『名もなき山へ』 深田久弥
最近、私の周りで山の話をする奴が増えている。増えているって言ってもね。・・・具体的には三人いる。今いる職場の山サークルのリーダ―。職場に出入りしている本屋。それから昔からの山仲間で、今でも付き合いのある数少ないうちの一人。
山サークルのリーダーは、もとリーダーの転勤で、突然お鉢が回ってきてしまい、困っているようだった。かつて私が山をやってて、足が悪くなってあきらめたことは話してあって、とりあえず、やむを得ず相談に乗ってやった。私が足が悪くて山をやめたって言ってるのに、そんなに詳しいんなら一緒に行ってくださいとか泣きついてくる。
それが、相談に乗ってるうちに、こっちが我慢できなくなっちゃった。我慢できなくなっちゃったから本屋に地図を注文したら、この本屋が山好きで、なにかと話してくる。本屋は“足のこと”を知ってるわけじゃないから仕方ない。それにしても話し出したら止まらない。そろそろ仕事に戻ったらどうだ、って思うほど止まらない。
そんな地図とかを身近に置いておいたら、たまたま遊びに来た昔の仲間がそれを見つけて、私の前では今まで山の話を我慢してた分、もう止まらない。まあいい。こいつはいずれ、足を直してからポーターとして使う。だから今は、いくらでもしゃべらせておく。
彼らの話を聞くと、「ひどい目にあった」と口々に言う。谷川なんかやってらんない。金峰は瑞牆方面からドーっと押し寄せてくる。筑波なんか身動きとれない。何のことかと思ったら、山が大混雑してるんだそうだ。ものすごいな、百名山ブーム。一時期、年寄りが山に押し寄せているって話があったけど、今は若い連中まで一緒だそうだ。・・・ゾッとする。
こらっ、深田久弥❢ こんなんなっちゃったぞ❢ どうしてくれんだ❢



そんなこと、ののしられたって困るよねぇ。深田さんは、「この山はいい山だったぞー❢」って言ってるだけだもんねぇ。それを周りの連中が、勝手にあおられてさ。まあ、そのうち熱も冷めるだろうけど、それにしても何が面白くてそんな山に登ってるんだろう。いくらだって、静かな山はあるのに。
じつは、“百名山”は読んでない。結果として、数多くの山に登り、一つ一つの山を比べるんじゃなくて、慈しめるまでに老成したからこそ、こんなにも人を掻き立てるものを書けたんだろう。“百名山”は読んでないんだけど、この本の中にある程度収録されていた。読んでわかった。やはり、深田さんは山を慈しんでいる。・・・掻き立てているんじゃない。
この本は、深田久弥さんの随筆集。数多くの随筆の中に、「名もなき山」と題されたものがある。深田さんの山登りの嗜好が、そこにはっきりと書かれている。《道標もなく、山小屋もない。誰も顧みないような山を選ぶ》って言ってる。なんと、贅沢なことを・・・。
私も同じだけど、静かな山に登りたい。山に行ってまで、人によるストレスにわずらわされるなんてうんざりだ。冗談じゃない。シーズンは山小屋は避けたし、ちょっと不便でも人から離れてテントを張った。それでも人っ子一人だれにも合うことのない山や、道もあるかないかわからない山にワクワクできるような自由は、私にはめったになかったな。
深田さんが亡くなった一九七一年、私はまだ十一歳、登った山は、武甲山くらいのもんだったろう。本格的に山を始めたのは、高校で山岳部に入ってから。だから一九七五年だな。その年に私は槍ヶ岳に登った。深田さんが「お祭りのような山には行かない」と言う山に、そのあと私は登って感激してたんだけどね。夏山合宿だった。富山から入って上高地に降りた。人がうるさいって印象は、ひとかけらも残ってない。感動だけだ。・・・いずれにしても、今なら、静かな山しか選ばない。
だったらもっと慎重にルートを探ろう。今から二度目の春は無理でも、二度目の夏には手頃な低山で足をならしていきたい。梅雨の始まる直前の、澄み切った感じがいいね。低山と言っても、やっぱり静かな低山ね。それでいて、魅力のあるところね。あっ、お金はないからね。遠くはだめよ。地元の埼玉県で、いいところを見つけよう。時間はある。

