めんどくせぇことばかり 内田樹(覚書)『一神教と国家』 内田樹・中田考
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内田樹(覚書)『一神教と国家』 内田樹・中田考

本書に書かれていたこと。重要なことの割にはあまり知られてないこと。
一九〇〇年頃、ニューヨークにジェイコブ・シフというドイツ系ユダヤ人の銀行家がいた。当時、米財界に君臨した大物だった。彼はロシアで行われていたポグロムを憎み、ロシア皇帝を恨んだ。当時、ロシアとの開戦に備えて軍事公債の引受手を探していた高橋是清と会ったことを奇貨として、日本を財政的に支援して帝政ロシアを打倒しようと考えた。彼は国際ユダヤ資本に指示して日本が起債した戦時公債を買い取った。同時に、ロシアの戦時公債の買い取りを拒否させた。シフと世界のユダヤ人の金融ネットワークの支援で合計二億ドルの戦費を調達できたことで、日本は日露戦争に勝つことができた。戦後、シフは日本に呼ばれて、明治天皇に拝謁して勲一等旭日大綬章という勲章をもらった。
ここでは、“一神教の風土”という項目の中の、日本とユダヤの意外なつながりとしてこの話が紹介されているにすぎないんだけど、このかかわりは強烈だよね。強烈であるがゆえに、その後の日本にユダヤに対する親近感と、戦争を金で左右できるだけの力への脅威が植えつけられた。

強烈な印象はともかく、この関係を大事にするべきだった。高橋是清は二・二六事件で殺されちゃうし、もし生きてりゃなぁ。ユダヤとの関係を対米関係に生かせたかもしれないのになぁ。ヨーロッパでいじめ抜かれたユダヤ人を満州に迎えられないかなんていう話もあったらしい。


『一神教と国家』 内田樹・中田考『一神教と国家』 内田樹・中田考
(2014/02/14)
内田 樹、中田 考 他

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イスラーム、キリスト教、ユダヤ教

ウェストファリア以来の、欧米における政教分離の原点は、「世俗」と「宗教」の分離ではなく、「国家」と「教会」の分離だった。
この本を読んで一番のショックはこの部分かなぁ。イメージとしては捉えていたんだけど、言葉では捕捉していなかったので、上記の言葉に触れてショックだった。

アメリカはもちろん、ヨーロッパ諸国も為政者は当然のように宗教を引きずったまま政治に臨んでいる。宗教も政治に関わってくる。宗教上の理念が政治に反映されることも少なくない。特に、戦争にその理念が反映されるとむごたらしい。

日本はGHQの受け売りで“政教分離”を戦後の旗印の一つとした。マッカーサーあたりには、自分の掲げる正義がそもそも宗教の持ち込みなんてわかっちゃいないから、自分を顧みもせず人に押し付けることができる。そんなことで、左翼勢力と一緒になって行われたのが皇統の弱体化だ。だいたい、「国家」と「教会」の分離くらいなら、日本でも信長によって達成されている。GHQの持ち込んだ“政教分離”というのは、日本の伝統的精神を破壊することを目的としたものだ。

一切の宗教色を政治から排除しようなんていうのは本質的に不可能と言うか、「宗教色を排除した政治」という言葉そのものが成立しない。宗教「勢力」には政治に関わらせないということで、“政教分離”という言葉を真に受けて、それに縛られている日本の方が不自然。
内田氏の意見、私には賛同できない部分が色濃くある。でも、考え方そのものは受け入れられる。憲法改正についての意見もそう。『9条どうでしょう』という本の中で、内田氏はこう言っている。
「人を殺さなければならない場合がある」ということと「人を殺してもよい条件を確定する」ことのあいだには論理的関係はない。なぜなら「人を殺してもよい条件」を確定した瞬間に、「人を殺してはならない」という禁戒は無効化されてしまうからだ。「人を殺してもよい条件」を確定してしまったら、あとは「人を殺したい」場合に「そのためにクリアーすべき条件」を探し出すことだけに人間は頭を使うことになるだろう。人間がそういう度し難い生き物である、ということを忘れてはならない。「人を殺さなければならない場合がある」というのは現実である。「人を殺してはならない」というのは理念である。この相剋する現実と理念を私たちは同時に引き受け、同時に生きなければならない。
よく分かる、言ってること。そのとおりだと思う。でも、それを理由に「憲法がこのままで何か問題でも?」って言われた日には、私の“生身の身体感覚”が拒絶反応を起こす。武道家の内田氏には釈迦に説法になるけど、“危ない”っていうのは理屈じゃなくて感覚。この“危ない”って感じ、決して安部首相に言われたからって感覚じゃない。内田氏の発言は、その多くが“生身の身体感覚”からくるグローバル化への拒否感に発していると思う。感銘することが多い。しかし、ここでは、私と内田氏の感覚は衝突する。

それでも私は、内田氏の“言葉”を頼りにしている。次は、英語教育に関わる内田氏のご意見。
たしかに、日本の英語教育はダメなんです。でもね、それは教育目的が「卑しい」からなんです。英語ができないと「金にならない」という発想そのものが子供たちの学習意欲を根本的なところで腐らせている。そのことに誰も気づいていない。だって、企業が求める「グローバル人材」って要するに企業の収益を増やす人材のことですからね。
どうです?小気味いいでしょ。


      

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こんばんは。
ジェイコブ・シフ自伝の一部を読んだ事がありますが、日露戦争後に日本と半島を視察して「半島に秩序をもたらし経営が出来るのは日本だけ」との言葉がありました。
でもクーン・ローブ商会は満鉄経営に関わるつもりだったらしいんですよね、なのに日本の誰だったか(失念でごめんなさい)シフ関係であろうが何だろうがアメリカ金融を排除してしまった。
それで満州へ流れてくるユダヤ人も日本を信じることが出来ず河豚計画も頓挫、
ここから全てが狂ってきたような気もします。

大事な局面で先を見通せてガツンと決断できる人材が必要なんだなあとつくづく感じます。

紺屋の鼠 さま

小村寿太郎かなぁ。

だとすれば、セオドア・ルーズベルト大統領の日本へ敵意を重く見すぎてしまうのもやむを得ないような気もする。
ともあれ、史上めずらしく日本がユダヤとかかわった時代。場合によれば、たしかにうまい立ち回り方もあったでしょうね。

ありがとうございました



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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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