めんどくせぇことばかり アクティブ・ラーニング(覚書)『はじめての哲学』 石井郁男

アクティブ・ラーニング(覚書)『はじめての哲学』 石井郁男

この間もちょっと書いたんだけど、こと教育に関する限り、私は安倍首相のやってることに懐疑的、いや否定的な立場です。《教育再生実行会議》、・・・これって安倍首相の私的諮問機関って言う位置づけですよね。その開催趣旨は・・・。
21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し、教育の再生を実行に移していくため、内閣の最重要課題の一つとして教育改革を推進する必要があります。このため、「教育再生実行会議」を開催しています。
っと言うことのようです。

「再生する」って言う趣旨は、「日教組によってぶち壊された教育を立て直す」って意味だと思うんだけど、そこで持ち込まれたのが“アクティヴ・ラーニング”ということになる。じゃあ、そのアクティブ・ラーニングとは何か。ということですが、なかでも“学び合い”の推進者のひとりである西川純さんと言う方が上越教育大学教職大学院にいらっしゃるそうです。その人の意見が、《教育zine》というHPにありましたのでご紹介します〈http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/opinion/?id=20150946〉。
今回のアクティブ・ラーニングは文部科学省主導で動いているのではありません。教育再生実行会議発であり、それらは経済・産業界から発しています。そのため、アクティブ・ラーニングの真意を文部科学省の中でも、教育再生実行会議に出席する副大臣や審議官レベルの人、そしてその人達から直接指示を受けている人しか理解していません。ましてや教育委員会の人が不安になるのも当然です。

今回の改革を一言で言えば、「少子高齢化の日本において30年後、40年後の国民が飢えないようにするためには、国際的にも活躍できる国民を早急に育成する」ための改革です。
「日教組に壊された戦後日本の教育を立て直す」というのとは少し違うみたい。経済・産業界の要望から発していて、官邸主導で進められているということですね。〈国民が飢えないようにするためには・・・〉という部分は、これを書いた西川純さんご自身の言葉なのか、西川さんと志を同じくするお仲間との間で交わされる言葉なのかは分かりませんが、どうにも、現状にとてつもない危機感を持っているようですね。

ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イェール大学の8大学をアイビーリーグって呼んでいて、そこで行われているのがアクティブ・ラーニングって学習方法ってことみたい。そういう学習方法で学んだ人しか相手にされなくなるから、それこそ、「アンテナの高い子どもたちは東京大学を見放し始めているのです」とまで言ってますからね。そこまで行くと、脅しにしか聞こえませんけど。

なんだか、ずいぶん以前に、同じような”脅し”を掛けられたことがあるような気がしませんか。あん時は、《ディベート》でした。あん時も推奨者という人が出てきて、いろいろとなんだかんだやってましたが、日本人には向いてませんでしたね。

《アクティブ・ラーニング》も、日本人には向いてないと思います。でも、そういう視点がないから、《ディベート》失敗も省みられることなく《アクティブ・ラーニング》なんでしょうね。・・・もしかしたら、《ディベート》は”失敗”と位置づけられていなかったりして。・・・持ち込んだ誰かさんの立場を慮って。そうでなきゃ、《アクティブ・ラーニング》を持ち込んで、あえて「同じ轍を踏む」ってのは、あまりにも愚かしいもんね。

ただし、《アクティブ・ラーニング》の導入は、《ディベート》の導入とはわけが違います。《ディベート》はいつの間にか淘汰されましたが、《アクティブ・ラーニング》の導入は、学校教育の土台からの総とっかえです。

教員の仕事に関して言えば、《アクティブ・ラーニング》はこれまでの教員の延長線上にはありません。授業の組み立てだけの問題じゃなく、評価の方法や、それに即した入試方法まで変わってしまいますからね。

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哲学って、「いろいろ考えるのが好きだった人たちの歴史」ってことでしょ?・・・まぁ、そうね
「そもそも、《アクティブ・ラーニング》とは?」ってところから考えると、中央 教育 審議会(2012年8月28日)の報告書は次のようにあります。
「生涯にわたって学び続ける力、主体的に考える力を持った人材は、学生からみて受動的な教育の場では育成するこ とができない。従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知 的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動 的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である。すなわち個々の学 生の認知的、倫理的、社会的能力を引き出し、それを鍛えるディスカッションやディベー トといった双方向の講義、演習、実験、実習や実技等を中心とした授業への転換によって、学生の主体的な学修を促す質の高い学士課程教育を進 めることが求められる。学生は主体的な学修の体験を重ねてこそ、生涯学び続ける力を修得できるのである」
・・・こういうの読むと、《ディベート》も失敗とは位置づけられていないみたいですね。「実践できなかった教員の質が悪い」くらいのところかな。

《アクティブ・ラーニング》の一つの形態で、西川純さんもご推奨の〈学び合い〉。“実践者が多く、経験知が蓄積されていてマニュアル化も可能”ということのようです。ただ、方向性としては、これも〈ディベート〉と同じ。“同じ”というより、〈学び合い〉、〈ディスカッション〉、〈ディベート〉って言ったところが《アクティブ・ラーニング》の方法論なんだから、“同じ”なのは当たり前。
デューイと言うと、・・・あまり良く知らない。プラグマティズム哲学の人って認識しかないんだけど、「経験、実験を重視し、試行錯誤しながら有益性を求める哲学」って認識は間違ってるかな。

この本を読んでて、デューイが教育にも深く関わってることを知りました。教育をactivity(活動)、process(過程)、growth(成長)の三要素でとらえ、経験の不断の改造と未熟な経験を、知的な技術と習慣を備えた経験に発展させていくことを目的としていくもの。デューイの教育理論は、いまの《アクティブ・ラーニング》の説明とほとんど変わらない。

どうして、アメリカのやり方が好きなんかな~。こういう言い方はなんだけど、雑多な人間が集まってできたアメリカ。デューイは、そこでのコミュニケーションという経験が想像を刺激し、多様性に富んだ進歩を生み出すと考えたようだが、日本は違う。すでにある程度の共通性を前提として、みんなにとって有益なその先を考えられる環境にある。

デューイは来日しているが、日本での受けがあまり良くなかったのは、そのへんが原因ではないか。デューイ自身も当時の日本社会に奇異の目を向けたそうだ。ところが、シナではとても受けが良かったんだそうだ。時代的には、五四運動に始まる日本製品不買運動が盛んな時だったそうだ。デューイ自身ご満悦で、シナには2年間も滞在したそうだ。

大体アメリカの教育って、あんまりいい状況じゃないよね。エリート層を除けば・・・。やっぱり《アクティブ・ラーニング》は、やめにしませんか。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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