めんどくせぇことばかり 『21世紀の「脱亜論」ー中国・韓国との決別』 西村幸祐
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『21世紀の「脱亜論」ー中国・韓国との決別』 西村幸祐

  世界交通の道、便にして、西洋文明の風、東に漸し、至る處、草も気も此風に靡かざるはなし。

蓋し西洋の人物、古今に大に異なるに非ずと雖ども、其擧動の古に遅鈍にして今に活發なるは、唯交通の利器を利用して勢に乗ずるが故のみ。

故に方今当用に國するものゝ為に謀るに、此文明の東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども、苟も世界中の現状を視察して事實に不可ならんを知らん者は、世と推し移りて共に文明の海に浮沈し、共に文明の波を掲げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり。

文明は猶麻疹の流行の如し。

目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して、春暖と共に次第に蔓延する者の如し。

此時に當り此流行病の害を惡て此れを防がんとするも、果して其手段ある可きや。

我輩斷じて其術なきを證す。

有害一遍の流行病にても尚且其勢には激す可らず。

況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや。

當に之を防がざるのみならず、力めて其蔓延を助け、國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し。

西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として、國民漸く其採る可きを知り、漸次に活發の氣風を催ふしたれども、進歩の道に横はるに古風老大の政府なるものありて、之を如何ともす可らず。

政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず。

如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして、舊套を脱すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり。

然ば則ち文明を防て其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず。

如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり。

是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き、又幸に帝室の神聖尊嚴に依頼して、斷じて舊政府を倒して新政府を立て、國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、主義とする所は唯脱亞の二字にあるのみなり。

 我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。然るに爰に不幸なるは近隣に國あり、一を支那と云い、一を朝鮮と云ふ。

此二國の人民も古來亞細亞流の政教風俗に養はるゝこと、我日本國に異ならずと雖ども、其人種の由來を殊にするか、但しは同様の政教風俗中に居ながらも遺傳教育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國三國相對し、支と韓と相似るの状は支韓の日に於けるよりも近くして、此二國の者共は一身に就き又一國に關してして改進の道を知らず。

交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして、其古風舊慣に變々するの情は百千年の古に異ならず、此文明日新の活劇場に教育の事を論ずれば儒教主義と云ひ、學校の教旨は仁義禮智と稱し、一より十に至るまで外見の虚飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、尚傲然として自省の念なき者の如し。

我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず。

幸にして其の國中に志士の出現して、先づ國事開進の手始めとして、大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て、先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども、若しも然らざるに於ては、今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。

如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室内に閉居し、空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり。

輔車唇歯とは隣國相助くるの喩なれども、今の支那朝鮮は我日本のために一毫の援助と爲らざるのみならず、西洋文明人の眼を以てすれば、三國の地利相接するが爲に、時に或は之を同一視し、支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず。

例へば支那朝鮮の政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば、西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば、西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、支那人が卑屈にして恥を知らざれば、日本人の義侠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの惨酷なるあれば、日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き、是等の事例を計れば、枚擧に遑あらず。

之を喩へば比隣軒を竝べたる一村一町内の者共が、愚にして無法にして然も殘忍無情なるときは、稀に其町村内の一家人が正當の人事に注意するも、他の醜に掩はれて湮没するものに異ならず。

其影響の事實に現はれて、間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず、我日本國の一大不幸と云ふ可し。

左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。

惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。

                        『時事新報』1885(明治18)年3月16日

本書の巻末に、「脱亜論」原文と、「脱亜論」現代語訳がついている。読んでみたんだけど現代語訳には迫力が足らず、やはり原文に如くは無し。でもやっぱり昔の言葉の言い回しなれないもんで、一行ずつ区切ってじっくり読んでみた。やっぱりすごいね。

