ヨーロッパの時代(覚書) 『レイヤー化する世界』 佐々木俊尚
ギリシャ・ローマ文明は「地中海文明」
地中海には今のイタリア人やスペイン人の先祖に加えて、シリアやパレスチナ、エジプト、チュニジア、リビア、モロッコなどのアラブ人の先祖が住んでいた。白人だけではなく褐色の人に黒人もいた。イエス・キリストは黒髪で浅黒い肌で、「金髪で青い目のイエス様」はヨーロッパ人が自分たちに似せて描いただけのこと。 |
ローマが分裂しようと、西ローマ帝国が滅びようと、世界の中心は地中海から中東、インド、支那につながるユーラシア南部一帯にあって、ヨーロッパの中世が暗黒であろうとなかろうと、それには関係なく栄え続けた。
ギリシャ・ローマ文明を引き継いだのはイスラムで、その中心はエジプトのアレクサンドリアであった。ギリシャ語のみならず、サンスクリット語、支那語、ペルシャ語など様々な言語がアラビア語に翻訳された。
十字軍
中世、ヨーロッパでも余裕のある人たちはエルサレムに巡礼に出かけた。当時、イスラム帝国の領土であったエルサレムで、彼らは眩しいばかりの力と富、豪華な都市、伝統と教養に圧倒された。また、彼らを蛮族とみなす文明人により巡礼に訪れたヨーロッパ人は屈辱を味わった。この文明へのあこがれと屈辱が、十字軍の導火線となる。 |
一〇九五年、クレルモンの公会議に参集した西ヨーロッパ王侯・諸侯の前で、教皇ウルバヌス二世はこう宣言した。「われらが巡礼者は、聖地で屈辱を受け、キリスト教世界は危機に瀕している。信仰ある者はエルサレムへと向かい、奴らを追い出すのだ❢」
イスラム世界の文明人から見た十字軍兵士はたいへん野蛮で、破壊したイスラムの町で住民の人肉食まだ行われたという。当初はたやすく撃退したものの、イスラム世界では、十字軍が西ヨーロッパキリスト教社会で組織化された軍隊ということに気づかず、対応が後手に回った。だまし討されたエルサレムでは多くの市民が殺され、血の海に変えられた。十字軍はそこ後、百年近くにわたって聖地を占領し続けた。
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高校における世界史の授業の中では、「ペストの大流行」はヨーロッパに大きな被害を与えたできごととして紹介される。しかし、ペスト発生源は支那南部であり、ユーラシアがモンゴル人に統一された時代だからこそそれがヨーロッパに伝染したのであって、その被害が世界規模であったことは間違いない。騎馬民族の大地であるはずのユーラシア大陸北方草原は、無人の大地になってしまったという。
中世の世界システムは崩壊し、その入れ物だけを残してリセットされた状態となった。だからこそ、この荒廃の後にヨーロッパ人が、残された入れ物を利用してシステムを再建することができた。
ヨーロッパ人がアメリカに到達し、豊富な資源を手に入れたことが始まりだった
造船、航海技術において大きく先行していたイスラムや支那の帝国は、すでに当時知られていた海域の全てを手に入れていた。ヨーロッパ人に残された海は大西洋しかなかった。
たまたま到達した新大陸で手に入れた莫大な銀が、彼らのパワーとなった。アジアの産物を手に入れようにももとでのなかった彼らが莫大な銀を手に入れ、交易ネットワークに参入した。かつてない経済繁栄のなか、新大陸やアジアに見出された市場に向けて商品を供給する必要に促され、産業革命が起こる。
「地中海から大西洋へ」という言葉はヨーロッパに偏重しすぎる。世界的に見れば「陸から海へ」の変化の中で、それまで“中心”であった地域の多くが“辺境”に取り残されることになった。新たな“中心”は、間違いなくヨーロッパに変わった。
国民国家の軍隊は強かった
十字軍時代、百年戦争、ペストの流行、民衆反乱と、中世終盤の様々な出来事の間に騎士・諸侯は没落し、王権が強化されて国王を軸とする主権国家が登場する。継承戦争、宗教戦争の時期を通して絶対王政期を迎え、市民革命の時代を迎える。
フランス革命こそが、国民と国民国家を生み出す原動力となった。干渉戦争からフランスを守るため、国民皆兵制を導入し、国民軍を率いたのがナポレオンだった。プロイセン側でフランス軍との戦いを目撃したゲーテは、「ここから、そしてこの日から世界の歴史の新しい時代が始まる」と語っている。国民国家の軍隊は、時代を変えてしまうほどに強かったのだ。


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