めんどくせぇことばかり 「GHQ焚書図書開封5」 西尾幹二

「GHQ焚書図書開封5」 西尾幹二

ハワイ併合史
1778年
イギリス海軍探検家ジェームズ・クックがこの島にやってきた。彼自身は、原住民との誤解にもとづく抗争で殺されてしまう。クックや、それを引きついだジョージ・バンクーバーの航海は、大西洋から北西に向かい北極海を抜けて支那に向かうルートを開拓することを目的としたものだった。それらの船員のなかに、この島で暮らしたいと希望するものがあり、バンクーバーはそれを許すとともに、ハワイ島の一族長に過ぎなかったカメハメハに軍事のノウハウを伝授させた。

1810年
カメハメハによるハワイ統一。治安の安定と欧米人によるハワイ認知により、ハワイは商船の寄港地として賑わいを見せる。 主に北米北西部で仕入れた毛皮を支那に運ぶ商船であった。

1819年
カメハメハを継いだリホリホ王が、ハワイ固有の宗教行事を廃止。

1820年4月
宗教的空白地帯となったハワイに、多くのプロテスタント系宣教師が来島。
宣教師の独善
※虚飾や華美を嫌い、何より王政を嫌悪。
※カルビン派の教条通り金儲けは神の御心に合致する行為。
※ハワイの伝統や文化に一切の関心を示さず。
※西洋的ビジネスシステムを持ち込み、土地所有の自由化をめざす。
※西洋的学校システムを持ち込み、英語教育を行き届かせる。
※後にハワイの主要産業となるサトウキビプランテーションは、これらの宣教師の子孫によって経営される。
※ハワイ経済を握るこれらの宣教師の子孫たちは、後に王国の要職の殆どを独占し、内外政を壟断した。
1820年頃
ハワイの山々に繁茂する白檀に目をつけた商人があり、その需要は最盛期を迎える。日本に近い海を漁場とするアメリカの捕鯨船がハワイに寄港するようになる。

1835年
カウアイ島で、ラッド・カンパニーがサトウキビプランテーション経営を開始。

1840年頃
乱伐により白檀の輸出が衰退。それを穴埋めするように捕鯨船が増え、船員を客として賑わう。

1844年
ハワイの土地が、政府、王族、部族長、一般人に分配される。

1850年
外国人の土地所有が認められる。外国人による土地の買い占めが可能になり、プランテーション経営に道が開かれる。

1850年頃
捕鯨船の寄港は最盛期を迎えるが、60年代に入ると、南北戦争と石油の発見で捕鯨事業事態が衰退。

1868年
アメリカ人貿易商で在日ハワイ国総領事を兼ねていたユージン・バン・リードが幕府と交渉し、出稼ぎ人300人を集める。幕府に変わり明治維新政府が交渉相手に変わると、新政府は一転これを中止させるが、出向準備を整えていたバン・リードは無許可のまま153人を移民させる。

1869年
明治政府は使節団を派遣してハワイ政府と交渉し、契約と過酷な労働を不満とする40名を帰国させ、残留者の待遇改善を約束させる。


1870年頃
捕鯨船寄港、ほぼ消滅。西洋人の持ち込んだ風疹、インフルエンザ、百日咳で死亡率上昇、性病の蔓延で出生率低下により、このころまでに人口半減。

1872年
真珠湾の軍事的意味に目をつけたアメリカが、ハワイ政府に真珠湾の割譲を要求するも、島民の反対で交渉は失敗。

1873年
ルナリロ国王即位。国王は有力なアメリカ人を閣僚に据えることで、アメリカからの政治的経済的援助を期待した。

1874年
ルナリロ国王急死。カラカウア国王即位。

1875年
米布互恵条約締結(グラント大統領時代)。ハワイの佐藤に対知るアメリカの関税が撤廃される。以後、クラウス・スプレッケルスらにより、サトウキビプランテーション経営本格化。第4条「ハワイのいかなる領土もアメリカ以外の他国に譲渡・貸与せず、特権も与えない」とあるように、ハワイのアメリカ依存が強まる。

1881年
ハワイ、カラカウア国王が来日し、明治天皇に謁見。白人にハワイを強奪されることを懸念し、日本に助けを求めた。具体的には、王位を継がせるつもりの姪カイウラニと山階宮定麿親王との結婚を要望し、日本の力を背景にアメリカの圧力に抗しようとする。明治天皇は、諸情勢からこれを拒否。

1885年
日布移民条約締結。第一回移民船で946名の日本人が東京市号でハワイに渡る。

1 渡航費用はハワイ側が負担
2 三カ年の契約でハワイの砂糖耕地での労働。
  ただし労働選択の自由なし。
   日給  男 九弗+食費六弗
           妻 六弗+食費四弗
3 一ヶ月の労働日数  二十六日
  一日の労働時間  耕地十時間 工場十二時間
4 移民とその家族を無料で治療する
5 移民の給料の二割五分を天引き貯金する

1887年
銃剣憲法
アメリカによるハワイ併合をめざすアメリカ系サトウキビプランテーション経営者たちは、すでにハワイの経済ばかりではなく、経済にも大きな影響力を誇っていた。 彼らの組織したハワイ連合がこの年に武装蜂起し、カラカウア国王に銅憲法を受け入れさせた。
アジア系移民から投票権剥奪。(日本人移民から投票権を奪う)
投票権に、収入、財産の規準を設ける。(ハワイ現地人から投票権を奪う)
国王の権限を弱める。
枢密院、内閣の権限を強化する。(白人系ハワイ人の権限強化)
1890年にはすでに、日系移民は12,360名を数え、現住ハワイ人と併せれば、その数は人口の50%を超えていた。

