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コートジボワール

コートジボワール15日午前コートジボワール戦〔W杯〕-日本、守備から後半勝負へ
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_date2&k=2014061300641

コートジボワール

もう調べました?コートジボワールのこと。W杯ブラジル大会、日本の初戦の相手。話に聞けば、一次予選通過の鍵はコートジボワールとの初戦にあるとか。いったい、どんな国?

フランス語のおしゃれな国名ですね。・・・なんて言ってたらぶん殴られちゃうか。子どもの時分、こんな国名の国は、上記地図のあのあたりにはなかったよね、ご同輩。
右から、「奴隷海岸」、「黄金海岸」、「象牙海岸」、「穀物海岸」。「穀物海岸」には「胡椒海岸」という呼称もあった。そうそう、こういう名前で習ったよね。

その名は、ヨーロッパに蹂躙された時代、そのあたりの港から積み出された“積み荷”にちなんだ名称。奴隷海岸からは、黒人奴隷が・・・ね。
コートジボワール
奴隷海岸は現在のトーゴ、ベナン、ナイジェリア。黄金海岸は現在のガーナ。象牙海岸は現在のコートジボワール。穀物海岸は現在のリベリア。

コートジボワールは、もとはフランス植民地。現在の公用語もフランス語で、象牙海岸というのは、フランス語のコートジボワールの訳語。白人の蹂躙された時代の、白人の立場でつけられた地名を、そのまま国名として使ってるんだね。蹂躙された歴史を、それとして受け入れているということなんだろうけど、他の国にまで「蹂躙されてたんだ」って思われるのは面白くないらしい。そのうち、コートジボワール政府が翻訳国名ではなく、フランス語国名の使用を他国に要請したことから「コートジボワール」と呼ばれるようになった。

基礎データ(外務省)
面積
人口
首都
民族
言語
宗教
322,436平方キロメートル(日本の約0.9倍)
2,060万人(2012年,UNFPA)
ヤムスクロ(Yamoussoukro)  (実質的首都機能はアビジャン)
セヌフォ族,バウレ族,グロ族,グン族,アチェ族,ベテ族,ゲレ族
フランス語(公用語),各部族語
イスラム教30%,キリスト教10%,伝統宗教60%


フランス領西アフリカの一部であったこの国が独立を達成したのは1960年(おおっこの国は私と同じ歳。そんなことどうでもいいね)。親仏政権下で経済成長を遂げた西アフリカの経済大国であるが、1993年のクーデターに始まる混乱は20年にわたって続き、国家の統治機能、経済力を低下させ、社会不安と貧困・格差の拡大が一層深刻なものになっているという。

外務省は、コートジボワール全土に「渡航の是非検討」のメッセージを出しており、一部の地域を「渡航延期勧告」、または「退避勧告」を出している。でも、日本との関係も結構ある。以下はmsn産経NEWS2013.5.30の記事なんだけど、開いてみたらなんだか消去されてるみたいなんで、前にとっておいた全文をこの場で紹介。
子供たちに給食を! コートジボワールで花開いた日本の援助

横浜市で6月1日から3日間の日程で「第5回アフリカ開発会議」(TICAD)が開催されるなど、資源豊富で人口増加中の「成長市場」として近年注目されるアフリカ。日本は単なる資金提供だけでなく人々の生活向上につながる支援も展開してきた。コートジボワールの給食自給自足事業もその一つだ。

 西アフリカに位置し「象牙海岸」で知られるコートジボワールは1960年の独立以降、初等教育の義務化を進めてきた。しかし、家庭では子供も貴重な労働力。働きながら自宅から数キロ離れていることも多い学校に通うのは、子供たちにとって大きな負担だった。

 そうした中、99年に国連が学校に行っていた食糧支援打ち切りを決定した。子供に食料を与えなければ-。悩んだ政府は学校給食と、その食材の自給自足を進めようとした。

 政府とともに方策を考えたのが、国際協力機構(JICA)の企画調査員として赴任していた原雅裕さん(57)だった。

 当時、小学校では子供たちのために母親が一生懸命活動。「(日本のPTAにあたる)『母親会』をうまく利用できないだろうか」。原さんの提案を受け、政府は学校に食堂を建てて農地を確保し、母親が中心の生産組合を村ごとに組織。生産指導を行い、組合が自主的に計画を立てる給食事業の運営を始めた。

 事業を支援するためJICAは2003~04年、計4億7千万円の資金を提供。その結果、1989年に277カ所だった学校の食堂は2008年には5046カ所まで拡大し、給食組合は計804団体で年間4300万トンを生産する組織に成長した。

 給食の普及は将来を担う人材育成につながった。当時の日本の援助は現地で大きく称賛されている。「教育の力で大国になった日本に続きたい」。外務省の岡村善文アフリカ部長(56)はコートジボワール大使時代、しばしば政府関係者から感謝されたという。

 現在、アフリカ諸国との外交を担う岡村部長は「現地の人がどうすべきかを一緒に考えることが重要。日本が続けてきた細かい支援は今もアフリカで求められている」と指摘している。


    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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