めんどくせぇことばかり バターン死の行進(覚書)『GHQ焚書図書開封2』 西尾幹二
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バターン死の行進(覚書)『GHQ焚書図書開封2』 西尾幹二

やがて、溢れて来る米兵の捕虜に目をとめられた。広場にも、難民たちとならんで、数百の米兵が腰をいだいて並んでいた。森の中から、林の小径から、米兵は列をなして現れてきた。いづれも背は高いが、疲れた顔つきをし、重い足取りで続いてきた。なかには、髭面の巨大漢や、刺青を入れたものも交じっていた。(中略)

実はこんなに米兵がいるということは、すこしも思いがけぬことであった。それだけ米兵がいながら、なぜ戦わないのか。これらの兵隊は、我々の祖国にいわれのない侮辱を加え、我々の祖国の存立をさえ脅かそうとした傲慢な国の国民なのだ。私は米兵の捕虜の波を見ているうちに、それは不純な成り立ちによって成立し、民族の矜持を喪失した国の下水道から流れ出して来る不潔な汚水のような感じを受けた。このような時ほど、日本の兵隊が立派に見えるときはない。米兵百人に一人か、二百人に一人、日本の兵隊がつきそって、引率していく。日本の兵隊は米兵の肩までしかない。顔は陽と埃とによごれ、軍服も帽子もぼろぼろになり、軍靴も口をあけて、ぱくぱく鳴っている。その姿は銅像にしたいほど立派である。そうして、彼は終始、微笑をうかべ、米兵とならんで歩いてゆく。兵隊はわれながらおかしくなったように、米兵のやつ、こんな小そうて汚い兵隊にどうして負けたんじゃろうかと言うとるやろな、と呟く。その闊達さは微笑ましい。

自動車が道もせまいくらい無数に遺棄されてあった。動けるものは、早速、兵隊が動かし始めた。難民をトラックやバスで送ってやることになった。

火野葦平『バタアン半島総攻撃従軍記』より

『GHQ焚書図書開封2』 西尾幹二『GHQ焚書図書開封2』 西尾幹二
(2008/12)
西尾 幹二

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抹殺された本を甦らせることなしに、歴史の回復はない
過酷な炎天下、日本軍が捕虜とした大勢の米兵やフィリピン兵に、バターン半島南端のマリべレスからサンフェルナンドまでの百十二キロを歩かせたため、二千人を越す将兵が死亡した。戦後、日本軍を道徳的に非難する声が上がった。これが「バターン死の行進」と呼ばれるできごとである。

バターン半島で行われた総攻撃は、日本側にも多数の犠牲者を出す熾烈な戦いであった。バターン半島を北から南へとせめ進んだ日本軍により、米比兵は半島南端に追い詰められ、やがて多くがコレヒドール島に追い込まれた。兵八万三千に二万六千のフィリピン人難民が加わり、難攻不落を誇ったコレヒドールも食糧不足に自ら陥ちたようなものだ。

日本軍は4月9日にバターン半島を完全攻略。これ以前、マッカーサーは3月中旬にコレヒドールから魚雷艇でミンダナオ島に脱出、逃亡した。

冒頭の文章は、従軍作家として戦列に加わっていた、芥川賞作家でもある火野葦平が当時の様子を書いたものである。激しい戦闘の後、日本兵も米比兵も疲れきっている中での移動だったはずで、特に食糧不足から、栄養失調やマラリアにかかったものも少なくなかったはずの米兵には過酷な行軍だっただろう。しかし、常に不足の事態と隣り合わせの戦場でのできごとであり、そこに至る背景を無視して日本を《捕虜虐待》とののしるのは、米軍の責任回避であり、マッカーサーの無責任だ。

火野葦平が見た様を信じれば、日本兵は立派だったのだ。同じ様子を陸軍省企画の大東亜戦争四部作[『比島作戦』『ビルマ作戦』『ジャワ作戦』『マレー作戦』]の一つ、『比島作戦』のなかの、藤沢記者と署名のある「バタアン従軍誌」にはこうある。


蜿蜒と続く捕虜の群れはいつ果てるとも知れなかった。マリべレス-カブカベン-ラマオ-リマイ-バランガの軍工路を進む先頭が、もはや数キロも先を歩いているのに、まだ山の中から続々と出てくる。それは湧いてくるという感じだった。これらの捕虜はたった一人か二人のわが勇士たちに、少なくとも二百から三百名ずつが引率されていた。米兵は背が高く頑丈だった。毛むくじゃらの腕にあ女の顔や、薔薇の花を刺青し、指には金指輪が光っていた。持ち物は化粧品や毛布、天幕の類が多く、比島兵の織機代わりに缶詰の空き缶をぶら下げているほか何も持たぬ姿と妙な対照をしていた。引率していく日本兵は米兵の肩までしかなく、軍服は戦塵にまみれて薄黒く、背中には汗が噴き出して、白く地図を描いたようになっていた。

その日本兵の指図を受けながら米兵たちは卑屈そうに笑顔まで見せて、埃を浴びながら歩いてゆくのである。この哀れな姿を難民たちは驚異の眼で眺めた。昨日まで威張り散らしていた米兵が、猫のようにおとなしくなって、小さな日本兵に引きずりまわされている姿は、彼らにとってなにか小気味よいものだったに違いない。時々比島兵と米兵が同じ場所で休息した。すると、これまでは比島兵を顎で使い虐待していた米兵の方から水を汲んでやったり、日本軍情けの食事を運んでやったりしている。米兵には自分たちが散々虐待した比島兵の復讐が恐ろしいのだ。捕虜となって忽ち地位が逆転したわけであった。
陸軍省企画大東亜戦争四部作『比島作戦』より

   

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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