めんどくせぇことばかり 90年代の悲劇の始まり(覚書)『戦火のサラエボ100年史 「民族浄化」もう一つの真実』 梅原季哉

90年代の悲劇の始まり(覚書)『戦火のサラエボ100年史 「民族浄化」もう一つの真実』 梅原季哉

ボスニア内戦か。今にして思えば、「さすがはバルカン半島」とだって言えるけど、それにしてもひどいね。繰り返すねぇ、バルカン半島。

チトーが束ねて、チトー自身が結わえてていたユーゴスラビア。その時代には、民族主義はタブーだった。だけどタブーだったのはチトーがおっかなかったからで、おっかないチトーがいなくなってみれば、間もなく噴き出した。それはクロアチア人極右民族主義組織ウスタシャとセルビア人の王党派の民族主義武装組織チェとニクが、血で血を洗うがごとく殺し合った第二次大戦時の記憶。

チトーという薄皮の下には押しとどめようのない、怒涛のような憎悪のマグマがたぎっていた。

私にとっても、・・・著者と同じくという意味だけど・・・、サラエボといえば、まずは《サラエボ事件》。最近の言い方をすると、《サライェヴォ事件》。・・・ああ、めんどくせぇ。でも、それだけに、サラエボ・オリンピックはよかった。黒岩彰は沈没したけど、さわやかな印象の残るオリンピックだった。

著者はただの朝日新聞の人なんだろうけど、時々言葉が引っ掛かった。《多民族国家の理想を掲げた連邦国家ユーゴスラビアにとって、最後に咲いたあだ花が一九八四年のサラエボオリンピックだった》だってさ。・・・まあ、《あだ花》には違いない。

“サラエボ”は、第一次世界大戦のきっかけになったフランツ・フェルディナント大公夫妻暗殺事件のおこった場所としてではなく、民族や思想を超えた融和の象徴として、世界の人々の記憶に残るはずだった。

「みんなが家族だった」と言う記憶がたったの八年で消えてしまったわけではない。だけど、それ以上の憎しみが、その記憶を覆い尽くしてしまうことはあるのだろう。今では、九〇年代の内戦の記憶のまえに、「みんなが家族だった」記憶は何の意味も持たない。
『戦火のサラエボ100年史 「民族浄化」もう一つの真実』 梅原季哉

朝日新聞出版  ¥

民族主義と歴史認識の相克を、サラエボで100年続く家族への聞き取りと証言でたどる本格ノンフィクション

チトーが死ぬのが一九八〇年。その後は集団指導体制っていうやり方になったんだよね。六つの共和国と二つの自治州からの代表八人が幹部会を構成し、一年ごとの輪番で国家元首を務める。

ただ、チトーのような強力な統制力がない限り、民族主義は抑えようがない。だけど、最初からかつての殺し合いの記憶が問題になったわけじゃない。問題になったのは国内における南北問題。相対的に経済力の高いスロベニアやクロアチアは、自分たちの納めた税がそれ以外の“南”の貧しい地域に使われることに不満を持っていた。

一九八九年のベルリンの壁崩壊以降の一連の流れの影響も大きい。旧共産圏諸国で複数政党による自由選挙が実施され、これがユーゴスラビアでは連邦内共和国であるスロベニア、クロアチア両共和国で行われた。結果は民族主義政党の圧勝で、共産党にかわって政権の座に就いた。

共産党を通じてセルビアの権力を掌握したミロシャビッチは、コソボ、ボイボディナ、モンテネグロを抑えて幹部会の半数の票を握り、事実上の拒否権を確保した。分権化に望みをつないでいたスロベニア、クロアチア両国は、これに失望して独立への動きを速めることになる。

一九九一年六月の、両国の独立宣言は、そのための戦争を意味した。セルビア人度数の低いスロベニアは早々に、少将長引いたクロアチアも、九一年一二月のドイツによる両国独立承認により、大勢は決した。

この戦いにおけるセルビア人とクロアチア人の対立は、ボスニア・ヘルツェコビナにおける民族対立に持ち越された。ボシュニャク人とクロアチア人にとっては、スロべニア共和国、クロアチア共和国の独立は分母となる連邦の枠組みが変える形となり、連邦内にとどまる危険性を高めることにつながった。

四八%を占めるボシュニャク人は独立すれば、その数の力にものを言わせることができた。三七%のセルビア人は独立は少数派への転落を意味した。一四%のクロアチア人は、セルビア人への対抗上ボシュニャク人と行動を共にしたが、独立後はクロアチア共和国との連携を強く望み、ボシュニャク人との間に軋轢をはらんでいた。

さらにセルビア人、クロアチア人には、セルビア共和国、クロアチア共和国からの、有形無形の支援、および多種多様の接触が存在した。

一九九二年二月、独立を問う住民投票が行われた。有権者の三分の二が投票し、そのうち九九%が独立を支持した。セルビア人は住民投票を拒否した。

三月一日、サラエボの中心地を、セルビアの巨大な国旗を窓から掲げた車の列が走り回った。結婚式に参じるセルビア人たちの車列で、ボシュニャク人やクロアチア人には、ボスニアの独立を拒絶し大セルビア主義を主張する挑発ととらえられた。

一人のボシュニャク人が、それにむき出しの暴力で応じた。彼の放った一発の銃弾は、新郎の父親を射殺していた。二十万人が犠牲となるボスニア内戦の最初の犠牲者であった。






 


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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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