めんどくせぇことばかり 謡曲「三輪」(覚書)『新史論/書き替えられた古代史 2 神武と応神「祟り王」の秘密』 関裕二
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謡曲「三輪」(覚書)『新史論/書き替えられた古代史 2 神武と応神「祟り王」の秘密』 関裕二

本書の中で、『三輪』という謡曲が紹介されている。その終盤に出てくる言葉。え~❢こんな言葉が歌い込まれていうの?『三輪』は、三輸山の麓に庵室をかまえている玄賓僧都のもとに女姿の三輪明神が現われ、三輪の妻問いの神話を語り、天照大神の岩戸隠れの親和を物語って神楽を奏しますが、夜明けと共に消えてゆくという話。その最後に歌われるのが次の歌。
天乃岩戸を、引き立てて神は跡なく入り給へば、常闇(とこやみ)の世と、はやなりぬ。八百萬の神達。岩戸の前にてこれを歎き、神楽を奏して舞ひ給へば、天照大神その時に岩戸を、少し開き給へば、また常闇の雲晴れて、日月光り輝けば、人乃面しろじろと見ゆる 。おもしろやと、神の御聲乃妙なる始めの、物がたり。

思へば伊勢と三輪の神、思へば伊勢と三輪の神。一體分身乃御事今更何と磐座や。
その関の戸乃夜も明け、かくありがたき夢の告。覚むるや名残なるらん、覚むるや名残なるらん。

伝承って残るもんなんだなぁ。 

「天照大御神と大物主大神は本来一体の神で、そんなことは言うまでもない」だって。あらためて、え~❢じゃあ、天孫族は?出雲は?

謡曲「三輪」(覚書)『新史論/書き替えられた古代史 2 神武と応神「祟り王」の秘密』 関裕二謡曲「三輪」(覚書)『新史論/書き替えられた古代史 2 神武と応神「祟り王」の秘密』 関裕二
(2013/12/02)
関 裕二

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いよいよ歴史時代。神武と崇神、祟る王と祟られる王。

『海士』という謡曲を読んだ(謡曲やりたいなって思った時期があって)時に不思議に思ってたんだけど、ちょっとあらすじを紹介。
藤原不比等の妹が唐の皇帝に嫁いだことから贈られた面向不背の珠が龍王に奪われて、取り返せないものかと不比等が身分を隠して讃岐国志度浦に滞在したことがある。その時、不比等と結ばれた海人が房前の母。海人は我が子を不比等の跡継ぎにしようと、命がけで珠を取り返す。

物語としては、子を思う母の心が主題であって、子の房前が追善供養を行う。冥界で苦しむ母の魂は法華経による供養によって龍女となって現れ、仏縁に歓喜するというお話。

でも不比等、房前に対置されるのが海士、龍王、讃岐。謡曲の中で「賤しき海士」と蔑まれるが、“海士”といえば、思い当たるのが海部氏。讃岐にも勢力張ってたはず。その海部氏は尾張氏から別れた氏族としてヤマト建国に関わったろう。不比等は政権を簒奪した側として海部氏の歴史への関与を消しにかかった。龍王が面向不背の珠を奪ったのはそれに対する抗議として当然だ。そんな抗議の伝承が謡曲に歌い込まれのかもしれない。
本書の中でも、羽衣伝説や浦島太郎伝説が語られている。羽衣伝説も浦島伝説も、何らかの形で自分たちの存在を後世に伝えるため、政権と歴史を簒奪された者たちが、それをおとぎ話の中に塗り込めたのかもしれないね。


     

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






















































































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