めんどくせぇことばかり 日本人多数を爆弾テロで死傷させた破壊活動家尹奉吉の記念館を、民団が金沢で開設しようとしている
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日本人多数を爆弾テロで死傷させた破壊活動家尹奉吉の記念館を、民団が金沢で開設しようとしている

上海派遣軍司令官陸軍大将白川義則、上海日本人居留民団行政委員長で医師の河端貞次を殺害し、第3艦隊司令長官海軍中将野村吉三郎、第9師団長陸軍中将植田謙吉、上海駐在総領事村井倉松、上海駐在公使重光葵、上海日本人居留民団書記友野盛ら多数に重傷を負わせた尹奉吉の記念館が、なんと日本の金沢に開設されることになったという。
場所は、民団の石川県地方本部の建物の中とはいえ、日本であることに変わりない。これまで朝鮮学校内で反日教育が行われてきたこととなにが違う。

http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_In_detail.htm?No=46007

反日行為、反日教育をしたいなら、国籍を有する国へ、父祖の国へ戻るべきだろう。
尹奉吉
 いんほうきつ ユン・ポンギル 1908~1932
尹奉吉                                                        ミィ2ミィミィ
1931年上海に渡って金九の組織した抗日武装組織韓人愛国党に参加し、事件を準備。第一次上海事変停戦交渉の最中であった1932年4月29日天長節の日、上海の日本人街の虹口公園で行われた祝賀式典会場に爆弾を投げ爆発させる。

上海派遣軍司令官陸軍大将白川義則、上海日本人居留民団行政委員長で医師の河端貞次を殺害し、第3艦隊司令長官海軍中将野村吉三郎、第9師団長陸軍中将植田謙吉、上海駐在総領事村井倉松、上海駐在公使重光葵、上海日本人居留民団書記友野盛ら多数に重傷を負わせた。

1945年9月東京湾のミズーリ艦上で行われた降伏式典で降伏文書に署名した外相(当時)重光葵が杖をついているのはこの事件で片足を失ったためである。5月25日上海派遣軍軍法会議で死刑判決を受け、12月19日銃殺刑に処された。

石川県金沢市野田山の陸軍墓地通路に埋葬された遺骨は、1946年3月6日に在日韓国・朝鮮人によって発掘され、京城(ソウル)で葬儀を挙行した後、国立孝昌墓地公園に改葬された。韓国政府は1962年建国勲章を贈り、独立運動の義士として顕彰し、独立記念館に祀っている。
《ここまでWikipedia参考》

李明博 韓国大統領は、2007/12/19に行われた尹奉吉75周忌追慕式に出席し、以下のように挨拶している。

義士さまを初めとする愛国先烈たちが祖国のために殺身成仁なされた意味を受け継いで、私どもも自身を前に出すよりは大義のために努力して献身することを誓います。・・・先烈たちの高く大きな教えが決して無駄にならないように富強で誇らしい祖国を作るのに渾身の力を尽くします。
また尹奉吉は、韓国国定教科書 小学5年国語の「偉大な人々」という項目に取り上げられ、まさしく、事件ゆえに韓国の英雄として韓国のこどもたちの心に焼き付けられている。

背景には亡命した上海、重慶で大韓民族臨時政府を経営した韓国人の一人金九がいる。盟友である李承晩は、後に金九をテロリストとして攻撃している。その手足となったのが尹奉吉である。金九はさしずめ、ウサマ・ビンラーディンというところでしょうか。

日本の敗戦により、半島には新し時代が始まった。 しかし、半島に人々の望む独立は与えられず38度線を堺にして米ソの占領を受けたのは、当時の世界がその程度にしか半島を認識していなかったということである。ビンラーディン並みの勘違い連中が“抗日と言う名の破壊活動”を大看板にして南朝鮮に帰った。“日本”としての36年間を真っ当に生きた人びとは、そいつらを頭にいただかざるを得なかった。

もともと実力があるわけでもないので、みっともない権力闘争の果てに、アメリカの覚えめでたい李承晩が破壊活動形を排除して大統領に収まったのが大韓民国である。所詮は、真っ当に生きてきた人々が、破壊活動家をいただいてスタートした国家であった。彼らはその後ろ暗さから、常に自らの正当性を声高に叫び続けるしかなかった。それが韓国の反日だ。

 






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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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