1891年
カラカウア国王、サンフランシスコで客死。妹のリリウオカラニ国王即位。

1893年
リリウオカラニ女王は銃剣憲法とハワイ人の復権をめざし新憲法の制定を計画するが、これが白人プランテーション経営者のグループに察知される。白人グループは安全委員会を立ち上げ、アメリカによるハワイ併合を計画し、ホノルルの治安悪化を理由にアメリカ海兵隊に出動を要請する。ホノルル港に停泊していた米巡洋艦ボストン号から海兵隊が出動し王宮を占拠、リリウオカラニ女王は退位させ王政の廃止、さらにサンフォード・ドールを大統領に暫定政府の樹立を宣言する。サンフォードを追ってハワイに移った後ドール・フード・カンパニーを創業したハワイのパイナップル王ジェームズ・ドールは従弟にあたる。

日本は急遽、在留邦人保護を理由に巡洋艦「浪速」(艦長:東郷平八郎大佐)と「金剛」の2隻をハワイに派遣し、ホノルル港に停泊中の米艦ボストンの両側を挟んで真横に投錨してクーデター勢力を威嚇した。東郷は新政権を完全に無視し、リリウオカラニ女王の側近とのみ接触。アメリカのクリーブランド大統領はハワイ併合を見送った。
巡洋艦浪速

1894年
前年以来、両陣営からアメリカ議会工作が行われたが、暫定政府はこの年の7月、ハワイ共和国の樹立を宣言。

1895年
王政派による武力蜂起がおこされるがまもなく鎮圧。ハワイ軍人ウィルコックスら反乱首謀者らは内乱罪で死刑を求刑されたが、約200人の命と引き換えにリリウオカラニは女王廃位の署名を強制され、ハワイ王国は滅亡した。

1898年
ウィリアム・マッキンリー大統領時代、ハワイは正式にアメリカに併合され、アメリカ合衆国ハワイ準州となる。

ハワイ併合法案を審議する本会議に参考人として招かれたアルフレッド・マハンの証言
『我が国はより強力な海軍力を必要としています。一度戦争が(太平洋方面で)起こるようなことがあれば、(いまの海軍力では)太平洋岸の領土を防衛することはできません。それだけではありません。ハワイ諸島を他国が占領することを阻止することさえもできません。しかし我が国がこの島をさきに占領し、要塞化しておきさえすれば、(我が国よりも強力な艦隊を所有する国でさえも)アメリカ太平洋岸を侵略することは難しくなります。ハワイに海軍基地を保有せずして我が国を攻撃することはまず不可能なのです。』

1959年

アメリカ合衆国50番目の州に昇格。

『GHQ焚書図書開封〈5〉ハワイ、満洲、支那の排日』『GHQ焚書図書開封〈5〉ハワイ、満洲、支那の排日』
(2015/02/06)
西尾 幹二

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ー西尾幹二さんのすごいお仕事ー

上の年表は、以前子の本を読んだ時にまとめておいたもの。高山正之さんの『アジアの解放、本当は日本軍の❢』に書かれていたハワイやセオドア・ルーズベルトのことを呼んで、思い出して引っ張りだした。

セオドア・ルーズベルトに関しては、あとで別に改めて書くね。ここでは、ちょっと、以前書いたものを・・・。



副題は「ハワイ、満州、支那の排日」

今回開封されたのは、「ハワイを繞る日米關係史」、「少年満洲讀本」、「日本と支那の諸問題」の三冊。

「ハワイを繞る日米關係史」
この本では、アメリカのハワイ侵略と併合、さらにそれに対する日本の関わりが詳しく書かれている。おそらく、“ハワイ”という一つの文化の滅亡について、これ以上詳しく書いた本は、世界に一冊も存在しないだろう。米墨戦争の勝利とゴールドラッシュにより太平洋に出会ったアメリカのフロンティアは、一刻もとどまることなく西へ向かう。それこそ彼らのマニフェスト・デスティニーだった。目指すChinaは太平洋の対岸、その手前のJapanへ向かう中間点に位置するハワイ。地図上ハワイは、まさに宿命的な位置にある。

「少年満洲讀本」
「父が、見聞を広めさせようと、二人の息子を満洲旅行に連れ出す」という設定で語られる、"子供たちに伝えたい満洲の真実"ってかんじの本。同時代人が、満洲をどうみたか。なんの色眼鏡もなく、素の満洲が語られる。

「日本と支那の諸問題」
今回の目玉はこの本だろう。いや、著者の紹介だけでは物足りない。今すぐ手にしたい。初恋のように胸が疼く。戦前と現在をつないで、ここまで支那の排日を的確に書き表したものはないんじゃないだろうか。しかも驚いたことに、今私達が感じているのと全く同じ事を、80年前に日本人が感じ、解明し、書き留めているっていうんだから。まさに脅威の本だ。

・・・、こういうものを読むと、ものを知らないことが恐ろしくなる。この中で紹介されたの本をGHQが焚書したかった気持ちがよくわかる。 焚書の恐ろしさに唾棄するとともに、著者の発掘に感謝。





    




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今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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