めんどくせぇことばかり 『英語化は愚民化』 施 光恒
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『英語化は愚民化』 施 光恒

じつは、2年前の夏に読んだ本だ。ずいぶんと時間が過ぎた。だけど、この本の危惧するところは、時とともに現実化し、具体化されていく。それとともに、私の心の中にはあきらめの気持ちが広がっていく。

近代化のエネルギーは、自分たちの言葉で語り、自分たちの言葉で考えられる世界を広げていくことから蓄積されていった。

中世ヨーロッパは、ラテン語が「万国共通の普遍の言語」として認識されていた。中世のヨーロッパにはいくつもの王国が分立し政治的には分裂していたが、宗教、言語的には一体であった。人々の精神を支配するローマ教会世界はラテン語を公用語とし、聖書もラテン語で書かれたものを使用していた。

ラテン語が使用されたのは、ラテン語は文法や正書法が整備されており、聖書の内容を伝えるのに最も適していると考えられたからだ。そして15世紀終わりまで、信仰や知を担いうる言語はラテン語しかなかった。知識層の大部分は聖職者で占められており、ラテン語を習得することなく、知の世界に踏み入ることはできなかった。教会の儀式のみならず、大学の講義もラテン語で行われた。特権階級や知識階級のみがこの世界に踏み入ることを許された。

しかし、人々の生活は、それぞれの土着の言語により営まれた。彼らはラテン語の知の世界へ踏みいれることもならず、下層階級を構成した。土着語には抽象的で知的な事柄を表現できる語彙もなかったからだ。彼らの精神を支配する神の言葉の理解さえ、教会の聖職者のラテン語の知識を前提とした。

上層階級と下層階級には言語的連帯感はなく、上層階級は国境を越えて連帯が可能だった。

もしも英語が世界の普遍的言語となり、知の世界が英語の中だけで探求され、土着語による知への接近が不可能になったなら、世界は中世と同じ状況になることを意味する。

宗教改革のうねりの中、ラテン語の聖書を各地の「土着語」に翻訳する動きが生じた。マルティン・ルターはドイツ語に、ウィリアム・ティンダルは英語に、そしてカルヴァンの従兄弟のオリヴェタンはフランス語に、というように。聖書に書かれた神の言葉を、一般庶民が読めるようにするために。まだまだ識字率は低かったものの、彼らは一般の人々が普段使っている言葉を思い浮かべ、日常の言葉から離れないよう細心の注意を払った。

ティンダルの言葉である。
《鋤で畑を耕している少年の方が現在のあなたよりも聖書についてもっとよく知ることができるようにして見せる》

1 教会の支配からの解放
2 翻訳
3 文化の少数支配からの解放

聖書の翻訳は土着語の発達をうながした。書き言葉として未熟な土着語には抽象的な語彙がほとんどなく、文法も正書法も未整備だった。改革者たちは土着語にたくさんの新しい語彙をもたらし、文法を整備し、正書法を提案した。それによってラテン語やギリシャ語、ヘブライ語の抽象的な観念を、ドイツ語や英語、フランス語でもあらわせるようになった。こうして各地の土着語は、宗教、道徳、歴史など、抽象的で深遠な事柄を語ることのできる言語へと発達した。土着語は国語に発達したのである。

普段使っている日常の言語によって最高度の道徳や知識に触れ、活動できることから生まれる自信が、ヨーロッパ社会全体の活性化を促した。

『英語化は愚民化』    施 光恒

集英社新書  ¥ 821

お題目は国際競争力の向上。だが、英語化を推進すれば、日本経済は急速に力をなくす
はじめに  英語化は誰も望まない未来を連れてくる
第1章  日本を覆う「英語化」政策
第2章  グローバル化・英語化は歴史の必然なのか
第3章  「翻訳」と「土着化」がつくった近代日本
第4章  グローバル化・英語化は民主的なのか
第5章  英語偏重教育の黒幕、新自由主義者たちの思惑
第6章  英語化が破壊する日本の良さと強み
第7章  今後の日本の国づくりと世界秩序構想
おわりに  「エリートの反逆」の時代に


森有礼が日本語廃止論者であったことはよく知られている。後に初代文部大臣を務めた人物でもあるわけだからけっこう厳しいよね。まあ、列強による植民地化の脅威が決して大げさじゃない状況の中で早急な近代化を考えたときの、やむを得ざる選択ではあったんだろうけどね。でも、彼には“是が非でも”ってくらいの勢いがあったみたい。英語公用語化への賛成を取り付けようと書簡を送ったイェール大学教授で米言語学教会初代会長のウィリアム・D・ホイットニーから、逆にたしなめられている。このホイットニーという人物。米言語学教会初代会長というだけあって“言葉”の持つ効用を確実に理解していたようだ。

彼から森有礼に対する反論は、以下の様なものだったようです。母語を捨て、外国語による近代化を計った国で成功したものなど、ほとんどない。英語を日本の「国語」として採用すれば、まず新しい言葉を覚え、それから学問をすることになってしまい、時間に余裕のない大多数の人々が、実質的に学問をすることが難しくなってしまう。その結果、英語学習に割く時間のふんだんにある少数の特権階級だけがすべての文化を独占することになり、一般大衆との間に大きな格差と断絶が生じてしまうだろう。

いま、英語の勉強を一生懸命にやっている若い人たちは、何のためにその勉強をしているのだろう。グローバルな社会で活躍できる力をつけ、自分の将来を利するため。

別にそれでもかまわないよ。でも、明治時代にグローバルな社会で活躍した人たちは、それを日本っていう国のために使った。英語ができなくても世界の最先端の学問に触れられるようにしてくれた。

ティンダルの言葉を、もう一度紹介して終わりにする。
《鋤で畑を耕している少年の方が現在のあなたよりも聖書についてもっとよく知ることができるようにして見せる》



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英語教育は疑問です。

こんにちは。
英語が話せれば世界で活躍できる人材ができる、と云うのは短絡的過ぎると思うのですが、、、
日本人である「優秀な人材」を育てたいのであれば、まず母国語である日本語をしっかり使えるようにしないと、土台のない家のような存在ばかりが増えて、箸にも棒にもかからない人材ばかりになるのでは?
長い間植民地であったインドとフィリピンでは、同じような英語教育を国民にしていても、国内に残る人々の生活にも、海外へ移住する人々の生活にも雲泥の差が出ていますし、、、
日本は一体どこへ行こうとしているのでしょう?!

yokoblueplanet さま

“翻訳こんにゃく”みたいな道具が実現しつつありますし、表面的な意思疎通のためだけであれば、英語なんてそれほど高いハードルじゃない。日本語教育を犠牲にしてまで時間をかけなければならないことじゃないと思う。それからALTという外国人の先生たちの高待遇はすごい。現代のお雇い外国人は、日頃暇そうにしていて、うらやましいような高給取り。その分英語の先生の給料が削られてるわけでもないらしい。何より大事なのは“外国人”であることらしい。

・・・どうも、納得行かない。


ありがとうございました



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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































































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