めんどくせぇことばかり 予告『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』 江崎道朗
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予告『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』 江崎道朗

江崎道朗さんが書いた『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』という本を読んでいる。

江崎道朗さんの書いたものは、一年ほど前に、『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』という本を読んだ。フランクリン・ディラノ・ルーズベルトの業績んの検証は同時代に始まっている。1944年の大統領選で、ルーズベルトを告発できるいくつかの情報を持っていたにもかかわらず、日本と戦争が続いていることに留意して、共和党候補のトマス・E・デューイは、その情報を明かさなかった。戦後になって、東京裁判で、ルーズベルトのついた嘘が前提になって戦後世界秩序が構築されてしまうと、“ルーズベルトの真実”はより公表されにくいものになってしまった。東西冷戦が深刻化している状況もあった。

1989年にベルリンの壁が崩れ、1991年にはソ連が崩壊した。私が29歳、31歳の時のできごとだ。衝撃だったなぁ。これが契機となって世界各国が第二次世界大戦当時の機密文書を公開するようになった。ロシアも、旧ソ連・コミンテルン関係の機密文書を公開した。これによって、ソ連・コミンテルンが世界各国に工作員を送り込み、それぞれの国のマスコミや対外政策に大きな影響を与えていたことが明らかにされつつある。

アメリカも、1995年に、戦前から戦中にかけて在米ソ連スパイとソ連本国の秘密通信を傍受し、それを解読した「ヴェノナ文書」を公開した。その結果、戦前、日本を経済的に追い詰めたルーズベルト民主党政権内部に、ソ連のスパイ・工作員たちが多数もぐりこみ、アメリカの対日政策に影響を与えていたことが分かった。

ルーズベルトの業績の検証はもちろん、近代史は見直されるべきであるという考えは、今、勢いを得ている。・・・日本社会を除いては・・・。



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ロシア革命が成功した後、レーニンは世界革命を遂行すべく「コミンテルン」を創った
はじめに コミンテルンの謀略をタブー視するな
第1章 ロシア革命とコミンテルンの謀略――戦前の日本もスパイ天国だった
第2章 「二つに断裂した日本」と無用な敵を作り出した言論弾圧
第3章 日本の軍部に対するコミンテルンの浸透工作
第4章 昭和の「国家革新」運動を背後から操ったコミンテルン
第5章 「保守自由主義」VS「右翼全体主義」「左翼全体主義」
第6章 尾崎・ゾルゲの対日工作と、政府への浸透
おわりに 近衛文麿という謎

《歴史の見直し》を修正主義という。江崎道朗さんの『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』の少し後に、渡辺惣樹さんの『戦争を始めるのは誰か』という本を読んだ。これまた、たいへん意義深い本だった。その中でも、“歴史修正主義”についていろいろと語られている。
歴史の修正を拒むのは、既存の歴史によって利益を得ている勢力だ。チャイナや韓国のほか、欧米にもその勢力はゴチャマンと存在する。なにしろ、しなくてもいい戦争に世界を引きずって、地獄の底に叩き込んだ張本人は、チャーチルでありFDRである野だから当たり前だ。
やはり、《歴史修正》の路線で、とても面白かった本が、ジェイソン・モーガンっていうアメリカ人が書いた『アメリカはなぜ日本を見下すのか』という本。この本は、「アメリカがいかにコミンテルンに毒されていったか」という点を、詳しく教えてくれている。題名が悪いせいか、あまり取り上げられてないけど、江崎さんや渡部さんの本に匹敵するくらいいい本だった。

しかし、まだまだ一部とはいえ、情報は公開された。これをなかったことにはできない。

主役たるべき『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』 の話に、まったく入れなかった。まあいいや。まだちゃんと読んでないし。・・・えっ?時間稼ぎのための謀略だろうって? ・・・そんなわけでは・・・

最後に挙げた『アメリカはなぜ日本を見下すのか』の記事を上げとくので、お許しを・・・
だいたいが、アメリカは建国のルーツそのものが問題である。建国をになったピューリタンの教えが、そもそも独善的なものであった。

ジョン・ウィンスロップは、宗教の自由を求めて大陸へ移住し、マサチューセッツ湾植民地初代知事となった。彼の行った《丘の上の町》という演説は有名で、「清教徒は神と契約を交わした民で、“丘の上の町”に住み、彼らは世界の模範にならなければならない」というものであった。“丘の上の町”とはつまり、“約束の地”であり、契約の民は聖地への巡礼を試みるピルグリム・ファーザーズであった。

“宗教改革”に関する世界史の講義のようだが、カトリックにおいては、聖書の解釈権は教会に集中され、人々は教会に対して、神による救いを求めた。しかし、聖書主義の名のもとに、人々がそれぞれの立場で神とつながっていったことにより、宗教改革後の教えは、次から次へと分裂していった。

自分の離婚願望を満たすため、ヘンリー8世はローマ教会と袂を分かち、イギリス国教会を設立したのがイギリスの宗教改革であった。だからイギリスの宗教改革は、本来、その本質であるべき教義を問題としていなかった。当初はカトリックの形式がそのまま使われていた。今でも、ウィリアム王子の結婚式なんか見ていると、ずいぶんと伝統的な形式に傾いているように感じられる。そのため、教義をめぐる様々な主張は、あとから登場し、次から次へと分裂していき、中でも原理主義的な考え方は危険視されて、排除された。それがピューリタンである。
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米国の大嘘を喝破 間違いだらけの対日歴史観を正す
序章 私が日本研究を始めた理由―先の大戦で戦った祖父から学んだ日本人の精神
第1章 なぜアメリカは日本を見下すのか?―「誤った対日歴史観」が生まれた背景
第2章 反日思想に染まったアメリカの歴史学会―日本研究を通してわかった学会の真実
第3章 アメリカの「対日歴史観」を正す―中国・韓国の歴史認識との相違点、類似点
第4章 日米関係強化に必要なこと―より良好な関係を築くために

著者のモーガン・ジェイソンは1977年生まれの、アメリカの歴史学者で日本史の研究者。彼自身、アメリカの、リベラルという名の人種差別主義的、似非進歩主義的な学問の世界に身を置いていただけに、その主張するところには真実味を感じさせるとともに、切実さがにじみ出る。学会や報道界がいかにひどい状況になっているかは、あとから紹介するとして、今日のところは、アメリカが日本を見下す理由として、アメリカの本質に関わる部分を、いくつかあげているところである

さて、まずは、ピューリタンの独善性について紹介した。続いて、アメリカには本質的に、君主制国家を憎悪する性格があるという点についてである。単純な問題であるが、アメリカは、君主制国家イギリスから、信仰の自由を求めて逃亡した者たちが建設した国家である。同時に、君主制国家イギリスへの反乱によって生まれでた国家である。

さらに、アメリカには中世がない。これは20世紀初頭のイギリスのジャーナリスト、セシル・チェスタトンも、同様のことを言っている。ある意味では当然である、アメリカ建国の理念はいきなり啓蒙思想家によっている。なかでもロックであり、モンテスキューであり、ルソーらの革命思想によっている。しかし、古代、中世は歴史の厚みであり、アメリカにはそれがない。日本は古代、中世、近現代に断絶がない。ヨーロッパには古代と中世に断絶があり、ペスト大流行で失われたものも多いが、歴史のなかで苦労して近代を築き上げた。それがないだけに、アメリカは過去や伝統に重きをおくことができず、軽視しがちである。

アメリカが日本を見下す理由として、アメリカの本質に関わる部分を、以上のように3点あげておく。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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