めんどくせぇことばかり 『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人
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『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人

とびとびになっちゃったけど、ようやく藤本ひとみさんの『幕末京都守護職始末』シリーズを読み終わった。

その前の『幕末銃姫伝』、『維新銃姫伝』も、会津に焦点を当てたもの。
藤本さんが続けて会津を書いたのは、なんかこだわりがあるんだろうか。

今のNHK大河ドラマ、『軍師官兵衛』の前にやってたのが『八重の桜』。
『八重の桜』は視聴率が低かったらしいけど、その理由の一つとしてあげられてたのが・・・

NEWSホストセブン 2013.03.31
『八重の桜』の長州藩描写 山口県民は受け入れ難いの意見多し
http://www.news-postseven.com/archives/20130331_178740.html

 
「まだまだ物語は始まったばっかり。それやのに、もうすっかり長州藩は悪者扱いじゃけえね。このままやったら、戊辰戦争で会津に攻め入った長州藩は、鬼のように描かれるでしょ。ちょっと見る気がせんのよね」

大政奉還、王政復古後に戊辰戦争が勃発すると、今度は会津藩が新政府軍から「賊軍」の汚名を受け、徹底的な弾圧にあう。さらに新政府軍は会津戦争における犠牲者の埋葬を禁じたため、会津の人々は家族の遺体が野に晒され、鳥や獣に食い散らかされる悲惨な状況を目の当たりにしたとされる。

これらの遺恨はまだ根深く残っており、2007年に山口選出の安倍晋三首相(前任時)が会津若松市を訪れた際、「先輩がご迷惑をかけたことをお詫びしなければならない」と語ったほどだ。(抜粋)

まったく安部首相も意気地がないよな。支那・韓国に四の五の言われようと何が関係あるんだよ。政治的配慮で二の足踏んで、向こうさんが静かになったら行こうって程度のことかね、もしかして最初から。

だいたいが、靖国神社ってのが大っ嫌いなんだ。日本のために命を投げ打ってくれた方々が祀られてるからお参りするけどさ。もとになった東京招魂社は大村益次郎の献策で官軍の戦没者を祀るもの。長州人が建てたんだろ。その長州人に、賊軍に仕立てあげられたのが会津でさ。とんでもない目に合わせてくれたわけだ。安部首相がお詫びしたくらいじゃ済まないほどにね。
『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』 石光真人
(1971/05)
石光 真人

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1971年5月25日初版
2009年5月15日47版
血涙の辞
いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく時を過して齢すでに八十路を超えたり。

多摩河畔の草舎に隠棲すること久しく、巷間に出づることまれなり。粗衣老軀を包むにたり、草木余生を養うにあまる。ありがたきことなれど、故郷の山河を偲び、過ぎし日を想えば心安からず、老残の身の迷いならんと自ら叱咤すれど、懊悩流涕やむことなし。

父母兄弟姉妹ことごとく地下にありて、余ひとりこの世に残され、語れども答えず、嘆きても慰むるものなし。四季の風月雪花常のごとく訪れ、多摩の流水樹間に輝きて絶えることなきも、非業の最期を遂げられたる祖母、母、姉妹の面影まぶたに浮かびて余を招くがごとく、懐かしむがごとく、また老衰孤独の余を憐れむがごとし。

時移りて薩長の狼藉者も、いまは苔むす墓石のもとに眠りてすでに久し。恨みても甲斐なき繰言なれど、ああ、いまは恨むにあらず、怒るにあらず、ただ口惜しきことかぎりなく、心を悟道に託すること能わざるなり。

過ぎてはや久しきことなるかな、七十有余年の昔なり。郷土会津にありて余が十歳のおり、幕府すでに大政奉還を奏上し、藩公また京都守護職を辞して、会津城下に謹慎せらる。新しき時代の静かに開かるるよと教えられしに、いかなることのありしか、子供心にわからぬまま、朝敵よ賊軍よと汚名を着せられ、会津藩民言語に絶する狼藉を被りたること、脳裏に刻まれて消えず。

薩長の兵ども城下に殺到せりと聞き、たまたま叔父の家に仮寓せる余は、小刀を腰に帯び、戦火を逃れきたる難民の群れをかきわけつつ、豪雨の中を走りて北御山の峠にいたれば、鶴ヶ城は黒煙に包まれて見えず、城下は一望火の海にて、銃砲声耳を聾するばかりなり。
「いずれの小旦那か、いずこへ行かるるぞ、城下は見らるるとおり火焔に包まれ、郭内など入るべくもなし、引き返されよ」
と口々に諫む。そのころすでに自宅にて自害し果てたる祖母、母、姉妹のもとに馳せ行かんとせるも能わず、余は路傍に身を投げ、地を叩き、草をむしりて泣きさけびしこと、昨日のごとく想わる。

落城後、俘虜となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧にも窮し、伏する褥なく、耕すに鍬なく、まこと乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に筵を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失せて、いまは知る人もまれとなり。

悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。
これ書いたの、柴五郎だよ。なんてことだろう。あの柴五郎において、この最晩年に、ここまでの“血を吐く思い”を吐露するほどの出来事だった。山口県や鹿児島県の、大河ドラマを楽しみにしているお年寄りには思いもよらないかもしれないけど、やっぱり薩長が会津にしたことは、日本人として共有すべき記憶なんだよ。これは山口県とか鹿児島県って話じゃなくて、日本の問題なんだな。それをないがしろにして、イケイケで行った結果がアメリカにこてんぱんにやられたんだ。

安部首相が靖国に参拝するのはいつになるのかしらないけど、次に行くときは会津の魂も連れてってね。・・・そうそう、靖国神社。神社自身が少し考えた方がいい。


    

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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