『火定』 澤田瞳子
この本のことを最初にネットで知った時、解説の中にあった“天然痘”や、“藤原四兄弟”っていう言葉に、私の頭はかってに不比等の晩年から、藤原氏の横暴を抑えようとする長屋王の物語を描き始めた。藤原四兄弟は自らの前に立ちはだかる長屋王を謀略によって一族滅亡に追い込み、朝堂をほしいままにするようになる。そんななか、海の向こうから渡ってきた疫病が、筑紫で流行をはじめていた。・・・なんて、勝手に思い描いたのは、長屋王の怨霊が天然痘という姿を借りて天平の都を荒らし回るという物語だった。
まったく、どうも物事を魑魅魍魎との関係で片付けようとするのは悪い癖ですね。このお話には、そういったたぐいは登場しません。
この本の題名は《火定》。火によって入定すること。焼身によって入滅すると考えれば、チベット僧の止むに止まれぬ中国共産党への抗議活動を思い出す。人間の体が燃えて、精神もろとも焼き尽くす。死への恐怖。失われていくことへの絶望感。助かりたい。助けたい。そんなささやかな感情を押し流すように焼き尽くす。
装丁にある絵は、すべてを焼き尽くす地獄の猛火。ありとあらゆるものを焼き尽くさずにはおかない炎。その狭間に見え隠れする男たち、女たち。鋤を掲げて追い立てるのは、なにも地獄の鬼とは限らない。人もまた、魔に身を任せれば鬼と化す。
やがて、身も魂も溶かされて、何もかもが一つになって流れていく。
・・・夢に見そうだなぁ。


後世からみて、奈良時代ほど不思議な時代はない。藤原不比等から長屋王、長屋王から藤原四兄弟、藤原四兄弟から橘諸兄、橘諸兄から藤原仲麻呂、藤原仲麻呂から道鏡。藤原氏と皇族の間の綱引きのような権力闘争が激しく、なおかつ、おそらくは日本史上最悪の疫病が都の平城京で暴れまわる。
しかしこの時代、絢爛豪華、国際色豊かな仏教文化の花が咲くのである。あるいはままならぬ世の救いを仏教に託したのか。
その渦中にあったのが聖武天皇。これだけの権力闘争と疫病にたたられては、通常ならば国は持たない。聖武天皇は遷都を繰り返し、混乱の巷に大仏造立の詔を発し、そこに民の力を結集しようとする。
少年の頃、井上靖の『天平の甍』に胸を熱くした。
荒れ狂う大海を越えて唐に留学した若い僧たちがあった。故国の便りもなく、無事な生還も期しがたい彼ら。故国、日本を離れて二十年、若き日の大半を異国に過ごし、天平の甍を夢に見る彼ら。しかし、人生の荒波は彼らを押し流し、放浪のはて、・・・
彼らは歴史的偉業を成し遂げる。
鑑真が、苦難の果に、日本に渡ることに成功したのは754年。日本で天然痘の大流行が始まったのは737年。唐から高僧を招こうと考えた事自体、天然痘の記憶が、まだまだ生々しい頃だったはず。なにしろ鑑真の最初の渡航への挑戦は743年。天然痘の流行から6年しか経ってない。
まあいいや、それだけ天然痘の流行は大きな出来事だったということだ。この本は、その天然痘の大流行に、徒手空拳で立ち向かった施薬院の医師たちの物語だよ。

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まったく、どうも物事を魑魅魍魎との関係で片付けようとするのは悪い癖ですね。このお話には、そういったたぐいは登場しません。
この本の題名は《火定》。火によって入定すること。焼身によって入滅すると考えれば、チベット僧の止むに止まれぬ中国共産党への抗議活動を思い出す。人間の体が燃えて、精神もろとも焼き尽くす。死への恐怖。失われていくことへの絶望感。助かりたい。助けたい。そんなささやかな感情を押し流すように焼き尽くす。
装丁にある絵は、すべてを焼き尽くす地獄の猛火。ありとあらゆるものを焼き尽くさずにはおかない炎。その狭間に見え隠れする男たち、女たち。鋤を掲げて追い立てるのは、なにも地獄の鬼とは限らない。人もまた、魔に身を任せれば鬼と化す。
やがて、身も魂も溶かされて、何もかもが一つになって流れていく。
・・・夢に見そうだなぁ。
『火定』 澤田瞳子 PHP研究所 ¥ 1,944 ときは天平 寧楽の人々を死に至らしめた天然痘 絶望の果に待ち受けるものとは |
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後世からみて、奈良時代ほど不思議な時代はない。藤原不比等から長屋王、長屋王から藤原四兄弟、藤原四兄弟から橘諸兄、橘諸兄から藤原仲麻呂、藤原仲麻呂から道鏡。藤原氏と皇族の間の綱引きのような権力闘争が激しく、なおかつ、おそらくは日本史上最悪の疫病が都の平城京で暴れまわる。
しかしこの時代、絢爛豪華、国際色豊かな仏教文化の花が咲くのである。あるいはままならぬ世の救いを仏教に託したのか。
その渦中にあったのが聖武天皇。これだけの権力闘争と疫病にたたられては、通常ならば国は持たない。聖武天皇は遷都を繰り返し、混乱の巷に大仏造立の詔を発し、そこに民の力を結集しようとする。
少年の頃、井上靖の『天平の甍』に胸を熱くした。
荒れ狂う大海を越えて唐に留学した若い僧たちがあった。故国の便りもなく、無事な生還も期しがたい彼ら。故国、日本を離れて二十年、若き日の大半を異国に過ごし、天平の甍を夢に見る彼ら。しかし、人生の荒波は彼らを押し流し、放浪のはて、・・・
彼らは歴史的偉業を成し遂げる。
鑑真が、苦難の果に、日本に渡ることに成功したのは754年。日本で天然痘の大流行が始まったのは737年。唐から高僧を招こうと考えた事自体、天然痘の記憶が、まだまだ生々しい頃だったはず。なにしろ鑑真の最初の渡航への挑戦は743年。天然痘の流行から6年しか経ってない。
まあいいや、それだけ天然痘の流行は大きな出来事だったということだ。この本は、その天然痘の大流行に、徒手空拳で立ち向かった施薬院の医師たちの物語だよ。


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