えられる。子供の頃、もう五〇年も前だが、「ぞんぜえてると(駄々をこねると)山姥が来るぞ」と親に脅された。民家が途絶えたあと、少し行った林の中に古い大きな家があって、おばあさんが一人で住んでいた。スズメバチの大きな巣があって、そのおばあさんが山姥だと、子供の頃思っていた。スズメバチの巣が高く売れると知り、敷布をかぶって竹竿で巣を落とそうとしたら、家から山姥が出てきて鬼のような形相で怒った。直後、私はスズメバチに刺されて気を失った。山姥が助けてくれたんだと、あとから教えられた。

山姥は人を食う恐ろしい鬼婆とされる反面、多産で、焼き畑作物を実らせる豊穣の山の女神でもあるという。山姥は山の神。分泌物や排泄物のようにからだから欲しい物を出すことができる。火で焼かれて苦しんで死ぬと、死体から人参やそばなどの作物が発生したとされる。

日本の山の神信仰は、縄文の大地母神信仰にまで逆上る。それが一方では山の神信仰に引き継がれ、他方で『古事記』のイザナミやオオゲツヒメに引き継がれる。イザナミは大地の母として国土や山川草木、世界の万物を生み出し、同時にすべての使者を迎える死の女神である。火を生み出して死ぬ時に、その体から金属、粘土、水や農作物を生じさせた。食物の神オオゲツヒメは鼻、口、尻から食物を取り出し、スサノオに殺されて死体から蚕、稲、粟、小豆、麦、大豆を生じさせた。

時に生者が境界を踏み越えて山姥の領域に踏み入ってくる。山姥は境界を超えてに戻ろうとする生者を追って、死者の世界から溢れ出る。そして焼かれて死んで、豊穣をもたらす。山姥の姿は黄泉を支配するイザナミにほかならない。

追いかける女と逃げる男。その原型は、黄泉の国から逃げようとするイザナギと追いかけるイザナミであるという。イザナギが髪飾りを投げ捨てるとやまぶどうになり、櫛の歯を投げ捨てると筍になって追手の足止めをする。護符の効果と同じである。黄泉比良坂を越えたイザナギは大きな石で比良坂を塞いでイザナミを死の国に閉じ込める。この境界を守る神が“和尚”であろう。今日の道祖神にあたる。

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(2013/05)
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あの世とこの世を結ぶ物語
 鉢かづき姫 
姫が十三の年、母親は死の間際から泣きながら娘の頭上に手箱を乗せ、その上から肩が隠れるほどの鉢をかぶらせた。この鉢は頭に吸い付いて離れない。「鉢かづき」は、父の後妻である継母にいじめられ母の墓前で泣いていたが、ついに家から追い出されてしまう。帷子一枚を着て野にさまよう姫は、亡き母の元へ行こうと川に身を投げる。ところが頭の鉢が浮いたため、漁師に拾われて生き長らえ、山陰の三位中将の屋敷で湯殿の火焚として働くことになる。寝る間もない辛い毎日の中で、中条殿の息子、宰相殿が彼女を見初め、二人は契りを結ぶ。しかし周囲の反対を受け、二人は家を捨てることを決意する。そのとき姫の鉢がかっぱと落ちて、美しい容貌と数々の財宝が現れた。このあと鉢かづきは、宰相殿と結婚し、多くの子供に恵まれて幸せに暮らした。

“帷子一枚で野に捨てられる”・・・これは“死”を意味する。野はあの世とこの世の境界であり、身を投げた川もまた境界である。頭に鉢をかぶらされた段階で、彼女は化け物。この世の存在ではない。その時期を通り過ぎることによって、彼女は脱皮する。

鉢の代わりに老婆の皮を被るのが“姥皮”。魔法で老婆に変わってしまうのが“ハウルの動く城”。お嫁さんがかぶるのは角隠しとか綿帽子とか言われるが、これもかぶることによって異界に入る。そして異界から戻る時、脱皮、再生した時、異界に入る前に抱えていた幾つもの問題に立ち向かうだけの力をすでにつけている。

大穴牟遅は兄神たちの攻撃を交わすために根の国に赴く。死者の国である。スサノオの試練を乗り越えて異界から帰る時、彼は兄神たちを打ち負かすだけの力を手に入れている。


   

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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