頭の悪い論者『歴史講義 満洲事変』 倉山満
当時の中華民国は、まるで今のシリアみたいな状況だったそうなんです。シリアが日本の隣にあったら、・・・そりゃ大変ですよね。
だいたい倒された清王朝、その最後の皇帝が宣統帝こと、愛新覚羅溥儀ですね。本来、彼は、中華民国との間に取り交わした約束事で、退位後の優待条件に基づいて、皇帝の尊号はそのままで、紫禁城に住み続けられるし年金ももらって何不自由医なく暮らせるはずだったんですね。
「なにを都合のいいことを」って思われる人もいるかもしれませんが、それが約束事ですからね。もちろん中華民国としてのね。そんなトップレベルの約束事さえ、この国では暴力的にやぶられるんですね。
そんな国を相手に、日本は国運をかけて介入をしていくわけです。あげくの果てが大日本帝国は滅んでしまうわけです。どうしてそんなことになってしまったのか。それがこの本の大きなテーマですが、ちょっとその前に・・・
やはり、日本には大きな問題がありました。意外と見えずらいことではありますが、そのことを著者の倉山満さんが指摘しています。ちょっと、そのあたりに寄り道してみたいと思います。


倉山さんが次のようなことを言っているんです。
《正しい言論が通らないことは、国の乱れです。言論界の状況は、馬鹿にはできないのです。ロシア革命でソ連ができたこと以上に、日本国内の知性を担うべき存在が、そろって頭が悪くなっていたことこそが、その後の大日本帝国の悲劇の元凶でした》
いったい倉山さんは何のことを言っているのかというと、これが日英同盟がらみの問題なんですね。
日英同盟が解消されるのは、ワシントン会議の流れの中のできごとでした。第一次世界大戦で五大国にのし上がったアメリカの大統領ウォレン・ハーティングの提唱で開催されました。
日本ではかねてよりの親英外交に親米が加わって親英米がいこうが基調でした。しかし、第一次世界大戦と前後して、親米英外交に、イギリスからアメリカに重心が移っていったらしいんですね。ところが日本は、このアメリカという国が誇大妄想癖の強い国であることを、親米英派の人々は気がついていなかったって、倉山さんは言うわけです。
《大西洋のイギリスと太平洋の日本の同盟を放っておいたら、アメリカは挟み撃ちにされる》という誇大妄想ですね。アメリカの圧力があったものの、イギリスは日英同盟を切りたくなかったんですね。だから日本に目配せをしてきていたわけです。アメリカに気を使いながら。それに気づかず、日本はざっくり日英同盟を切っちゃったわけですね。
そんな背景があって親英派が発言力を失い、イギリスは日英同盟存続を望んでたのに、裏切られた気分になった世論は急激に反英に傾く。イギリスにしてみれば、もとは下働きのアメリカに鼻面を引き回されて面白いわけがない。結局、アメリカとイギリスと日本の三大国が三角関係でいがみ合う。
そんな状況でレーニンを喜ばせちゃったわけです。英米の悪口を言うくせに、なぜがソ連の悪口は決して言わな買ったんだそうです。
《正しい言論が通らないことは、国の乱れです。言論界の状況は、馬鹿にはできないのです。ロシア革命でソ連ができたこと以上に、日本国内の知性を担うべき存在が、そろって頭が悪くなっていたことこそが、その後の大日本帝国の悲劇の元凶でした》
そういうことだったんですね。

一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。
だいたい倒された清王朝、その最後の皇帝が宣統帝こと、愛新覚羅溥儀ですね。本来、彼は、中華民国との間に取り交わした約束事で、退位後の優待条件に基づいて、皇帝の尊号はそのままで、紫禁城に住み続けられるし年金ももらって何不自由医なく暮らせるはずだったんですね。
「なにを都合のいいことを」って思われる人もいるかもしれませんが、それが約束事ですからね。もちろん中華民国としてのね。そんなトップレベルの約束事さえ、この国では暴力的にやぶられるんですね。
そんな国を相手に、日本は国運をかけて介入をしていくわけです。あげくの果てが大日本帝国は滅んでしまうわけです。どうしてそんなことになってしまったのか。それがこの本の大きなテーマですが、ちょっとその前に・・・
やはり、日本には大きな問題がありました。意外と見えずらいことではありますが、そのことを著者の倉山満さんが指摘しています。ちょっと、そのあたりに寄り道してみたいと思います。
『歴史講義 満洲事変』 倉山満 KKベストセラーズ ¥ 1,399 いつの時代の話だ、まるで今の日本ではないか。そう思った方もいるかもしれません |
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倉山さんが次のようなことを言っているんです。
《正しい言論が通らないことは、国の乱れです。言論界の状況は、馬鹿にはできないのです。ロシア革命でソ連ができたこと以上に、日本国内の知性を担うべき存在が、そろって頭が悪くなっていたことこそが、その後の大日本帝国の悲劇の元凶でした》
いったい倉山さんは何のことを言っているのかというと、これが日英同盟がらみの問題なんですね。
日英同盟が解消されるのは、ワシントン会議の流れの中のできごとでした。第一次世界大戦で五大国にのし上がったアメリカの大統領ウォレン・ハーティングの提唱で開催されました。
日本ではかねてよりの親英外交に親米が加わって親英米がいこうが基調でした。しかし、第一次世界大戦と前後して、親米英外交に、イギリスからアメリカに重心が移っていったらしいんですね。ところが日本は、このアメリカという国が誇大妄想癖の強い国であることを、親米英派の人々は気がついていなかったって、倉山さんは言うわけです。
《大西洋のイギリスと太平洋の日本の同盟を放っておいたら、アメリカは挟み撃ちにされる》という誇大妄想ですね。アメリカの圧力があったものの、イギリスは日英同盟を切りたくなかったんですね。だから日本に目配せをしてきていたわけです。アメリカに気を使いながら。それに気づかず、日本はざっくり日英同盟を切っちゃったわけですね。
そんな背景があって親英派が発言力を失い、イギリスは日英同盟存続を望んでたのに、裏切られた気分になった世論は急激に反英に傾く。イギリスにしてみれば、もとは下働きのアメリカに鼻面を引き回されて面白いわけがない。結局、アメリカとイギリスと日本の三大国が三角関係でいがみ合う。
そんな状況でレーニンを喜ばせちゃったわけです。英米の悪口を言うくせに、なぜがソ連の悪口は決して言わな買ったんだそうです。
《正しい言論が通らないことは、国の乱れです。言論界の状況は、馬鹿にはできないのです。ロシア革命でソ連ができたこと以上に、日本国内の知性を担うべき存在が、そろって頭が悪くなっていたことこそが、その後の大日本帝国の悲劇の元凶でした》
そういうことだったんですね。


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