めんどくせぇことばかり 『仏教の真実』 田上太秀
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『仏教の真実』 田上太秀

仏陀は超人ではなく、神格的存在でもない。仏陀は人間である。人の姿をしており、年齢があり、居場所がある。言葉を話し、物を食べ、水を飲み、見ることも聞くことも嗅ぐことも触れることもできる人間である。地上に住み、雨にぬれ、風に吹かれ、寒暖を感じる。生まれ、老い、病み、そして死ぬ人間である。ただし、真理に目覚めた人をいう。仏教はブッダになる教えを説く宗教である。
『仏教の真実』 田上太秀『仏教の真実』 田上太秀
(2013/08/13)
田上 太秀

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釈迦の思想をおろそかにして、これが仏教と説き続ける現代仏教の問題点

日本に仏教が入ってきたとき、すでにその段階で、仏教は‘鎮護国家’の力を期待されていた。日本古来の宗教に期待されていた働きはそのまま仏教へのより大きな期待となった。さらに神仏習合によって日本古来の宗教との垣根を失い、それだけ仏教本来の姿からは遠ざかった。それでも仏教の研究が進むと共に、日本でも釈迦の教えに触れるようになり、同時に日本的信仰心に絡め取られて変化もした。

そういった変化、変節のほとんどは日本人の望むものであったろうし、それはすでに日本の文化だ。“南無阿弥陀仏”で極楽に往生しようが、“只管打坐”と座り続けようが、日本の文化だ。一つのことに懸命になる事こそ“仏道”と思い定め、畑に懸命に汗を流すことを修行と考えたり、ものづくりに打ち込んだり、はたまたこれが私の生きる道とばかりに柔道、剣道、相撲道。「剣なんて人殺しの術に熟練することを目指して仏になろう」って、他国の人のどう説明すれば分かったもらえるでしょう。どれもこれも、あまりにも日本らしい。

でも、釈迦の教えにだって、私たち素人でも触れる機会はたくさんあるし、釈迦の教えは本来単純明快なものであったはずだ。人の理解力を超えて難解なものが、広く人々の間に受け入れられるはずはないのだから。

《諸法無我》《諸行無常》《涅槃寂静》《色即是空》と、いろいろな言葉が残されているし、数えきれない説明が残されている。因と縁によって結実した今もまたうつろいの中にあり、そのままとどまるものなど何一つない。私たち自身も果であり、因となる。だからこそ命は尊いし、すべてがいとおしい。そこに慈悲の心が生まれ、思いやりの心が育まれる。私は、釈迦のたどり着いた真実って言うのはそういう単純なことだと思っているし、かりに‘そんな薄っぺらなものではない’って言われたとしても、それ以上のことに興味はない。著者も「第二章、第三章で述べてきた釈迦の教えを熟知しているなら、それはさとりを得ているともいえる」とまで言っているから、私もそう遠いところにいるわけでもないだろう。

でも、これも著者の言うとおり、「さとりは解脱ではない」。そこに至るには、八正道を体現するという越えがたい壁がある。
世間の事象を因果関係で正しく観察すること
煩悩が起きないように気づかうこと
正しい言葉づかい
正しい行いを心がけること
規則正しい生活を営むこと
善行につとめ、悪行をしない努力
わが身と環境についての知識を学び、記憶すること
常に心を集中し、平静を保つこと
そう心がけて、‘犀の角のようにただ一人歩め’ということになると、どうやら私には解脱は無理だ。でも、限りなく尊い教えであることは分かるし、自分には不可能なことであるからこそ、その境地をめざす人を心から尊敬する。そういう人を、‘出家’とか‘僧侶’と呼ぶのだろうが。そう考えれば、日本の仏教には‘日本の文化’といいはる前に、堕落がある。

    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






















































































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