めんどくせぇことばかり 『生きる姿勢』 曽野綾子
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『生きる姿勢』 曽野綾子

曽野綾子さんが“私は幼稚園から大学まで育てられたカトリック系の学校で、修道女たちから、「一生を賭けて」という姿勢を習った。彼女たちは、私たち生徒を教育するために、文字どおり一生をかけていた。私達の学校には欧米人の修道女たちがたくさんいたが、その人たちは、二度と故国に帰らず、死んだら日本の土になることを納得してきた人たちばかりだった”というカトリック系の学校とは、聖心女子大学。曽野さんは新学制に基づいて発足した聖心女子大学の四期生。一期生には元難民高等弁務官を務めた緒方貞子、皇后陛下は若き日、正田美智子というお名前で同学に七期生として通っておられた。

『人の人生を眺めるということは、その人の生きる姿勢を見せてもらうことだ』 (まえがきより)
生きる姿勢生きる姿勢
(2013/05/11)
曾野 綾子

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「ものごとを軽く見ることができるという点が、高邁な人の特徴であるように思われる」アリストテレス

曽野綾子さんの言っているのは、“単純な生き方”に戻れということ。生きる力のないものは、生きられない。それが生きるものの基本だ。もちろん、人の社会はひとり一人の人間を大事にする方向に発展してきた。それは、群れを守ることが個を守ることであり、個を大切にすることが群れの価値を高めることになることを、私たちはたくさんの苦い経験の中から学んだからだ。しかし、“群れの価値”が真価を発揮するのは、その群れを構成する個人が、深いところで、「生きる力のないものは、生きられない」という単純な理屈を理解している時だけだろう。
降伏になる秘訣は「あるものを数えて喜んで生きる」ことなのだ。しかし多くの人が「ないものを数えて不服を言う」。・・・人はその数だけ、特殊な使命を持っている。誰一人として要らない人はいない。そのことをはっきり自覚し、自分に与えられた運命の範囲を受諾し、そのために働き、決して他人を羨まない暮らしをすれば、誰でも今いる場所で輝くようになる。
曽野さんが『人はその数だけ、特殊な使命を持っている。誰一人としていらない人はいない』と言い切れるのには、彼女のが“神”という背景を持っているからではないかと、私には感じる。その一文を除けば、上記の文章はあっさりと納得できる。
貧困や病気は政治の失策の結果だから、「安心して暮らせる社会」を政治は実現しなければならない、と本気で信じている。安心して暮らせる社会などというものがこの世にはじめからないことは、あらゆる哲学と学問が証明済みだ。それなのに、いい年をした老人まで「安心して暮らせる社会を実現してもらいたい」とたわごとを言う。政治家は一票ほしさに、そのような嘘を堂々と約束する。国民は一切の危険負担をする必要はなく、悪い状況がくれば、それはすべて他者のせいになった。真実から遠いところには、知恵も不安もない。
まったくその通りだ。今、選挙の季節を迎え、“安心して暮らせる社会を・・・”という大合唱。死に向かって生きる人間にとって、それ自体が言語矛盾だという疑いさえ持たない。曽野さんの言うように、それが“堂々とした嘘”ならまだマシなのだが、馬鹿で、無知であるがゆえに、本気でそう言っているようにしか私には聞こえない。まるで“学級会選挙”だ。もしかしたら学校教育がそうだったから、こんなことになったのか。そんな奴らには、私は死んでも投票しない。

『お年寄りが安心して死ねる社会を私は実現します』
って誰か言ってくれないかなぁ。そういう奴に投票したいんだけどなぁ。 言ってる奴もいたかなぁ。

   

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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