めんどくせぇことばかり 『太平洋戦争 最後の証言』 門田隆将
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『太平洋戦争 最後の証言』 門田隆将

すみませんが、また過去記事の紹介です。このところ仕事が忙しく、本を読む暇がありません。この調子では、更新頻度ばかりでなくブログの編成そのものに関わってくるかもしれません。

門田隆将さんの書いた『太平洋戦争 最後の証言』。第一部“零戦・特攻編”、第二部“陸軍玉砕編”、第三部“ヤマト沈没編”の記事を一つにまとめたものです。
太平洋戦争の主力となったのは、大正生まれの青年たちである。昭和20(1945)年に19歳から33歳であった彼ら大正生まれの若者は、実に同世代の7人に1人が戦死するという日本の有史以来、最大の悲劇の世代となった。そして生き残った元兵士たちは、戦後、働き続け、高度経済成長の担い手となり、日本を世界第2位の経済大国に押し上げたのちに、社会の第一線から退いていった。

自分たちの親や伯父、あるいは祖父たちでありながら、その身近な人たちの話に私たち戦後世代は真摯に耳をかたむけることが少なかった。また大正世代の人々も、自ら口を開くことをせず、貴重な体験の数々や自分たちの思いが世の中に理解されないまま時を過ごした。


第一部“零戦・特攻編”
   

本書は、戦場で主力として戦った末端の兵士たちの証言を元に、著者がその痛烈な体験を忠実に再現したノンフィクションです。

二十歳で真珠湾を経験した兵士は、2011年で九十歳になる。 もはや時間は残されていない。それは元兵士たちにとってではなく、私達戦後生まれの日本人にとって。

戦争のことを知りたいと、これまでいろいろな本を読んだ。関わった人たちの年齢も分かっていた。でも、この言葉に触れて、「ああ、・・・」と絶句してしまった。著者は、まさしく時代そのものに寄り添っていると感じたからだ。私には、その意識が十分ではなかった。

第二部“陸軍玉砕編”

太平洋戦争 最後の証言 第二部 陸軍玉砕編太平洋戦争 最後の証言 第二部 陸軍玉砕編
(2011/12/15)
門田 隆将

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大東亜戦争から戦後の経済成長まで、これほどの歴史を経験した世代は日本の歴史には存在していない。日本の歴史の中では、まさに特筆すべき世代である。にもかかわらず、戦後生まれの私たちはそれを知らない。「知らない」というのは正確ではないだろう。私たちは、本来知らなければならないこととは違うことを知っている。

彼らの知らない所で、彼らに関する評価が下され、彼らの知らない所で、彼らの時代の歴史が彼らではない者たちによって紡ぎだされていった。

そこには、物量を誇る米軍に昼夜を問わない白兵攻撃で食い下がり米兵を苦しめた彼らの姿はない。自分は戦場に倒れても、美しい「日本」という祖国を守りたいと、我が身を犠牲にした彼らの姿はない。補給という概念を忘れた参謀本部や軍令部に使い捨てにされながらも、地獄のような戦場で戦友と助けあっていた彼らの姿はない。

そしてその戦場からの生還を果たした少数の、齢90を迎える彼らが、いまだに戦場に仆れた戦友を思いやる姿を、私たち戦後の日本人は理解していない。

本書は第一部の「零戦、特攻編」に続き、そういった事の一端を未来につなげる貴重な一冊である。

第三部“ヤマト沈没編”

太平洋戦争 最後の証言 第三部 大和沈没編太平洋戦争 最後の証言 第三部 大和沈没編
(2012/04/19)
門田 隆将

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アメリカ海軍の艦船に取り囲まれ、米軍による上陸作戦が行なわれる沖縄に向けて決行された水上特攻作戦。大和に乗り込んでいた三千三百三十二人のうち戦死者は三千五十六人。死亡率は九一.七%。九死に一生を得て生還したのは、わずか二百七十六人に過ぎなかった。

航空機の掩護を受けることもなく、沖縄に行き着くことができるなど、作戦の立案者さえ考えていなかっただろう。沖縄とのちの国民への顔向けと、大和を敵の手に委ねることなく沈めることだったろう。しかし、この作戦自体をとやかくは言わない。零戦の特攻も、陸軍の玉砕も含めて、それがいろいろな意味で、当時の日本の軍隊の限界だったと言わざるをえない。今を生きる私たち日本人にできるのは、あらゆる戦没者の犠牲を決して無駄にしてはいけないということだけだ。彼らがどのような気持ちで戦場に赴き、絶望的な戦いに臨んだか。その心情に思いを馳せることだけだろう。

もしも“残酷”というなら、それは彼らの犠牲を、そして戦地に赴いた心情を忘れ去ろうとする今の日本人に向けられる言葉だろう。のみならず、彼らを軍国主義の加担者として扱うなら、それは先人たちに対する犯罪行為に他ならない。

読んで思ったのだが、この水上特攻に赴く海兵達には、零戦で特攻を命じられた兵士たちや、南方の孤島で敵の圧倒的な攻撃力にさらされる陸兵達に感じるようなむごたらしさ感が比較的薄い。一蓮托生の仲間たちと運命共同体という状況にあったことや、飢餓を始めとする長期の困難にさらされることがなかったことが、そう感じさせる原因だと思う。もちろん水上特攻には、死亡率九一.七%という絶望的な数字が立ちはだかる。比較できるものではないだろうが、多くの見送りを受けていること、特攻直前の酒盛り、よき上官に囲まれていたことなどは、それなりの慰めになったのではないかと感じさせる。

筆者がこの三部作で繰り返したように、この戦争で戦いに赴いたほとんどが大正生まれの人々である。これらは戦中にあっては命がけの戦いに身を晒し、戦後の経済復興を主導してきた人々である。ほとんどの人々が九十歳を超え、人生の最終版を迎えている。筆者は、そういった方々、百十三名に対するインタビューを行い、この三部作を成した。これだけの証言集が世にでることは、これ以降ないだろう。私たちは、この百十三人の証言を通して、戦場に倒れた二百三十万にも及ぶ日本兵の声なき声を聞き、感じなければならない。


何より大事なのは、日本人が、自分たちの過去について語ることだな。これまでみたいに大江健三郎さんの方面からだけではなく・・・ね。



    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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