一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。
山サークルのリーダーは、もとリーダーの転勤で、突然お鉢が回ってきてしまい、困っているようだった。かつて私が山をやってて、足が悪くなってあきらめたことは話してあって、とりあえず、やむを得ず相談に乗ってやった。私が足が悪くて山をやめたって言ってるのに、そんなに詳しいんなら一緒に行ってくださいとか泣きついてくる。
それが、相談に乗ってるうちに、こっちが我慢できなくなっちゃった。我慢できなくなっちゃったから本屋に地図を注文したら、この本屋が山好きで、なにかと話してくる。本屋は“足のこと”を知ってるわけじゃないから仕方ない。それにしても話し出したら止まらない。そろそろ仕事に戻ったらどうだ、って思うほど止まらない。
そんな地図とかを身近に置いておいたら、たまたま遊びに来た昔の仲間がそれを見つけて、私の前では今まで山の話を我慢してた分、もう止まらない。まあいい。こいつはいずれ、足を直してからポーターとして使う。だから今は、いくらでもしゃべらせておく。
彼らの話を聞くと、「ひどい目にあった」と口々に言う。谷川なんかやってらんない。金峰は瑞牆方面からドーっと押し寄せてくる。筑波なんか身動きとれない。何のことかと思ったら、山が大混雑してるんだそうだ。ものすごいな、百名山ブーム。一時期、年寄りが山に押し寄せているって話があったけど、今は若い連中まで一緒だそうだ。・・・ゾッとする。
こらっ、深田久弥❢ こんなんなっちゃったぞ❢ どうしてくれんだ❢
幻戯書房 ¥ 2,808 著者のせいで、NHKの番組のせいで、百名山ブームのせいで、山が大混雑 |
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そんなこと、ののしられたって困るよねぇ。深田さんは、「この山はいい山だったぞー❢」って言ってるだけだもんねぇ。それを周りの連中が、勝手にあおられてさ。まあ、そのうち熱も冷めるだろうけど、それにしても何が面白くてそんな山に登ってるんだろう。いくらだって、静かな山はあるのに。
じつは、“百名山”は読んでない。結果として、数多くの山に登り、一つ一つの山を比べるんじゃなくて、慈しめるまでに老成したからこそ、こんなにも人を掻き立てるものを書けたんだろう。“百名山”は読んでないんだけど、この本の中にある程度収録されていた。読んでわかった。やはり、深田さんは山を慈しんでいる。・・・掻き立てているんじゃない。
この本は、深田久弥さんの随筆集。数多くの随筆の中に、「名もなき山」と題されたものがある。深田さんの山登りの嗜好が、そこにはっきりと書かれている。《道標もなく、山小屋もない。誰も顧みないような山を選ぶ》って言ってる。なんと、贅沢なことを・・・。
私も同じだけど、静かな山に登りたい。山に行ってまで、人によるストレスにわずらわされるなんてうんざりだ。冗談じゃない。シーズンは山小屋は避けたし、ちょっと不便でも人から離れてテントを張った。それでも人っ子一人だれにも合うことのない山や、道もあるかないかわからない山にワクワクできるような自由は、私にはめったになかったな。
深田さんが亡くなった一九七一年、私はまだ十一歳、登った山は、武甲山くらいのもんだったろう。本格的に山を始めたのは、高校で山岳部に入ってから。だから一九七五年だな。その年に私は槍ヶ岳に登った。深田さんが「お祭りのような山には行かない」と言う山に、そのあと私は登って感激してたんだけどね。夏山合宿だった。富山から入って上高地に降りた。人がうるさいって印象は、ひとかけらも残ってない。感動だけだ。・・・いずれにしても、今なら、静かな山しか選ばない。
だったらもっと慎重にルートを探ろう。今から二度目の春は無理でも、二度目の夏には手頃な低山で足をならしていきたい。梅雨の始まる直前の、澄み切った感じがいいね。低山と言っても、やっぱり静かな低山ね。それでいて、魅力のあるところね。あっ、お金はないからね。遠くはだめよ。地元の埼玉県で、いいところを見つけよう。時間はある。


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