めんどくせぇことばかり 台湾(覚書)『岡田英弘著作集 Ⅵ 東アジア市の実像』

台湾(覚書)『岡田英弘著作集 Ⅵ 東アジア市の実像』

NETIBNEWS  2015/2/20
台湾次期総統選の行方は?
http://www.data-max.co.jp/politics_and_society/2015/02/30941/0220_sn1/
(抜粋)
 野党・民進党は、蔡英文主席が、総統選挙の候補者を決める党内の予備選に出馬する意向を明らかにし、、このまま蔡氏が、民進党の候補者となる公算が大きい。
 民進党は、総統選の前哨戦とも言われた昨年11月の統一地方選で大躍進し、8年ぶりの政権交代への気運が高まる。
 一方、中国大陸は、独立派の民進党の動きはほぼ「無視」状態。このまま、台湾総統選で、民進党が勝利した場合、都合の悪いことにはフタをする傾向が強い中国大陸の報道は「無視」を決め込む可能性が高くなっている。

ちなみに、台湾の次期総統選は2016年の1月。たったの半年後。
『岡田英弘著作集 Ⅵ 東アジア市の実像』

藤原書店 ¥5,940

ーシナの影響下で盛衰してきた地域ー
歴史舞台への初登場
一六二四年、オランダがここに東シナ海交易の根拠地を置いたのが最初。今の台南市の安平あたりにゼーランディア城を、入り江の対岸にプロヴィンシア城を築いた。この案平あたりに居住していたタイオワンという部族名が台湾という名称の起こり。
鄭氏三代の台湾支配
清朝の太宗ホンタイジが亡くなった一六四三年、わずか六歳のフリンが跡を継いで順治帝となった。その翌年、明朝最後の皇帝が反乱軍に北京を占領されて自殺。明朝からの要請を受けて順治帝が北京に入って紫禁城の玉座につく。支那の南部では明朝の皇族が抵抗した。その一人が魯王で、その魯王を担いだのが国姓爺・鄭成功である。鄭成功は福建省の沖合の島を根城にしたが、一六六二年、二万五千の兵を率いてオランダ人を降伏させる。鄭成功はこの年に死ぬが、息子と孫は台湾に亡命政権を立てて、二二年間抵抗した。一六八三年、清朝の満洲軍が台湾に侵攻し、鄭成功の孫はこれに降伏した。
清朝の台湾支配
 清朝は満洲人とモンゴル人が連合して、支那の外に作った政権で、そのあとで支那を支配した。第一公用語は満州語で、必要に応じてモンゴル語と漢語が併用された。科挙の試験に受かって役人になった漢人は支那の行政を担当するだけで、満洲やモンゴルの統治には関与できなかった。後にチベットとウイグルも版図に入れるが、やはりこれにも漢人は関与できなかった。言いかえれば、清朝という帝国の中で、支那は満洲人に支配される植民地の一つだった。だから、一六八三年に征服された台湾は、満洲人の支配下にはいったのであって、支那の領土になったのではない。
 清朝は台湾渡航を制限したが、人口過剰の福建省からの密航は後を絶たなかった。台湾の極端に悪い治安は、入植者同士の仲が悪く、背景には土地の奪い合いがあったらしい。泉州人、廈門人、潮州人、客家が入り乱れて争った。清朝はそんな台湾を持てあまし、二〇〇年間にわたって何の施策も行われなかった。
台湾征伐ー清仏戦争ー日清戦争
 琉球処分で日本に編入された琉球人の一団が、海上遭難して漂着した台湾の牡丹社という村で殺害されていたことの責任を清朝に追及。清朝が「化外の地」と責任を回避すると、一八七五年、日本は軍を差し向けて牡丹社を征伐。清朝から賠償金をとって撤兵。
 一八八四・八五年の清仏戦争ではフランス艦隊が台湾の西側の諸港を封鎖して福建省との連絡を絶った。清朝は初めて、台湾の国防上の重要性を認識。八五年には台湾巡撫という支那内地並みの行政機関を置くが、わずか十年、一八九五年の下関条約で台湾は日本に割譲された。、清朝が日本に譲り渡したのであって、日本が支那から奪ったのではない。 
日本による統治の特徴
 日本は法律を尊重し、法律に従って統治をおこなった。内地の法を事情の違う台湾にそのまま適用せず、台湾総督が特別に法を定めた。法の運用は公平で、不当な逮捕、連行、監禁、処刑などはまったくなかった。
 日本は教育に熱心だった。教育の普及により、台湾の住民は始めて日本語という共通言語を持った。日本語を通して世界の近代文明を吸収し、現在の「台湾人」というアイデンティティの基礎を築いた。
国民党の台湾支配
 『犬(日本人)さって豚(支那人)来たる』・・・日本の撤退と国民党の入島は、そう言われた。豚は食って食って、食いまくるだけで、次第に国民党の横暴が目立つようになった。
 一九四七年二月二八日、専売局巡視官の台湾人いじめがもとで台湾人が立ちあがった。行政長官陳儀が武力行使を容認すると抗議行動は暴動に発展した。台北占領の方が伝わると、台湾のあちこちで台湾人が立ちあがった外省人はことごとく殴打された。台湾人は通行人を誰何し、「君が代」を歌わせて、外省人をあぶりだした。
 陳儀は蒋介石に軍の派遣を要請した。誰もかれもが、令状もなしに逮捕、連行され、裁判もなしに銃殺され、闇から闇に葬られた。一説では二万人ともいう。
 二・ニ八事件は、台湾人の“中国人”に対する怨念を抜きがたいものにして、“中国人”を前提にした“台湾人”という民族意識を固める機会となった。
清朝の支配と台湾の帰属
 清朝皇帝は、満洲人に対しては部族連合会議の議長である。モンゴル人に対してはチンギス・ハーン以来の大ハーンである。漢人に対しては始皇帝以来の皇帝であり、チベット人に対してはチベット仏教の保護者であり、ウイグルのイスラム教徒に対してはジューンガル帝国の後継者として統治権を行使する立場にあった。要するに、支那は植民地の一つだった。支那が清朝であったわけではなく、清朝が中華帝国であったわけでもない。
 この状況が変化したのが、一八世紀半ばのイスラム教徒の大反乱である。さらに西方のコーカンドからヤアクーブ・ベクという英雄が進出し、イスラム王国を作った。新疆は清朝の手から離れた。清朝では新疆放棄も話し合われた。これを止めたのは、漢人の左宗棠という将軍である。彼は配下の湖南人の義勇兵を率いてヤアクーブ・ベクのイスラム王国を滅ぼした。
 「いままでどおりのイスラム教徒の自治では、もはや反乱は防げない」という左宗棠の意見により、ウイグルは支那内地化され新疆省が置かれた。これは清朝の性格を根底から変える大事件であった。それまでの満洲人とモンゴル人の連合統治体制が、満漢一家の国民国家化への動きの始まりである。満洲人は、同盟の相手をモンゴル人から漢人に切り替えた。
 日本は大東亜戦争に負けたあとも、台湾を支那に返還していない。サンフランシスコ平和条約には、「日本は台湾に対するすべての権利、権限および請求権を放棄する」とあるだけである。この規定通り、日本は台湾を放棄した。もともと台湾は清朝から譲渡されたもので、返還となれば満洲人に返還することになるが、その満洲人の国がないのだから、ただ放棄したのみだ。台湾の帰属は、台湾人が決めればいい。





