めんどくせぇことばかり 『仏教の真実』 田上太秀
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『仏教の真実』 田上太秀

家には仏壇があり仏教とでありながら、女性が妊娠すると東京では水天宮に安産祈願のお参りをする。また誕生すると「お宮参り」をするが、お寺参りをする人は少ない。

仏教とではあっても、受験生は神社に参詣して祈願する。仏教寺院で学業成就の祈願をするところもないではないが、東京の湯島天神などのような学業の神様で有名な御本尊は見当たらないので、やはり神社に参詣する。

結婚式を仏式で挙げるカップルは少なく、神社やキリスト教会で挙げるカップルがわが国では断然多い。葬式は仏教寺院で行うのが常識で、神社や教会で行う家もないではないが、多いとはいえない。

大晦日の夜は除夜の鐘を聞き、そして新年を迎え、神社や寺院をはしごして初詣に出かけるのがわが国の風習である。キリスト教会に初詣に出かけたという人を聞いたことがない。もし教会で鐘を撞き、参詣がかなうようなら多くの人が押し掛けることだろう。

日本人はよく「神も仏もあるものか」とか、「神仏に祈願する」とか言うように、神と仏を一緒に考えているので、神道の神もキリスト教の神も教義を抜きにして同じに受け入れているようである。したがってわが国ではそのうちにイスラム教も同等に受け入れられる日が来てもおかしくない。
まえがきより

『仏教の真実』 田上太秀『仏教の真実』 田上太秀
(2013/08/13)
田上 太秀

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釈迦の思想をおろそかにして、これが仏教と説き続ける現代仏教の問題点
著者の田上太秀さんは一九三五年生まれの仏教者。インド仏教学を専攻して駒澤大学の教授として教鞭をとり、七〇歳で定年を迎えたのをきっかけに本書をあらわすことになったという。まえがきを読む限り、日本人的宗教意識を肯定的にとらえているようには思われない。あるいは、そこから日本人的宗教観を抽出しようとはしておられない。それよりも仏教者として、現在の日本の仏教がおかれている立場を嘆いているように思われる。
仏教寺院をめぐる種々の変化は時代の流れでよいとしても、仏教思想だけでなく、それを継承する僧侶の生活があまりにも世俗化し、仏教本来の理念が失われているのが残念である。
まえがきより
MSN産経ニュース 2013-10-01 18:00
僧侶がひき逃げ容疑 道交法違反で逮捕「飲んだ帰りだった」 福岡 
http://t.co/02NWqK2lGE ・・・・・    

こんなニュースに触れれば、著者のような仏教者でなくても日本の仏教の行く末に不安を感じる。われわれ庶民がいかなる宗教生活を送っていようと、寺は寺らしくあってほしいし、僧侶は僧侶らしくあってほしい。私たち庶民は、なにも仏教に、神道に、キリスト教にも、何がしかの御利益を求めて参っているばかりではない。寺は、神社は、教会は、庶民が自分自身を見つめなおす場所なのである。絵馬に願い事を書いたとしても、おみくじの一喜一憂したとしても、それは庶民が自分を確認する行為であって、願いが成就しなかったからと言って神仏に責任を押し付けたりはしない。だからこそ、寺や神社、教会はそれにふさわしい場所でなければならない。それは、一方に道をきわめようとする修道者がいてこそ実現される。スナックで飲んだくれて酔っ払い運転でひき逃げなんて奴の寺では、自分自身を見つめなおすもへったくれもなくなってしまうのだ。

ということで、本書では、日本に伝えられるよりずっと以前の、釈迦における‘仏教の真実’が語られているとともに、現代の日本における仏教が、以下に本来の仏教とかけ離れているかが語られている。

第一章 ブッダとは何か 
1 ブッダという人間2 人類の教育者ブッダ                  
3 ブッダもゴッドも愛を説く
第二章 釈迦は人に道を説いたにすぎない
1 ブッダになる道を説いた2 悪いことを「しない」の神意                    
3 最上の人の道は八つだけ4 生まれつきの悪人はいない
5 尽くすと愛するが人の道の基本
第三章 釈迦が悟った道理
1 生まれたものは必ず死ぬ2 人生は思うようにならない
3 私のものはなにもない4 世間は寄り合い、依り合いの場所
5 さとりは道理が分かること
第四章 身と心の問題
1 身は物質の集まり2 体は汚物の詰まった皮袋            
3 心は得体の知れぬ風来坊4 煩悩は心の汚れ
5 欲と煩悩は同じではない
第五章 まちがった日本仏教の風習
1 釈迦は火を祭らなかった2 釈迦は水で清める行事をしなかった                  
3 「なまぐさ坊主」は肉食の僧ではない4 釈迦は数珠を使わなかった
5 出家の本当の意味
6 仏像は心のよりどころ
第六章 誤用されている仏教用語
1 往生は成仏することではない2 無学は「学がない」ではない                   
3 仏滅は仏の死ではない4 恍惚は禅の境地に近い    
5 同情とはマンダラのこと6 天国は極楽浄土ではない
7 渡世人は解脱した人である8 極道物は道を極めた者である
9 ホラを吹くは釈迦の説法のこと10 摩訶不思議の境地
11 仏教の空は無ではない12 平常心は日常心ではない


    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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