めんどくせぇことばかり 『朝日は今日も腹黒い』 高山正之

『朝日は今日も腹黒い』 高山正之

19世紀末、アルゼンチンではロッカ将軍のもと、近代化と称して先住民を皆殺しにしていた。白いアルゼンチンを実現したロッカは、その功績で大統領に就任した。

カナダでは、教会が先住民淘汰を主導した。ハーパー首相の謝罪演説によると、カナダでは19世紀中頃から、イヌイットなど先住民の子供が教会の寄宿舎に強制隔離され、虐待され、緩慢な種と文化の淘汰が進められた。子どもたちはキリスト教と英語を強制され、先住民の話し言葉を使うと凄まじいリンチを受けた。隔離総数15万人、うち3万人が寄宿舎内で殺された。

オーストラリア、シドニー州立図書館蔵の、1928年の日記に、「今日のアボリジニ、17匹」とある。
世界は偏見に満ちている。“・・・いた”ではない、“・・・いる”なのだ。かつて日本は突出した。その結果どうしたか。・・・袋叩きにされた。安倍首相が、昨年末に真珠湾を訪れた際の演説で、戦後の日本にアメリカから施された援助に触れた。ララ物資あたりのことだろうか。
首相官邸 2016/12/27
米国訪問 日米両首脳によるステートメント
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/1227usa.html
(抜粋)
オバマ大統領、ハリス司令官、御列席の皆様、そして、全ての、アメリカ国民の皆様。
パールハーバー、真珠湾に、今、私は、日本国総理大臣として立っています。
耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます。降り注ぐ陽の、やわらかな光に照らされた、青い、静かな入り江。
私の後ろ、海の上の、白い、アリゾナ・メモリアル。
あの、慰霊の場を、オバマ大統領と共に訪れました。
《続きを読む》に全文を入れておいたので、ぜひ読んでね。

たしかにララ物資だの、ガリオア資金だの、たしかに助かった。私は戦後15年目の生まれだけど、それでも脱脂粉乳を貪るように飲んだ。世界から袋叩きにされた日本は、白人たちが憐れみをかけるのに十分なほどに、惨めな状況だった。

そこに至るまで、世界が日本に何をしたのか。というのも、今の日本は、かつてのような憐れみをかけるにふさわしい惨めな国ではないからだ。友好関係? 友好関係を築くのは当たり前だ。だけど、サルコジ大統領は友好関係を築き上げたリビアのカダフィをなぶり殺しに追い込んだ。

もちろんそこまでのことが日本に対して行われるとかって言ってるわけじゃない。だけど、状況が変われば、なんでもあるということ、そういう人たちが相手なんだということは、理解しておくべきだと思う。

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“あの新聞"のイヤらしさを一挙大放出! 週刊新潮の超辛口コラム 堂々の第11弾!!
第一章  朝日の正しい読み方教えます
第二章  本当にズルい国を見分けるために
第三章  朝日が書かない本当の歴史
第四章  お隣の国も相変わらずで・・・
第五章  とにかくこの世は嘘ばかり
カダフィをなぶり殺しに追い込んだフランスは、ドイツ占領下にあったとき、サンドニ近くに収容所を建ててユダヤ人を押し込み、アウシュヴィッツまでの直通列車を走らせて7万8000人を移送し、殺させた。

スイス公使カミュ・ゴルジエは、1945年10月にマッカーサーを訪問し、「日本の時計工業を潰してくれ」と依頼した。永世中立国のスイスがなぜか、当時の金で11億円の戦時賠償金を掠め取った。

桃山学園大学で教鞭をとっていたアメリカ歴史学者のハリー・レイは、「1937年に上海で非戦闘員を殺す空爆をやった」とぶち上げた。1937年の上海といえば第二次上海事変。米・独・ソが蒋介石を軍事支援し日本と戦わせた。米国は戦闘機エルセアとノースロップの軽爆と飛行教官を提供していて、黄浦江の巡洋艦出雲に空爆をしかけた。出雲は応射し、たちまち3機を撃墜し、別の2機にも被害を与えた。未熟な中国人パイロットは適当に500kg爆弾を捨てた。捨てた2発のうちの1発がフランス租界に落下して何人かを殺し、もう1発がキャセイホテル前に落ちて729人が即死した。その30分後、被弾した軽爆が大世界娯楽センター前に落ちて1012人が死んだ。

以下は、東京裁判におけるオランダ人判事レーリンク著『東京裁判』による
「日本の降伏前に投下を急いだ米国は、罪の意識に苛まれていた。米国は原爆を使わなければ、犠牲者は数百万人も上積みされただろうといい出した。戦争を終わらせたのは原爆だと、人々に信じさせるためのプロパガンダがあるれた」
「原爆投下までの経緯を伝えるために制作された映画《The Biginning or The End》は500年後に開封せよという命令が添えられ、鉛の箱に封印されてある場所に埋められた」
「私は東京で(埋められる前に)その映画を見た。栄華は広島と長崎の住民が、三度、原爆投下の事前通告を受けたと強調していた。三度とも大嘘だ」
「米国は自国の残虐行為について、500年後の人々を騙すために、鉛の箱に、厳かに、嘘を隠した」

