めんどくせぇことばかり 《海難1890》(覚書)『日本、遥かなり』 門田隆将

《海難1890》(覚書)『日本、遥かなり』 門田隆将

海難1890
『海難1890』 映画パンフレット
100年の時を経て、助けられたのは日本人だった
なんか、けっして評判悪くないみたいだな。「文科省推薦とかって、ちょっとゾッとしない」とかった思って思ってたんだけどね。でも、話が話だもんね。

話題にしておきながら、じぶんでh見てないんだけどね。
全日空が

エルトゥールル号遭難事件の他にも、近年では、こんなことがありました。ずい分前の記事ですが・・・
2011年11月9日21時23分に発生したトルコ東部ワン地震で、NPO法人「難民を助ける会」職員宮崎淳さんが宿泊中のホテル倒壊に巻き込まれて亡くなった。宮崎さんは、10月に同国で発生した地震のあとトルコに入り、被災者救援のための支援活動をしていた。
その後の新聞記事のいくつかを掲載し、宮崎さんのご冥福を祈ります。

宮崎さんは心肺停止 がれきから救出され病院搬送  2011.11.10 18:22
 地震で倒壊したホテルから救出された「難民を助ける会」の近内みゆきさん=10日、トルコ東部ワン(ロイター=共同)
 トルコ東部の地震で、NPO法人「難民を助ける会」(東京都品川区)は10日、倒壊した建物内にいたメンバーの宮崎淳さん(41)が心肺停止状態で病院に搬送されたと発表した。
 同会に午後5時半すぎに現地のトルコ人スタッフから入った情報によると、宮崎さんはがれきから救出されて病院に搬送されたが、心肺停止の状態で心臓マッサージを受けているという。同会では「救出されたときに意識があったという話もあり、詳しい情報を確認している」と話している。

「ここでは死ねない」がれきから救出の近内さん パソコンの明かりが支え 2011.11.11 11:18
10日、トルコ東部ワンの病院で、アタライ副首相(左)の訪問を受ける近内みゆきさん(ロイター)
 トルコ東部ワン周辺で9日夜起きた地震で、ホテル倒壊現場から約6時間ぶりに救出されたNPO法人「難民を助ける会」の近内みゆきさん(32)が10日、ロイター通信やトルコのアナトリア通信の取材に当時の様子を語った。
 地震が発生したのは、ワンの「バイラムホテル」の自室でパソコンに向かって活動報告を書いていた時。気が付くとがれきの下に閉じ込められていた。やっと左目を開けると、開いたままのパソコンのディスプレーの明かりが見えた。「ほっとした気持ちになり、生きる希望を与えてくれた」「ここでは死ねない。将来やりたいことがいっぱいある」と自分を奮い立たせた。救助隊が現れ「とてもうれしかった」。だが一緒に活動していた宮崎淳さんが救助されたものの死亡したことについては、「友人を失った悲しみ」を語ったという。(共同)

トルコ大統領がお悔やみの手紙 宮崎さん死去悼む 2011.11.12 00:44
 トルコのメディアは11日、同国東部ワンで地震によるホテルの倒壊に巻き込まれ、東京のNPO法人「難民を助ける会」の宮崎淳さん(41)が死亡したことを受け、トルコのギュル大統領が天皇陛下宛てにお悔やみの手紙を送ったと伝えた。ダウトオール外相も在トルコ日本大使館を訪れた。
 宮崎さんは、10月下旬に大規模地震に見舞われた被災者の支援を現地で続けていたため、トルコ市民からも「なぜ宮崎さんを守れなかったのか」などと悔やむ声が広がっている。ワンに宮崎さんの名前を付けた病院を建設しようとの呼び掛けも出ているという。
 現地を訪れた同会の大西清人事務局次長によると、宮崎さんの遺体は11日、検視が終わった。同日夜にも西部イスタンブールに搬送され、できるだけ早い便で日本に戻る予定。(共同)

地震で犠牲の宮崎さんは「サムライの国から来た」…トルコ紙「記憶に刻んで」 2011.11.13 10:02
 東京のNPO法人「難民を助ける会」メンバーが支援先のトルコ東部ワンのホテル倒壊で死傷した地震で、トルコ紙ヒュリエトは13日までに、死亡した宮崎淳さん(41)=大分市出身=について「サムライの国から来た人」とたたえ、「記憶に刻んでほしい」と読者に呼び掛ける記事を掲載した。
 記事はトルコのコラムニスト、エルトゥールル・ウズクク氏による寄稿。同氏は「日本語が分からず、十分に調べられなかった」と釈明しながらも、宮崎さんの出身地や経歴を短く紹介。遠い日本からトルコの支援に訪れたことを称賛し「21世紀は彼らのような国境なき人々によってつくられる」とした。
 同氏は宮崎さんの名前を「心に刻んだ」と強調。トルコの読者らに「心の特別な場所にこの名前を刻んでほしい」と呼び掛けた。(共同)

宮崎淳さんにトルコ全土で哀悼の意 大統領は天皇陛下に感謝の書簡 J-CASTニュース 11月14日(月)19時12分
トルコ外相はツイッターで「宮崎さんの家族は我々の家族だ」とつづった
 トルコ東部で発生した地震で、救援活動のため現地を訪れていたNPO法人「難民を助ける会」の宮崎淳さんが亡くなったことに、トルコではインターネット上で哀悼の意を表す人が現れている。
 トルコの大統領は天皇陛下に書簡を送り、宮崎さんへの弔意を示した。遺体がトルコを離れる際は、空港でトルコ政府によるセレモニーが行われた。

