めんどくせぇことばかり 『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 池内恵

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 池内恵

「サイクス・ピコ協定は外部の大国による恣意的な線引きであって、現地の民族・宗教・宗派の分布にあっていない」、または、「オスマン帝国の“緩やかな専制”によって各民族・宗教・宗派の生存権は保証されており、そもそも線引きをすべきではなかった」という二つが、同協定に対する一般的な批判である。

《では、なくせばいいのか》
では、なくせばいいのか。サイクス・ピコ協定をなくせば、問題は解決するのか。これはありえない。そんなことは、考えるまでもない。100年という歳月を超えて、世界がサイクス・ピコ協定以前に戻れるはずはないし、サイクス・ピコ協定によって問題が発生したわけではない。逆である。サイクス・ピコ協定は、当時、関係各国、諸地域を取り巻く問題を解決する方法として提示された。その、“方法論”が帝国主義的であったし、ユダヤ問題を中東に押し付けるご都合主義的でもあった。

この間、この本に関連して記事を書いたとき、たしかに私は、方法論としての帝国主義的、ご都合主義的側面を批判したのであって、サイクス・ピコ協定が提示されなければならない社会情勢を念頭に置いていたわけではないな。

それに、世界における問題解決に向けての道筋とは、結局はその時代のヘゲモニーに依存せざるを得ず、逆に、それなくしては“解決”という言葉に意味を持たせることすらできない。つまり、当時の世界において、帝国主義的方法を無視した問題解決などあり得なかったということになる。ユダヤ問題を中東に押し付けるご都合主義は、責められるべきだと思うけどね。

《イスラム的寛容に任せればよかったのか》
イスラム世界が確立する中で、イスラム法の支配下に異なる宗教・宗派の信仰・儀礼は許されており、異民族であっても官吏への登用の道までが開かれていた。それは事実である。特に、中世キリスト教社会における不寛容に比べれば格段の開きがある。中でも、ユダヤ教徒への対応を考えれば、比べ物にならない。

“イスラム的寛容”とは、異教徒・異民族がイスラム勢力による支配下にさまざまな生活上の制限を受け入れ、イスラム教徒の感情を害さない範囲で〈許される〉ものである。基本的人権の擁護を前提とする現代の価値基準にてらせば、到底受け入れられるものではない。

カリフ制の復興を謳いあげるイスラム国が、異教徒への、時には同じイスラム教徒であっても、その生殺与奪の権を握り、ヤジディー教徒の男たちを虐殺し、女たちを奴隷化して慰み者にしたのを見れば、“イスラム的寛容”が意味するところは歴然としている。

新潮社  ¥ 1,080

この止めどない混乱は、一世紀前の秘密協定に運命づけられたのか?
第1章  サイクス・ピコ協定とは何だったのか
第2章  露土戦争と東方問題の時代
第3章  クルドの夢はなるか?
第4章  再び難民の世紀へ
第5章  アラビアのロレンスと現代

サイクス・ピコ協定を、現在の中東問題の“原因”としてとらえるから、分かんなくなっちゃうんだな。冒頭に書いたけどね。この本はその立場に立った本。なるほど、サイクス・ピコ協定に責任をひっかぶせることによって、本来、考えなくてはいけないいろいろな問題が、影に隠れて「へへへへへ」って笑ってたわけだ。サイクス・ピコ協定にしてみれば、はた迷惑な話なわけだ。でも、本当はそうじゃない。

かつては西欧諸国の存立そのものを脅かすほどの力を持ったオスマン帝国。しかし、17世紀末から衰退を始め、2世紀以上をかけて徐々に領土を失っていった。黒海沿岸にロシアが力を及ぼし、独立したバルカン諸国をめぐって列強諸国間の勢力バランスが揺らいだ。東方問題と呼ばれる。第一次世界大戦は、東方問題を大きな原因として発生する。第一次世界大戦で、いよいよオスマン帝国は崩壊する。サイクス・ピコ協定は、オスマン帝国崩壊後の混乱に対する解決案として提示されたものだ。

直前のオスマン帝国の支配は以下のようなものであった。
クリミア半島など、黒海の北岸一帯はロシアに奪われる。バルカン半島は諸民族が独立し、ロシアやオーストリアの勢力下にはいっていた。エジプト、チュニジア、リビアは現地指導者が自立するとともに英・仏・伊の支配下にあった。オスマン帝国のヨーロッパ側はイスタンブールを中心とした両海峡周辺を残すのみ。帝国領土の中枢は、トルコ人の本拠地アナトリアで、それ以外ではアラブ人の多い歴史的シリア(シリア・イラク・ヨルダン・パレスチナ・イスラエル)とアラビア半島紅海沿岸都市部を支配するのみだった。

交渉にあたったのは、イギリスの政治家で中東の専門家マーク・サイクスと、フランスの法律家で外交官のジョルジュ・ピコである。両者の交渉で、イギリスはイラク南部のバスラから中部のバグダードにかけてを直接支配することになり、フランスはベイルートなど東地中海沿岸地域とアナトリア中南部の広範を直接支配することになった。同時に、ロシアは前記の英仏支配を認める代わりに、アナトリア北東部の支配を容認された。

重要なことが、本書に紹介されている。サイクス・ピコ協定は、実現されなかった。サイクス・ピコ協定の受け入れを拒む勢力が台頭し、それらの実力に合わせて修正された。それも、二度・・・。

もともとフランスは、サイクス・ピコ協定を実行に移すだけの中東における力を持ち合わせていなかった。また、サイクス・ピコ協定に一枚かんだロシアは、帝国自体が二月革命で崩壊してしまう。フランスや、ロシアの支配に入るはずだった場所には地元勢力が台頭した。アルメニア人やクルド人である。周辺の大国イタリアやギリシャが、オスマン帝国の弱体化につけ込んだ。イタリアは大戦中に、ロシアと同じように英仏と協定(サン・ジャン・ド・モーリアンヌ協定)を取り交わしていた。《*英ロイド・ジョージ内閣はイタリアとの協定を破ってギリシャと秘密協定を結び、ギリシャ軍侵攻の見返りにアナトリア主要部割譲を約束していた》このような過程を経て支配領域が設定され、セーブル条約が結ばれた。サイクス・ピコ協定が民族や宗教、宗派の分布を無視した線引で諸悪の根源だったというなら、セーブル条約はサイクス・ピコ協定に比べ、中東の現状をもとにした、より妥当な解決案であった。 

しかし、それは受け入れられなかった。トルコ民族主義の台頭である。英仏に支配されたイスタンブールでオスマン帝国のスルタンはセーブル条約を受け入れたが、ムスタファ・ケマルら民族主義者が設立したアンカラ政府はこれを拒否し、トルコ独立戦争を戦った。1920年9月から22年10月までの戦いで、アンカラ政府はギリシャ人やアルメニア人の軍をアナトリアから放逐し、仏軍、ソ連軍に対しても優位に戦いを進めた。アンカラ政府軍の台頭による現状の変更を受けて、周辺国は案から政府を承認し、ローザンヌに集まった。こうして1923年9月に結ばれたのが、ローザンヌ条約である。

サイクス・ピコ協定の対象のうち、現在のトルコ共和国の領域については、以上のような過程でアナトリア全域をトルコ共和国が制圧し、少数民族はトルコ国民として同化するか、あるいは国外へ移住していった。かたや、同じくサイクス・ピコ協定の対象のうちアラブ人が多数を占める地域はトルコの支配から切り離され、民族的高揚の中、複数の国家として主権を獲得していった。少数派は多数はアラブ人に表面上同化するか、移民として流出した。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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