シンガポール大虐殺と言われるものの真相
マレーにいた350万人の華僑は、英国人の手先としてマレー人をゴム園で働かせ、彼らにアヘンを売って財を成した。日本軍侵攻に伴い、マレー人は親日、華僑は反日に傾いていった。パーシバルはチャンギ-刑務所の華人犯罪者に部隊を編成させた。華人部隊は中共系1500,国民党系1500が登録された。正規の軍装はないゲリラ兵団として日本軍を悩ませた。昭和17年2月13日、シンガポールに日本軍が上陸すると、パーシバルはこの国際法違反部隊を解散した。15日の降伏の2日前、華人ゲリラ部隊の大半は、武器を持ったままシンガポールの街中に散っていった。日本軍は銃創の有無などを根拠に処分を進めたが、処分者の総数は、把握された華人部隊の4分の1にもならなかった。




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首相官邸 2016/12/27
米国訪問 日米両首脳によるステートメント
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/1227usa.html
(全文)
オバマ大統領、ハリス司令官、御列席の皆様、そして、全ての、アメリカ国民の皆様。
パールハーバー、真珠湾に、今、私は、日本国総理大臣として立っています。
耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます。降り注ぐ陽の、やわらかな光に照らされた、青い、静かな入り江。
私の後ろ、海の上の、白い、アリゾナ・メモリアル。
あの、慰霊の場を、オバマ大統領と共に訪れました。
そこは、私に、沈黙をうながす場所でした。
亡くなった、軍人たちの名が、記されています。
祖国を守る崇高な任務のため、カリフォルニア、ミシガン、ニューヨーク、テキサス、様々な地から来て、乗り組んでいた兵士たちが、あの日、爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いたとき、紅蓮(ぐれん)の炎の中で、死んでいった。
75年が経った今も、海底に横たわるアリゾナには、数知れぬ兵士たちが眠っています。
耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と、波の音とともに、兵士たちの声が聞こえてきます。
あの日、日曜の朝の、明るく寛(くつろ)いだ、弾む会話の声。
自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。
最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。
生まれてくる子の、幸せを祈る声。
一人ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子供たちがいたでしょう。
それら、全ての思いが断たれてしまった。
その厳粛な事実を思うとき、かみしめるとき、私は、言葉を失います。
その御霊(みたま)よ、安らかなれ――。思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に、花を投じました。

オバマ大統領、アメリカ国民の皆さん、世界の、様々な国の皆さん。
私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜(むこ)の民の魂に、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。
私たちは、そう誓いました。そして戦後、自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました。

戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、アメリカ国民の皆様に、世界の人々に、固い、その決意を、日本国総理大臣として、表明いたします。

昨日、私は、カネオヘの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。
その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのを諦め、引き返し、戦死した、戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。
彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けていた側にいた、米軍の人々です。死者の、勇気を称え、石碑を建ててくれた。
碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、日本帝国海軍大尉(だいい)と、当時の階級を刻んであります。
The brave respect the brave.
勇者は、勇者を敬う。
アンブローズ・ビアスの、詩(うた)は言います。
戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
そこにあるのは、アメリカ国民の、寛容の心です。

戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいたとき、食べるもの、着るものを惜しみなく送くってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。
皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなぐことができました。
そして米国は、日本が、戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは、平和と繁栄を享受することができました。
敵として熾烈に戦った、私たち日本人に差し伸べられた、こうした皆さんの善意と支援の手、その大いなる寛容の心は、祖父たち、母たちの胸に深く刻まれています。
私たちも、覚えています。子や、孫たちも語り継ぎ、決して忘れることはないでしょう。

オバマ大統領と共に訪れた、ワシントンのリンカーン・メモリアル。その壁に刻まれた言葉が、私の心に去来します。
誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う。
永続する平和を、我々全ての間に打ち立て、大切に守る任務を、やり遂げる。
エイブラハム・リンカーン大統領の、言葉です。
私は日本国民を代表し、米国が、世界が、日本に示してくれた寛容に、改めて、ここに、心からの感謝を申し上げます。
あの「パールハーバー」から75年。歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国となりました。

それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難に、共に立ち向かう同盟です。明日を拓く、「希望の同盟」です。
私たちを結びつけたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。
私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領とともに、世界の人々に対して訴えたいもの。それは、この、和解の力です。
戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。
寛容の心、和解の力を、世界は今、今こそ、必要としています。
憎悪を消し去り、共通の価値の下、友情と、信頼を育てた日米は、今、今こそ、寛容の大切さと、和解の力を、世界に向かって訴え続けていく、任務を帯びています。

日本と米国の同盟は、だからこそ「希望の同盟」なのです。
私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。
パールハーバー。
真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。
私たち日本人の子供たち、そしてオバマ大統領、皆さんアメリカ人の子供たちが、またその子供たち、孫たちが、そして世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。  そのための努力を、私たちはこれからも、惜しみなく続けていく。オバマ大統領とともに、ここに、固く、誓います。
ありがとうございました。
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やられた本










































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