 




 


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今日も山を歩いてきた。この間、土曜日に特出で働いたんで、こういう平日に休みが取れるといいね。二時間ほど歩いてきたんけど、途中であったのは一人だけ。私とおんなじようにウォーキングポール使っている人だった。

実は、まともに歩けばもっと人にあったかもしれない。今日は、道を外れてみました。たまたま正規の山道に戻った時にあったのが、さっきの人。

道を外れると入っても、山仕事の人は入ってるからね。深入りしなけりゃけっこう歩けるくらいの跡はついてる。入ってみたら、先の方に、けっこう松の大木がある。「へぇ~、こんな大木があるんだ」・・・そう思ったらもう止まらない。谷に降りて、急斜面を横切り、尾根に向けて直登。ああ~、楽しい。夢中になっちゃった。
ちょっと足が痛い。休もう。

な~んにも持ってこなかった。・・・喉が渇いた。そんな時はこれ。イタドリ。ウィキペディアで見てみたら、別名はスカンポ、イタンポ、ドングイ、ゴンパチ、エッタンだって。でも、うちの方ではこれをシーカンボと読んでた。遊びに行ってのどが渇いたら、これの皮を向いて水っぽい茎を食った。
イタドリ
DSCF2614.jpgガキじゃありませんからね。ちゃんとナイフ使ってね。皮も歯でかんで外さずに、ちゃんとナイフでね。なんにも持ってない時でも、なぜかナイフだけは持ってるんだよな。DSCF2615.jpg
最近はなんでもないのにナイフ持ってると、なんだかいけないみたいなんだけどさ。別にちっとも珍しいもんでも、高価なもんでもなんでもないけどね。いつどこで買ったかすら、覚えてないな。まあ、神田のさかいやスポーツだと思うけど・・・。少なくとも三〇年は使ってるな。



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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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