やはりこの時事新報の社説が一八八五年三月一六日のものであることを考えれば、これを書いた動機がその前年、一八八四年十二月の甲申事件にあることに疑いは持てない。
清兵と朝鮮暴徒の日本人虐殺
 政変時の清兵と朝鮮暴徒による略奪・暴行には、すさまじいものがあった。 鐘路付近の商店のほとんどが破壊・略奪の被害を受け、日本人家屋からの略奪が相次いだ。また、各地にまとまって避難していた日本人集団が襲われ、あちこちで婦女暴行や、殺戮の惨劇が惹き起こされた。
 しかし日本政府には、後ろめたさがあったためか、この暴行・虐殺事件について、李朝政府や清国政府に声を大にして抗議することをしなかった。李朝に対しては、比較的軽い賠償金をもって、清国にいたっては、李鴻章から一片の紙切れを受け取っただけで事をすませてしまったのである。そのために、日本では政府の「軟弱外交」への激しい抗議とともに、猛烈な勢いで、反清・反朝鮮の声がわき上がることになってしまった。

金玉均の家族
  政変後、国王が「恩典」として、手早く金玉均の養子縁組を改廃する措置をとったので、養父の金炳基(キムビョンギ)家には災いがおよばなかった。しかし、実父の金炳台(キムビョンテ)は捕縛されて天安の獄舎につながれた。金玉均逮捕を待って、ともに極刑に処すためである。
 母と上の妹は政変直後に毒を飲んで自殺。弟の金珪均(キムキュキュン)は甲申クーデターに参加して殺害されている。下の妹は逃亡し、変装したり名を変えたりして艱難辛苦の流転生活を送った。 
金玉均の妻の兪氏と七歳の娘は、逮捕の噂が立ったために逃亡したが、三カ月後に捕縛されて獄舎につながれた。その後、養家の縁が解かれていたため釈放され、かつて舅の下男だった老僕の家に預けられたが、やがてそこも出なくてはならなくなり、各地を転々として貧寒生活を送った。一〇年後、金玉均の書生だった男の助けでソウルへ戻ったが、後に忠清南道の僻村に隠れるようにして住まい、寂しく余生を送った。それを知った福沢諭吉が、東京へ来れば生涯の世話をすると救助の手を差し伸べたが、固く辞退したという。
『21世紀の「脱亜論」ー中国・韓国との決別』  西村幸祐

祥伝社新書  ¥ 842

もはや“一衣帯水” などという幻想は捨て、中朝韓以外のアジアと連携を深めていかなければならない

序章  彼らに別れを告げるとき
第一章  新しい「脱亜論」の誕生
第二章  〈特定アジア〉三カ国と距離を置くべき理由
第三章  閉ざされたアジアから、開かれたアジアへ
第四章  アメリカに依存しない〈新・脱亜〉のあり方
本書の中にもあるけど、この福沢の「脱亜論」は、戦後、《侵略の論理》として取り上げられた。最初に引用されたのは一九五一年。歴史学者の遠山茂樹が書いた「日清戦争と福沢諭吉」という論文だったという。その後、徐々に取り上げられることが増え、今では教科書にもその記述が見られる。いずれも、《侵略の論理》という側面が強い。以前、自分がこの言葉に関わった時には単なる「脱亜」ではなく、「脱亜入欧」という四字熟語で紹介されていた。

《脱亜》か~。私はいろいろなことを考えて頭が混乱してくると、無性に《鎖国》したくなる。あ~、なんとか《鎖国》出来ないもんだろうか。三百年くらい。なんかさ~、日本の領土・領海・領空にバリアを張り巡らせて、その内部を異次元化してしまう。都合よく、日本人の出入りだけは自由自在で、よそのやつの立ち入りは絶対に許されない。そんな方法がないもんだろうか・・・ってさ。

学生の頃は、ベルリンの壁が崩れるなんて思ってなかったし、冷たい戦争が終了するなんて思ってなかった。あれから四半世紀が経過して、世界は今、またまた揺れ始めた。何が起こるんかね。何があっても対応できるように、この揺れの向こう側に確固たる国家として存在できるようにしておかないとね。



 
 




 


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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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