めんどくせぇことばかり 正丸駅~苅場坂峠~伊豆が岳~正丸駅
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正丸駅~苅場坂峠~伊豆が岳~正丸駅

  妖
正丸駅で降りて、三田久保峠に上がって、そこから苅場坂峠を目指す道ね。夏に雨の中歩いて、急な下り坂で肋骨を痛めたときのコース。

しっかりロープ使って行けば、若い人たちとのコースに使えるんじゃないかと思って、再チャレンジです。

前回は、苅場坂峠から飯盛峠方面に向かったんだけど、今回は逆に正丸峠を目指してみる。

なんか、高校生の時にほっつき歩ってるはずなんだけど、まったく記憶にない。今回歩いて、すこしは当時の自分を取り戻せると嬉しいんですけどね。

正丸駅からの登山開始は7時です。
3月7日つつじ山 (30)正丸駅からトンネルに向かって歩いていくと、20分くらいで、この日本における《帝王切開発祥の地》の記念碑がある。この写真の右側に上に向かう道が写ってるけど、ここから登ります。

ちょうど道が緩いカーブになっていて、向こうに渡るのに気を付けてください。
3月7日つつじ山 (29)3月7日つつじ山 (28)
その道を登っていくと、ほんの10分もしないで山道の登り口があります。標識も確かなので、間違いや見落としはないです。左の写真は、そこから少し登ったところから登り口を撮ったものです。その道を尾根筋まで登りきったところが、右側の写真の三田久保峠です。写真は進行方向と逆側です。向こうにも道がありますね。地図で見ると、道標のない道が続いているようです。
3月7日つつじ山 (27)3月7日つつじ山 (26)
この間通ったときと同じ、静かな道です。まず苅場坂峠まで人にあうことはないでしょう。右側の写真は急な下り。この間雨の中、ぬかるんだで滑って近くの木に抱き着いた時、肋骨を痛めた場所ですね。この日は足元は確かですからね。
3月7日つつじ山 (25)この日は問題なく通過。写真は下から上を見たところです。

写真でもこれだけに見えるんですから、やはり高校生を連れてくるんだったら、確実にザイルを使った方がいいですね。
3月7日つつじ山 (24)3月7日つつじ山 (23)
その先に現れるのは、厳しい登り。左は下から見上げたところ、右は坂の途中から見下ろしたところ。地図でいえば、峠ノクボから小都津路山への登りの部分なんですが、下から急坂を登っていくとさらに斜度が急になる部分があるんですね。そこから上の、岩が露出したところがあるので、そこはやっぱりザイルを使いましょう。

大都津路山の登りも岩と灌木が入り混じっていて傾斜がとても急なんだけど、頂上に向かって右側に踏まれた道があります。そこを通れば大丈夫。
3月7日つつじ山 (22)3月7日つつじ山 (21)
左は小都津路山のピーク。ピーク表示はありませんが、ピンクのテープに書かれています。右は小都津路山の表示がありますが、ピンクテープには大都津路山とあります。苦労して登ってきた感覚でも、小都津路山になんの山名もないのはおかしく感じました。私はピンクテープの表示を支持します。
3月7日つつじ山 (20)大都津路山から少し行くと、木と木の間に武甲山の姿が見えてきました。

学生の頃、山頂を崩されて以降、一度も登ってない武甲山。右手の無残に削られた斜面が北側ですね。その北側斜面の山麓に私の生まれた家があります。
3月7日つつじ山 (18)3月7日つつじ山 (19)
左はツツジ山の表示ですが、登山詳細図はここを苅場坂山とすると同時に“苅場坂峠の頭”という名称を併記しています。小都津路山に名称をつけていないためにずれが生じているようです。登った感覚では、あのピークに名前がないことに違和感を覚えます。右はそこから西側の尾根を写したもの。中央の三角が飯盛山ですね。グリーンラインの通る奥武蔵の山々です。
 3月7日つつじ山 (17)3月7日つつじ山 (16)
苅場坂峠につきました。左は苅場坂峠から見た堂平山。山頂ドームもよく見えました。右写真の中央の山は弓立山ですね。ここからはときがわが一望できるんですね。この間は違う角度からこれらの山を見たのにね。昼ご飯は、もう1ピッチ頑張って、虚空蔵峠で取ろうと思います。
3月7日つつじ山 (14)虚空蔵峠についてみると、地図の表示通り東屋がありました。ところが、ここまでトラックが入って来て、土砂の積み出し作業をしてました。

腹は減ったんですが、もうちょっとだけ行ってみようと思います。この先の坂を登りきったところに“ベンチ”の表示が・・・。
3月7日つつじ山 (12)3月7日つつじ山 (13)
ここがそのベンチですね。10時くらいだったかな。昼ごはんにします。いつもと変わらないラーメンです。でも今日は、ねぎやニンニクやウインナー入りです。これ食って、後半もがんばるぞ!
3月7日つつじ山 (11)ここはサッキョ峠から親不知に向けた登り、ものすごい登り。見てください。ロープはかかっていて丸太で階段を作ってあるんだけど、一段一段が大きくて、とにかく傾斜がすごい。

地図で調べると、ほんの80mほどの間に40mも登ってますからね。凄すぎます。
登りきったところが親不知というピークなんですが、いかにもいや~な予感のする名前でしょ。案の定、蟻の戸渡りのミニ版です。手前の坂で疲れたので、一息ついて通りました。写真は撮ったのに、なぜかなくなってました。残念です。
3月7日つつじ山 (10)3月7日つつじ山 (8)
ずっと、右手、樹林の隙間に武甲山を見ながら進みます。川越山(登山詳細図によれば正丸山)手前もまたすごい急坂。200mほどの間に100m近く登る。午前中の急坂は覚悟してたんだけど、午後までとはね。高校の頃、このあたり歩いているはずなんだけど、そんな記憶はちっとも残ってない。
3月7日つつじ山 (7)3月7日つつじ山 (6)
正丸峠が近づきました。そろそろ武甲山ともお別れかな。と言うことで、右は正丸峠です。なぜか空に大きなバッテン。私が✖なんでしょうか。
3月7日つつじ山 (5)3月7日つつじ山 (4)
左は二子山ですね。裏から(秩父人の私にはこちらが裏)見ると、こんな形なんですね。秩父っ子はこの山を“おしり山”と呼んでいて、表から見ると、きれいなおしり型なんです。右は伊豆が岳山頂。今は男坂も女坂も使えません。中間部に新しい道が作ってあります。
3月7日つつじ山 (3)3月7日つつじ山 (1)
下山します。五輪山まで戻って、そこから下る道を選択。正丸駅に向かいます。舗装道路に出るところの馬頭観音です。手を合わせてきました。

13時30分正丸駅につきました。苅場坂峠までは誰一人合わず、そこから正丸峠までの間はソロの人に二人、いずれも軽装で走る人。正丸峠から伊豆が岳は人気の山域なんですね。平日にもかかわらずずいぶんいましたよ。仕事はどうした!(# ゚Д゚)

行動食ももちろん準備しましたが、足りませんでした。正丸峠以降はガス欠気味でした。この間、長めに歩いた時もそうだった。本当に午前中で終わる軽いところから、今は少し変わってきたので、もう一度、基本的な部分から考え直さないといけないですね。

今日のコース、なんどか歩けば、だいぶ体も変わってくるんじゃないかなって思いました。




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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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