めんどくせぇことばかり 朱子学の副作用(覚書) 『井沢元彦の激闘の日本史 幕末動乱と危機管理』
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朱子学の副作用(覚書) 『井沢元彦の激闘の日本史 幕末動乱と危機管理』

士農工商はもともと儒学用語である。そして士は官僚や学者を意味した。その儒学の中で最も完成されたものが朱子学であると支那では考えられた。

もともと、儒学は人間が身につけるべき基本道徳と考える支那では、人間は二つのタイプに分けられる。絶対的に身につけるべき儒学を学んでいる人間と、それ以外の人間である。もちろん、学んでいる人間の方が価値が高く、そうでない人間の価値は低い。そしてそれを測る手段が科挙であった。科挙に合格した官僚が士で、学問の立場から儒学を身につけた学者とともに社会的エリートを構成した。「官尊民卑」という言葉の通り、それ以外の農工商にあたる民は基本的道徳を身につけていない卑しい存在である。しかしその中にも序列があり、生産民である農工、中でも税の大半を負担する農が上位とされ、非生産民である商を最下層とした。

商の社会的役割を正当に評価できなかったこともあるが、儒者が理想とする周王朝が滅ぼした殷の民が、土地所有を許されず、やむなく商の起こりとなったとされた。このことにより、儒者によって商人蔑視はより強められた。つまり、朱子学においては、「商売は人間のクズがやること」と考えられたのである。
家康の深謀遠慮 『井沢元彦の激闘の日本史 幕末動乱と危機管理』『井沢元彦の激闘の日本史 幕末動乱と危機管理』
(2013/08/24)
井沢 元彦

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なぜ「徳川三百年の泰平」は到来したのか

中華思想は中華に属さない者を野蛮人ととらえた。野蛮人の持ちこむ物や文化もまた野蛮である。朱子学は女真によって国を奪われ、圧迫された南宋で朱子学が生まれた。野蛮人の圧力になすすべもない南宋で、その思想は朱子学にも色濃く取り込まれて大義名分論に引き継がれた。力によって天下をとったものは覇者として蔑まれ、徳によって天下を治めるものこそが王者と呼ばれた。いかに野蛮人の力が優勢でも「大義は我にあり」と考えられたのである。

祖先の定めたしきたりを変えることは、儒学、さらには朱子学の最高徳目である「孝」の重視に背くことにつながる。さらにそれが野蛮人のもたらしたものであれば、それがいかに優勢であっても学ぶことは許されなかった。

江戸時代の日本においては、鎖国は祖法と考えられた。家康自体は海外貿易に熱心だったにもかかわらず、三代家光のころに確立された鎖国体制が祖法とされていた。それが蘭学の発展を阻害したし、幕末の攘夷思想にもつながった。
海国兵談さかのぼって、田沼意次の行財政改革がさまざまな妨害を受け頓挫したのも、幕府正当派にこの朱子学思想が根強かったからである。同様の立場から、松平定信は『海国兵談』を書いた林子平を弾圧したし、鳥居耀蔵は江川太郎左衛門を逆恨みし、高島秋帆を無実の罪で投獄した。さらにモリソン号事件に危機感を持った高野長英、渡辺崋山に対して蛮社の獄を発動し、結果として二人を死に追いやった。
モリソン号

家康にしてみれば、朱子学による教育こそが、徳川の世への一切の反逆を未然に防ぐべき最良の一手であったろうが、二百数十年ののちに、彼の思惑はまったく予想外の結果を引き起こしたことになる。



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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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