めんどくせぇことばかり 『みみずくの夜メール』 五木寛之
FC2ブログ

『みみずくの夜メール』 五木寛之

昨日、『マンガ家たちの戦争 引き揚げの悲劇』を紹介しながら、いたたまれずに、以前書いた“引き揚げ”にに関するものから五木寛之さんの『みみずくの夜メール』の記事を紹介します。記事を書いたのは2014年だけど、本が出たのは2003年ですね。
基本的には新しい本を紹介してるわけなんだけど、最近押入れを引っかき回す機会があって・・・。これを始めると大変。ものであるれる納戸の押入れに、身体半分入った状態で、「あれっ、こんな本が・・・」ってペラペラページをめくると・・・、あっという間に三十分・・・、一時間・・・、気がつけば日は西に傾いて・・・。

間をつなぐつもりで読んだエッセイ集に、今更引っかからなくても良さそうなもんなんだけど、ペラペラと、たまたま開いたページが著者、五木寛之さんの出自に関わるエッセイで・・・。


『みみずくの夜メール』 五木寛之『みみずくの夜メール』 五木寛之
(2003/11/14)
五木 寛之

商品詳細を見る
正直言って、なんとも言いようのない世の中だ



五木寛之さんのご一家は平壌からの“引き揚げ”だったって。
当時、ソ連軍の管理下にあった地区を脱出し、開城の難民キャンプに収容されたのち、仁川から米軍の軍用船で博多にたどり着いたグループだ。

博多港外で検疫のため長いあいだ待たされたあと、ようやく上陸が許された。

まず、まっ白な粉を頭から浴びせかけられる。それがDDTという強力な殺虫剤であることは、あとで知った。

そのあと、四つん這いになって肛門に検査の棒をさしこまれる。男はそれで済んだが、女性たちは婦人相談室という部屋で相談を受ける人と、その必要がない人たちがいた。かたちの上では相談だが、実際は調査である。

その調査、もしくは面接は、子どもと、ひと目で高齢者と分かる女性は、はぶかれた。その理由を書くきにはなれない。

要するに敗戦の混乱の中で、レイプやその他の被害を受けた日本人女性が数多くいたということだ。
敗戦時、軍民あわせて六六〇万人ほどが外地に居り、引き揚げ対象者となった。一九四六年末までに五〇〇万人ほどが引き上げたと言うが、敗戦という過酷な状況の中、ものすごい民族移動ということになる。

ずいぶん前に読んだ本なんだけど、副題が「引き揚げ女性中絶の歴史」という。

“引き揚げ”とはいったいどういうことなのか。私はこの本で知った。

五木寛之さんは、この過程を体験してきた。この本の後半に、彼自身がトラックに積み込まれて平壌のソ連軍管理地域を脱出する時の様子が紹介されている。
ともかく地獄の沙汰も金次第。トラックに積み込まれて、深夜、南下するうちに、ソ連軍の検問にぶつかってしまった。金を出せば通す、というお定まりの話である。全員、ヘソクリを出して、運転手に渡す。やっと通過したと思ったら、また別の検問に引っかかった。

金はない、と伝えると、女を出せ、と要求していると運転手が言う。それも三人出せとの話。グループのリーダーたちが何やら相談した結果、三人の女が指名された。娘さんと、人妻と、子連れの母親と、高齢夫人は省くと決めたらしい。

指名された三人は全員の視線に追いつめられたように、トラックの荷台の隅に身をよせあって顔をひきつらせていた。

「みんなのためだ、頼むよ」
ずいぶん前の本だし、いまさら本文をそのまま紹介したところで、何の罰も当たらないだろうと思ったんだけど、ダメだ。これ以上、書けない。

五木さんはその章の冒頭で、『戦争ほどいやなものはない。しかし、もっと大変なのは戦後の方だと思う』と書いている。気持ちは分かる。でも、本当は“もっと大変なのは戦争に負けるということだ”というべきじゃないかな。

もう一度あの戦争を、みんなで言い合ってさ。あの戦争がなんだったのかロシア人と語り合おうよ。支那人とも、韓国人とも、アメリカ人とも、ヨーロッパの方の人ともさ。・・・なんか、熱くなっちゃった。

これを書いた時も、心が熱くなってしまったみたいで、さらに翌日、以下のような記事を書いている。

なんで昨日みたいな記事書いちゃったかなぁ。『みみずくの夜メール』で五木寛之さんの“引き揚げ”の話を読んじゃったのが原因なのはわかってるけど・・・。それにしても、それを読んだ状況が良くなかった。前に読んだ本を探そうと、物があふれて足の踏み場のない納戸で、半身を押入れの下段に突っ込んで、崩れ落ちてくるトイレットペーパーやティッシュの箱に抵抗しつつ読んだ。もともとが閉所恐怖症気味なのに、この状況は良くなかった。

にもかかわらず、時間を忘れて読みふけってしまった。特に、五木寛之さんの書いたものが好きだってわけでもないんだけど、なんだかいやに“懐かしさ”を感じてしまって・・・。

なんだか今は話題にもならないけど、子供の頃は世間のあちこちに戦争の名残があった。祭りで賑わう街角で、傷痍軍人がアコーディオン引いてたり、大人の会話の端々に“戦争未亡人”だの何だの聞こえてきたり、父の親友はが“特攻くずれ”だったりね。
祖母の妹は満州からの“引き揚げ”で、子どもを向こうにおいてきた。「見つけに行って、連れてきた」って話は、いつだったか、祖母から聞いた。その人が働く中華料理屋でラーメン食わせてもらいながら。

都はるみさんが、五木さんとの対談で、「父は慶州から来たんです」ってさり気なくつけ加えたなんて話が、それこそさり気なく書かれている。だけどみんなそうだったんじゃないかな。あれだけの戦争をして、あれだけ負けた国なんだもの。右を見ても、左を見ても、み~んないろいろなものを引きずっていた。でも、凧の尻尾とおんなじで、多少は引きずってたほうが良さそうね。バランス失って、きりもみ状態で墜落してる人が、最近は多いような気がする。

 

私にとっての五木寛之さんの本は、なんといっても『青春の門』。おそらく、兄の買った本を、布団の中でこっそり読んだ。あの甘美な“罪悪感”。できることならもう一度体験したい。かと言って、いま、筑豊編を布団の中で読んでみてもなぁ。バカみたいだしなぁ。

分かった。五木寛之さんの文章に触れて、私はきっと何か感じちゃったんだ。足の踏み場もない納戸の押入れの下段に半身を突っ込んで・・・、という状況の中で、あの時の甘美な“罪悪感”に近い感覚を感じちゃったんだな。だから頭がいつも以上に反応しちゃったんだ。

昨日、紹介した『マンガ家たちの戦争 引き揚げの悲劇』。12月になって義父と叔父が亡くなるということがなければ、おそらく読んでなかった。もう、その世代のことを語れるのは、私たちの世代だけになったんだろうな。まあ、語るのは苦手な私ですが、ブログなら、しつこく死ぬまで書いてやろう。


にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。
関連記事

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

No title

イーグル16さん
こんばんは お久しぶりです。

ナカナカ書けない28日。
でも書かれている。
素晴らしい!!

奥武蔵の山人 さま

これから有馬記念に出陣。その後は、仕事納めに向けて鞭打って、大掃除して、子供や孫を迎えます。どうぞ、良いお年を・・・。

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事