■「トルコ国民は自己犠牲の精神を決して忘れません」
 トルコ東部では現地時間2011年11月9日、マグニチュード5.7の地震が発生、宮崎さんが宿泊していたホテルが倒壊した。数時間後に救出、病院に搬送されたが、その後亡くなったという。
 同地では10月23日、死者600人に上る大地震が起き、宮崎さんは現地で救援活動に携わっていた。そのさなかに被害に見舞われ、日本だけでなくトルコの人たちも胸を痛めた。事故後ツイッターでは、英語で「勇敢な宮崎さんの死を大変悲しんでいます」「宮崎さんこそ手本となる人物だ」といった、宮崎さんを称える書き込みが見られる。「日本の皆さんに申し訳ない」との言葉もあった。
 在日本トルコ大使館は11月11日、ウェブサイト上で宮崎さんの活動について、「感謝と敬意とともにいつまでも我々の記憶に留まるでしょう」との声明を発表した。だがトルコ側の「思い」はこれだけにとどまらない。
 トルコの英字紙やカタールのアルジャジーラ(英語版)は、トルコのアブドラ・ギュル大統領が天皇陛下に手紙を送ったと報じた。書簡の中でギュル大統領は、日本から送られた被災地への支援に対して「2国間の友好と親密さの証だと感じた」と記した後、宮崎さんと、今回の地震で負傷した「難民を助ける会」の近内みゆきさんについて触れ、「私たちトルコ国民は、おふたりの自己犠牲の精神を決して忘れません。被災地・バンにおける献身的な活動を通じて、私たちの心の中に長く記憶されることでしょう」と最大級の賛辞を贈った。
 またトルコのアフメット・ダーヴトオール外相も、ツイッターで「宮崎さんの家族は、これからずっと私たち(トルコ人の)家族だ」と投稿、大切な家族の一員を失った宮崎さん一家の心中に配慮したメッセージを送った。

■イスタンブールの空港でトルコ政府が式典
 宮崎さんの遺体は現地時間11月12日夕方、トルコを離れた。出発前にはイスタンブールの空港で、トルコ政府による追悼式典が催された。ひつぎは日の丸に包まれ、政府関係者や現地の救助隊員が見送った。被災地のために活動した宮崎さんへ、最大限の敬意を示したものと考えられる。ひつぎは14日、大分市の実家に到着した。
 日本とトルコは、地理的には遠く離れているが双方で「助け合い」の歴史を刻んできた。古くは1890年、紀伊半島沖で当時のオスマン帝国の軍艦が沈没した際、近隣住民が生存者を介抱して最終的には日本側がトルコに送り届けた「エルトゥールル号遭難事件」が挙げられる。これに対してトルコは、イラン・イラク戦争さなかの1985年、イランに取り残された日本人を脱出させるため撃墜の危機があるにもかかわらず航空機を派遣し、救出に成功した。
 両国はまた「地震国」との共通点があり、一方が震災で大きな被害を出すともう一方が救助の手を差し伸べてきた。1999年8月、死者1万7000人以上を出したトルコ北西部地震では、日本政府がすぐに人命救助隊を派遣。外務省によると、95年の阪神淡路大震災で救援活動を経験した隊員も送っている。また震災復興として、236億円の緊急円借款供与と、約5億2800万円の緊急物資・無償援助を実施した。これに対してトルコも2011年3月11日の東日本大震災で、赤十字社に相当する赤新月社から援助隊約30人が来日し、被災地での救助活動にあたった。トルコ政府は、飲料水や毛布といった物資も提供している。

宮崎さん、無言の帰国=トルコ地震で死亡、機長ら敬礼-成田(2011/11/14-00:49)
 トルコ東部の地震で死亡したNPO法人「難民を助ける会」(東京都品川区)職員の宮崎淳さん(41)の遺体が13日午後、トルコ航空機で成田空港に到着した。駐機場では、機長ら乗務員が一列に並んで、ひつぎに敬礼。宮崎さんの母(67)と弟2人がゲートから見守った。
 遺体に付き添ってきた同会事務局次長大西清人さん(46)は「本人も志半ばで悔いはあったと思うが、(会の活動を)ずっとやっていきたいという強い希望を持っていた。その気持ちを受け継いでやっていきたい」と話した。
 宮崎さんはトルコ東部ワンで宿泊先のホテルが倒壊し、死亡した。大西さんは現場から見つかった宮崎さんのパスポートや眼鏡などの所持品も持ち帰った。
 宮崎さんの遺体は家族に付き添われ、14日未明に大分市内の実家に戻った。
トルコ

トルコ首都に「宮崎さん」通り ギョクチェク市長が明言 2011年11月14日 10時24分
 【ディヤルバクル(トルコ南東部)共同】東京のNPO法人「難民を助ける会」メンバーが支援先のトルコ東部ワンのホテル倒壊で死傷した地震で、トルコメディアは13日、死亡した宮崎淳さん(41)=大分市出身=の名前が首都アンカラ市内の通りに命名される見込みだと伝えた。
 アンカラのギョクチェク市長は同日までに「宮崎さんの名前を忘れてはいけない。日本国民と政府に感謝の気持ちを示したい」と述べ、通りの命名を「市議会に提案する」と明言したという。
 市長は「トルコ人は宮崎さんを、英雄として思い続ける」と話した。

宮崎淳さま

大変お疲れ様でございました。
ふるさとの地で、ゆっくりお休み下さい。
世界のために尽くし、こころざし半ばで亡くなったものの、見事な生き方を貫いた日本人がいたと、記憶にとどめ、後から来る者に語り継ぎます。
《語り継ぎます》と、あの時約束してますので、映画『海難1890』の話題に寄せて紹介させていただきました。先日、門田隆将さんの『日本、遥かなり エルトゥールル号の「奇跡」と邦人救出の「迷走」』を購入しました。じきに紹介したいと思います。


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