めんどくせぇことばかり 『神社が語る 古代12氏族の正体』 関裕二
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『神社が語る 古代12氏族の正体』 関裕二

中臣鎌足は百済の王子豊璋である。

唐・新羅連合軍が百済を滅ぼそうとする頃、大和朝廷は百済重視政策を見直し全方位外交を展開した。当時、政権の主催者は蘇我入鹿だった。『日本書紀』に六四四年に初出する中臣鎌足は、その翌年に入鹿を殺し、蘇我本家を滅亡に追い込んでいる。

高句麗と結んだ百済は唐・新羅連合軍の標的となって六六〇年に滅んだ。しかし、百済の名称鬼室福信が百済再興の戦いをおこす。そして日本から豊璋を呼び寄せて王位につける。百済に要請されて斉明天皇は、(中大兄皇子に引っ張られて)遠征軍を派遣し、大敗する。六六三年、白村江の戦いである。

豊璋が百済王として半島に渡ったとき、この間すっぽり鎌足が日本の歴史から姿を消す。中大兄皇子が白村江で追い詰められたのに、鎌足は姿を現さない。中大兄皇子帰国後、鎌足は王子の補佐役として姿を現す。

百済再興の道が閉ざされた時、豊璋は日本で生きていく覚悟を固めただろう。そして中臣氏の家系にもぐりこむ。それが中臣氏であった理由はいくつかある。
中臣氏が百済派であり亡命百済王子という立場がものをいったこと。
仏教が導入されるとき、蘇我氏に抵抗したのは物部の中でも守屋の一族だけで、守屋と行動を共にした中臣氏の屋台柱は守屋の滅亡で一気に傾いた。言わば、斜陽の中臣氏にすれば、豊璋を迎えることが大きなチャンスになるかもしれなかった。

“蘇我殺し”を正当化するため、『日本書紀』は“蘇我系皇族聖徳太子”という虚像を作り上げた。

蘇我氏の政権は、着々と改革の実をあげていた。支那に隋・唐と続く強大な統一王朝が登場した新事態にも、それまでの百済重視政策を全方位外交に変えていくことで対応していた。その蘇我政権を、斉明天皇の目の前で入鹿を殺すことによってくつがえしたのが中大兄皇子と中臣鎌足である。

『日本書紀』の編纂者藤原不比等が父鎌足の業績を輝かしいものにするためには、何がなんでも蘇我氏を“悪人”に仕立て上げる必要がある。そこで創造されたのが、“蘇我系皇族聖徳太子”という虚像である。蘇我氏が進めた改革の実を、すべて聖徳太子の業績に置き換え、蘇我氏はその障害でしかなかったことにする。あとは、聖徳太子没後、蘇我入鹿がその一族、上宮王家を根絶やしにしたことにしてしまえば完全犯罪成立である。

律令制の導入という改革の必要性は、「支那に統一王朝が誕生した以上やむを得ない」と考えていた豪族も、祖先から引き継がれた土地や官職を失うことにつながる改革に心底納得していたわけではない。中大兄皇子と中臣鎌足(この段階では豊璋)による入鹿暗殺を、内心好意的に受け入れる可能性が高い。このような背景が事件を可能にしたのだろう。
本書より 一部要約

ネタばらしってわけじゃないよ。このくらいのことは、著者が以前から主張していることで、ちょっと、なんかの機会に人に話そうかなって思って書き留めさせてもらっただけ。この本に書かれていることは、こんなことよりも、もっともっと強烈だよ。


『神社が語る 古代12氏族の正体』 関裕二『神社が語る 古代12氏族の正体』 関裕二
(2014/07/02)
関裕二

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序編  「神道と日本人」
第一編  ヤマト建国の立役者となった氏族たち
第一章  出雲国造家 ・・・出雲大社
第二章  物部氏 ・・・石上神宮、磐船神社
第三章  蘇我氏 ・・・宗我坐宗我都比古神社
第二編  ヤマト建国の秘密を知る氏族たち
第四章  三輪氏 ・・・大神神社
第五章  尾張氏 ・・・熱田神宮
第六章  倭氏 ・・・大和神社
第三編  暗躍し、勝ち残った氏族たち
第七章  中臣氏 ・・・枚岡神社
第八章  藤原氏 ・・・春日大社
第九章  天皇家 ・・・伊勢神宮
第四編  切り捨てられた氏族たち
第十章  大伴氏 ・・・伴林氏神社、降幡神社
第十一章  阿倍氏 ・・・敢国(アエクニ)神社
第十二章  秦氏 ・・・伏見稲荷大社

本当、強烈な本ですよ。ヤマトの建国から、藤原氏による国の乗っ取りと『日本書紀』による新たな歴史の創造までがこの本の中で語られているわけだ。やたらめったら難しい展開の本じゃなく、いちいち根拠をあげてもらってるから、とても分かりやすいし、

・・・こっ、このやろう、なにしやがんだ❢って思うところはいっくらでもあるものの、まあ、さまざまな歴史の果てに、今の日本人があるわけで、さまざまな非日本的な部分も長い歴史の中で大分希釈され、おそらく日本的な歴史そのものになっているんだろうな。

ポイントはやはり前方後円墳。三世紀から七世紀、まさしくヤマト建国と共に始まったヤマトの自己証明みたいなもの。それが七世紀に終わる。それは、天武・持統朝・・・じゃなくて、持統天皇と藤原不比等のタッグによって行われた。仏教寺院建築に吸収されていったなんて言う生易しいものではない。“宗教改革”と読んでもいいほどの大改革。“人間の言行の背景には宗教がある”のだから、これで日本は変わったことを意味するんだな。日本人の宗教的信条が大きく変えられた。少なくとも表面的にはね。


    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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