めんどくせぇことばかり 人種差別(覚書)『感動の日本史』 服部剛

人種差別(覚書)『感動の日本史』 服部剛

日本の近現代史は、その根底に、人種差別との戦いがある。

昭和15(1940)年、多くのユダヤ人難民を救済したリトアニア領事の杉浦千畝は、困難な状況の中、6千人のユダヤ人にビザを発行した。「命のビザ」と呼ばれる。だけど、このビザを持ってるだけじゃあ、どうにもならないよね。それに、千畝と同じこの時期、モスクワ、ウィーン、プラハ、ストックホルムなど12以上の日本領事館で、何百通ものビザが、ユダヤ人難民に発行されていたんだそうだ。

背景には、昭和13(1938)年に五相会議(首相、外相、蔵相、陸相、海相)で決定された猶太人対策要項があった。《ヨーロッパで進行中のユダヤ人差別は、日本が闘ってきた人種平等の精神に反するもので、日本はドイツのようにユダヤ人を排斥せず、他国人と同様、後世に取り扱う》というのが、その内容である。

日本漁時の発行したビザを持ったユダヤ人の多くが、日本に入国している。杉浦千畝の「命のビザ」も、それを活かす精神がなければ無駄になったいたはず。

多くのユダヤ人難民がウラジオストックまでたどり着いた。そこで、駐在総領事代表の根井三郎の仲介でジャパンツーリストビューロ(現JTB)の高久甚之助や大迫辰雄らに引き継がれ、福井県の敦賀に向かった。運んだ船は日本郵船の天草丸。敦賀市の名もなき市民は、ボロボロで匂いの漂う垢ダラケのユダヤ人を優しく受け入れ、風呂や食料を提供した。その後、ユダヤ学者の小辻節三が東奔西走して難民の行く先を手配した。ユダヤ人は神戸や横浜から、アメリカ、オーストラリア、上海に渡っていった。

後半は、それよりも2年も前の話である。

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なぜか学校では教わらなかった日本の偉人たちの物語11

昭和10(1935)年、樋口季一郎はハルビン特務機関長として関東軍に派遣された。昭和12(1937)年、その樋口のもとを、アジアのユダヤ人のリーダー、ハルビンユダヤ人協会会長のカウフマンが訪れる。カウフマンは、ドイツのユダヤ人迫害が激しくなるなか、この非道を世界に訴えるための「極東ユダヤ人大会」を開く許可を樋口に求めた。

「もし追放せんとするならば、、その行き先を予め準備するべきである。当然の処置をしないで追放することは、虐殺に等しい」とは、大会における樋口の演説である。会は大成功に終わり、樋口は友好国ドイツとの関係を、記者に問われる。樋口は次のように答える。「日独関係はあくまでもコミンテルンとの戦いであって、ユダヤ人問題とは切り離して考えるべきだ。祖国のないユダヤ民族に同情的であるということは、日本古来の精神である」ドイツから外務省に抗議が来るが、関東軍参謀本部は、厳重注意で、矛を収めさせた。

その2ヶ月後、ソ連のオトポール駅で、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ難民が、満州国に入国できずに立ち往生しているという訴えを受けた。ユダヤ人は、満州を通過して、当時世界で唯一ユダヤ人をビザなしで受け入れていた上海に向かい、その後、アメリカやパレスチナなどに逃れることを希望していた。しかし、彼らは、満州国へ入国するためのビザを持っていなかった。

カウフマンから救援を求められた樋口は、即座に南満州鉄道の松岡洋右総裁にかけ合い、特別列車の運行を要請した。松岡がこれを受け入れ、オトポール駅から満州国境までなんとか歩いてきたユダヤ人たちを満鉄職員が列車にいざない、多くのユダヤ人がハルビンまで運ばれた。すでに凍死者が十数人でていたが、それ以上の悲劇を避けることができた。

二週間後、ドイツ政府から公式の抗議文が寄せられた。樋口な上官の東条英機にユダヤ人救済の正義を訴えた。東条は中央に、「樋口の処置にまちがいはない」と回答し、日本政府はドイツの抗議を一蹴した。

オトポール事件から4年後の昭和17(1942)年、樋口は北部軍司令官に赴任する。そのまま終戦を迎えるため、樋口は、アッツ島の玉砕、キスカ島奇蹟の撤退を経験する。そして終戦間際、占守島の戦いに際し、現地にソ連軍を撃退することを命令している。結局は、戦闘に勝ったまま武装解除された日本軍兵士は、そのほとんどがシベリア送りとなり、多くが命を落とすことになる。その後、ソ連軍は千島列島を南下し、9月5日までかけて、北方領土を不法占拠することになる。しかし、北海道は守られた。

日本に領土を持つ野望を砕かれたスターリンは、樋口季一郎を戦争犯罪人として引き渡すことを要求した。しかし、樋口が戦争犯罪人として裁かれることはなかった。世界中のユダヤ人がロビー活動を繰り広げ、アメリカ政府を動かして、樋口の名前を戦犯リストから外させたからであった。

イスラエルにある「ユダヤ人族の恩人」の名を刻んだ《ゴールデン・ブック》には、「偉大なる人道主義者ゼネラル・ヒグチ」と記載されているという。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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